第8話 修羅場-しゅらば-
「ためがそんな事言うなんて珍しいな」
「俺だって束縛する時もあるさ」
「そうかい、それじゃあ負けないでくれよため」
「おうよ。じゃあなとよ」
今のあいつには一人でゆっくり泣く時間が必要だ。そんな時に俺の為に情報をくれた。あいつは俺の勇気に感動したとか言ってたけど俺はとよのメンタルの強さに感動したかもな。しかし、とよとの電話を終えて恵への通話ボタンを前にして俺の指は無意識に止まった。恵なら俺が束縛したら必ず気を使って菊地と登校するのを辞めようとするだろう。だけど優しい恵だからこそ菊地に言われたら断りきれないだろう。そしてどちらを選んだとしても俺か菊地に罪悪感を覚えてしまう。それなら俺の束縛は恵を苦しめるだけになってしまう。やっぱり俺はそんな子に束縛なんてできない。でもそんな優しい恵だからこそ俺の告白にもOKしてくれたんだ。本当は俺なんかじゃない方がよかったんだろうな…
「なんで朝から遠出しなきゃいけないんだよ。まあ誠一郎ととよも駆り出されてるわけだし俺一人文句言ってもしょうがないか」
俺は独り言を言いながら自転車で駅に向かっていた。
「ニャ〜」
左から猫の鳴き声が聞こえたから振り向いてみる。黒猫だった。黒猫は不吉の象徴とか言われてるけど大丈夫だよね?いや迷信だし大丈夫だろう。大丈夫だと思う事にしよう。こんなのでビビってたら小五郎と一緒だな。
今日は日曜日。日曜日の午後といえば明日からまた学校だ〜という憂鬱が襲ってくる時ですね。今はまだ午前ですけどね。ちなみに俺もある連絡が来るまで今日は家でダラダラしながらポテチでも食って小五郎の告白を聞こうと思っていたのですが、小五郎の野郎がグループで
『やっぱり告白する時グループ通話につなぐ暇ないしみんな付いてきてくれると助かるかも』
とか言ったせいで俺たちは今駅の物陰に隠れて小五郎の様子を見ています。いや確かにそうなんだけど、小五郎が言うとビビってるようにしか聞こえないんだよなぁ〜。まあ若干納得いかないけど俺と誠一郎ととよは小五郎たちのデートを影から見守る羽目になった。
「加藤の奴、前日にいきなり言うのはなしだろ」
誠一郎も俺と同じで乗り気じゃない。
「まあ面白いのが見れるんだからもうちょっとテンション上げよう!」
とよだけテンションが高い。まあこいつの場合は小五郎がフラれると思ってのこのテンションだから成功したあかつきには俺と誠一郎よりもテンション低くなるだろうな。
「おっ!女の子が来たぞ!小五郎の待ってる子かな?」
とよが小五郎の方に走っていく女の子を指差して言った。!?あの子は!
「小五郎先輩遅くなってごめんなさい」
え、遠藤昌子!
「全然待ってないから大丈夫だよ!」
「なんだあのベタなセリフ。な?ため」
「………。ん?ああ確かにそうだよな」
「どうした?なんか変だぞため」
「いやなんでもない」
まさか小五郎の告白しようとしてる相手が昌子だったとは…ちょっと驚いたけど小五郎とどっか行くって事は俺がフったのとかもう気にしてなさそうだし少し安心したな。
「おい、加藤たちはもう電車に乗るぞ」
「それじゃあ、しょうがないけど行くか」
俺たちは文句を言いつつも小五郎たちの車両の隣の車両に乗った。
「恵、相談ってなんだ?」
俺は恵から相談があると言われ電話をしている。
「あのさ零二くん」
恵はそう言った後少し間を空けてから続けた。
「私なんかがためと付き合ってていいのかな?」
この質問、俺にとっては難しいな。俺はどう答えるのが俺にとっても恵にとってもベストなのかを考えて少し黙ってしまった。しかし少し考えるといい答えが浮かんできた。
「俺にその答えはわからない。ただ恵はどう思ってるんだ?」
こう聞けば恵を傷付ける事もない上に答えた方に俺が便乗すればいいだけの話だ。焦る事はない。こんな相談をしてきた時点でためと恵がうまくいってないのは明白だ。ここからは少しずつ別れるように話を誘導していけばいいだけだ。
「私は………。ダメだと思ってるよ。私はまだ為の事好きだけどためはもう私の事好きじゃないと思うから」
そう言った恵の声はとても悲しそう聞こえた。為永為四郎め、恵を泣かしたら許さないからな。だが俺も恵にこれ以上別れろだのは言えないな。
「俺からは言える事は特に無いかもな。恵がいいと思った風にすればいいさ。でも、力になれなくてごめんな。折角俺なんかに相談してくれたのにさ」
「ううん。いいの零二くんが一番仲の良い男の子だったから私が勝手に相談しちゃっただけ。私の方こそごめんね」
「俺はいいんだ」
「ありがとう零二くん。また明日ね」
「おう。また明日」
プツッ!何やってんだろうな俺は。今のはうまく言えば別れる方に話を持っていけたはずだ。でも何故だ!?何故俺はそうしなかった?
これは一体どういう事!?もう映画も昼も買い物も終わったんだけど小五郎は何もしてないぞ。
「もしかして俺ら最初から行く必要性無かったんじゃない?」
「そうだな」
「確かに」
これには誠一郎もとよも納得した。
「よし、じゃあ送ってみるわ」
俺は小五郎に
『これお前が帰る前に告白しなかったら俺らここに来た意味ないぞ』
と送ってみた。しかし5分経っても返信は帰ってこなく、もう駅の近くまで来てしまった。
「あいつ何やってるんだ?同じ駅から乗るんだから帰り際に俺たちを呼べばよかったんじゃないか」
「小五郎俺よりヘタレじゃん」
「そうだよな〜」
俺も同意した。確かに誠一郎やとよの言う通りだ。行きはあんなにテンションが高かったとよでさえもテンションが低くなってしまって、俺たち3人はやる気なさそうに適当に小五郎たちの方を見ていた。すると昌子が予想もしてなかった事を言った。
「加藤先輩は為永先輩の事どういう人だと思ってますか?」
そう言った昌子の顔は少し照れているような気がした。
「ためはな凄いいい奴だよ。具体的にどんなってのじゃなくてあいつ本当のいい所はわかる奴にはわかる。そんな感じだな」
小五郎の奴、柄にもない事言っちゃって。嬉しいじゃねーかコノヤロー!でもなんだろうそれ以上になんかやばい気がする。
「加藤先輩はやっぱり為永先輩の事よくわかってるひとなんですね。私なんかより全然。でも私も小五郎先輩と同じ事思ってます。為永先輩の良い所ってわかる人にしかわからないんですよね」
昌子の顔はさっきよりも赤くなってるような気がした。俺の本能が言ってる。この会話はこれ以上続いたらまずい!止めてくれ小五郎!
「おお!昌子ちゃんもための良さがわかってくれるのか!やっぱりわかる人にはわかるんだなぁ」
ダメだこれ止まんないじゃん。不自然でもなんでもいいから話題をくれてくれ〜!頼む!
「そんな誰よりも為永先輩の事をわかっている加藤先輩にだからこそ相談したい事があるんです」
昌子は立ち止まって小五郎の方を向いてそう言った。
「おう!なんでも言ってみろ」
なんか小五郎の告白から話題が遠く離れてしまった。
「俺ちょっとトイレ行ってきていいかな?」
なんか凄く嫌な予感がしたから誠一郎と豊太郎に提案した。頼む!察してくれ!
「そうだな。その方がいいかもしれない」
誠一郎は俺の顔色が悪いのを察してくれた。流石っす。
「まあしばらく告白なさそうだし止まってるしいんじゃない?」
察してはくれなかったけどとよもトイレ行かせてくれよかった。よしこれで逃げれ…
「私、為永先輩が好きなんです」
あ、一歩遅かった。まずいな。これはいろんな意味で修羅場だ。