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平凡な日常

「(おかしいな。どうしてこんな事になってる?)」


そろそろ日が水平線に向けて傾きだした夕暮れ時。此花学園の視聴覚室。

部活を終えた部員達が我が家に帰り、まだ用事のある者は校内に残ってやるべき事をやる頃。


「あんたが悠谷に変な事を命令したんだって...?」


「少し人聞きの悪い表現ね。私は彼に頼み事をしているのよ。」


そんな部活もやるべき事も無いのに、平然と学校の視聴覚室を占拠し、こうして外の夕暮れのいい〜感じの雰囲気をぶち壊す口論の声。

俺の目の前で揺れる、夕日よりやや赤茶のツインテールと、これまた俺の目の前で揺れる、夕日の反対から覗く夜の予感よりやや暗い黒のロング。


「(何でこんな事になったんだか...)」


ーー35時間前ーー


「はぁ...」


「何?どうしたの?」


「いや、何か面白い事無いかなぁって思ってさ」


二年生の教室の連なる4階まで階段を上がって、おおきくため息を付く。この生徒殺しの階段を上りきると、生徒は必ずため息を付くが、俺の場合は意味が違う。


「面白い事って...あんた学年一普通の学校生活送ってるって言われてるのよ?そんな奴が刺激を求めてんじゃないわよ。」


「そう言う訳の分からない理由で、そんな理不尽な事言われる俺の気持ち考えた事ある?」


ため息を付く俺に心許ない言葉を槍の様に突いてくる赤茶髪の幼馴染。玉原

朱。

小さな(胸含め)体にそぐわない強気な性格。こいつのヤンチャさには手を焼いたもんだ。


「よう!我が良き友人達よ。元気してるか?」


「おお〜、してるしてる。って事で暑苦しいから肩に手回すの止めような。」


「この階段を上がりきった友人に対して、その冷〜たい態度がいかなるものかは後で議論するとして、相変わらず暇そうにしてるな悠谷は。」


このお天気者は関口 竜。中三から友人になり、すぐに親友と呼べる仲になった友人だ。


「暇そうって言ってもなぁ...なんか面白い事がある訳じゃないのは事実だからよ。」


「そんなに暇なら今度三人でどっか行く?あたし、ちょっと買い物したいの。」


「あぁ、そうだな。ちょうど明日は土曜だし、三人で集まって...ん?」


「ん?、どうしたよ悠谷。」


「いや、なんか...」


教室を何室か通り過ぎた辺りで、視界に人だかりができているのに気付く。

ちょうど俺達の教室、二年五組の教室の前で、一人の生徒を中心にして人が群がっていた。


「あぁほら、あの人だよ。」


竜の指差す先には...


「あの眼鏡の子か?」


「ちっげぇーよ!そっちはガリ 勉太郎君だろ!そうじゃなくてほら!あっち!」


「お、おお。」


竜に言われてもう一度その先を見る。


...って言うかどうでもいいけど人に変なあだ名付けるのやめろよ。いや、しっくりきちゃうんだけど。


「え〜と...ああ。」


見据える先、人だかりの中心にいたのは...


「篠崎さん。この前の定期考査もトップだったんだって?」


「すごい!篠崎さん本当になんでも出来るのね!」


「そんな事はないわ。みんなだって、しっかり勉強すれば出来るわよ。」


何人もの生徒の眼差しを集める。絶世の美女。

二年 八組 篠崎 美琴。

此花学園の生徒会長。あらゆる文学に長け、生徒からの信頼も厚い。学園1の才色兼備。


「(なんだってこんなとこに...?」)


なんだろう。こっちを見て...


「なぁ...なぁ!あの子こっちを見てないか!?見てるよなぁ!」


「え?...あぁ...」


やっぱりそうか?目が合ったような...


「やっべぇ!俺モテ期きたかも!ついにあの篠崎 美琴に告られるかぁ!」


...うん。やっぱ気のせいだ。こいつが勘違いしたんだそうに決まってる。


「......」


「?どうした朱?」


「ううん。なんかあの子悠谷を見てたような気がして...」


おいおいこいつもかよ。世も末だな。


「まぁいいからとっとと教室入ろうぜ。」


「ンダトォ!?悠谷テメェ!?あの篠崎 美琴を前にしてさっさと教室入るってか!?」


いやそれしかないだろ。


「って言うかあんまその名前口にしてると...ほら。」


そう。さっきから生徒会長を囲っている女子の数人が竜の声(馬鹿騒ぎ)を聞いて、怒って威嚇する熊のような目をしているのだ。


「チッ...いつもいつも集りやがって...」


あーほら、また眼光鋭くなった。

これ以上刺激すると魚とみなされて食われるぞ。(竜に関しては魚ですらないが)


--そして授業描写をすっ飛ばし--


「じゃあ、今日もいつものアレ...行くぞ...」


竜の声にその場の誰も(三人だけど)が息を飲む。


「もうこの前みたいなズルはさせないわよ。今日はあの...野崎君が何秒後に教室を出るかで勝負よ。」


「いいけど、負けたらどうなるか分かってんだろうな?」


「当たり前よ。じゃあ行くわよ?...」


そして、戦いの幕が上がる。


「あたしは2分後に掛けるわ!」


「なら俺は1分後!」


残るは竜のみ...


「フッ...君達まだまだだな。俺は...」


少しの沈黙...そして...


「5秒後だ!!」


『は?』


竜が驚愕の数字を宣言し、俺と朱が同時に疑問符を浮かべた瞬間...


「行くぞ!1!」


竜が野崎君のもとまで走り


「2!」


野崎君の筆箱を奪い


「3!」


その筆箱を廊下に投げ捨て


「おい何すんだよ〜。」


「いや〜ちょっと投球の練習を。」


4で喋りながらも野崎君が筆箱を取りに行き


「5秒だ。」


竜の声と同時に野崎君が廊下に足を踏み入れる。

おお!ぴったり5秒後だ!


『っておい!』


そしてまた二人同時にツッコミを入れる。


「しゃー!今日も俺掃除無し〜。」


「ちょっと!ズルいわよ!」


「まぁでも、自分から行動してはいけないなんて決めてないしな...」


「そゆこと〜って事で二人共掃除頑張ってな〜。」


そしてさっさと身支度を済ませた竜は軽〜く挨拶をして帰って行った。


「はぁ...どうにかあのバカに掃除をさせられないかしら...」


「まぁこれまで二週間近くやってるけど、一回も勝ってないよな...」


毎日行われるこれは、まともに掃除をしようとしない竜に掃除をさせるために朱が考えたのだが、どの勝負でも上手いこと負かされている。


「あいつのあのペテンみたいなのは一体どこから出てくるのかしら...まったく...」


「まぁ仕方ない。とっとと掃除済まして、俺達も帰ろう。」


「...そうね。」


「?」


なんでそんな呆れたような顔してんの?


--


「...そう言えばさ。」


「ん?」


二人で黙々と掃除をし、そろそろ教室の時計の針が5時近くにまで傾いた時。それまでの沈黙を破って、朱が唐突に話を始めた。


「今朝のあの子...いるじゃん?」


「あの子?」


なんだろう。朱にしては回りくどい言い方だな...


「ほら、内の高校の生徒会長。」


「ああ、篠崎さんだっけ?」


「そう。その子...どうなの?」


「どうって...ああ...」


朱の言うどうとは、多分あの事だろう。

俺の、唯一普通じゃない点。

誰にも、知られたくない事情。


--九年前--


俺の両親は死んだ。

両親はいい夫婦と言われていた。

喧嘩もせず、いえも裕福ではなかったが、苦労するような事は無かった。

でもある日...


--


「お願いします!お名前をお貸ししていただけないでしょうか。」


「あああ!そんな頭を上げてください。」


「ですが、そんな訳には...」


「仕事の失敗は仕方がありません。何より、別にあなたが何かした訳では無いですから。」


その日は、朝から騒がしかった。二階から聞こえた限りだと、仲の良かった隣人さんが、父さんに何かを頼み込んでいるらしい。何か、しゃっきんとか、そんなことが聞こえてきていた。


「大丈夫ですよ。私達の仲じゃないですか。」


あまりハッキリとは聞こえないが、なんとなく、父さんが持ち前のお人好しで相手の要求を素直に飲んだのだろうと思った。


--


「父さん。さっきのどうしたの?」


俺はお隣さんが帰った後、父さんに聞いてみた。


「ん?父さんお隣さんに頼られちゃったよ。」


「大丈夫なの?」


「頼られるのはいい事だよ。信頼の証さ。それより、遊びに行くのか?」


「うん。 と一緒に。」


「そうか。あの子は賢いしいい子だ。悠谷。 ちゃんと将来結婚したらどうだ?」


「そういうからかいはいい。」


「ハッハッハ!お前も賢い所は良いが、少しぶっきらぼうな所があるな。むすっとしてると、 ちゃんに嫌われるぞ?」


「だからそういうのはいいから、とにかく行ってくるよ。」


「ん。いってらっしゃい。あまり遅いと母さんが心配するからな。」


「うん。分かってる。」


玄関を出て、一気に駆け出す。いつもの住宅街を抜けて少し行けば、草木の広がる大きな公園が見えてくる。隣の家の女の子。その子がまた、公園の真ん中の木の所で待っていた。


そしてそれから一カ月もしない内に、隣の家族は急にいなくなった。

隣のご主人の借金の保証人になっていた父さんは、首が回らなくなって自殺した。母さんも、後を追うように自殺した。


--


その後はトントン拍子に事が進んだ。俺は親戚に引き取られ、学校も住む場所も変わった。

だが、近隣のおば様達の情報伝達力は凄まじい。伝染病のように人に伝わり、転校した学校では、両親のことでさんざんイジメられた。そこで朱と出会った。俺を支えてくれた朱には、全て話した。


「ああ、多分違うよ。」


俺はそれから、ある事を目的としている。それは家族の復讐とか、そんなんじゃない。

あの頃、よく遊んでいたあの子にもう一度会いたい。会ってあの頃なにがあったのか、詳しく聞きたい。

あの子の両親は一体どうして逃げなければならなくなったのか、今なら色々想像出来るが、それは予想の域を出ない。


「違うって...名前も覚えてないんでしょ?」


「ああ、でも...絶対に違う。」


俺がその子を探しているのは、なにも会いたいからだけではない。あの子の両親は、既に他界している。だから、事情を知っているのは、あの子しかいない。


「あの子はもっと優しい感じだった。篠崎さんはなんか、尖った刃物みたいな感じがする。」


両親が死んだショックと、流れていく時間の早さが、俺から彼女の記憶を奪っていた。今では、抽象的なイメージしかない。


「(いや、違うな...思い出したくないだけだ。あの時を...)」


俺がここ数年で毎日一度も欠かせたことのない日課、あの子のイメージを、目の裏に映しだそうとした時_


『学校内放送です。二年 五組 黒浠 悠谷君。生徒会室に至急来てください。』


「何だ?」


「あんた何かやったんじゃないの?」


この根拠もクソも無い言葉ね。せめて今までのシリアスな感じを保つ言葉は無いのかねぇ。


--


「はぁ...何か俺したかな?」


朱と別れ、生徒会室に着いた辺りで、やはり不安感が生まれる。


「(まぁいつも通り普通でいればいいか)」


生徒会室の扉をノックし、開ける。


「(っ!...眩し...)」


窓辺から差し込んでくる夕日の光に、一瞬目が眩む。


「貴方が、黒浠君ですね。」


「え?...ああ。」


生徒会室には、一人の女生徒がいた。


「あんたは...篠崎 美琴?」


そこにいたのは、今朝方教室の前に人だかりを作った張本人。

黒いロングの髪が、開いた窓から吹き込むそよ風にたなびくその姿は、皆が心奪われるのも納得いくほどだ。


「俺に何かご用で?」


流石に学園1の人気者を前に、俺も下手になってしまう。


「貴方には、少し頼み事があります。」


「頼み事?」


何だろう。俺は書記の仕事をした事はないし、力仕事が得意と言う程筋肉に自信は無い。


「それは生徒会の仕事のことか?」


「いえ、私個人のものです。」


「は、はぁ...」


ダメだ。ますます分からん。

何?生徒会長個人の仕事の依頼って。


「貴方には...」


俺の息を飲む音が、やけに大きく聞こえる。


そして...


「私に、リア充を教えてもらいます!」


「......は?」


この一言から、俺の日常は激変する事になった。

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