其の2 老人 柳田国緒
フェラーズは柳田国緒を調べた。成る程、誉れた功績を収めた立派な教授だった。
集めた資料の中に彼を可愛がった、明治~大正に掛けて学長だった長谷川の然る雑誌のインタビューがあった。
記紀についてーー
長谷川「我が大学にさる、講師の者が居ます。彼は非凡な学力を持った青年です。考古学の道を邁進して貰えると嬉しいのですが、民俗学+考古学に新解釈を説こうとしております。真っすぐな道は進まない男であります」
記者「民俗学+考古学?新解釈?」
長谷川「小泉八雲先生が生前、可愛がっておられました。と、云うのも八雲先生でさえ出来なかったことに期待してたんでしょう」
記者「小泉八雲先生が?何に期待してたんですか?」
長谷川「日本神話の新解釈」
記者「おっしゃっている意味がよく解りませんが?」
「長谷川学長は柳田個人の名を出すのを少し憚ったようだ。しかし、此の場では云え無い何かを伝えようとしているように視得る」
長谷川は既に故人である。
フェラーズは妻をホテルに残して朝、車で出掛けた。「お昼までには戻るから、ハニー」。
柳田は文京で一軒家に住んでいると云う。息子夫婦と同居である。妻・春子は数年前に病で亡くした。死ぬまで「あなた、変な研究はお止めください。世間に恥ずかしゅうございます」と云い続けた。阿鼻大学副学長まで上り詰め、引退した。今は大学にも偶に顔を出すが、個人的な研究に取り組んでいる。
子は男兄弟2人であった。同居は長男武雄夫婦で孫が出来た。武雄は医師で、殆ど家には居ない。病院に寝泊まりしている。次男次雄は陸軍軍人で独身。栃木の軍基地にいる。
国雄は2階を書斎権寝室にしていた。
「御免クダサイ」
「は~い」
玄関に出たのは長男・武雄16歳である。
「ワタシ、ボナー・フェラーズト、イイマス。国緒先生ハ、ゴ在宅デショウカ?」フェラーズは辿々(たどたど)しい日本語で挨拶をした。
「はい、お父さん、フェラーズさんって外国の方がいらしてます」
ドタバタ、ドタ!バーーーーン!国雄は急ぎ過ぎて階段を踏み外した。
「あ、あた~~。ああ、此れは此れは善くいらっしゃいました」
「大丈夫?」
「フェラーズさん?いやいや、お見苦しい」
フェラーズはあっけに取られた。「想像していた人物とは大分違うな・・・」
「ボナー・フェラーズデス。ハジメマシテ」
「柳田国雄です。セツさんから聞いとります。どうぞ、どうぞ、武雄、お茶、お茶」
フェラーズは2階の書斎に通された。
壮観だった。部屋は沈み返るくらいの本棚に書物がぎっしり詰まってる。
「其処に坐って下さい」
「スゴイ・・・八雲先生ノ本、全部アル・・・」
オカルト、民話、妖怪説話などの本が多々置いてあった。
「考古学やらの本は、まだ大学に置いてあります。大学図書館行きかな。フェラーズさん、日本茶、大丈夫ですか?珈琲の方が善かったかしら」
「Noー。日本茶、大好キデス」
フェラーズは本棚を見回した。
「柳田先生ノ本モ、アリマスネ」
「お父さんの本は、全く売れないんです。誰も興味なんか示さないことばっかり書いてるから」武雄は憤慨している。
「遠野妖話集・・・・ナンデスカ、此ノ本?」
「フェラーズさん、漢字が読めるんですか?凄いな。其れは岩手県の妖怪民話集です」
「ヨウカイ?知ラナイ日本語・・・」
「ゴースト、モンスター、ちょっとイメージは違うかも・・・」
面白い話が聞けますよ
「セツ未亡人が云っていたのは此の事か?」フェラーズは本当に変な人を紹介されたなと思った。
「書キ掛ケノ原稿デスカ?此レ?」
傍らに原稿用紙にびっしりと書かれたものが山積みになっていた。
「書き終わった原稿です。既に印刷、製本済みです。皇宮警察に頼まれたんですが、一般には出ていません。記録・・・って処かな」
「皇宮警察?」
「正確には皇宮警察の中の特殊機関、私と須佐之男や須佐一族と関わった事件簿です」
「須佐之男?」
「はい」
「須佐之男ッテ記紀に出テ来ル神様デスカ?」
「はい」
「何を云ってるんだ?此の老人は?」フェラーズは心の中で思った。
柳田はニタニタしていた。
「ね、フェラーズさん、こんなことばっかり云ってるんですよ」
此の老人は頭が怪訝しいのか?
「武雄、もう下に行ってよ」
「はい」
「オ子サント、2人暮ラシデスカ?」
「妻には昨年、病気で先立たれました。武雄を孫だと思いましたか?研究ばかりしていたので、かなりの晩婚だったんです。よくも私なんかと結婚してくれたと思います」
傍らに奥さんの写真があった。
「須佐之男ッテ、ドウイウ人デスカ?」
「少年です」
「Boy????!!!」セツ未亡人に頭の惚けた老人を紹介された。帰ろうかな・・・と思った。
「須佐之男にはこういう物を貰っているんです」
引き出しから桐匣を出した。金で箔押しされた菊のマークが付いている。
「天皇ノ紋章?・・・」
「此れです」
匣を開けると中に光る丸い石が入っていた。
「コ、此レハ?!」
善く視ると光っているのではなく、悠寛と点滅している。
「ドウイウ仕掛ケ?」
「かれこれ、30年程前に貰ったんです」
「30年前?其ノ時カラ光ッタママ?エネルギーハ、ナンデスカ?」
「エネルギー?そんなもん、ありません」
「Nothing!!?」
「此れッて何に視得ます?」
「・・・・・・・ナニデスカ?」
「太陽をあしらったそうです。ちょっと手を翳すと・・・」
「ア!」
炎が立ち上った。まるで太陽のフレアの様に。素志て、其の石は浮き上がった。回りに惑星らしきが出来上がり、太陽系が出来上がった。
「・・・・・・・・」フェラーズは言葉も無い。
「此の太陽に向かって心の中で須佐之男を呼ぶと彼が来てくれます」
「須佐之男ガ!?」
「此れが彼とのたった一つの通信法なんです」
「須佐之男ハ、ドウヤッテ来ルンデスカ?」
「やったことは無いんですが、多分、天から空間を捩って来るんだと思います。現れる瞬間は身体が捩れてますから」
荒唐無稽な話だが、目の前にある通信機器だと云う物体の説明が付かない。
「須佐之男を呼んでみますか?」
「呼ブ?・・・」
フェラーズは躊躇した。恐ろしくなったのだ。
先程の原稿に眼をやった。
「何本かの報告書です」
「ヤマタノオロチノート?」
「八岐大蛇記。大蛇と須佐之男、白狐たちの戦い記です」
「空想話?」
「空想話を皇宮警察は資料として欲しがりませんよ」
「確カニ・・・・」フェラーズは困惑していた。
「先生、此ノ原稿、オ借リシテモ構イマセンカ?本国デ翻訳シタイ。亜米利加カラ郵便デ必ズオ返シシマス」
「其れは出来ません。此れは皇宮警察に頼まれた物です。版権は彼等にある。勝手に元原稿を渡すわけには行かないんです。好意で戻して貰っただけですから」
「成ル程」
「実は出来上がった本をまだ頂いていないんです。皇宮警察にもう一冊、余分に貰えるよう頼んでみます。何、亜米利加の陸軍将校さんの頼みだと云えば、断りませんよ」
「有リ難キ、オ言葉・・・感謝シマス」
「フェラーズさん、貴方の日本語、偶にヘルン語が入る」
「ヘルン語?」
「ハーン先生の日本語。ちょっと変だけど暖かい日本語。わたし、大好きでした」
「ワタシ、ハーン先生ヲ尊敬シテイマス。ニッポンモ大好キ」
フェラーズは日本で新婚旅行を満喫し、大きな出会いがあった。1つは八雲家と繋がりが出来たこと、其の後、セツ亡き後も八雲家との交流は続いた。素志て、もう1つは変人柳田との出会いである。
「あんな人物とは今まで会ったことが無い。彼の云うことは真実なんだろうか?セツ未亡人は、何故?会えと云ったんだろう」
数ヶ月後、本国にフェラーズ宛で柳田の書籍が送られて来た。発送に随分と遅れた理由がわかった。皇宮警察の方で翻訳したファイルが足されてあったのだ。本とファイルやらは菊紋入りの桐匣に入れられ、紫と金の紐で括られていた。此れにはフェラーズは感激した。
英訳でタイピングされた柳田の手紙も添えられていた。日本語の手書きサインもあった。
便箋に菊の御紋が飾られている。皇宮内で使われる便箋のようだ。
「高級な和紙だ。紛れも無く、皇居からのものだ。柳田と云う人は本当に宮と繋がりがあるようだ」
Mr.フェラーズ 如何お過ごしですか?
日本での休暇は如何でしたか?
本を亜米利加に送りたいと皇宮に伝えたら翻訳を付けると云ってくれました。
勝手ながらの判断で発送が遅れたことをお詫びします。
わたしは先が短い。貴方が再来日される時があったとしても
わたしは既に故人になっているかもしれない。
ですから今の内に書き留めておきます。
本に書かれた事は嘘、偽りの無い、全て真実である・・・と云う事。
基督教に悪魔が存在するように日本神道にも「魔」が存在する。
皇宮警察秘密機構とは須佐之男の一族のことであります。
「魔」と闘っている。此の世のものではありません。
古代からの忍、陰陽師と云う超自然の力を持つ者達です。
素志て配下には民俗信仰での神、妖怪、狐狸なども携えております。
其の力は膨大です。天空を動かす力を持つ。
わたしも始めは疑いました。
記紀の神など居るわけが無い・・・と。
今、記紀は日本歴史とされますが
近い未来、神話と云う寓話になりそうな気がします。
日本は幕末、維新などと表して神道の鏡である天皇を利用し続けて来た。其のことは時の考明天皇はお気付きになっていました。
其の後、日清、日露の頃より軍は膨れ上がった風船のようです。
其れを国民が支持している有様なのです。
何時か、無茶な戦争を始めそうな気がします。
そうなったら天皇でも止められそうにありません。
何かが間違っている・・・わたしにはそう思えます。
日本は近い将来、世界を相手に戦争をするかもしれない。
そうなったら貴方とわたしは敵同士になる。貴方の國と闘ったら、日本は負けるでしょう。
そうなった時、天皇はどうなるのか?日本はどうなるのか?
須佐は天皇の「魔」の軍隊です。人間とは闘わない。
しかし、天皇にもしものことがあれば、彼等は出て来るでしょう。
此の資料を読めば、彼等の力の一片が解ります。須佐たちを怒らせてはいけない。
其の頃までわたしは生きていないでしょう。
日本を愛する亜米利加軍人である、貴方に会えたのは何かの運命か?
「先生は時代を懸念している・・・しかし、よくもこんな内容の手紙を翻訳で添えたものだ。皇宮警察は懐が大きいのか?」
モノクロ写真が添えられていた。
柳田は40歳代、隣に少年が一緒に写っていた。其の少年は古代ヤマト民族のような、空手着のような物を纏い、赤ん坊を抱いて立っている。其の回りに忍者のような格好の若者男女が集まって、にこやかに笑っている。此の赤子は恐らく柳田の子供、武雄氏であろう。何処かの山中である。後に家屋らしきものがボケて写っている。
「此の少年が須佐之男なのか?周りは須佐?此の写真の説明は・・・無い・・・か・・・」
ボナーは、いつの間にか妖しげな影を追っていた。