あるオッサンと若者の攻防
来ていただきありがとうございます。
短めです。
「おまっ!?」
「お久しぶりっす」
「………髪どーしたん?」
「いや、なんか邪魔だなって…」
それは転勤準備のために織谷が一週間の休暇を取得し…戻ってくるのと入れ違いに、今度は俺が他部署の応援に駆り出され…まぁとにかく久しぶりに顔をあわせた日のことだった。
くりくり頭で、どっからどーみても高校生以外の何者でもない…お前、あっちじゃ、ただでさえ童顔に見られるらしいし…そんななりで子どもと間違えられても知らんぞ。
「え、マジっすか? あー全然考えてなかったです…」
しゅんっと項垂れて…やめろ、その也でかわいくすんな! あ、危ないだろうが! 道を踏み外したらどうしてくれるんだ!? 心の葛藤にセルフ突っ込み入れながら照れ隠しに丸めた書類でスパンっとはたく。
「いや、でもぶちょーさん、すげぇ久しぶりですよね?」
手元の紙袋に視線を感じて。
「なんか、一ヶ月くらい…」
掲げた紙袋を右に…左に…つられて左右に揺れる視線。なんだ、この漫画みたいな生き物。
「…あってない…気が…します」
お前が会いたかったのは頼りになる上司? それとも弁当持ってきてくれる人?
「……えーと…」
「悩むなよ…」
「いや、あの…へへっ」
「笑って誤魔化しても、この太巻は俺一人で喰おう」
「えっ、いや…それはないっすよ? え、冗談ですよね?」
本気で不安そうになってる織谷を事務所に残し、給湯室で湯を沸かす。 海鮮をふんだんに巻き込んだ太巻を皿に開けつつ、先日怒られた曰く付きのやかんを煮立たせて急須と湯飲みを温めた。
適当に温度が下がったところで急須の湯を捨て茶葉を投入。ティーサーバーと自販機にとって変わられたとは言え、一応はお客様用と自家消費用の茶葉くらいは置いてある。渋味しか出ないような安物だが折角だったらおいしくのみたいものだ。
充分に温度の下がったお湯を高いところから細く細く急須に注ぎ入れる。何かの漫画で読んだ入れ方と自己流が混ざっているが、まぁソコソコ飲めるんだから問題ない。
フタして待つこと三分。再び温めておいた湯飲みに、これまた高いところから細く細く均等に注ぎ入れて完成だ。安茶葉の味を一煎めで吐き出させ切るサラリーマンにあるまじき入れ方だが、今時急須で茶をいれる人間は社内でも希少種だ。まさか来客に二煎目を出すとも思えないし…おおめに見といてもらうとしよう。
「…へへっ、うまいっす」
もしゃもしゃと、相当な太さのあるそれを朴張りながら目尻を下げて笑う部下を、良い大人がこれで良いのかとなんとも言えない気持ちで眺める。なんか食べさせてない子を一年掛けて餌付けしてしまったような気持ち。まぁこれで一年後に戻ってきてくれるなら餌付けした甲斐もあるってもんなのだが。
「準備、進んでるのか?」
「あ、ぶちょさん聞いてくださいよ?」
聞けば、織谷はアパートの更新の都合で来月早々には一旦地方の実家に戻るという。
「どう言うこと?」
「なんか、大学入るときに入居したアパートなんすけど、更新せずにって言ったら、次の人待ってるから来月早々には出てくれって…」
「…おまえ、どーすんのよ」
「二、三日出勤すれば有給と代休で〆日まで賄えるんで一旦帰省しようと思ってんスよね」
元々荷物も少なく着替えは段ボール一箱、ノートPCとスマホ、財布が有れば移動に困らないという。
「布団は?」
「ボロボロなんで処分かなって」
マジか、現代っ子は身軽だ。
「俺んち泊めてやるから、おまー、もうちょっと働いてけや」
「いやいや、勘弁してください…」
「遠慮すんなって」
「いやいやいや…」
直接顔を会わす機会も、もう数えるほどしかないだろう。「寂しくなるな」なんて、心の中だけで呟きつつ、でもちょっとだけ本気でギリギリまで働いてけやとコナを描ける。織谷が抜けたあとの激務は必至だからな。
どうも飲みに行く約束も果たせそうにない、バタバタとした別れの予感にちょっとだけ落ち込んだ。
しかしオッサン宅に泊まるのそんなに嫌か…ソコソコ良い飯も付けるぜ?
おっちゃん、ちょっとだけ傷ついたわ。
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