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あるオッサンの休日 前編

開いて頂きありがとうございます。この週末、感想を頂いたり、呟いて頂けたりと嬉しいことが沢山ありました。もう少し、書いてみることにしました。よろしくお願いいたします。

じゅわぁぁぁ…


 フライパンの中のニンニクがぷつぷつ気泡をあげる。弱火でゆっくりと温めたオリーブ油を介して何とも言えない香りが部屋中に溶け出し行く。


 仕事帰りに寄ったスーパー、入口に程近い棚には閉店間際の特売で山のようなマッシュルームに半額の値札…十日ぶりの休みを控えた俺としては、これを逃す手はない。


 俺にとっての料理はストレス解消であり、生活であり趣味でもある。まして休日の料理なんて…うまい酒とうまい飯。恋人とか結婚とかの一般的幸せの諸々を諦めたオッサンとしては数少ない楽しみ…いや、まだだ。もう少し…せめて恋人ぐらいは諦めちゃだめだよな。言い過ぎました、スイマセン…


 とはいえ、独り暮らしの休日は用事で押せ押せで。朝風呂でおっさん臭さを洗い流して残り湯で洗濯機を回したら、ロボット掃除機をスイッチオン…これ、本当に神だよな。

 休日のルーチンワークをこなし、クリーニング屋を回ってワイシャツを片付け、パン屋に寄り道…外側バリバリの太めのバケッド?名前知らないけど、お気に入りのパンなんて買っちゃって…ふふん、今日は真っ昼間からワインとか開けちゃうのだ。久々に浮き立つ気持ちで部屋に帰り着く。タイミング良く終わっている掃除機と洗濯機、ごみ捨てと洗濯物干しを片付けた。



 ズッキーニは二センチ程の厚さに輪切りしてガーリック油でソテー。軽く焦げ目をつけながら冷蔵庫の残り物野菜もフライパンに…ピーマン、ナス、玉ネギ、シイタケ…少しだけつけた焦げ目がうま味になる。


 ほどよく焦がした野菜をいったん避けて、フライパンにはそのまま鶏肉…国産でも外国産でもよいが、ここは絶対にモモで行っときたい…を皮目の方から並べて火を強めた。きれいに焼き色を付けてひっくり返したら、避けていた野菜を戻し、一気に白ワイン。



じわああああああぁっ



 沸き上がる香りと旨味をフタで閉じ込めて、フライパンの奏でる響きに身を委ねる。


おおおおぉっ(大袈裟)


 ヤバイわ…これ、もう音だけで旨いと確信できる。


 これなー、あいつに喰わせてやったら何て言うだろう。炭酸水(お洒落な方じゃなくてお酒割材の安いやつ)を飲みながら、報告書が終わらず休日出勤してる織谷のことを考える。


 先日、織谷には俺の社会的地位と心の平穏のため、ぐてんぐてんに潰れて貰った。代償は小さくは無く、地下の店からヤツを運び出すのは中々の骨だった訳だが。




 こいつ、細っこい外見の割にガッチリしてやがる。まぁ大学までずっとサッカー続けてきた男が見た目通りひょろひょろな訳も無いか。


「落ち着けって」


 克さん、顔が笑ってんぞ…軽く睨みつけて、無邪気に涎なんぞ垂らして、罪のない寝顔でイビキまで?き始めた織谷を見ると何だか猛烈にイラついてきた。しかしタレ目…タレ目か…

 踊り場でうずくまって爆笑してるサヤさんに、抗議を込めて冷たい一瞥を送りながら考える。

 俺が織谷に何かやってやりたいって思うのは、コイツがタレ目だからなんかな…それも何かが違うような気がするが。


「ふがっ…」


 ちくしょー、無邪気に寝やがって。





 と、思うところあり、今週は少しだけ織谷と距離を開けたのだが、そのせいか俺の仕事が順調に片付く一方で、織谷の事務仕事は溜まってゆき、本日まんまと出勤する羽目になっている訳だった。




 日頃、何を喰わせても「ヤバイっす」としか言わない若人を思い浮かべて、ちょっとだけくすりとなる。うん、色々と想像したら、距離を空けていたことが馬鹿らしくなってきたな。



 ガリガリパンの半分をスライスして冷凍庫へ。残り半分は食べる直前にカットしよう。


 充分に蒸らした鶏肉と野菜にフライパンの焦げをこせげて鍋に移す。ブーケガルニ、鷹の爪、トマトピューレにダイストマト、チューブのアンチョビを二センチほど加えて火にかける。


 トースターで炙ったパンに塗って、温めたチーズ載せたら最高なんだよコレ。軽めの赤ワインなんて空けたら…もうたまんねぇわ。遠くない未来に思いを馳せつつヨダレが先行して溢れだす。


 フライパンを再び火にかけてバターを一片。へたを落としたマッシュルームがバターと、それからフライパンに残った旨味を吸い込んで行く。軽く油が回ったら鍋へ移す。フタをして、軽く、くつくつと言うていどの火力で汁がトロリとするまで煮詰めてゆく…さっきまでニンニクに支配されていた部屋の空気が徐々にトマトの旨味をまとい…もう少し…もう少しだ。たまらん、たまらんねぇ。


 一刻の猶予もならぬと、嬉々として、いそいそと…まぁようするに口中によだれを溜めてパンを切る。トースターにぶちこむと廊下で軽く室温に近付けといたワインの栓を、今まさに開けようとしたその時、そのメロディーは高らかに…そして無慈悲に鳴り響いた。


 それは有名映画の悪役、マスク卿のテーマ。仕事関係のフォルダにまとめて設定してあるメロディーだ。



「あ、もしもし、ぶちょーさんですか?」


「違いますよ」(ぷっ…)



お読み頂きましてありがとうございます。

もう少し続きます。

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