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あるオッサンの物思い 後編

良いのかな…と思いつつ投稿。

今までとちょっと話の方向が違う気がするのですが、そんなん制御できないです(-_-;)


「お兄さん、どうですか?」


 最寄りの駅からの帰路、生憎降りだした雨に家路を急ぐ俺に差し出される傘…いわゆるキャッチとか言われる客引きさんだ。

 駅ビルで買い物した大根でも持っていれば、そんな輩は寄ってこないのだが、その夜の俺は生憎とバック一つの身軽な装い、彼らから見れば格好の的だっただろう


「いや、今日はパス…」


 今日は…も、何も、そもそも数えるほどしか女性のいるお店…いわゆるキャバクラなんて行ったことの無かった俺は、高い金を出して女性と飲む楽しさなんてまるで分かっていなかったし、そこそこの給料を貰っていた割りにそういう使い道をする気は、まるで無かった。


「お、まだこれから食事ですか」


「どんなお店探してますか?」


 こちらがすげない対応をしようとも正面に陣取り、後ろ歩きしてまで目線を合わせて話しかけてくる。ニコニコと邪気のない対応をされると、すげなくし続けるのも難しいものだ。


「まだ飯喰ってないからさ」


「探してるのは居酒屋なんだ」


 少しだけ申し訳なさそうな表情をしながら、断る口実を口にする。事実、休み前だし今日はもう居酒屋で済ませて、明日は一日寝ていたかった。


「居酒屋ですか?」


「うん、そこの焼鳥でも行こう思ってね」


「ああ、丸木屋さんですね…」


「…」


「丸木屋さん、丸木屋さん、これから一名さま…一名さまOK?」


「えっ…」


「一名さま、一名さま…OKです」


「マジで!?」


 断る口実に出した大型チェーン店にヘッドセットで連絡を出されてしまい思わず叫んだ。最近のキャッチは居酒屋まで斡旋してくれるのか…


「うそです…」


 思わず膝から崩れ落ちそうになる。 ペロリと舌を出したタレ目の愛敬ある顔が何処か憎めなくて、思わず笑ってしまった。


 どこか知っている雰囲気は…学生時代の仲間に似た笑顔で。そいつは就活に失敗してフリーターになり、バイト先で知り合った医大生と付き合って彼女の赴任先へ行ってしまったのだが…憎めない笑顔が、なぜかそいつを思い起こさせた。 ちなみに籍を入れるときのヤツ渾身の一ネタは、


「俺、ヒモになる!!」


「知ってるか? 夢は信じてれば叶うんだ!」


だったことを申し添えておこう。


 …いや、まぁ確かに学生時代から悪ぶって「夢はヒモ」とか言ってたけどな。まぁそんな彼も東北を転々として随分になる。なんだか気楽に笑っていたあの頃の、妙に楽しい気持ちを思い出して嬉しくなってしまった。


「傘、貸してよ」


「へ?」


「丸木屋で飯喰ってくる…帰りに傘返しに寄るからさ」


「へ?」


「いいから貸せって」


 コンビニで買ったであろう明らかな安傘…差しかけられていたソレを引ったくるように奪って、彼の脇を通り抜けた。


「30分くらいで戻っから」


 ぶっきらぼうに言い捨て立ち去る。ポカンと立ち尽くす彼の姿を想像すると、何故だか楽しい気分になって来た。




「助けてクレー」


 残念ながら傘を貸してくれた彼は、俺を店に案内するなり、いそいそと出ていってしまった。


 雨の平日、ガラガラの店内。最近新しく店長に赴任したばかりの彼は今、必死に頑張っているのだと女の子に聞くことが出来た。


 50分1セット。客の飲み物は4000円のセット内だが、女の子の飲み物は一杯1000円だと言う。雨でガラガラなので、この辺りの平均的な価格から大幅に値引きしているとのことだった。


 フリー(特に指名の無い)客には、15分ほどで女の子が交代し、気に入った子を指名すると、その子が席に残ってくれるシステムだと言う。

 一人目は、背の小さな驚くほど細い、アップにした髪と華奢な肩が美しく、けれどタレ目で何処か愛敬のある子だった。ケラケラと良く笑い「ガングロ?」と聞くと「野外ステージで焼けた」と返ってきた。地元の大学生で院に行く学費を稼ぐのだと言っていた。請われるままにアドレスを交換して二人目の子と交代した。


 交代した子は、胸の大きな迫力美人で、お店でも上位の子だと言う。結い上げた赤い髪が如何にもで、ドレスの谷間が眩しい。雨で暇なため、特別に着いてくれたとは店員のさんの話だったが、挨拶が終わるなり


「飲み物を頼んで良い? 煙草は吸わないの?」


と聞かれ、何も分からないなりに


「飲み物どうぞ、自分は吸わないけど…」


と答えると、目に見えて不機嫌になった。


 気まずい雰囲気がテーブルを支配する。美人が不機嫌だとプレッシャーもひとしおだ。10分も過ぎた頃、どうにも耐えきれなくなった俺は、二つ折携帯を開いて時間を確認するフリをしながら、先程交換したばかりのアドレスにS.O.S.を要請した。


「助けてクレー」



・・・・・・・どーしてこーなった…



「…と、言うことでね」


 ざっくりと空いた胸元だが、残念ながら谷間は密やかだ。 初めて出会った店は潰れ、グループ内の店舗を転々とした彼女…サヤさんは、院を卒業しても未だ続いている。本業がソレなりに順調なようで出勤は少ないが月に数回の出勤でも、そこそこベテランで、店長やエリアマネージャーからも頼りにされて、新人の相談などにものっているので問題ない…らしい。

 そんな彼女が今、俺の隣に座り、身を乗り出すようにして出会った頃の俺のうぶさを面白おかしく語っている。


 …どうしてこーなった。


 向かいに座る織谷も目を輝かせて聞いているんじゃねー。


「ぶちょーにも、そんな時代が…人に過去ありッスね」


 織谷、ソレを言うなら「歴史あり」…最近は、もしかして言わねーのかな。若者と話していると語彙が違いすぎて時々、俺のが間違っているんじゃねーかと不安になる。


「あっ、ビールお代わりいいっスか」


「ビールお願いしまーす」


「やめろ、ビールは有料だ。お前みたいな若人はハウスボトルで水割りを飲め!」


 生憎とこういう店に連れていってくれる先輩も上司もほとんど居なかった。そういう時代だと言えばそうだったのかも知れない。一人経験を積んで覚えた知識、ビールは別料金。


「俺、ウィスキー飲んだこと無いんっスよ」


「贅沢を言うのは、こ・の・く・ち・か…」


「ががが…」


「はい、ビールです」


 酒を持ってきてくれた黒服さんまで見覚えある顔だった。かつて客引きまでしていた店長も今やエリアマネージャー。


「なんで克さんがわざわざ…」


「ん、だってサヤさんに呼んでもらったの俺だし」


 この人の差し金であったか…


「まさか後輩くん連れてくるとはビックリだったけど」


 そりゃそうだ、俺にとって弱音を吐きに来る場に社の人間なんか連れて来れるかい。


「勝手についてきたんです」


「ぶちょー」


 ちくしょー、色っぽい目で見るんじゃない。俺は奢らんぞ…酔って益々タレた目が妖しく潤んで…いやいやいや…


「しっかし、わっかりやすい好みだよねー」


 克さんが織谷の隣に付いていた子に一言二言、指示を出しその子が席を立つ。指名で入っているサヤさんはそのままだが、その子はそろそろ席を交代するのだろう。次の女の子が来るまで、克さんが話を繋いでくれる。


「あ、それ、俺も思った。面白いよね」


 友達みたいな口調だが、ここでくらい堅苦しいのが嫌だった俺がお願いしたからだ。 この二人とも、もう…この間、サヤさんの7回目の誕生日を祝ったから…8年の付き合いになる。


「?」


 そんな、いい加減、長い付き合いの二人だが、言わんとすることが分からない。二人とも…特にサヤさんがいたずらっぽく笑って…もしもし、口がニシシって感じになってますよ。 猛烈に嫌な予感しかしない。


「知り合った頃からちょっとだけ思ってたけど…」


「そんな古い話?」


 克さんと目を合わせて、ついでに織谷の方もチラチラと見ながら。



「ビックリするぐらいタレ目好きだよねー」


「!!!」


 ぎゅるんっと音が鳴りそうなくらい大きく首を回し、目を見開いて俺を凝視する織谷…と、赤面する俺。

 楽しそうにニシシシって笑ってるサヤさん、克さん…勘弁してくれ。今夜はもう、織谷を潰して誤魔化すしかない。







お読み頂きまして本当にありがとうございます。皆さまには感謝しかありませんです。

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