あるオッサンの物思い 前編
「~決意」の前に書いてたのですが、どうも時間軸を逆にした方が収まりが良いように思いました。 初めて話を分けてみました。コマンド「連載」を使ってみた…です。
「ぶちょー」
「ぶっちょー!」
都内で仕事を終えた日だった。珍しく早く…とはいっても20時をまわるかまわらないかといった程度だけれど…そんな日の帰り道。
「ぶっちょっうさん!」
ああ、もうなんだよ…
「さっきも言ったが、もう終わりだから直帰でな。俺も寄るとこあるから。じゃ、お疲れ!!」
勢い良く捲し立てて、都心方面の電車に飛び乗る。織谷が学生時代から住んでるアパートも、社も完全に反対方向だ。背後でドアが締まる音を確認して。
「ふぅ」
「ぶっちょー」
「…」
息が詰まる…なんでこいつ付いて…
5つほど先の駅で降りると、その店はホームから見渡せるところにあった。それ系の店ばかりが看板を連ねる如何にもな雑居ビル…いわゆる風俗ビル。
一般的に、その手のビルには多種多様な夜の店が軒を連ねるものだったが、駅のド真ん前なせいか、ここは女性が隣に付いて酒をのむ程度の…比較的大人しい店ばかり集まったビルだった。その地下に一時はずいぶん通ったものだが最近は年に数回だ。
「はぁ~」
逃げていても仕方ない…ビルから視線を外すと、現実の対処をすることにした。
「どしたんですか部長?」
こんな時だけ「ぶちょー」が「部長」に聞こえるのは気のせいだろうか。
「織谷…」
「はい」
「そこの路地を入ると、うまい回転寿司の店がある」
「はぁ」
「奢ったるから、飯くって帰れ」
「イヤです」
さもありなん。先程まで俺が視線をやっていたビルには2フロアぶち抜きの大型店、下着姿での接客を売りにしている店の看板が掛かっている…たぶんあそこに行くと勘違いしてるんだろう。
だが、残念ながら目当ては地下のずっとおとなしい店だった。
「俺、入ったことないんですよ」
たれ目王子も男であったか。仕事の付き合いで入ることも無くはないし、一度くらいは経験しといても悪くはない…悪くはないのだが…今日の店はちょっと連れて行きたくはない。
オッサンもアラフォーともなれば、色々とお世話になっている女の子くらい居て…接待のサポートだったり、寂しすぎる独り身のちょっとした話し相手になって貰ったりと…今日はそんな子から珍しく救助要請がきた日だった。
「ごめん、なんとか顔だけでも」
SNSに届いた素っ気ないメッセージ。1時間ほど付き合って酒をのみ7~8千円落として帰る。まぁ小遣いの中から交際費の範疇だろう…彼女には随分と助けてもらったことだし、と出会った頃へ思いを馳せる。
独り暮らしを始めて1年経った頃、実家を出て初めて住んだマンションの防音は完璧で、しんと静まり返ったリビング。人の気配の全くない家は、どこまでもよそよそしく、いつまでたっても馴染めなかった。 寂しくて寂しくて仕方なく、その寂しさから逃げるように仕事にのめり込んだ。
任された仕事の他に、各部署の問題点や改善策を献策しまくった。それなりに効果をあげ、それなりに評価を貰い、誰も残業に文句を言わなくなり、やがて月の残業時間がコンスタントに160を越えるようになった頃、昇進して新しい部…たった一人の部署が創設され、俺はそこの部長に収まった。
後に聞いた噂によると、残業代がこれ以上増えるのを厭った上が、昔から良く言う「管理職は残業代つけなくて良い」的な発想のもと「成果が上がっているのだからソレを専門にやらせてみよう」という流れだったらしい。
各部署に改善案を飲ませるのに多少の箔は必要だと、ぼっちな部で管理する人員も居ないのに管理職になってしまい途方にくれる俺だったが、当然仕事は待ってくれない。
その頃には、こちらから献策した内容が現場からのフィードバックを受けて、早急に更なる改善策、新しいマニュアルを作成しなければならない事態で、せめて事務員の一人も付けて欲しいと懇願するも、上からの返答はすげないものだった。
24時頃に帰宅して米を炊き、夕食を作りつつ翌朝のおむすびと昼の弁当を仕込む。朝は5時半に起きて出社。時短だと出来合いのもので済ませてていたら、あっという間に体が…心が悲鳴をあげた。
出来る限り自炊しなければやっていけない…経験から得た教訓だった。
メインの肉や魚は、出来合いのものに一手間加えた程度で大丈夫。副菜は長芋や牛蒡等で食物繊維を多目に。
そして出来る限り温かいものを。 米は白米から芽米に、そして発芽玄米へと変化していった。
一人暮らしに一人しか居ない部署、とにかく体調を保つのに必死だった。自分が倒れたら誰も助けてはくれないのだ。
そうやって、なんとか体調を整えて過ごす日々。それでも、それは突然、唐突に心を蝕んだ…寂しさ…孤独感…不安。
思い出したように襲ってくるそれは、心の奥底に押し込めれば押し込めるほど、時を経て強く吹き上がる。
深夜の事務所、時計の針が、エアコンの室外機の稼働音が妙に響き渡るとき。
明け方の事務所、通りを走る新聞配達のバイク音がやけに存在感を増したとき。
防音が完璧だと思っていたマンション、明け方の通りを走り抜けるトラックの騒音が換気扇を通して妙に大きく感じられたとき。
そんな時は、寂しくて、苦しくて、不安で、胸が押し潰されるように痛んだ。
ずっとこのまま一人なのか…
いつか歳を取ったとき、一人で生きて行けるのか…
病気で倒れたとき、家賃や生活費を払えるのだろうか…
不安が次から次へと襲い来て、時に物理的な圧迫感すら感じられて眠れない。
やがて遠くないうちに破綻するだろうと、
そんなふうに思いながらも解決策など無い…ある日だった。
「お兄さん、どうですか?」
お読みいただき本当にありがとうございます。
もう少し続きます。今までの3作とは少し雰囲気が違うと思いますが大丈夫だったでしょうか。
続きも読んでいただけたら嬉しいです。