第7話 俺の仲間
「……それで、君たち、昨日何があった?」
困惑気味に腕を組みながら、俺と隣にいる聖乃にそう聞く栗田。
養成所のレッスンがまだ始まる前、俺らは養成所の受付みたいなところの
ベンチで、栗田は立って、俺と聖乃は腰かけていた。
「別になにもねーよ」
「そ、そそそだよ!」
聖乃さん、いくら顔で平常を保っても口で動揺がバレバレですよ?
「本当か? いくらなんでも最初のあれはないだろ」
「あ?」
「お前ら、朝会った瞬間お互い顔を真っ赤にさせて顔伏せたじゃねーか」
「う、うぅ……」
栗田にそう言われ、聖乃は体を小さく丸め始め顔を覆いかぶせた。
「いくらなんでもあんなの見せられたら気になるだろう」
「……別になんもねーよ」
「今の沈黙なんだよ!?」
「特に意味はねーよ!」
「意味深すぎんだろ!?」
全く、本当になんもないというのに……というのはウソになるが、
まあ別に栗田に話さなければいけないようなことはやってないしな。
それに、妹が来た、なんて話したらあいつがどうなるか分からない。
「それより、お前昨日風邪だったんじゃないのか?」
「あ、ああ……それがどうした?」
「ん? いや、やけに元気そうだなって思って」
見た目も中身もいつもの栗田通り。
そうじゃないと気持ち悪いのだが、病み上がりには見えない程元気だ。
「俺が元気で悪いのか!?」
「悪いってことはねーけど、なんか病み上がりにしては元気すぎると思ってな」
「そんなに俺を心配してくれてたのか和飛!」
「は? 何でそうなる」
「俺が病み上がりってずっと考えてくれてたんだろう?」
「そ、そんなんじゃねーよバーカ!」
「ツンデレなお前もス・テ・キ❤」
「……はぁ~なんでいつもこうなるかな~……」
俺は栗田と取っ組み合いを始めていて、栗田も笑いながら応戦してきていた。
そして、聖乃はそれを横で見ながら、困ったようだがふっと微笑んでいた。
こんな日常が、今の俺には当たり前になっていた。
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「……それで、いい加減白状してもいいんじゃないか?」
「まだ諦めてなかったのかよ」
「俺はそう簡単に諦められるような性格じゃないんでな」
「……まあ、それもそうか」
聖乃と別れ、俺らは今、自分らのクラスでレッスンを受けていた。
今行われているのは台本の朗読で、ぶっちゃけ聞いている側は暇だ。
そんな中、横にいた栗田が俺に耳打ちしてきたので、俺もいい暇つぶしだと思い
ついつい話に乗ってしまった。
「昨日、勉強会があっただろ?」
「ああ、やっぱ行ったんだな、聖乃は」
「ああ、んで特にトラブルもなく順調に勉強会は終わったんだ」
「? というと?」
顔をぽかんとさせている栗田に、俺は一部始終を話してやった。
「勉強会の後、俺の妹が来たんだ。何の脈絡もなく。
それでその時俺と聖乃はちょっとおかしな勉強をしていてな、
そのシーンをちょうど見られて、妹から説教を受けたんだ」
「妹……説教……いい……!」
なぜかメガネの奥を光らせている栗田をよそに、俺はさらに続けた。
「それで説教もひと段落終えた後、なぜか妹と聖乃が対立し始めてな。
なんかあらゆることで張り合い始めて、その張り合いの対象が俺だったりして、
今日になってそれを思い出して恥ずかしがってんだよ、あいつも」
「妹……嫉妬……いい!」
「お、おい? 聞いてるか?」
「お前……俺を出し抜いて妹とそんなムフフな関係に……!」
目を涙目にさせながら拳をぐっと握りしめた栗田に、俺は思わず後ずさりした。
「ご、誤解だバカ! 俺もなんであんな展開になったかは分からないが
お前が思ってるようなことはしてないから安心しろ!」
「本当だろうな? 妹には何もしてないだろうな?」
「ああ本当だ! 神に誓う!」
俺がそう宣言すると、栗田は少し捻ってから渋々頭を頷かせた。
……というか、なぜ俺は栗田に許しをもらわないといけないのだろうか。
「何故俺には妹がいないのだ……」
「それはお前の両親にでも聞いてくれ」
「今にでも妹が生まれないだろうか?」
「とんだ高齢出産だなそりゃ」
今、俺の親父と母さんが子供を産むと考え……
やっぱやめた、とてつもなく気持ち悪くなってきた。
「そんなこと言ってないで、お前は早く妹萌えを直せ」
「妹は全世界共通の癒し!」
「それはもう聞いた」
何十回とな。
「俺はお前が羨ましいぞ、和飛……」
「まあな、俺の妹は、俺専用の癒しだからな」
「な、な、なぁ……」
「俺の妹程かわいい妹はいない!」
「なななあ……」
「全く、俺の妹と来たらもうそれは……!」
「う、う、う、うるさーーーーい!」
「な!?」
突然大きな声でそう叫んだ栗田に、俺は驚きと少々の焦りで満ちていた。
ヤバい……確実に叱られる、どうか、どうか聞き逃しを!
「何をそんなに盛り上がっていたのかね?」
「「っ!?」
だが、俺のそんな思いも虚しく、
「伊吹、あとでお前に話がある」
「お、俺だけ!?」
なぜか俺だけ後の呼び出しにかかり、俺は大きくため息をついた。
横でほっと安堵のため息をした栗田にはマジでむかついたが……
「呼び出し……か……」
何故かその言葉が、俺の喉の中でずっとつっかかってなかなか取れないような、
そんな感覚にとらわれていた。
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「し、失礼します……」
レッスンが終わり、誰もいないそのレッスン場所に再度訪れる俺。
理由はもちろん講師からの呼び出しだが、正直嫌な予感しかしない。
前から問題児だとは言われていたけど、そんなひどかったのか?
もし以後この養成所に来るなとか言われたらどうする?
……その時は土下座でもなんでもしてみせよう。
周りからどう思われようと、ここに入れるのならお安いものだ。
ここで力をつけないと……意味がないんだ。
「おう、伊吹か、そこへ座りたまえ」
「は、はい」
普段置かれてないイスに誘導された俺は、姿勢正しく座った。
「なーに、そんな堅苦しくすることない」
「え? 今から怒るんじゃないんすか?」
「いいや、君には怒り尽くしたからな」
これ……マジで退学処分じゃないか?
怒り尽くしたってことは、つまりもう怒れないという暗示?
そしてそれに導かれる答えは……
「伊吹、もうお前は次からこのクラスに来なくていい」
やはり、そういうことだったか……
でも、そうと決まればもう腹を決めるしかない。
誠心誠意、土下座だ!
かっこ悪いのは分かってるが、ここだけはどうしても守らないといけないんだ!
この場所が俺のお土下座で守れるんだったら、お安い御用さ。
俺はイスから勢いよく立ち上がると、驚きの顔を見せる講師のことを見切って
そのまま床に頭をつけて土下座をして見せた。
「お、おい、伊吹?!」
「お願いします! 俺をもう一回この養成所に通わせてもらえませんか!」
「な、なに言ってるんだ、伊吹」
困惑気味にそう言う講師に、俺は思わず顔を上げた。
「何って、この養成所にもう一度通わせていただきたく……」
「最初から君をこの養成所から追い出そうなんて思ってないよ」
「え? そうなんですか? だったらどうして……」
ひどく驚く俺の言葉を遮って、講師は平然と言ってのけた。
「伊吹、明日から研修科に入りなさい」
講師が放ったその言葉に、俺は意味が分からずそのまま立ち尽くした。
「研修……科?」
訳が分からず、俺はただ講師の顔をぼんやりと眺めていた。