第6話 俺のちょっとした修羅場2
「…………」
「…………」
「…………」
未だかつて、こんな張り詰めた空気を体験したことはあるだろうか。
そして、こんなにも我が妹のことを畏怖したことはあっただろうか。
こんな空気になったのも無理はない。
何の成り行きか俺と聖乃が告白の演技をすることになって、俺らはすっかり役に入った。
実は少し楽しかったというのは口が裂けても言えないのだが……
そしてちょうどその告白のシーンに、不運にも俺の愛すべき妹がその現場に鉢合わせた。
というか、大体なんで優里奈がこんな真昼間に俺の家に来たんだ!?
健全な高校生はおとなしく学校にでも行ってろ!
「……それで」
只今正座をしている俺と聖乃の前で腕を組みながら、優里奈はぽつりと呟いた。
顔からして明らかに不機嫌なのが他人から見ても分かるほどだ。
「……まずは、二人の関係性を知りたいんですけど」
「あ、ああ聖乃とは……」
「お兄ちゃんは黙ってて」
「す、すみません……」
ヤバい……かつて類を見ないほどに怒ってるぞこいつ。
実の兄が真昼間から女連れ込んで告白してたのがそこまで気に食わなかったのか?
真相は優里奈が思ってることより全然呆気ないのにな……
「それで、どうなんですか?」
「……聖乃、ここはお前に頼るしかないようだ、うまく言ってくれ」
俺は妹に隠れながらそっと耳打ちすると、聖乃もこくこくと頭を頷かせた。
「あ、あの……えっと、い、妹さん……かな?」
「優里奈です。私はあなたの妹ではないですから」
「優里奈! 初対面の人にそんな言いぐさは」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
「は、はいっ!」
どうやらこの俺に発言権というものはこの部屋にはなかったようですね。
ここ俺の部屋なんですけどね。
「じゃ、じゃあ優里奈ちゃん? 信じてもらえるかどうかは難しいと思うけど、
私たちは養成所の仲間で、こ、恋人とか、そんな関係じゃないから!」
なんでそんな顔を赤くさせてまで言うんですかね。
「いくら私でもあんな場面見せられてそんな言葉信じられませんよ」
ごもっともである。
「第一、こ、恋人とかじゃなかったらなんで告白なんてしてたんですか?」
「あ、あれは声優の演技の練習の一環で……」
「私からしてみれば、声優というのを使った言い訳にしか聞こえないんですが」
「そ、それは……」
優里奈の威圧的な口調に、ついに口籠ってしまった聖乃。
完全に勘違いしているな、優里奈の奴。
ここは、あいつの兄として、きちんと誤解を解いておかないとな。
「なあ優里奈、少しだけ聞いてもらってもいいか?」
「……なに?」
よかった。どうやら俺の発言権は戻ってきたようだった。
「優里奈が勘違いしているのもよくわかる。そりゃ誰だって突然家にやって来て
あんな場面見せられたら俺だって優里奈みたいに俺らを疑うと思う」
「だ、だったらっ!」
「だがな優里奈! 俺も一つ、お前に訊きたいことがある!」
「な、なによ?」
俺らの関係を聞く前に、俺にも優里奈に、聞かなきゃならないことがある。
「こんな平日の真昼間に、どうして一人暮らしの兄の家にやってきたんだ!」
「っ!?」
ギクッ、というような効果音が聞こえるかのように、優里奈はその場で硬直した。
そんな図星を取るような質問したか?
「それでどうなんだよ、大体学校はどうした?」
「きょ、今日は午前授業だったの!」
「じゃあ学校からそのまま俺の家に来たのか?」
よく考えれば、制服を着こんでいるあたり、まだ家には帰ってないのか。
「わ、悪いの?!」
「俺はこれ程ではないほど嬉しいけど、なんでわざわざ」
「い、いいいいでしょ別に!」
優里奈はこれほどかというほど顔を真っ赤にすると、瞬間俺の枕を投げつけてきた。
「うわっ!? 兄に向って何するんだ?!」
「お、お、お兄ちゃんなんて……」
そして、少しの間を置いた後、優里奈は物凄い叫声を上げた。
「だいっっっっっきらい!」
こうして俺は、理不尽にも妹に嫌われたのであった。
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「…………」
「…………」
「……それで?」
俺の言葉に、それぞれ左右にいた聖乃と優里奈は俺の顔を覗かせた。
「なんで俺の隣にそんなみっちりくっつくんだお前ら」
そう、今の俺の言葉の通り、今聖乃と優里奈は俺の隣に座っている。
普通だったら俺の真向かいやその横に座っていればいいのに、
何故か二人は俺の席の隣をみっちりと座っている。
本当に、何が悲しくてそんなくっつくんだよ……
「優里奈は別に文句ないよね、お兄ちゃん?」
「俺としては商店街のくじ引きで一等のハワイ旅行券を当てたぐらい嬉しいが、
普段だったらそんなにくっつかないだろ」
「そのシスコンっぷりはさすがに引くよ和飛……」
「あ、あくまで例えばの話だ!」
「本当、お兄ちゃんは超がつくシスコンだよね~」
「…………」
普段だったら俺を相手にもしないのに、なんで今日に限ってこんなベッタリなんだ?
それにいつも俺がシスコンとか言ったら冷たくあしらわれるのに、
今日は自ら言うとは……まさか、優里奈、死期が近いのか!?
いや、ないな。こんなにも元気なのに、そんなはずがないな。
「それより、優里奈は分かるけど、聖乃さんまでどうしてお兄ちゃんにぴったり
密着してるんですか?」
「えっ?」
「とぼけはさせないぞ聖乃、優里奈もだが、お前もなんか変だぞ」
優里奈が俺にくっつくのはまだ弁解の余地があるだろう。
妹が兄に甘えて、別段違和感が湧くような話じゃないしな。
だが、聖乃が俺にぴったりくっつくのはいよいよ訳が分からんぞ!?
「べ、別に私も友達なんだからこれくらいいいでしょ、和飛?」
「ま、まあ別に俺はお前のことを男だと思って接してるからな」
「それは納得がいかないけど、とりあえずはいいんだよね?」
「良いとは言ってない。というかダメだ!
優里奈も聖乃もさっさと俺の隣から離れろ!」
「お兄ちゃんの言うことなんて聞きませーん!」
「っ、だ、だったら私も和飛のいうこと聞かない!」
「んっ……!」
「うっ……!」
お前ら、俺を間に火花を散らすのはやめてくれないか。
なんか熱くて痛くて居心地悪くて仕方ないんだが……
それに、なんでお前ら敵対しあってんだよ、
お前らがお互いに敵対しあう話題なんてなんもないだろうが。
「……それで、いつ離してくれるんだ?」
「「あっちが離すまで!」」
あと、こういう時に仲良くするの、やめろよな。
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「……ダメだ、もう死ぬ……」
俺はそう呟いたあと、疲れ切った体の全体重をベッドに倒れかけて、顔を埋めた。
結局あいつらが帰ったのはついさっきである午後五時であった。
その間、二人は俺の隣からようやく離れたと思うと、
今度は訳の分からんことで競い合ったり、時には俺も交えてきたりと散々だった。
最初は仲悪いって思ってたのに、最後は一緒に帰りやがって。
結局優里奈が来た理由も分からなかったし、勉強もしてないし、
俺の休日はどうしてこう無駄になってしまうんだろうか?
「……とにかく、あいつらもう会わせないようにしねぇと……」
心底そう思う傍ら、俺はふと携帯の待ち受けに目をやった。
「……今頃、どうしてんだろうな……彩音は……」
俺は彩音とのツーショット写真の待ち受けを見ながら、迂闊にもそう口にしてしまった。
ああ、ヤベ……恥ずかしくて死にそう。
俺は一人赤くなり、そのままベッドで体を横に転がりまぐった。