第5話 俺のちょっとした修羅場
「おじゃましまーす」
「おう、来たか」
玄関のドアが開き、俺はその客人に目を移す。
時計の短針はまだ十時を示しているが、それにはちょっとした事情がある。
「はい、和飛。これ手土産!」
「おお! ありがとな、聖乃」
聖乃が手に持っていたレジ袋を受け取ると、俺は聖乃を自分の部屋へと招いた。
今日はいつも一緒にいる栗田は不在で、聖乃だけが俺の家にやって来た。
「それにしても、あいつもよくやるもんだな、全く」
「仕方ないよ、風邪を引いたんじゃ。喉を痛めたらもともこもないんだから」
「まあそうだけど、初めに俺の家に行こうって言ったのは栗田だぞ?」
今日はもともと、第二回声優勉強会と称して俺の家に栗田と聖乃が集まる予定だった。
が、昨日になって栗田が俺と聖乃宛てのメールで、
「”すまない、風邪を引いたから明日は二人で勉強会をやってくれ(>_<)
こういう時に、妹さえいれば俺の風邪は一瞬に吹き飛ぶのにな……”」
と、似合わぬ顔文字とお決まりというべきセリフが書かれてあった。
俺は当初、勉強会は自動的になくなったなと思い聖乃にその趣旨でメールしたら、
まさかのまさかで聖乃が勉強会をすると言い始め、結果的に今日の運びとなった。
「それにしても、なんでわざわざ今日勉強会をしようとか言い出したんだ?」
「えっ!? そ、その、えっとあの……あ、あれ!」
「どれ!」
「く、栗田が言ってたじゃん! 二人で勉強会をやってくれって!」
「ま、まあそうだが……そんな律儀に栗田の言うこと聞かなくてもいいだろう」
「それが親友に贈る言葉ですか……」
肩をぐっと落とした聖乃は、そう言うとふっとため息を漏らした。
「……まあいいか、それより今日はどんなアニメを見るんだ?」
「えっ?」
やべ……話題変えたの露骨すぎたか?
「あ、ああうん、えっと今日はこれ見よっか!」
「そ、そうか……じゃあ準備するか」
若干ぎこちない空気が流れながらも、俺と聖乃はテキパキと準備を進めた。
あぁ……こういう時に栗田がいればうまく流せるのに……
早く風邪治せこの馬鹿野郎!
俺は心の中で、栗田に向けてそう咆哮してやった。
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「ふぅ……これで全部か?」
「うん、やっぱりぶっ通しで見るのは辛いね」
「そうか? 俺はあともう1クールはいけるけどな」
「うわ……さすがは自称アニメオタク……」
「なんだその憐みの目は! 俺はアニオタを誇りと思ってるんだぞ!」
もともと声優になろうと思った最初のきっかけもアニメだしな。
「誇りって……まあ確かにアニメは面白いけどね」
「お前も十分アニオタだ」
俺がそう言うと、聖乃はむっと頬を膨らませてから、ぷっと微笑んだ。
こういう時々見せる女子らしい一面に、ギャップ萌えというのだろうか、
俺は不覚にもドキッとしてしまうことがある。
外見は普通に女子なんだなーって、改めて思わされる。
「それよりさ、和飛」
「ん? なんだ?」
机に置いてあったポテチを一口パクッと食べながら、聖乃は続けた。
「この勉強会って、ただアニメを見てそれで終わりなの?」
「……まあ、少なくとも第一回はそうだったんじゃねーか?」
「でも、それだと本当に勉強になるの?」
「勉強会なんてただの名目で、所詮は俺の部屋でアニメを見るってだけだろこれ」
「でも、これからのことを考えると、それじゃあいけないと思うんだよね」
「これから……って、またやるのかよ……」
「なんでそんな残念がるの!」
そりゃあ残念がるだろ、せっかくの平穏の休日を失うんだからな……
「それで、ある考えがあるのです!」
聖乃は突然その場を立ち上がると、そのまま人差し指を俺の顔に向けた。
「今からその場にあったシチュエーションをこのくじから選んで、
その役のセリフを言って評価しあうの!」
聖乃は今日持ってきたレジ袋からくじが入った箱を取り出すと、
自信満々にそう提案してきた。
「っていうかその袋に入ってたの手土産じゃねーのかよ!」
「手土産だよ、勉強会用のね!」
「クソッ……聖乃を安易に信じた俺がバカだった……」
「ちょっと、なんで私が悪役みたいになってるの!」
純粋な俺の心を弄んだお前は立派な悪役だ。
「……まあ、それで、このくじを使ってどう勉強するんだ?」
「はーい、では説明していきまーす!」
「…………おう」
「まずこのくじには色々なシチュエーションが書かれている紙があって、
そのシチュエーションに合わせて自分で考えたセリフを言っていくの!」
「例えばどんなものがあるんだ?」
「うーんと……”校舎裏 告白”とか!」
「……やっぱ俺これパスで」
「ちょっと! 何でそんな拒否るの?!」
「なんで部屋で二人っきりで聖乃と告白シーンやらないといけないんだ!」
「た、例えばって言ってるでしょ!」
顔を真っ赤にして反論する聖乃に俺もついつい顔が火照っていくのが分かった。
「とりあえず、一回やってみようよ」
「断る、栗田がいるときに一緒に栗田とやっていろ」
「レッスンとかにもこういうのが生かせるかもしれないんだよ?」
「うぅ……だ、だけど俺は……!」
「和飛は声優になるんじゃないの? そのための練習だよ?」
「…………」
「ね? だから一回やってみよ?」
「…………い、一回だけ、だからな」
こんなにも意思が弱かったのか、俺は。
ま、まあたかが一回だけだ、さっさと終わらせよう。
「それじゃあ早速やろうか! はい、和飛!」
そう言うと、聖乃は俺にくじ箱をあたかも嬉しそうに渡してきた。
仕方ないので、俺は一度目を瞑り、そのくじ箱の中から一つ紙を取った。
「……えっと、”誰もいない放課後の教室 告白”って、これも告白じゃねーか!」
「え、えぇぇえ!?」
聖乃と、たぶん俺も、顔を真っ赤にさせながら、俺らは口を開けていた。
このくじ箱……絶対告白シーンしか入ってないだろ!
いや、今はそんなことより、この後のことを考えないと……
「な、なあ聖乃? や、やややっぱりこれ、なしにしようぜ?」
「な、なんで?」
「なんでっておま、さすがに二人っきりでそう言うのはまずいだろ」
「でも……演技、でしょ?」
「あ、当たり前だ!」
「だったら……いいんじゃない、かな?」
な、なんで聖乃は今日に限ってこんなしおらしいんだよもう!
栗田、なあ栗田、助けてくれ!
「わ、わかったよ、やればいいんだろ、やれば」
「うん、じゃあ、早速……しよっか?」
これは決してエロく聞こえるように言ったわけではありません。
「どっから言えばいいんだ?」
「うーん……もうすでに二人が教室にいるところからで」
「……分かった、じゃ、じゃあ……いくぞ」
「う、うん……きて……」
これは決してエロく聞こえるように言ったわけではありません。
「……ごめんな、わざわざ連れてきちゃって」
「ううん、私も、話したいことがあったから」
もうすでにお互いスイッチは入っていて、俺も俺が思うキャラを演じている。
「俺、聖乃と同じクラスになって、本当に嬉しかった」
「うん」
「聖乃とこんなに仲良くなれて、本当に嬉しかった」
「……うん」
「だから、だからこの友達の関係も終わるかもしれないけど、
それでも俺は、聖乃にこの気持ちを伝えたいんだ」
「……うん」
聖乃の返答を聞いたあと、俺は一度深呼吸してこの後のセリフを考えた。
そしてある程度俺はセリフを決めて、ゆっくりとそれを口に出した。
「今までずっと、聖乃のことが好きでした。付き合ってください」
「……私も、私も和飛のことが」
ゴトン
「「うん?」」
聖乃が言葉を紡いでた矢先、玄関でやや鈍い音が床に広がった。
俺も聖乃も何があったのかと、その音がした方へと目を向けると、そこには……
「おにい……ちゃん?」
神様、あなたは俺にそんな怨念を持っているのですか?
俺はあなたに何をしたというのですか?
何故俺は愛する妹に、ニセの告白を聞かれなければいけないのですか?
しかも優里奈絶対に勘違いしてるし!
「ゆ、優里奈! ち、違うんだこれは」
「おにいちゃん」
「ひぃ!?」
今まで聞いたことないような低く暗いトーンに、俺は思わず悲鳴を上げてしまった。
なんでかって?
優里奈が低いトーンで話すときは、大体怒っているときか不機嫌なときだ。
しかもそのトーンが低ければ低いほど、怒っている度数は高くなってくる。
おそらくこのトーンは激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームを
はるかに陵駕しているだろう。
「おにいちゃん……ちょっとそこに正座して」
あぁ、俺は一体どうなるんだろうか?
彩音……俺、生きて帰れないかもしれない。