第4話 俺の妹
「あぁ、今日も疲れた……」
喫茶店からの帰り道、俺はそう呟きながら家へと帰っていた。
帰った後も特に迎えてくれる人もいないし、そう思うだけで憂鬱になってくる。
別に家族の家に戻りたいとか、そう言うのじゃない。
だけど……やっぱり少しだけ、人恋しくなる時もあるよな……
「…………うん?」
今俺は自分の家の前にいる。
本来であれば、家の中の明かりはすべて消灯しているはずだ。
しかも、鍵もちゃんと閉めていたはずだ。
しかし、何故なんだろうか。
俺の家の明かりが……ちゃんと点いてる。
栗田たちはあの時解散したから可能性はなし、
あいつら以外に俺の家に来るような間柄も特にはいない。
となると……泥棒か?!
「……確かめる……か」
深い深い深呼吸をして、俺は一旦心を落ち着かせた。
まだ泥棒と決まったわけじゃない。
それを確認するためにも、俺はこのドアの先の光景を見なくてはならない。
さあ、この伊吹和飛……参る!
ガチャ
「ど、泥棒! い、いいいますぐ手を上げろ!」
「ふぇ!?」
「えっ?」
泥棒とは程遠い聞き慣れたその声に、俺は閉じていた目をゆっくりと開けた。
すると、そこには俺の愛おしい面影が、俺のベッドで横たわっていた。
「優里奈!」
……伊吹優里奈、俺の愛する妹で俺をシスコンにさせた元凶。
そう言えば、こいつ前にも家に来てたな。
「優里奈~来るんだったらちゃんと言ってくれればいいのに~!」
「なんでわざわざお兄ちゃんに言わないといけないの?
あとその甘ったるい声やめて、キモいから」
「そこまで言うことないだろ? お兄ちゃん嬉しんだからさ」
「私はお兄ちゃんのために来てるんじゃないから」
「でも……俺はお前の顔が見れるだけで嬉しいよ」
「……本当、そう言うとこ……嫌い」
嫌いと言われるとさすがに堪えるが、まあ本心じゃないということは分かる。
こいつ、本当のこと言う時は声のトーンが一気に下がるからな。
優里奈が俺の部屋に来ている理由は、他でもない。
そう、俺の部屋の本棚にある漫画を読むためなのだ。
俺の両親、特に父親は一般的な父よりも厳しいもので、
アニメや漫画とか雑誌とか、そういうものをとても嫌がっている。
俺は隠れてアニメとか見ていたが、優里奈は今でもそう言うのは言われてるのだろう。
しかも俺が声優になるとか言ったから、余計優里奈に厳しくしているだろう。
「それよりお兄ちゃんはもう声優になるの諦めた?」
「諦めてねーよ、俺は本気で声優になろうと思ってるだぞ?」
「私はお兄ちゃんが声優になるのは今でも反対。
第一、声優さんになっても全然儲からないんだよ?」
「お金のために声優になろうとしてるわけじゃねーよ。
収入なんて、俺にとってはおまけみたいなもんだ」
「でも、お金がないと、今以上にお兄ちゃんやつれちゃうよ?」
「やつれてなんかねーよ、今日は疲れてるからそう見えるだけだ」
「ふーん。まあとにかく、私はお兄ちゃんが声優になるの反対」
俺が声優になりたいと家族に言い出した時、一番反対したのは、優里奈だった。
父親も反対していたが、優里奈はそれ以上に俺が声優になるのを嫌がった。
その理由は今も分からない。
結局、俺は父親に勘当されてこうして一人暮らしするようになったのだが、
まあこればっかりは仕方ない。
「それより、優里奈はいつまでここにいるんだ?」
「うーん、ずっと?」
「マジでか!」
「ウソです、あともうちょっとで帰るよ」
「そ、そうか……ま、まあじゃあ帰るまで漫画でも読んでいきな。
家に帰ったら満足に読めないだろうし」
「うん……ありがと」
「おう」
「それよりお兄ちゃん、今日は夜ご飯は食べたの?」
「帰る前に仲間と喫茶店に行ったから大丈夫だ」
「…………」
俺がそう言うと、優里奈はしきりに俺の顔をまじまじと不機嫌そうな顔で見つめてきた。
そんな俺が晩御飯を食べないのが癪に障るのか?
「……お兄ちゃん、優里奈が声優になるのを反対してるのは
そう言う理由もあるんだよ?」
「どういう理由だ?」
「だから……お兄ちゃん、絶対一人暮らし向いてないじゃん。
服は散らかりっぱなしだし、料理はろくにできないし」
「うぅ……まあ確かにそうだが、俺はこれでもこうやって元気に……」
「元気じゃないじゃん!」
俺の言葉を遮って、優里奈は少し強い口調でそう言った。
「今のお兄ちゃん、全然元気じゃない」
「優里奈、俺のどこが元気じゃないというんだ? こんなに元気なのに」
「心は元気かもしれないけど、体は全然大丈夫じゃないじゃん!」
「う…………」
「家に帰ったら、ご飯だって毎日三食食べられるんだよ?」
「…………」
「それに、お兄ちゃんシスコンだから優里奈にも毎日会えるし!」
「そ、それは……いいな……」
「だから……ね? 家に帰ろう?」
「……今日はやけに感情的だな」
「べ、別にそういうわけじゃ……」
少しの沈黙を経て、俺は再び話しかける。
「優里奈、気持ちは嬉しいよ。でも、もう縁を切られた身だしな」
「そ、それはっ!」
「それに、今更両親に養ってもらおうなんて図々しい考え毛頭からないし、
自分の夢のためにああ言ってまでここにいるんだ、簡単に引き返せない。
けど……優里奈、心配かけさせちまって、すまなかったな」
俺はそう言い終わると、今にでも泣きそうな優里奈の頭をそっと撫でてやった。
俺と似た黒髪で、よく似合うポニーテール。
けど、顔は俺とは全く似つかないモデルみたいな可愛さだ。
やっぱ、家に帰るべきか? 優里奈を毎日見るために……な。
「……ふん、今日のところは、これでよしておこっかな」
「まだ説得するつもりだったのか?」
俺が笑いながらそう言うと、優里奈は満面な笑顔で
「うん!」
と。その一言だけで俺の心はいとも簡単に鷲掴みにされたのだった。
妹最高!