天孫様、鬼をひろう
「手力ー」
穏やかにはれた昼下がり。
俺はのんびりと昼寝をしていた。
はずなのだが。
「手力ー」
ああ、終わった。俺の静かな昼寝の時間。
聞こえない振りして、寝たふりしてやりすごそうにも相手が悪い。
「手力ー。おきろー」
俺は観念して、瞼を開いた。
太陽を背に、黒髪艶やかで紺のブレザーの似合う少年ーー天孫ニニギ様が、にっこりと笑って俺を見下ろしていた。
さよなら、俺の穏やかな日常。
「よし、起きたな」
「……なんですか、なんか用ですか」
「仕事だ。支度しろ」
「今日、休みのはずでは……?」
「緊急の休日出勤だ! さあ、行くぞ!」
ニニギ様は俺の手を引っ張り、無理矢理にでもたたき起こそうとする。
まあ、腕力のないひょろひょろのニニギ坊ちゃんには無理なことだけど。
それでもあきらめてたまるかー、といわんばかりに、顔を赤くしながら引っ張り続ける。もういじめて楽しむのやめとくか。
「わかりました、わかりましたよ……。で、緊急の仕事とは?」
「ぎゃあっ!」
急に俺が起きあがったもんだから、坊ちゃんはそのまま後ろへバランスを崩す。
尻餅つく前に俺が引っ張って止めたけど。
「いきなり起きるなたわけっ」
「起きろっつったのあんたでしょ」
「タイミングというものを考えろ!
まあいい! 俺は寛大だからな」
「はいはい」
宿屋の一室で、俺は茶を飲みながら坊ちゃんの言葉を待つ。
その坊ちゃんはお茶と菓子をもそもそ食っている。おい菓子はあとにしろよ。
「んむ、では本題な」
坊ちゃんの表情が真剣に引き締まる。
「この街の祠の穢れを祓うぞ」
この日本には、人間の他に八百万の神と妖怪、異国からやってきた神や魔物が共存している。
俺ーー天手力男はこの天孫ニニギ様が地上ーー中つ国に光臨する際同行した。その縁か、天孫光臨から千年以上も経った今でもこうして行動をともにしている。
で、日本には怪奇と呼ばれる奇妙な現象や事件があちこちで起こる。
たとえば春に咲くはずの木が雪の降る季節に花を咲かせたり、ひとつのお山だけを囲んで大嵐が巻き起こったり、ケガレにより病気を引き起こしたり。
そんな怪奇を解決するのがニニギ坊ちゃん。
俺は坊ちゃんの下僕として、手となり足となり馬車馬のごとく働くのである。
俺たちのいる街は人間と神々が比較的共存している(今の世の中、人間のほとんどは神や妖怪を視ることができず、よって共存というより神が人間の信仰対象として祀られているのがふつう)。
坊ちゃんはこの街に住んでるわけではなく、用事があってここに滞在しているとかなんとか。俺はその理由も告げられず無理矢理つれてこられた。
せっかくの昼寝うってつけゾーンを見つけてのんびりしていたというのに、そのささやかな休みすらない。ちくしょう。
「祠を祓うための滞在だったってことですか?」
俺は宿に連れ戻され、ニニギ坊ちゃんに詳細を聞く。
「いや、実はこの街近辺は、良質な鉱石がとれることで有名だろう? その鉱石を手に入れたくてさ」
「はあー……鉱石、装飾品でも作るんですか」
「そう。イシコリドメのばーさんにな、綺麗な飾り物でも作ってもらおうと思ってな。
それで街にきたら、鉱石のとれる採掘場がさあ、瘴気に満ちていると聞いたのだ。これでは名産物である鉱石がとれないし、商売もできなくなって街がたちゆかないということだった。祠は採掘場の一番奥にまつられているという」
ニニギ坊ちゃんは部屋にある菓子をもぐもぐ食いつつ話をする。あの、俺の分はとっておいてあるんですよね?
「採掘場を取り戻せば街に活気が戻るし、商売も元通りだ。そして俺は目的のものを買うことができる。
というわけだ、手力! 採掘場にはびこる穢れの原因をつきとめるぞ!」
菓子を飲み込んで、坊ちゃんは勢いよく立ち上がる。
わかってはいたことだけど、やっぱり俺の分の菓子は残されていなかった。
街の者に祠近くまで案内してもらうことになった。
年若い人間の男は俺たちを視てもとくに驚かない。街には神々との交流がまだ残っているらしい。
「ほんの数日前だったかなあ……。いきなり大雨が降って雷も鳴ってて。あ、そうだそうだ、そのとき、採掘場に雷が落ちたような木がしたんですよね」
「雷か。けが人は出なかったか」
「出ませんでした。運がよかったのかもしれないです。その日は採掘場は閉じていましたから。
そのころから、なんだかやたらと瘴気が漂い初めて……。近くを通った街の住人がみんな倒れてしまうんです」
ここですよ、と若者が言う。
今まで歩いてきた道は整備がしっかりしていた。だけど今立ち止まっている場所は砂利道になっている。木々は延び放題で、根がぼこぼこと地面から盛り上がる。
今日は晴れだというのに薄暗い。
木が太陽の光を遮っているんだ。
「採掘場も前まではこんなに怖そうな場所じゃなかったんですけどね……。木も定期的に剪定してたので、薄暗くもなかったです」
「うむ……やはり瘴気で近づけなくなって剪定も難しく、結果こんなに恐ろしげになって瘴気も広がっていったと考えられる。……なんとも心苦しいことよ。
うちの祖母様はこの街の宝石をたいそう気に入っていた。俺も実物を見るのを楽しみにしていたのだが、それを奪われるのは許せん。
安心しろ、俺が瘴気を祓う」
坊ちゃんは自信満々に、胸を張って、その人間に告げて見せた。
なんだか、坊ちゃんの後ろに太陽がついているみたいで、光がよみがえったように見えた。周りは暗いのに。
やっぱり天孫ということなんだろう。こういうとき、坊ちゃんの自信や断言は人間や俺たちに希望を与えてくれる。
「あ……ありがとうございます! この街をどうか、助けてください!」
「まかせろ。瘴気が片づいたら、うんときれいな鉱石を買わせてもらうからな」
人間と別れて、俺は坊ちゃんを守るように道を歩いていく。
まだ暖かい季節のはずだけど、通り抜ける風が薄ら寒い。
俺は坊ちゃんの前を歩いているけど、油断すると坊ちゃんが追い抜きかねない。危ないから俺が先に行くというのにずんずん歩くから引き留めるのも一苦労である。
「坊ちゃん? そろそろ採掘場では?」
「うむ。あと少しかな。しかし寒いなあ。季節は冬だったっけ?」
「いえ春です。……ほら、俺から離れないでください」
「えー……。お前のすすみが遅いんだよ」
「あんたがはえーんだよ! いいですか? 坊ちゃんは天孫様で、天照お嬢のお孫様なんですよ! 俺はお嬢からあなたを任されてる手前、なんかあってはならないんです」
「むー、それは保身で言ってるのか?」
「保身もあるっちゃありますけど、俺のせいであんたが傷ついたらイヤでしょう、普通に考えて」
「おまえ、こっちが泣けてくるくらい正直者だな」
「……身にしみてよくわかってます」
「まあ、そんなおまえだから俺も安心して前に進めるんだけどな。
ほれ、いくぞー」
坊ちゃんは俺の心配など適当に受け流す気満々だ。しょうがねーな……と思いながら坊ちゃんの動向を確認する。
採掘現場は注連縄で封じられている。現場というのは洞窟になっていて、そっから奥へ進むことで鉱石をとりに行くんだとか。
ただ落石とか採掘するための道具の扱いとかいろいろあるため、専門の職人以外が無断で足を踏み込むのは禁止されている。
今回はことがことだから、特例として俺と坊ちゃんが踏み込むことになったのだ。
「灯り、持ってきた方がよかったですね」
「必要ない。ほれっ」
坊ちゃんが上着の懐から赤いメガホンを取り出す(どこに隠してたんだ?)。
マイク部分に口を近づけて息を吹きかけると、そのメガホンがすっと橙色に輝きだした。
「おぉー、それは術式の類ですか」
「そう。灯りをともす術でな。といっても簡単なヤツ」
「いや、でもさすがですね。俺は簡単な術も使えないから、すげえなー」
「……訓練すればおまえでもできるぞ」
「一時期、やってたことがあったんですけどね。ツクヨミ様に師事しまして。無理だと両断されました」
「まじかよ」
ツクヨミ様は天照お嬢の弟君であり、呪術には詳しい。そして基本的に神も人間も見捨てない方なので、そんな方がすっぱり斬るあたり、俺は術の類にはもう縁遠い神なのだ。
「なんつーか……うん、おまえには怪力があるし……その、まあお人好しで頼りがいがあって、いざっつうときは怒るし、術が使えんでも良い神だぞ」
「同情ありがとうございます」
「うむ、おまえにはたくさん助けてもらってるしな……術がつかえないくらい……」
あ、これ本気で哀れみもらってる。その遠い目やめてくれ!!
「いやいや、俺のことはいいんだって!! それより瘴気の原因つきとめて穢れ祓うんでしょ!」
「おぉ、そうだったそうだった。こっちだな」
暗闇の中、灯りは坊ちゃんのメガホンだけだ。
おれは夜目がきくほうではないから、坊ちゃんの術はありがたい。
奥へ進めば進むほど、寒気は増して穢れの濃度が強くなる。
穢れというのは生き物を蝕むものだ。戦いに関わる神や戦神であればある程度の耐性はつくけど、体が小さく発育途上の坊ちゃんにはこの穢れは強すぎる。
「坊ちゃん、瘴気に当たってきつかったら、無理せず俺に言ってください」
「ありがとう。今は平気だ。
……これが祠か」
坊ちゃんが灯りを照らす先には、小さな祠がまつられていた。
小さくとも手入れは行き届いている。祠の端から端まできちんと磨かれていたような跡がある。供物はすでに食われていて器だけが残されていた。ぴかぴかに磨かれた器が坊ちゃんの灯りに反射する。
「こうして俺たち神々の依るところをつくってくれている。ありがたいことだ」
「そうですね」
「しかし、祠があるならどうして瘴気が出始めたりなんてしたんだろ。
……うん?」
坊ちゃんは祠の後ろへと近づいていく。裏に何かあるのか?
「坊ちゃん?」
「手力、ちょいとお前の怪力が必要だ」
「え?」
「裏に誰かいる。神でも人間でもない。
鬼神だ」
坊ちゃんに手招きされて、俺は祠の裏を伺う。
そこには確かに誰かがいた。
坊ちゃんの言うとおり、そこにいるのは神でも人間でもない。
鬼だ。
「ちょっ、こんなところに鬼!?」
「引っ張りあげてくれ。俺の力じゃ無理だ」
俺はあわてて鬼を祠の裏から引きずり出す。
この鬼は祠の裏にちょうど倒れていたようだった。
橙色の髪に茶色の着物。簡素な胸当てや折れた刀からして武神なのだろう。
頭に生えた二本の角は細くて鋭い。
ぼろぼろになった姿は、負け戦から命辛々逃げてきたようにも思えた。
「けが、して……ないな」
「癒えたんでしょうか。鬼は傷の治りが早いらしいから」
「かもしれんな。どちらにせよ、外に出してやらねば。
道は俺が先導するから、手力はそいつを運んでくれ」
「はい」
鬼を背負ってみたがそんなに重くなかった。ひょっとして、なにも飲まず食わずだったんだろうか。
祠をあとに、俺と坊ちゃんは採掘場から外へとでた。
すると不思議なことに、採掘場をまとっていた瘴気がすべて消えている。
「へっ?」
「瘴気がない……? なぜだ? 異形がひそんでいるかと思ったのに」
異形と言えば、穢れを糧に生きる化け物だ。瘴気や穢れの強い場所にはたいてい異形がすんでいて、そいつらを倒すと瘴気も自然ときえる。
俺はふと、足下の異変に気づいた。
霧のような黒い瘴気が、俺の足近くをうろついている。なんで?
飛び上がったり逃げたくなったりするがここは我慢だ。びびって逃げたら、手力としての名がすたる。あと坊ちゃんに一生宴会の席でのネタにされる。そしてお嬢の耳に入って「あら手力ったら、案外こわがりなのね」とか無表情で言われるんだ! それはイヤだ!
「瘴気……なるほど、この鬼に群がっているのか」
「何か持ってるのかも……?」
俺はいったん鬼神をおろし、気絶してるとこ悪いとは思いながらそいつの体をさぐってみる。
すると、鬼神の懐からなんだかぶよぶよしたきもちわるい物体が俺の手に当たった。
おそるおそる取り出してみると、泥だかゴムだか、触れているのがイヤになる感覚だった。
本能的にこれはやべえ、と告げる。なんかぞわぞわする。鳥肌が立つ。冷静じゃいれなくなる。これを坊ちゃんに触れさせるわけにはいかない。
「どれどれ」
「なにさわってんのアンタ!!?」
「うーむ……ぞくぞくするなぁー……これ穢れの核っつーか塊だろ? そら瘴気もたまるわー……」
「ひとりで納得してんじゃねえよ! っつーか触れるなよ! 触れた先から腐敗したらどうすんの!!」
「破壊すりゃいいんだろ。おら、手力!」
坊ちゃんは俺から一歩離れて、メガホンに口を当てる。
「ニニギの名のもとに命じる!
手力、瘴気の根元をつぶせ!」
坊ちゃんは戦えない。そのかわり、他者の持つ力を最大限に引き出す能力を持っている。
腕力に優れる者なら木々をなぎ倒し、拳一発で地面を割らせ、道の妨げとなる大岩を片手で持ち上げられるほどに。
知恵に優れる者ならあらゆる困難な状態を覆す作戦を浮かばせ、絶望的な状況を逆転させるほどに。
素早さに優れるものなら、一晩で日本の端から端を駆け抜けるほどに。
坊ちゃんの声には、そういう力がある。
メガホンは増幅装置らしい。
そんな坊ちゃんの声を聞いた俺の力は、いつもの怪力なんてもんじゃなく。
つぶせと言われれば、どれほど堅い岩でも指でつまんで粉々にできるだろう。
それくらい力がみなぎっていた。
俺はぐっと拳に力を込める。
穢れの根元はぐちゃっと音を立ててつぶれた。
手からこぼれる穢れの液体は地面に落ち、砂に包まれ消えた。
ぱっと手を開くと、俺の手の中にはひとかけらの鉱石が残った。
山吹色のでこぼこした鉱石。太陽みたいに輝いている。
「うむ」
坊ちゃんは満足そうに笑い、
「さて、戻ろう」
ずんずんと宿へ戻っていった。
さて、この件だが。
採掘場に突如現れた瘴気、穢れの原因は、やっぱり倒れていた鬼神によるものだった。
厳密に言うと、鬼神が持っていた鉱石に瘴気が付着して、それが穢れを呼んでいたようだった。
穢れはきれいなものを汚すのが好きだから、あのきれいな鉱石にはりついた。そしてその穢れがさらなる穢れを呼び、どんどん大きくなっていったのだ。とは坊ちゃんの判断。
その大本は俺が握りつぶしたから、もう瘴気が採掘場に潜むことはないだろう。かりに穢れが入り込もうとしても、奥の祠が守ってくれる。
「というわけで、もう安心していいぞ。このニニギ様が採掘場にはびこる穢れを取り除いたからな」
「ありがとうございます! これでまた、鉱石をとることができます!」
「いやなに、よかったよかった。
ああ、あとで鉱石店にもよらせてもらうぞ。とびっきりいい鉱石を見せてくれよ」
「もちろんです!」
人間たちは、ニニギ様に惜しみない感謝を捧げていた。穢れつぶしたんは俺なんですけどね、あとあと面倒だから黙っておいた。
さて、倒れていた鬼神だが、宿屋で休ませていたのがさきほど目を覚ました。
「何であんな祠にいたんだ?」
「……? わからない、」
「うーん……じゃあ、名前は?」
「……覚えていない」
ずっとこの調子だ。
どこでなにをしていたか、それどころか自分の名前も出自も覚えていないという。
手がかりになる山吹色の鉱石を見せてもきょとんとしてた。
「まあ、いでたちからして、どこかの戦場から落ち延びてきたとみていいだろう」
見守っていたニニギ坊ちゃんがそういう。
「刀や装備の壊れ具合からして、そうとう激しい戦闘を繰り広げていたに違いない。そんで逃げ延びて、敵の目をかわすために、採掘場に逃げ込んだ、と俺は推測する」
「なるほど。それなら何となく合点が行きますね」
「何となくはよけいだっつに」
「……で、どうすんですか、この鬼神」
素性のしれない鬼神は、天照お嬢や高木様(天上のボスみたいな神でトップ2くらいのお方)、地上であれば大国殿に報告して、しかるべき場所で保護するのが普通。鬼神に限ったことじゃなく、迷い人や神、妖怪はそうして守られる。
「それなんだがな、手力」
「ああ、はい」
「俺は常々思っていた。手力も頼りにはなるが、少し心許ないと」
「うるせぇ……。自覚してんだよそこは」
「決して不足というわけではないぞ。もう一つくらい戦力がほしいと思っていたところなのだ」
「……。あの坊ちゃん、よもや」
「うむ」
坊ちゃんはにっと笑って言うのだ。
「この鬼神を、俺の下僕にしようと思ってな!」
哀れ鬼神、坊ちゃんの手となり足となり、ボーナスはおろか給料や休日は坊ちゃんの気まぐれとご機嫌次第ででるという超絶ブラックなところで働かされるとは。
「……私を?」
鬼神は首を傾げる。いかん、ことの重大さを理解してねえこれ。
「そう。身なりからして、戦いに関わってきたのだろう? だったら俺のもとにいろ! 俺は仕事上、物騒な異形を相手することが多くてな。この手力と一緒に、俺の手伝いをしてくれると大いに助かる」
「あ、ちょっ、だめだぞ? よく考えてから決めろよ? このニニギ坊ちゃんの下僕になるってことはな? 二十四時間つねに坊ちゃんの為に働かされるんだからな? ただ働きだぞ? ようやくでた給料が梨3個とかふざけた給与明細になるからな?」
「おい手力! 根も歯もなさそうなことを言うんじゃない!」
「なさそうってなんだよ! 実際そうだっただろうが!」
「いいじゃんよ梨でも! 祖母からのお裾分けだぞ」
「お嬢の贈り物かよ!」
あ、でも梨はむっちゃ美味かった。お嬢が持ってきてくれたからかな。いやそうじゃねえ。
「あの……」
「うむ? どうだ?」
「私でよければ、お力に」
鬼神を口説き落としたのは坊ちゃんの方だった。こういうとき弁が立つってイヤだな……。
「ほんとか? やった! じゃあ、明日からばりばり働いてもらうぞ! 異形を倒すだけでなく、異形を発生させないための防災知識も広めなければならんし、何より日本全国飛び回るからな! 暇はないがたのしいぞ!」
「はい……。喜んで」
「うむ、物わかりの良い鬼だ! 気に入った! 手力、おまえも見習えよ」
「ドコを?」
「さて、それはそうとして」
「おい流すな」
「問題は名前だな。おまえ、自分のなまえも思い出せないか?」
坊ちゃんの問いに、鬼神は少し考えるも答えはでなかった。
「なにも、覚えていません……」
「わかった。じゃあ俺が名前をつけてやろう。
おまえは鉄火だ」
「てっか」
「そう! 髪が炎みたいだからな。いいだろテッカ! 拒否は許さんからな!!」
朗らかに笑って坊ちゃんは鬼神に名前を与えた。
鬼神ーー鉄火はその名前を繰り返すと、うれしそうに笑う。
「鉄火……私は、鉄火」
「そうだ! さて、それではさっそく仕事だ!」
「ええー? さっき目を覚ましたばっかなのに?」
「もう治ってるだろ? それに倒れたら手力にかついでもらえばいい」
「俺を運び屋みてえにいわんでくれます?」
「ほら、いくぞ鉄火! 手力も! さっきの男の店にいって鉱石を見繕うのだ!」
ほれほれ! と坊ちゃんは鉄火の手を引っ張りずんずん歩いていく。
そんなまっすぐでむちゃくちゃで、それでもいとおしいニニギ坊ちゃんの背中を、俺はやれやれこぼしながらついていくのだ。
日本神話の神様、ニニギ様と手力様の二柱が織り成すコメディチックな短編となりました。ニニギ坊ちゃんと手力さんは普段こういうお仕事、というか活動をしていますという感じです。
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