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無詠唱で魔法を発動できるようになってから数週間。

コツさえつかめば後は簡単だった。

あのとき発動させた水魔法以外にも、風魔法と土魔法も無詠唱で発動させることができた。

残すは火の初級魔法だけだったが、火事にならずに練習する方法は思いついていた。

地面に穴を掘りそこに向かって発動すれば問題はないだろう、と。

その方法に今まで気づかなかった自分の愚かさに少々落ち込んだが、その練習法を試すためいつもの部屋で入門書を読んでいた。

パラパラとページをめくり、土魔法が記載されているページを開き、地面に穴を掘る魔法がないか確かめていく。

手だとそこまで深い穴を掘れないし、道具がある部屋には鍵がかかっていて使えない。

いくつかの魔法は使えるようになったが使えない魔法もまだあったし、呪文すら覚えていない魔法もあった。

攻撃魔法、防御魔法を探していくが、それらしい魔法は見当たらず、補助魔法に分類される魔法の中も探していく。

……あった。

開いたページには、土の初級補助魔法に分類される《地面掘削(ディガーホール)》の説明が記載されていた。

地面に落とし穴を生成する魔法のようだ。深さに関しては一メートルをイメージして発動すれば問題はないだろう。


「よし、ついに火の初級魔法を試すことができるな」


今まで練習できなかった魔法が試せることについ言葉が出てしまう。

これで入門書に載っている全系統の魔法を使えるようになると思うと、わずかながら気分が高揚してしまうのはしょうがないというものだ。

早速森に向かおうと入門書を閉じようとした時。


―ガチャリ。


背後でドアが開く音がした。今まで俺がこの部屋にいるときにドアが開いたことはなかったのだが。

いったい誰が来たのだろうと思ったが、その疑問はすぐ消え去った。この部屋を教えてくれたのはシスターだ。だとすれば彼女が様子を見に来たのかもしれない。

そう思い彼女に声をかけようと、椅子に座ったまま肩越しに後ろを振り返る。


「あれ?」


しかしシスターの姿はそこにはなかった。半開きになったドアからは廊下の壁が見える。

ドアを開けた後どこかにいったのか。それにしては廊下を歩いていく音は聞こえなかった。シスターがそのような行為をするとも思えない。


「ごほん、よんでるの?」


少々舌足らずな子供の声が下のほうから聞こえた。

今まで見ていたドアの上半分からドアノブより下のほうに視線を動かす。

ドアノブを両手でもった状態で、不思議そうにこちらを見ている銀色の髪の女の子と目が合った。


「えっと……」


予想とは違う人物の登場に言葉がつまった。

金色の髪の女性だと思ったら銀色の髪の女の子だった。

何と言ったらいいだろうか、本を読んでいるのは確かだが、魔法の本を読んでいるとはなんとなく言いづらい。

というか、そもそもこの子の名前はなんだったか……。

この孤児院で暮らし始めて何か月か経っていたが、人との接触を極力さけていたため、いまだに子供たちの名前は曖昧なままだった。

何を言おうか迷っているうちに、ショートカットの女の子はドアノブから手を離し、椅子に座っている俺のすぐ近くまでやってきていた。

エメラルドを彷彿とさせる緑の瞳が机の上に広げてある本を興味深そうに見ている。といっても机は女の子の鼻のあたりまで高さがあるから中身までは見えないだろうが。


「え、絵本を読んでるんだ。そこに色々な絵本があるんだよ」


年下に見えるし、絵本に興味を移せるだろうと思い、誤魔化しつつ本棚の一角を指さす。絵本が並んでいる場所だ。

女の子は絵本に興味が移ったようで、俺が指さした一角に近寄って行った。くりくりっとした瞳でじぃっと見ている。

……読まないんだろうか。いや読んでいいかわからないのかもしれない。


「絵本、読んでもいいよ。……貰った物だから、汚したりしたらダメだけど」


極力難しい言葉を使わないように言ってみる。元の世界では難しい言葉を使う機会のほうが多かったからスムーズにいうのが難しい。

銀髪の少女は、俺の言葉に一度振り返り、再度絵本のほうに振り向くと一冊の絵本を手にとって開いた。


「むか……、……と…ろに……?」


意味不明な言葉が女の子の口から発せられた。むかとろ?

再度女の子がこちらに振り返った。困ったような表情を浮かべている。

もしかして……。


「……読めないのか?」


こくり、と小さく頷いた。頬が少し赤く染まったように見える。

読み書きの勉強はしているはずだが、読めないのか。

いや、俺より幼く見えるし、全ての文字は判らないのだろう。


「絵本、読んであげようか?」


庇護欲でも刺激されたのだろうか。

今までの人を避けていた行動とは真逆に、何故か自分から歩み寄るようなことをした。

娘がいたとしたらこれくらいの年齢だったかもしれないな。

俺の言葉に女の子は、ぱあっと顔を明るくさせ、俺に近寄り目の前に絵本を持ち上げてみせた。

ひとつの椅子に子供とはいえ二人は無理だな、と思い目の前にある本を受け取り、椅子を降りる。

本棚を背に床に座り、彼女を手招きした。少し行儀が悪いが仕方ない。

今まで読んでいた本は座る前にさりげなく本棚に戻しておいた。

銀の髪を揺らしながら少し遅れて俺の隣へと座る。

緑色の瞳には興味と期待が映り込んでいる。輝いているようだ。


「えーっと……」


彼女が選んだ絵本は昔話だった。

昔、悪いドラゴンが暴れまわり、いくつもの国を滅ぼしていた。

国の数も人の数もどんどん減っていき、ついには残り一国となってしまった。

残された人々は絶望に嘆いた。

しかしその時、残りの一国から一人の英雄が誕生する。

英雄は聖剣を手に仲間と共にドラゴンへと戦いを挑んだ。

十日にも及ぶ激戦の末、ドラゴンを見事討ち果たした英雄は王女と結婚し、仲睦まじく二人で国を繁栄させていった、という話だった。

よくある昔話だった。だが、こういったストーリーは世界の隔たりなどないのだろう。

絵本を読み終えると彼女は興奮しているようで、瞳を輝かせつつ絵本の最後のページを食い入るように見つめていた。彼女の頭の中ではさぞや大冒険が繰り広げられていることだろう。

と思っていたら彼女は勢いよく立ち上がり、別の絵本を本棚から抜き取り持ってきた。


「これ」


一冊だけじゃないのか……。

両手で絵本を持ち俺の目の前に表紙を見せつけてくる。近すぎてタイトルがわからない。

この絵本も読んでほしいということか。

床に座ったまま、目の前の絵本を受け取ると、彼女はいそいそと先程と同じように隣へ座る。

絵本を見つめる目が、早く読んで、と訴えかけてきている。

仕方ないお姫様だ。

いいさ、こうなったら絵本の一冊でも十冊でも読んでやろうじゃないか。


覚悟を決めた俺の頭の中からは、既に今日の魔法のことはすっかり消え去っていた。


-----


「……あら?」


廊下を歩いていると、とある部屋のドアが開いているのを見つけた。

あそこは確か彼がほぼ毎日のように入り浸っている部屋だ。

ふと彼のことを思い返す。いつも何かを考えているような難しい顔。そして年齢に似つかわしくない落ち着いた性格。

あの性格だから子供たちと馴染めないのだろうか、他の子供たちと一緒にいたことをほとんど見たことがない。自ら距離をとっているようにも見える。

それによく森にも行っているようだ。凶暴な獣が出るわけでも魔物が出るわけでもないが、迷子にならないか最初は心配だった。

一度後をつけて森に入ったが、途中で見失ってしまい森の中を探し回った。どうしても見つけられず捜索隊を申請しようと院に戻ってくると、平然な顔をした彼が「おかえりなさい。何処か行ってたんですか?」と不思議そうな顔で私を見ていた。

それからだろうか、彼が森行くことに特に心配をしなくなったのは。

本当なら院の管理者として、保護者として失格なのだろうが、彼なら大丈夫だろうと思ってしまった。


そんな彼がいるはずの部屋のドアが開いている。いつもは閉めているのに珍しいことだ。

少し興味がそそられ、部屋の中をみようとドアへと近づいた。


「あらあら」


自然と笑みがこぼれた。

空いたドアの隙間から部屋を覗くとそこには、数冊の絵本が床に無造作に置かれ、本棚を背にすやすやと眠る二人の子供たちの姿があった。

銀髪の女の子は安心しきった寝顔で、傍らに眠る男の子の肩に頭を預けながら眠っている。

男の子のほうもいつものような常に何かを考えている顔ではなく、普段の彼からは想像できない、年相応の可愛らしい寝顔だった。

ふと気づく。こっちのほうが本来の彼なのかもしれない、と。


仲睦まじく眠る二人を起こさないよう、私は毛布がある部屋へと静かに歩いて行った。


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