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水球の他にもいくつかの初級の水魔法を使えるようになって数週間。
風、土の初級魔法も使えるようになっていた。
火だけは火事になるのが怖くてまだ呪文すら唱えていない。
今日もいつものように森の中に魔法の練習に訪れたが、今日はあれを無くす努力をすることを決めていた。
魔法を使用するために詠唱する呪文である。
誰もいない今ならまだいいけど、人がいるところで詠唱する機会が将来あったらと思うと……。
中二病という知識がある自分にとっては、あの呪文を詠唱するたびに悶絶する羽目になっていた。
詠唱するたびに思い出したくない過去が励起されるのである。
詠唱があるのが普通なのかもしれないが、できれば詠唱せずに魔法を発動できるようになりたい。
魔法を使った後のあの何とも言えない気分は、正直落ち着かなかった。
入門書には、無詠唱での魔法の発動に関しての記述はなかった。高等技術なのかはたまた異端なのか。
だが仮に異端なものであっても、普段は詠唱ありで魔法を使えばいいことだし、むやみに人前で魔法を使わなければいい。
万が一無詠唱で魔法を使ったとしてもうまくやれば自分が使ったとは気づかれないのではなかろうか。
「冷涼なる流れを以って、穿て、水球」
使い慣れた初級魔法を発動させる。それはいつも通り木の枝を幾本もへし折り、遠くの幹に陥没を作った。
これを今度は詠唱せずに行えるようにする。
あの本には魔力の流れをイメージするのが魔法を発動させる初歩だと記述されていた。
イメージ。そうイメージだ。
水球を生成、射出するイメージをきちんとすれば呪文を使わなくても発動するのではないか。
また、魔法を発動するための詠唱はその生成、射出のイメージを自動化するためのものなのではないかと。
詠唱を用いて魔法を発動するのに身体を慣れさせれば、例えば走りながらでも呪文を詠唱することにより、ほぼ無意識に魔法を発動させることができるのではないか。
自転車に乗るような感覚に近いのかもしれない。
その仮説を立てた俺は呪文の詠唱を行わず、自身の魔力で手の平に水球が生成されるイメージを行う。
……できない。
しかし水球は生成されなかった。
手の平に魔力が集まる感覚は確かにある。しかしそれが手の平の外にでる感覚がない。
……仮説が間違っていたんだろうか。呪文を唱えないと魔法は発動しないのか?
それならそれでしょうがないとは思うが、人前では詠唱するのは躊躇ってしまう。
将来それが足を引っ張ったりしないだろうか。
いや、まだ始めたばかりだ。結論付けるのはまだ早い。
魔力の流れをイメージするのや、初級魔法を発動させるさせるのだってすんなりとはいかなかった。
少なくとも自分は魔法に関しては凡才だ。すぐできるわけがない。おそらく普通ではないことをしようとしているのだ。時間がかかるのは当然だ。
深呼吸し、頭を降ってネガティブなイメージを消し去る。
もう一度だ。右手を前に突き出し、手の平に水球を生成するイメージを行う。
魔力が胸のあたりから右肩を通り右腕を通り右手に集まるのを感じる。しかしその先には行かない。
どうしても手にいった時点で魔力の流れが止まってしまう。イメージが足りないのだろうか。
変に力が入っているのかもしれないと思い、右手を下し全身の力を抜き、再度深呼吸する。
瞼を閉じる。思い浮かべるのは先ほど放った水球の形。
呪文を唱えると水球は生成される。その際、射出するためのイメージも同時に行う必要がある。
生成の場合、生成を止めると重力に従って地面へと落ちてしまう。
しかし逆に生成している間は地面へは落ちずそこに留まり続ける。生成を続ければ半永続的に浮かし続けられたりするのだろうか。
入門書にはサイズや色を変えたりするやり方は記載されていなかったが、サイズや色などを変えたりできるんだろうか。水球だから水色とか。大きさは五メートルくらいいけるか?
うん、無詠唱は気長にやるとして今度は色とかサイズとか変えられるかやってみるか。
気持ちを切り替えるためにひとまず別の試みをしようと瞼を開いた。
「……は?」
思わず声が出てしまった。
目の前に俺の身体を簡単に飲み込んでしまえそうな大きさの球体が浮かんでいたからだ。しかも水色の。
「なんで……。っ!」
目の前の光景に呆然としたのがまずかった。
水色の球体は浮力が失われたように急速に落下し、地面へと落ちた。同時に大量の水が土と混ざり泥水を周囲へとまき散らす。
小さい身体で踏ん張りがきくはずもなく、撒き散らされた大量の水に押し流され何メートルも地面の上を転がされる。
木にぶつからなかったのが不幸中の幸いだった。
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衣服に付いた泥や落ち葉などを水魔法で落とし、服を日光に当てながら風魔法で乾燥させた。今日が晴の日でよかった。
それよりもさっきのことだ。
俺は、近くにあった倒木の上に腰を下ろし、先ほどの出来事を思い返す。
瞼を開けたあとに見た水色の巨大な水球。あれはおそらく俺が生成したものだろう。あのとき確かに水色の水球をイメージしていた。
しかし、色を変える方法や水球のサイズを変える方法は初級魔法入門書には記載されていなかった。
初級だと色を変え方やサイズの変え方は教えないんだろうか。まぁ応用技術だろうから入門書であるこの本には記載がないのかもしれない。当然、無詠唱に関する記載もなかった。
しかしさっきは詠唱なしで水球を発動することができた。地面に落下したのはおそらく射出するイメージをしていなかったからだろう。
ただ、無詠唱での魔法の発動の仕方がまだ曖昧だ。さっきはどうイメージしていたんだったか。
確か、目を閉じていつものように右手で水球を発動していた時のイメージをしていて……、そのあと色とかサイズのイメージをしていたはずだ。
そうなると目を閉じて色とサイズをイメージすれば水球は発動するのか?
…………。
……ダメか。
しかし、目を開けてもそこには見慣れた森の木々が生い茂るばかりだった。
「うーん……」
つい唸り声が出てしまう。
何が違うんだろうか。さっきの時と同じイメージをしているはずなんだが。
さっきは目を閉じて色とサイズをイメージしていたはずだ。
……いや。
「たしか、その前に水球を発動するイメージもしていたはず……」
あの時は、色とサイズをイメージする前に水球を発動する光景を思い返していた。
最初に試したときは水球の発動をイメージしても詠唱なしでは発動はしないことを確認していた。
だが確かあの時は、呪文を詠唱して右手から水球が発射されるイメージをしていた。
「呪文の詠唱をイメージする必要がある、のか……?」
腰かけていた倒木から立ち上がる。
イメージするのは、呪文の詠唱、そして先ほどとは違い、赤色で三十センチ大の水球。
冷涼なる流れを以って、穿て、水球
すると……、
「で、できた……」
自分の目線とほぼ同じ高さに、三十センチほどの赤い球体が生成されていた。
間違いない、イメージした通りの水球だ。
「ふうぅー」
深く息を吐き、肩の力を抜く。
目の前の赤い球体はほどなくして地面へと落下し、小さな水たまりとなった。
とりあえず無詠唱のやり方はわかった。これからは悶えることなく練習できそうだ。
ただ気になることが一つだけあった。
それは少し前、巨大な水色の水球に押し流された後から、気怠さに襲われているのである。
大量の水に押し流されたための一時的なものかと思っていたが、先ほど赤色の水球を生成して気づいた。
魔法を使ったあとに気怠さが強くなっていることに。
いわゆるMPの消費というやつか?
ゲームだと魔法を発動するたびにMPが消費され、無くなると魔法が発動できなくなるが常識だ。
MPが枯渇しているのが今の状態ということなんだろうか。
今まで気怠さは感じていなかったが、今日に限っては、色を変えたりサイズを変えたり無詠唱で発動させたりと、今までとは違うことをしていた。いつもよりMPが消費されたのだろう。
「今日はもう戻るか」
続きは明日から行おうと決め、強い気怠さを抱えつつ、俺は孤児院へと戻った。