2
どこだ、ここ……?
気が付くと知らない場所にいた。
古ぼけた木製の少し広めの部屋に子供が何人かいる。
修道服をきた女性が、黒板のようなものに文字を書きながら、子どたちに向かって話しかけていた。
書かれている文字に関して説明をしているようだ。
見たことがない文字。アルファベットに近いように見えるが、微妙に違う。
話している言葉は、……理解できる。しかし書いてある文字は読めない。
女性は子供たちに読み書きを教えているようだ。
子供たちは行儀よく椅子に座り机にある茶色い紙に何かを書いている。
黒板に書いてある文字を書き写しているようだ。
とそこで、頭を動かさないようにして周囲を観察していた俺の目に、机に放り出されるように置かれている小さな手が映った。
これは、俺の手、なのか……?
自分の年齢を考えるとやたらと小さい手だった。それに若干丸みを帯びていて柔らかそうだ。
慌てて自分の身体を確認する。
やたらと小さい。これは、子供の身体か?
なんだこの身体は……。大きさを考えると五歳児くらいか?
身に着けている服も随分と質素、というかぼろい。継ぎ接ぎも何か所もされている。
両手を見ながら手を握ったり開いたりしてみる。
明らかに俺の身体じゃない。が、自分の意志で手や足は動かせる。
髪の色は茶色。いやダークブラウンといった感じか。
そもそも、なんでこんなところにいるのか、まったく思い出せない。
それに、言葉は理解できるのに、黒板に書かれている文字は一切読めない。
少なくとも俺がいた場所じゃないのか確かだ。
気づかれないように少しだけ頭を動かし、室内を観察する。
みんな椅子に座って修道服を着た女性、シスターの話をよく聞いている。
落ち着け。まずは、ここがどこかを知る必要がある……。
今は自由に行動できないな。
ひとまず現状が分かるまで大人しくしているか。
-----
「シスター。本が読みたいのですが、どこにありますか?」
現状を把握した俺は、修道服を着た女性に、本がある場所を尋ねていた。
どうやらここは孤児院のようだ。
読み書きの時間が終わると自由時間になったのか、何人かの子供が孤児院の庭で思い思いに遊んでいる。
一度、外に出て孤児院の周囲を見渡してみたものの、裏手には森、正面には一面草原が広がっており、馬車などで踏み固められたのであろう土が道となって地平線へ一本伸びているのみだった。
周りに目印になりそうな建物がなく、どうしたものかと思ったが、とりあえずこの世界のことを知るため、まずは本を探そうと思い立った。
最初はシスターに話しかけても大丈夫か不安だったが、彼女の反応を見る限り大丈夫そうだ。
「本ですか? 寄贈頂いた本でしたらこちらの部屋にありますよ」
最初は少し驚いた表情をしたシスターだったが、しかし温かい微笑みを浮かべ、歩き始める。
彼女を後を追い、孤児院にある部屋の一つに入った。
その部屋の中には、入り口から向かって左右それぞれに今の俺の身長の二倍ほどの高さの本棚と、部屋の中央に窓に隣接する形で一人用の机と椅子が備えてあった。
「何の本を読みたいですか? 絵本でしたらこちらの棚にありますよ」
左側の本棚の一角に近づきつつ、訊いてくる。
絵本か。文字を覚えるのにはうってつけかな。とりあえず場所を覚えておこう。
それよりもまずは。
「地図はありますか? 外にどんな場所があるのか気になって……」
「地図……、ですか? 御国の地図でしたら……、これですね」
そういって一冊の本を手に取り、机に広げた。
その本をみようと近づくと彼女は俺を抱えあげ、椅子へと座らせてくれる。
この身体じゃ一人で椅子に座るのは大変だから有難い。「ありがとうございます」とお礼を言いながら、机に置かれた本に目を移した。
そこには、おそらくこの国であろう地形が描かれていた。地図上にいくつか書かれている文字は地名だろうか。
俺が知っている地図とは似ても似つかない地形だ。少し大きめに書かれている地名はこの国の名前か?
「これが御国の地図です。ちなみにこの孤児院はこのあたりにあるんですよ」
言いながら彼女の白く細い指先は地図の左端あたりを指した。地名などは記載されていない。
この孤児院は国の中心から見て西の端にあるようだ。
「いろんな場所があるんですね。」
言いながらページをめくる。
めくった先のページには、地図に記載されていた地名らしき文字と共に、絵と文章が記載されていた。
この本はガイドブック的なものなのだろうか。
地名はまだ読めないが、とりあえず俺が知っている場所、というか世界ではないようだ。
「そうですね、たくさんあります。まだ読めない部分のほうが多いでしょうけど、そのうち読めるようになりますよ」
彼女の手が俺の頭をふわりと優しくなでる。
そのうち、というのは読み書きの勉強を進めるうちに読めるようになるということなのだろうか。
しかし読めるようになるまでかかる時間が勿体ないな。自主的にこの世界の言葉を勉強したほうがしてしまおうか。絵本もあることだし。
「ここの本は自由時間内でしたらいつでも読んでいいですよ。ただ頂いたものですので大切に扱ってくださいね。」
「はい、わかりました。シスター」
返事をしつつ彼女を見上げると、綺麗な金色の髪が輝いているように見えた。