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2016年/短編まとめ

濁った水色が取り入れた世界

作者: 文崎 美生

すぅすぅ、規則正しい寝息が聞こえる。

本来ならば午後一番の授業を受けている時間に、俺は、俺達は部室にたむろしていた。

俺達と言っても、もう一人は完全に夢の世界だが。


文化部であり『創作部』なんて巫山戯た名前の部活動のために使われる部室。

その部室に置かれているのは本棚と大量の本と、四代のパソコンとテーブルとソファー二つ。

ソファーとテーブルは、普通必要とされないだろうに。


そんなソファーの片方に全身を沈めるのは、その創作部を創った張本人であり、幼馴染みの一人だ。

イトコで幼馴染みと、普通に幼馴染みが二人の計三人の幼馴染みがいて、この場で眠っているのは普通の幼馴染みの一人。


眠るのに邪魔だから、と結い上げていた髪が下ろされ、ソファーの肘置きに広がっている。

反対の肘置きには足が置かれていて、まぁ、ちょっと狭いかなくらいだ。

身長は割と小さめ、平均より小さいかな、くらい。


良く寝てんな、回転椅子から立ち上がり寝顔を覗き込んでいた俺は、長い前髪に手を伸ばす。

俺も人のことは言えないが、コイツはちょっと長過ぎる。

目が隠れるのが普通とでも言いたいのか、伸ばしっぱなしだ。


毛先に癖のある前髪を軽く払い、伏せられた睫毛を見た。

無駄に長い。

酷く女らしさを感じさせるのは、眠っているからか。

普段は全く女らしさを感じないのだが。


ソファーの肘置きに広がっている髪も、癖が強くウェーブが掛かっているが、前髪にまで来るのか。

さらりさらり、髪を梳くように撫でながら、癖の強い髪を眺めてみた。


高校生にもなれば、ストッパーを掛けるなり、毎朝アイロンで必死にストレートにするなり、あるだろうに。

そんなの欠片も見当たらない。

年頃感のない幼馴染みだと、つくづく思う。


頬に掛かる横髪を指先で払うと、寝息が一瞬だけ切れて、小さな声が聞こえた。

ほぼ吐息に近いようなそれのせいで、俺の手は止まり、ゆるゆると幼馴染みの目は開かれる。

長い瞼の隙間から、黒々とした瞳が覗いて俺を映すが、光がない。


いつものことながら、寝起きでもその目の中に光が見当たらないのだ。

ハイライトのない、死んだ魚のような目。

その目の中に俺を映しながら、幼馴染みは薄い唇をゆったりと動かした。


「あ、おみ、くん」


ぐつぐつと煮込まれながら甘ったるい香りをさせる苺ジャムみたいな、酷く甘ったるい、とろとろに溶けたような声。

無防備にも程があるのではないだろうか。

そう思いながら、俺は幼馴染みの髪に触れていた手を引っ込める。


まだ意識を夢の中に置いているのか、目が半分しか開いておらず、空いた唇からは言葉が出て来ない。

もう良いから寝ろ、と目を塞ごうとすれば、逆に向こうから手が伸びてくる。

白く細い指先には、栄養がちゃんと行き届いているのだろうか。


ひたり、その指先が俺の左頬に触れる。

何年も日の光を浴びていないようなその肌は、陶器のように滑らかで、眠っていたせいか、ひんやりとしていた。


「いたい、よねぇ……だい、じょーぶ、だよ」


頬をくるりと撫でた後、怠慢な動きで左目尻に触れながら、そんなことを言い出す。

覗き込むように幼馴染みの寝顔を見ていたせいで、左目を隠すようにしていた前髪が、幼馴染みの方から見たら浮き上がり、左目が見えていたのだろう。

じゃなきゃ、こんなことしない。


俺も男にしては長めの髪をしているが、前髪に至っては左目を覆い隠すような長さをキープしている。

邪魔じゃないかと問われれば、邪魔だが、もういい加減慣れて気にならなくなった。


「別にもう痛くないけどな。大体、痛いって何年前の話してんだよ」


「ごめん、ねぇ……」


半分開かれたままの目に涙の膜が浮き上がる。

そのまま瞬きをすれば、一筋の涙が目尻から落ちていき、広がった髪の上を滑った。

寝惚けながら、泣きながら、幼馴染みは俺の左目を自分の手で覆い隠す。


右目は至って普通の色――と言っても、普通よりは青みがかった黒――をしている。

視力も良い方だが、左目は違う。

灰色がかった水色に、視力が落ちに落ちて左目だけコンタクトをしているのだ。


そんな風になったのは本当に何年も前のことで、今更言われても、という感じがある。

それは、幼馴染みも理解するところで、前髪を伸ばそうがコンタクトをしようが、何も言わない。

今言っているのは、完全に寝惚けているからだろう。

子供か、コイツは。


ほろほろと流れる涙を拭ってやりながら、いいからもう寝ろよ、と声を掛けた。

もう寝ろも何も、サボりだから何とも言い難いものなのだろうが、幼馴染みはゆるゆると目を閉じる。

長い睫毛に涙が絡んでいた。


壊れ物でも扱うように、起こさないようにと細心の注意を図り、睫毛に絡む涙を弾く。

暫らくするとすぅすぅ、と規則正しい寝息が聞こえて、胸が緩やかに上下し始める。

とさり、音を立てて落ちた腕を、お腹の当たりに置いてやり、ゆっくりと離れた。


寝息は途切れることなく、狭い部室に響く。

俺は反対側のソファーに身を沈めて、左目に触れてみた。

コンタクトのせいでドライアイになりやすく、何だか今も目が乾いているような気がする。


ゴロゴロ、違和感を感じる左目から流れた水気を拭わずに、睡魔に身を任せる。

目が覚めた時には、俺よりも先に起きたソイツが、コンタクトしたまま寝たらどうだなんだ、文句を言う様が浮かんで消えた。

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