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夢で見る花  作者: 櫻井葵
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あの時の日常

あの日の花を枯らさないように。

「どうして?大学院に?」

そうよく聞かれた。

「世界は大きく、1人の人生は小さい。だからこそ、僕が変わらなきゃいけないと思う。」

いつも僕はそう答える。いつの間にか、大学4年生になっていた。僕が今の答えをする様になってから、もう5年もの月日が経つ。今の答えをすると、聞いた人は、きょとんとしたような顔をする。それで、いいんだ。僕だけにわかればいい。




私立高校に通っていた僕は、普通の生活を送っていた。本当に普通の高校生だと、思っていた。だからこそ、毎日も同じようなことの積み重ねだと、こうして年をとるのだと、感じていた。


「おい、孝則、この前の模試、ぶっちゃけどうだった?」

休み時間になると、親友の泰斗が話しかけてきた。

「滑り止めの大学は、余裕。第一志望はまだまだ。泰斗は?」

そう答えると、泰斗は安堵の表情をした。

「あーやっぱり?皆そんなもんだよね。てか、第一ってどこ?K大?」

「一応ね。まぁ、まだあと1年以上あるし、わからないけど。」

「まぁね。やっぱ俺もK大にすっかなー。やっぱ目標は高い方がいいしな。な?」

どうやら泰斗は、僕がどこの大学を志望しているかを本当は聞きたかったらしい。この冬が終わればついに高校3年生。受験生になるという自覚は、進学校

とあって、どの生徒も幾分強い。つい夏までは彼女欲しいだの言っていた泰斗も、最近は受験の話が多くなってきた。まぁ、人生を左右するものでもあるだろうから、当たり前なのかもしれない。

そんな受験を控えた僕の日常はいたって平凡だった。学校へ行き、塾に行っては、帰る。季節を追いかけるように、夏服を着たり冬服を着たり。こうやって年をとっていくのだと、なんとなく人生にも予想がついていたような気にもなっていた。これまでの先祖様も、こうやって年を重ねて、生きてきたのだと。そのことに、特に不満もなかった。楽しいのかはわからないけれども、もしかしたら、考えないようにしていたのかもしれないが、それなりにごく普通の生活をおくれていることに、満足はしていた。多分、そんな高校生活だった。


「んでさー、やっぱ俺、3年になったら、塾変えようかなって思って。」

泰斗は続ける。

「やっぱり頭良いやつが多く通ってる塾がいいじゃん?俺が今いる塾、小さいし、クラスは違っても、S高のやつらがいて、馬鹿っぽくて嫌なんだよね。」

泰斗が言うS高とは、お世辞にもあまり進学高とは言えない公立高校だ。泰斗は、S高と僕らが通っているR高校の制服が似ていて間違われるのが嫌らしい。それがあってか、泰斗はS高の人達を毛嫌いしてる。

「そうなんだ。新しい塾はどうする?」

「まだ迷ってる。けどデカい塾にはすると思う。親に言ってみっかなー。」

そうゆうと、携帯でメールを打ちはじめた。親に塾代の相談であろう。


そのS高は、間違えられることもあって、僕が通っているR高校のすぐ近くにあった。最寄りの駅が同じなため帰り道に見かけることも多いが、本当にどうして似ている制服にしてしまったのだろうとは感じていた。しかし、生徒の雰囲気は全く異なっていた。S高の生徒は髪色や身だしなみも派手で、制服の着こなしひとつも全く違っていた。泰斗は、ワックスで立ててみたり、髪も染めてみたり、R高の方ではいわゆる目立つ方で、そのせいでよく間違われるらしい。

「見た目だけ強がってるようなやつと一緒にされたくないんだよ。わかるだろ?」

と、泰斗が言っていたのが印象的だった。



2月に入ると、雪が積もるようになった。紺のブレザーの上に紺のコート、そしてチェックのマフラーを。入学祝いに母親からもらったものだった。泰斗と違って僕の髪はずっと黒髪。そしてドライヤーによりセットされるだけ。ごく普通なのだと思う。

「いってきます。」

そういうと母親が慌ててお弁当を持ってきた。

「今日も塾でしょう?お弁当だけで足りる?夕飯代渡しておこうか?」

「いいよ別に、多分大丈夫。」

あったかいお茶が入った水筒とお弁当を鞄にいれ、外へ出る。愛犬のトイプードルも吠える。息を吐くと白くなり、昨晩降っていた雪が凍っていた。駅までは徒歩6分だ。それにしても、寒い。学校の教科書と塾の教科書がふたつもあり、そしてお弁当はさすがに重かった。


学校に着くまでの電車16分は嫌いだった。通勤のサラリーマンと、そしてR高とS高の生徒でごった返すのだ。中高一貫校であったため、この電車での通学はもう6年目だった。より空いている車両はわかっていても、それでも、息苦しかった。


学校に着くと、いつもいるメンバーが絡んできた。もちろん仲がよかったのは泰斗だけではなかった。むしろ中等部から一緒で6年目の付き合いになる友達が多かった。泰斗だけが高校受験でR高に入ってきて、友達が出来ないからと、僕ら中等部からのグループに入ってきたのだ。今では、泰斗が1番よく話すようになったが。今日もさっそく話しかけてきたのは泰斗だった、

「孝則、俺、O予備校に決めたわ!」

3年から通う塾を決めたらしい。

「決めたんだ。なんで?」

そう聞くと、泰斗は、隣にいた千葉を指差し、

「千葉ちゃんが、O予備校で、G女子校の子に告られたらしいのよ、まじで。」

千葉ちゃんと呼ばれている人は、僕の中等部からの友達である。割と真面目で、黒ぶちメガネがよく似合う。

「ファンとか言われちゃったんだけど」

と自慢げに千葉が答える。

「ほんとに。それで、付き合うの?」

僕が聞くと、さらに千葉が得意げに答える。

「まだ迷ってる、だいたいまだあんまり話したこともないし...」

「いやいやいや、G女子っしょ。お嬢様じゃん、頭も良いし、ちょーうらやま。」

泰斗は千葉の話をさえぎるように叫んでいる。そしてつづけた。

「千葉ちゃんが告られるんだから、俺もいけるかも。O予備校に決定したわ。」

「単純すぎない?」

千葉が苦笑いしている。やはり泰斗は真面目なのだかプライドが高いのかよくわからない。まぁ、そんなところも憎めないが。

「孝則の塾は、どうなん?」

O予備校に決めたはずの泰斗はまだやはり迷いがあるらしい。

「まぁ仲良い人もいるし、楽しいよ」

僕が通っている塾は、O予備校程大きい塾とは言えないが、1クラス30人程のもうひとつの学校みたいなものだった。1年生から通ってきたこともあって、友達も多く、第二の居場所ともなっていた。もちろん、受験シーズンにはいると、ピリピリとした雰囲気にもなるかもしれないが。

「ふーん」

泰斗はつまらなそうだった。泰斗も1年生から塾に通っていたが、自分が塾選びを失敗したかもしれないと思ったのだろう。

「おはよう」

「よう、健太」

千葉と泰斗の間に入り込んできたのは、中等部からの仲間である健太だ。中等部に居た時は真面目だったのだが、泰斗の影響か、最近はへらへらしてきたと思う。外見もワックスで固めようとはしているが、慣れていないのか少しおかしい。だれもそれには触れようとはしないのだが、泰斗の真似をしはじめんだろう。

「そういえばよ、泰斗の兄貴、この前駅でみかけたぜ。キャバ嬢みたいな女と歩いてた。」

健太の口調は、最近さらに泰斗に似てきた。

「兄貴のことは話すんな。あいつと一緒にだけはされたくない。まじきもいから。」

泰斗は強い口調ながらも一応笑ってはいる。この前はS高の奴らと一緒にされたくないと言っていたが。

「弟の俺が出来がいいからって、最近さらにグレちゃってるんだよ。俺は兄貴みたいだけにはなりたくないって思ってここまできたんだからな。」

そういう泰斗はどこか自慢げだ。健太も笑っている。泰斗の兄は、高校卒業してから、進学もせず、ふらふらとしているのを僕も見かける。泰斗はそんな兄の存在が許せないらしい。

「そういえば孝則の弟はうちの高校受かったん?」

そう、僕には3才離れた弟がいる。もう中学3年生で高校受験だ。

「あー、最初は受けるっていってたんだけど、学校推薦でA高に決まったってさ。」

「まーじー?A高ってそのままA大いけんじゃん。うらやま。」

R高よりも有名なA高に決まったということが泰斗はつまらなそうだ。A高はそのままA大学にいける、いわゆるエスカレーターで大学受験は無しだ。僕としても本当に羨ましいし、そんな弟は自慢でもある。

「やべっ、体操着忘れた、千葉、貸して?」

「ふたつもってないから。泰斗、もってないの?」

「あーそういえば夏からロッカーに置きっぱのならあるわ。それでいい?」

「うわっ、絶対臭いやつやん」

健太が嫌そうな顔をしながらも楽しそうだ。このメンバーでいるのは楽しかった。みんな、なかなか憎めないやつらなんだと思う。

「こんな寒いのに体育とかなー、風邪引いて塾休むことになったらどうするんだよ」

千葉は塾がよほど好きなんだろう、学校よりも塾という図式は誰もが持っていた。



学校が終わると、部活動がある健太は部活へ、泰斗と千葉と僕はそれぞれの塾に向かう。

「健太も部活とかよくやるわ、俺だったら絶対やだけどね。じゃ、またな。」

そういうと泰斗は嫌がっている小さな塾へと向かって行った。泰斗の塾は学校の近くにあるが、千葉と僕の塾は、学校の最寄り駅のとなりの大きな駅の近くである。

「やばい、体育のせいで風邪引いたかも。」

塾のある駅につくと、千葉は鼻をすすりながら反対の改札出口に向かい、そこで別れた。

僕の塾はR高の生徒もいるが、割と大きな塾とだけあって、いろんな高校の生徒が集まる。

「青くん、おはよう」

塾に入ると声をかけられた。R高の近くにある私立高校に通う上条さんだ。彼女も1年生から通っており、同じ特進クラスということもあって、3年間も同じ教室にいると自然と仲良くなった。今日もピンクチェックスカートに紺のブレザー、ピンクチェックのリボン。ここらへんでは人気の制服らしい。シャツのボタンを上までしっかり止め、スカートも短くもなく長くもなく。長い黒髪をきちんとピンでまとめている。上条さんは、僕の苗字の青木の頭をとって、青くんと呼んでくる。

「青くん、この前の数学のプリントもってる?休んじゃって、コピーさせてもらいたいんだけど。」

「あ、いいよ。」

僕は鞄から前回の授業のプリントを取り出し、差し出した。

「よかったぁ。皆前回のプリント持ってきてなくて。授業終わったら、返すね。ありがとう。」

上条さんはニコッと笑うと教室に戻って行った。僕も同じ教室にはいる。上条さんは既に女子グループの輪の中に戻っていた。僕もいつもの後ろから2番目の橋の席につく。教室の大きさは学校の教室とあまり変わらない。席に着くとすぐに、となりに人が座った。タケだ。

「青、上条さんとなにはなしてたの?」

タケも同じく1年生の頃から同じく特進クラスで勉強してきた仲間だった。近くの公立高校に通っていて、短髪、学ランがよく似合っている。タケが上条さんを好きなことは、言われてはないが気が付いている。

「あぁ、この前の数学のプリント、休んだからコピーさせてほしいって言われただけだよ。」

「ふーん。俺も持ってたんだけどね。」

怪訝そうな顔をしている。タケは僕が上条さんのことを好きなんじゃないかとずっと疑っている。僕は全くそういうことはないのだが。

「まぁいいや、それより、春期講習の申し込みした?」

「あー、したした。みんな、行くんじゃないかな。」

2月ではあるが、もう春休みの塾のこと。本格的に受験モードだ。

「春期講習から、人増えるよね。今の人数で十分なのに。」

タケはきっと塾に新しい人が入ってきて、上条さんをねらう人が増えるのではないかと心配しているのだろう。

「まぁ、3年から塾入る人は多いだろうしね。」

1年から塾に通っている人達は一応この辺ではめずらしいらしい。だが、僕らの高校では普通のことだった。タケと話していると、先生が入ってきた、今日は英語の授業である。授業が始まると私語は一切なくなった。


休日は塾は休みだ。かといって家にいても勉強は出来ないので、僕は遊びの予定がない日は家の近くの喫茶店で勉強する日課となっている。喫茶店はいわゆるチェーン店というものではなく、個人がやっているようなこじんまりとした喫茶店だ。人の出入りが少なく、僕は高校に入ってから、通い詰めている。オーナーとみられるおじさんとは、ちゃんと話した事はないが、僕の事を覚えてくれている。

今日もいつもの様にホットココアを頼み、角の席に座り勉強はじめる。そのはずだった。しかし、今日はすこし違ったのだ。いつものオーナーのおじさんではなく、カウンターには、女の子がたっていた。細身で、目が大きく、ぼさっとした黒髪を、後ろにひとつでまとめていた。お店に入ってきた僕をみると、無表情で、「いらっしゃいませ」と言って見せた。僕はすこしためらったが、いつものホットココアを頼んだ。そういうと女の子は慣れない手つきでホットココアを作りはじめた。新しいバイトの子を雇ったのだと、理解した。女の子は「お待たせいたしました」と小さな声で僕にホットココアを差し出した。どうやらお金をもらうのをすっかり忘れているようだったので、僕は自分から230円を差し出した。すると女の子は少しはみかみながら「あ、ありがとうございます」ともごもごしながらお金を受け取った。僕はそしていつも通りの席に座った。ちょうど僕くらいの年であったので、オーナーの娘さんかなと思っていた。

喫茶店には僕を含め3人のお客さんが座っており、僕の他は皆おじいさんだった。コーヒーを飲みながら新聞を読んだりしている。普段はオーナーのおじさんがカウンターに立って居るだけで気にならないのだが、今日は同じくらいの年の女の子がいるとあって、この狭いお店にいるのはなんだか落ち着かなかった。その日の勉強はあまり捗らず、普段は5時間くらいいるところを、2時間経つと、お店を出た。後ろであの女の子が「ありがとうございました」と言っているのが聞こえた。


2月14日。バレンタイデーになった。僕には今年も縁がない行事だろうと思ってあまり意識はしていなかった。学校へいくと、クラスの女子たちが女同士でチョコを交換している光景があった。

「なんで女子って女子にばっか配るのかな、つまんねー。」

そういうのは泰斗であった。その光景をみながら、つまらなそうにしている。するとそこに、クラス委員の山本さんが近づいてきた。

「これ、チョコ作りすぎて余ったから、鈴木くんとと青木くんにもあげるね。」

と、泰斗と僕にかわいくラッピングされたチョコを差し出した。

「まじ、さすが山本。さんきゅー。」

泰斗は調子良さそうに笑っている。僕も受け取った。

「あー、バレンタインもなんで塾なんかな。めんどいわ。」

泰斗はそういいながら、もらったチョコを「うまっ」とか言いながら食べている。

「千葉ちゃんはいいよね、塾で楽しそうで。」

千葉はどうやらこの前の告白された女の子と付き合うことになったらしく、最近機嫌がいい。今日もたのしそうだ。泰斗はそれをうらめしそうにみている。

「まぁね。孝則はどうなんだよ、なにかくれそうな人とかいないの?」

千葉がまた得意気に聞いてきた。

「いないよ。別に特になにもないし。」

そう答えるとすぐに泰斗が

「まぁそうだろうな、孝則はそういうの興味ないもんな?」

と笑いながらみてきた。興味がないわけでもないのだが。からかわれるのもめんとくさいので、黙っていた。

泰斗と同じように、その日も僕は塾だった。いつもの様に授業を受け、帰ろうとし塾を出た瞬間、女の子に呼び止められた。上条さんだ。

「青くん、ごめん、この前のプリント返してなかった。」

そういって上条さんはこの前貸していた数学のプリントを僕に差し出した。僕は「あーそういえば」と言いながら受け取った。これで終わりかと思ったが、そうでもなかった。

「あと、これ、バレンタインだから、あげるね。」

そして、赤いリボンでラッピングされた、クッキーのようなものを渡された。そうか、今日はバレンタイン。今朝学校で話をしていたばっかりだったのに、全く予想してなかったせいか、すっかり忘れていた。

「ありがとう。」

そういって受け取ると、上条さんは、駅とは逆の方面に歩いて行った。ふと上をみると、タケが教室の窓から一連の流れをみていたようだった。なにか嫌なことに巻き込まれたような、そんな気持ちで素直には喜べなかった。嫌な予感が的中しないように、僕はすぐにカバンにもらったものをつめ、そそくさと駅に向かった。


結局複雑な気持ちもあってか、そのことについては誰にも話さないままだった。休日はいつも通りあの喫茶店にむかった。今日は、あのオーナーなのではないかと期待したが、今日もあの女の子だった。僕が店にはいると、恐らく前にもきたことを覚えていたような感じで、あっという顔をした。学生があまり来てる気配はないため、覚えているのは普通のことだろう。さらにそれ以降は相変わらず無表情で「いらっしゃいませ」と言うのみであった。僕はまたホットココアを頼むと、前回よりは慣れたような手つきで作っていた。僕は休日しかこないが、平日にもいるんだろうか。そんな気がした。「お待たせしました」と、ホットココアを差し出され、それを受け取った後いつも通りの席に座った。

今日は僕と老人夫婦のおじいさんとおばあさんがのんびりお茶をしているだけだった。7人くらい座れるカウンター席と、小さなテーブル席が6個。この広さがちょうど良かった。お店の端っこで僕は塾の教科書を広げようとバッグをのぞくと、そこには上条さんからもらったものが入れっぱなしになっていた。

そうだった、と思い慌てて取り出す。可愛くラッピングされたリボンをほどき、包みを開けると、中身はクッキーだった。チョコチップが入っている、手作り。クッキー以外はなにもはいっていなかった。しかし自分が上条さんからクッキーをもらう瞬間をタケにみられてしまったのだ。タケはもらったのだろうか。どちらにせよタケにはプリントを貸してもらったお礼としてもらったということにしておこうときめた。そして英語の教科書を開き、勉強をはじめた。女の子にはなれてきたせいか、いつも通り勉強することができた。ホットココアがおいしかった。


学校は期末テスト期間に入っていた。この時期は部活活動が休みに入った健太が、いつも慌てて勉強し始めるときだった。

「孝則、数Ⅱがさっぱりなんだけど。」

健太はいつもこうだ。だけど、飲み込みが早いせいか、少し教えるとすぐにコツをつかみ、いつの間にか僕より良い点をとることさえあった。

「どこから教えればいいんだよ。」

と僕は答えつつも、健太は短期集中型なのか、それとも天才型なのか、コツコツとしか出来ない僕とは対象的で、少し健太が羨ましいともおもっていた。本人には言ったことはなかったが。

「授業中、寝てっからだよ。数Ⅱは授業聞いてれば解けるようになるから。」

泰斗は飽きれたように言う。

「へへ、まぁ今からやれば大丈夫っしょ。」

健太は自分がいわゆる天才型だと自覚しているようで、いつもギリギリまで勉強しないのは、ワザとではないかとさえ思えてくる。それは泰斗も感じ取ってるようで、どこか不機嫌そうだ。健太も泰斗もわかりやすい。だからこそどこか憎めないのだが。

「孝則、ごめん、数Ⅱのノート写させて。」

「いいよ。」

そういうと、僕は授業中書き溜めたノートを健太に渡した。その様子を泰斗はやっぱり不機嫌そうにみていた。


塾にはこの前のこともあって、少し行きづらかった。いつもは授業前にゆとりを持って15分前には教室にいるのだが、今日は5分前に教室入った。上条さん達の女子グループと、もうすでに机に座っている人がたくさんだった。僕のいつもの席は空いており、むしろ皆が僕のために開けてくれていたようだった。席に座って教室を見回すと、タケの姿がなかった。

「今日は遅いね。」

と後ろの席のひとが話しかけてきた。今度は村井だ。村井は2年生の春に特進クラスに上がってきてから、いつも一番後ろの席の端っこに座るため、僕と席が近かった。村井が特進クラスに上がってきたばかりは、他の生徒のことや先生のことなど特進クラスについてよく聞かれたものだ。そんなこともあって、ちょいちょい話すようになった。

「ちょっとね。」

僕は苦笑いをしてみせた。村井は特に興味がなかったのか、それ以上特に何も聞かなかった。そうしているうちに、先生が入ってきた。それと同時に後ろのドアからタケも入ってきた。いつもは僕の隣の席に座ることが多いのだが、授業ギリギリにきたため席はもう前の方しか空いてなかった。タケはそそくさと前の方の席に座った。その時前の方に座っていた上条さんがこっちを見ているような気がしたが、気が付かないふりをし、教科書を取り出した。今日は現代文の授業だった。


期末テストも終わり、その週末は珍しく予定があった。期末テストの打ち上げと称したクラス会だった。クラス会といっても、ファミレスでご飯を食べた後、ボーリングにいくといういつもお決まりのパターンだった。塾や部活があって来れない人も多かったが、クラスの半分は集まって、毎回15人くらいはきていた。僕らのメンバーの参加率は五分五分だったが、今日は健太が部活で遅れてくる以外は泰斗も千葉も僕も参加だった。

「千葉くんの彼女はどんな子なのー?」

千葉はクラスの女子にそんな質問ばっか聞かれて、まんざらでもなさそうにしている。女子はやっぱりそういう話題が好きなんだろう。クラス会はすっかり盛り上がっていた。泰斗は盛り上がる千葉の横で「俺の本番はボーリングだ。」とかいいながらポテトフライをむさぼり食べている。

「8時からボーリング予約してるから、その前にお店でるよ。」

とクラス会を仕切ってくれているのもやはりクラス委員の山本さんだ。ボーリングを予約してくれているとは。皆が一斉にお店を出ると、店員さんが待ってましたとばかりに食器を片付ける様子が見えた。

「ボーリング久々だな、まじで。」

泰斗は妙に気合が入っている。15人程の男女の塊は学校の近くのファミレスから、駅の近くにあるボーリング場へ向かった。ボーリング場に着くと、上下青いジャージの健太が待っていた。ジャージの背中にはR高野球部のロゴが大きく書かれていた。

「うわ、健太ジャージかよ。」

泰斗が突っ込む。

「うるせぇ、部活終わりに慌ててきたんじゃい。」

健太はそういいながらも笑っている。R高校2年E組一行は、ボーリング場へと進む。土曜日の夜とだけあって、ボーリング場はとても混み合ってるようだった。山本さんが予約をしてくれていなかったら、この大人数だとなかなか入れなかったかもしれない。

「うげ、あいつら、S高だぜ、駅でよく見かける。」

泰斗は小さい声で話しかけてきた。1人は金髪の男、1人は大きいピアス、ネックレスをつけた男、後の女子3人は化粧も濃すぎるほどで、泰斗が言わなければ同い年の人だとは思わなかっただろう。どうやらボーリングのレーンが空くのを待っているらしい。どこか気まずい中、予約をしてあった僕ら15人の集団はその前を横切り、順に受付を通った。

「ガリ勉高校が、勉強だけしてろよ。」

最後に僕と泰斗が前を横切るとき、確かに僕の耳にそう聞こえた。泰斗もそれは聞こえたようだったが、その場は聞こえないふりをしているようだった。無事レーンに着くと、皆投げる順番のじゃんけんで盛り上がり始めた。幸い僕と泰斗にしか聞こえてなかったらしい、すこし安心した。

「だからジャージで来るなって言ったんだよ。」

泰斗がそうぼそっと言ったのを、僕は聞き逃さなかった。


次の塾の日は、ゆとりを持って行った。バレンタインデーの日以来タケと話してないのはなんとなく気まずいままだと思ったからだ。いつもよりさらにはやい授業の20分前に後ろから2番目の端の席に座った。タケにこの前のことを聞かれたら、なんていおうか。

「おはよう。」

上条さんだった。いつも通りニコッと笑って女子の集団に入って行く。僕は小さく返事を返すことしか出来なかった。村井も来て、いつもの見慣れた人達が席を埋めて行く。僕の隣の席は誰かが座ることを予想してか、しばらく空いていた。そこに短髪に学ランの見慣れたはずの姿が僕の横を素通りするのがみえた。タケだった。タケは僕の隣の席に座ることなく反対側の席に向かい座った。

やはりタケは僕のことを避けていたのだ。そう理解した時、僕には寂しさというよりも怒りのようなものがあった。僕が何をしたのだろうか。ただ、平穏に過ごしていたい、そう思うのに。

その日の授業が終わると僕は誰よりも1番に塾を出た。一刻もはやく家に帰りたかった。

つづく

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