第十三章 退学(続き) 第十四章 夜間定時制
青春の岐路(七)
第十三章 退学(続き))
2
里沙は、剛志と吉井のケータイの番号を赤い表紙の小さな手帳にメモしたことがあった。それをちゃんと残しておいてくれたのだ!
理沙が続けた。
「連絡してくれてうれしかったわ」
「はい・・・いえ・・・あのー・・・」
剛志はしどろもどろになった。
「退学することになったのね」
「・・・はい・・・ご迷惑をおかけしたくなかったんですが・・・」
「まあ! あは、はは。ゴ迷惑をオかけしたくなかった、なんて、そんな言葉が自然に出て来るのね。思い遣りがなければ、すぐには出て来ない言葉よ。村山君、って、元々《もともと》、そういう性格の若者なのよね」
剛志は、思わず、涙ぐんだ。
「ところで、お母さん、いらっしゃる?」
「・・・はい、階下にいます」
「悪いけど、お母さんに代わってもらえる? 後で、また、あなたに出てもらうけど・・・」
里沙の言葉は、まさに、神の言葉だ。
剛志は、ちょっと待ってください、と言って、急いで階段を下りた。
蓉子は、元気のない窶れた顔をして、居間に座り込んでいたが、剛志が明るい表情を取り戻しているのを見て、ほっとしたようだ。 「誰から?」と訊いた顔が、久しぶりに、以前の穏やかな表情に戻っている。
里沙と蓉子の会話は長かった。
はい、はい,と返事ばかりしていたり、驚いたような声で聞き返したり、感心したように頷いたり、新井さんという方で、K大学の学生さんですね、とか、父親とも相談はいたしますが、私としましては、ぜひ、そうさせていただきたいと思います、とか、いえ、いえ、とんでもありません、お金のことは心配なさらないでください、とか、里沙には蓉子が見えないのに、何度も頭を下げて、お礼を言ったりしていた。
受験情報に詳しく、入試の難易度に強い関心を持っている蓉子にとって、難関・K大の学生の里沙は、それだけでも信用に値する存在だったはずだ。
蓉子は、久しぶりに、生気を取り戻したような顔をしていた。
「もしもし、代わりました」
「村山君、あなた、どうするつもりでいるの? 現状のままでいるわけにはいかないでしょう? どこか、転学先を見つけないといけないわね」 「転学先、ですか? ・・・入れるところがあるんですか?」
「篠原先生がずっと探しておられたみたいよ。あなたの考えを確かめたいとおっしゃってたから、近々、先生から連絡があるはずよ。私たちも、独自の情報網を使って、いろいろ調べてるんだけど、この時期の編入学先となると、あなたのようなケースの場合は、非常に限られてくるようだわ。特にS高のような進学校ということになれば、一年生からやり直すという覚悟でもあれば別だけど・・・」
「やり直したくありません。入れるんだったら、どこでもいいです」
「どこでも、ってわけにはいかないけど、高望みさえしなければ、受け入れてもらえるところは見つかるでしょうね・・・ただ、編入学先が決まって、転学することになったら、私たちの目の届くところにいてもらいたいと思ってるんだけど・・・」
「えっ・・・?」
里沙の提案には含みがあった。
『絆』は児童・青年心理学の研究室という側面を持っている。研究室としては、アフターケアと事例研究は表裏一体で、剛志は、その研究対象になっていた。これに選ばれるということは、組織ぐるみでサポートしてもらえるということを意味していた。望んでも叶えられないことで、選ばれれば幸運なのだが、この事実が被験者に知らされることはない。
剛志は、無論、そんなことは知らないし、どうでもいいことだった。
里沙と接点ができさえすれば、それで十分だった。
「お母さんは賛成してくださったんだけど、どうかしら?」
「・・・どうすればいいんですか?」
「転入学先が決まったら、当面、『絆』のメンバーのところから学校に通ってほしいの」
「えっ・・・!」
剛志は耳を疑った。
まさか、里沙のところから・・・?
胸がときめいた。
その白昼夢は、たちまち、打ち砕かれた。
「とりあえず、新井君のアパートから通うことになりそうなんだけど、どうかしら? あなたが普通に学校生活が送れるとわかるまでよ。お母さんは賛成してくださったんだけど・・・」
新井のアパート?
新井には悪いが、内心、がっかりした。
「・・・新井さんのご迷惑にはなりませんか」
「あは、はは・・・。また、ゴめいわく、ときたわね。新井君は、ゴめいわく、ってガラじゃないわ。それに、部屋が三つもあるんだから、イヤだなんて言わせないわよ。元々は先輩が借りてたところへ、新井君が転がり込んだらしいのね。三月に先輩が卒業するまで、アパート代を折半してたんだけど、今はそうじゃなくなってるのよ・・・これ、内緒だけど、あなたが来れば、アパート代が半分助かる、なんて言ってるわ」
里沙は、ほんとの内緒話のように、声を潜めた。
当人に暴露してるのだから、ユーモアの感覚は相当なものだ。
それから、最後に、こう言った。
「もっとも、あのごっつい新井君と村山君が一緒にいる部屋なんて、動物園みたいになるわね。あは、はは・・・ 言っちゃった、ごめん、ごめん、あは、はは・・・ 」
里沙は、明るい声で、さもおかしそうに笑った。
剛志は新井と一緒に動物扱いされてちょっとくさったが、こんな言い方の中に、里沙だけでなく、『絆』の組織ぐるみの好意を感じ取って、涙ぐんでいた。新井のアパートに入れてもらうことはともかくとして、里沙にいつでも会えると思うと、それだけでも、胸が高鳴った。
アパート代を折半するという話も、剛志と蓉子の心理的負担を軽くするための里沙の思い遣りだったことが後でわかった。剛志の分は、組織(NPO法人)が負担することになっていた。
3
次の日の夜、担任だった篠原啓一が訪ねて来た。
篠原は、最後まで、剛志の退学勧告に反対し続け、苦しい立場に立たされていたらしいのだが、剛志はそんなことは知らなかった。学校に対しては、篠原を含めて、反発する気持ちしか残っていなかった。
母親の蓉子に案内されて、二階の勉強部屋に入って来た篠原は、剛志の机の傍に来ると、開口一番、謝った。
「力が足りなくて、申し訳なかった・・・どうしてるかと思って気になってたんだが、元気そうで何よりだ。少し安心した」
篠原は、剛志の沈黙を予測していたようで、雰囲気が白ける前に、座らせてもらうよ、君も、ここに座れ、と言って、絨毯の上に胡座をかいた。
剛志は、椅子を離れて、篠原の前に正座したが、心を開いたわけではない。
「ギブスが取れてないようだが、腕は・・・大丈夫か?」
「・・・・・」
「学校を退めた後のことを、ずっと、心配してたんだ」
「・・・・・」
「この状態を続けてるわけにはいかんよ」
「・・・・・」
剛志は、下を向いたまま、沈黙を続ける。
「村山・・・どうだ、F市内にある県立昭栄高校の定時制に入る気はないか。四年制だけど、三年生に編入させてくれるって言うんだ。受け入れの時期が問題になったんだが、十一月一日付けにしてもらえそうなんだ」
「・・・・・」
「どうだろうね・・・お父さんも、お母さんも、賛成してくださってるんだけど・・・」
剛志が、俯いたまま、頑なに口を開かないので、篠原の隣に座った蓉子が泪声で叱り始めた。
「なんで、黙ってるのよ! 先生は、あなたのおかげで、どれだけ余計な仕事が増えたか、あなたのことで、どれだけ辛い思いをされたか、そんなこと考えたことないの! 中尾君や、畠中君や、石原君の家にも謝罪に行かれたみたいよ。あなたが自分の言葉で、先生にお礼を言わなきゃいけないのよ! わからないの!」
「・・・・・」
「まったく、この子は・・・」
蓉子は、化粧っけのない窶れた顔を両手で覆って、嗚咽を漏らし始めた。
剛志は胸が締めつけられた。
篠原は、胡座を正座に変えて、蓉子の方に向きを変えると、両手を絨毯につけて、深々と頭を下げた。
「お言葉・・・痛み入ります。力が足りなかったことを申し訳なく思っている、と申し上げるしかない立場です」
蓉子は、恐縮して、慌てた。
「まあ、そんな! どうか、お楽になさってください」
篠原は、正座を崩さずに、剛志に向き直った。
「これからどうする? ・・・定時制じゃ、駄目かね? 実は、今日は、昭栄高校のことを話そうと思って来たんだが・・・県立昭栄高校は規模の大きい普通科系の全日制高校で、夜間の定時制を併設してるんだ。他にも、いろいろ当たってみたが、どうしても、一、二年遅れることになる。クラスの連中と同じ年度に卒業まで漕ぎつけることができそうなのは、県内では、ここしかない。勉強さえしっかりやってくれれば、同じ年に大学を受験することもできるんだがね」
篠原の言葉には、行動に裏打ちされた説得力があった。
「昨日、国立のK大の相馬研究室の、竹岡、って人から電話があってね」
篠原の口から、突然、里沙の名前が出て、剛志は驚いて顔を上げた。
「相馬研究室のことは、精神科医の宮田先生から聞かされていたんだ。詳しい経緯は端折るが、君の事件が発覚してから、神宮司先生と一緒にK大の相馬研究室に行ったことがあってね。その時、竹岡って人を紹介されて、君のことを話題にしたことがあったんだ」
神宮司は、不登校になっていた石原や畠中の担任だった。
「竹岡さんは君が退学したことを知っていてね、昨日の電話では、これから先のことを訊かれた。それで、昭栄高校のことを持ち出して、先ほど言ったようなことを話すと、彼女、とても興味を持ってくれてね、こんな意味のことを言った・・・夜間の定時制というのが気になりますが、昼間の進学校では学べないような貴重な体験がいろいろできて、人間形成には役立つかもしれませんね、許されるんだったら、私もそんな学校にしばらく通ってみたいぐらいですわ、ってね」
剛志の気持ちが動かされたことは言うまでもない。
剛志は、翌日、早速、吉井の単車の後部座席に乗せてもらって、昭栄高校を見に行った。
県立昭栄高校はF市の西郊外にあった。
剛志が通っていた県立K高校に劣らぬ規模で、敷地内には、広いグラウンドを前に、鉄筋四階建ての長大な校舎、他に二つの特別棟、武道場併設の体育館、記念館などが、ところ狭しと並んでいた。
剛志は、その規模とたたずまいが気に入って、篠原に伝えた。
それから五日ほど経って、右腕のギブスが取れた頃、転入試験代わりの面接の機会を与えられ、次の日には、早速、転学許可の連絡があった。
篠原のお膳立てがあってのことだろうが、予想外の早い展開に剛志は驚いていた。
その翌日、転学手続きをする日には、篠原が自分の車を出して、付き添ってくれた。
帰途についた車の中で、剛志は、思い切って、吉井のことを話題に出して、吉井も昭栄に入れてもらえないだろうか、と言ってみた。
剛志は、吉井が大学に進学するつもりでいて、高卒認定試験の要項などを取り寄せていることを知っていた。以前は、父親の会社で働くから学歴なんか要らないと言っていたのだが、『絆』の大学生たちに出会ってから、考えが変わったようだった。
篠原は、無論、そんなことは知らない。
剛志の事件の背後にはいつも吉井和己がいる、篠原はそう思っていて、吉井にいい印象を持っているはずがない、剛志は、そう思っていた。
しかし、篠原の反応は、そんな短絡したものではなかった。
篠原は、機会を見つけては、吉井に接触し始めた。
吉井を無職少年の立場に置いていてはいけない、と思っていたようだ。
剛志が薦めても、吉井は、夜間定時制は何か事情があって学校に行けなかった人間が高卒の資格が取りたくて行くところだろうから、まともな大学へ合格するのは無理だろう、それより、予備校かなんかで勉強して、高卒認定試験を受けた方がまだましだろうよ、と言って、乗ってこなかった。
篠原が説得を始めてから、吉井の態度や言い方が変わってきた。
日中は自分のやりたいことができる上に、大学の受験資格が取れるんだから、夜間もいいかもしれんな、と言い始めた。
篠原は、開明学館の指導要録の写しや一学期終了時点の成績の証明が取れることがわかったので、吉井も夜間定時制の二年次への編入が可能かもしれない、と言った。
剛志は、二年次への編入であっても、吉井のプライドを傷つけることになるかもしれないと思ったが、吉井は、一年生からやり直すことになると思い込んでいたらしく、むしろ喜んでいるようだった。
剛志は、編入できるにしても、剛志より一級下の二年生になるが、それでもいいか、と、外堀を埋めるような念押しをした。
吉井も、結局、県立昭栄高校の定時制に編入することになった。
第十四章 夜間定時制
1
新井の住んでいる賃貸ユニットは、『絆』が借り上げている物件の一つで、市街地の北東部にあるK大キャンパスのすぐ近くにあった。
比較的新しい鉄筋コンクリートの四階建てで、各階に六つずつ賃貸ユニットがあって、普通の家族持ちを想定したような造りだった。各ユニット、それぞれ、六畳と四畳半と三畳間、三畳間ほどの広さの台所、それにバス・トイレが付いていた。
詳しいことを知らされていなかった剛志は、学生が借りているにしては贅沢だと思ったが、詮索するようなことを言える立場になかった。
剛志は、入り口の近い方の四畳半を使わせてもらうことにした。
このユニットは、二階の東端で、非常階段が近くにあって、出入りするのに便利がよかった。
西の郊外の昭栄高校まで十数キロあった。
剛志は望外の状況に恵まれることになった。
通常(どちらかに支障がない限り)、吉井が送り迎えしてくれることになったからだ。
ただ、市街地の中心部を走り抜けるので、渋滞に巻き込まれたりすると、吉井の単車でも、通学に三十分以上かかることがあった。
新井は、日中、アパートにいることがあまりなかったので、夜間の定時制に通っている剛志は新井の存在が気になることはなかった。
給食制なので、登校する日は夕食の心配は要らなかった。
遅くなることが多い朝食、それに昼食は、大学のキャンパス内にあるセルフサービス式の学生食堂を利用できた。
土、日、休日は、新井が行きつけの食堂を紹介してくれたので、K町に帰らずに、そこを利用することが多くなった。
大学図書館を利用することもできた。
『絆』のメンバーは、剛志に限らず、入館が許されていた。
剛志には、そんな生活が、とても新鮮だった。
図書館で勉強していると、『絆』のメンバーのK大生の誰かが現れて、質問に答えてくれたり、解けない問題を解説してくれたりした。
教育学部の竹岡里沙、二宮亜希子、平岡美和、文学部の淵脇真由美、相原綾香、宮下志保里、法学部の小田雅雄、藤元直樹、中原杏子、理学部の寺田聡、竹ノ内康志、工学部の新井正二郎、桑原泰男、など、『絆』のメンバーは、K大生だけでも、剛志には、陣容が把み切れなかった。
新しい環境に慣れるまでは、との配慮で、正式なガイダンス・研修・講義などは受けていなかったが、S大生の屋宮勇二がメンバーであることを知っていたし、新井の部屋に、F大生の船迫士郎、大脇浩之などが顔を見せたりしていたので、他の大学にも組織が広がっていることもわかった。
剛志が、県立昭栄高校の夜間定時制に通うようになってから、一ヶ月近く経った。
夜間定時制は四年制で、剛志が編入した三年生のクラスには、三十名を越える在籍者がいたが、二十名以上出席している日は数えるほどしかなかった。
剛志と同じ年齢の生徒たちの他に、二十歳代、三十歳代、中には、かなり年輩の在籍者もいた。
冨田泰之は車椅子だ。
剛志は、何か惹かれるところがあって、富田が自分の学級にいることを意識していた。
剛志と吉井は早めに登校することが多く、冨田も同じような習慣があったので、校門の周辺で、冨田が、母親らしい中年女性の手を借りて、軽ワゴン車から降りるところを見かけていた。
そんなある日、冨田が、学校の玄関先で、車椅子の右車輪を身障者用のスロープから階段側に外してしまって、悪戦苦闘しているところに遭遇したことがあった。
剛志に手を貸してもらうことになった冨田は、その後、剛志と親しく口をきき合うことで、感謝の気持ちを表わそうとした。
剛志は、校内のことでも、教科の学習内容のことでも、わからないことがあると、冨田に聞くようになった。冨田は懇切に教えてくれた。それは過不足のないもので、わかりやすかった。
剛志が、そのお返しのつもりで、車椅子を押してあげようとすると、頑なに断った。周囲に迷惑をかけることを極端に嫌っているようだった。
冨田は、中学生のころ脊椎カリエスにかかり、病巣除去のための手術の結果、下半身に麻痺が残り、学校に通えなくなり、ベッドでの生活が続いていたそうだ。
年齢は二十歳を二つぐらい過ぎていた。
小柄で痩せていたが、眼鏡の奥の二重瞼の大きめの目には強い光りがあった。
十二月に入ると、すぐに、二学期の期末試験が始まる。
その一週間ほど前から、出席者が増え始めた。
そんなある日の放課後のことだ。
剛志が、待ち合わせ場所にしている自転車・単車置き場へ行くと、吉井はまだ来ていなかった。
自転車・単車置き場は、校内に数ヶ所あったが、夜間定時制用に割り当てられたところは全日制と共用で、二十メートルほどの長さがあった。
トタン屋根が付いているが、外灯は薄暗い感じの蛍光灯が二つしかない。 ここを使っている夜間定時制の生徒は、ほとんどが単車通学だ。 放課後になったばかりの時間帯だったが、既に、七,八人の生徒たちが、バイクを引き出して、帰ろうとしていた。
吉井の単車の近くで、ヘルメットを頭につけようとしている生徒がいた。
男子生徒と区別がつかないような地味な恰好をしていたが、髪の長さや体つきで、女子生徒だとわかる。剛志は心臓が止まるほど驚いた。薄明かりの中だったが、忘れたことのない女の顔をそこに見たからだ。パチンコ店で騒動を起こす原因になったあの女だった。
女子生徒の方でも、剛志に気づいて、目を見張った。
「あら! あなた・・・」
「驚いたな! こんなところで会うなんて!」
「ほんと! びっくりしたわ! あなたも、ここに通ってるの?」
まさに奇遇だった。
女の子は、上原奈月、という名だという。
四年生に在籍していると言ったが、複雑な家庭事情を抱えているらしく、昼はコンビニ、夜はスナックで働いている、今年になって、出席できない日が増えているので、来春三月に卒業できるかわからない、可能性がまだ残っているので、試験だけは受けるつもりで、久しぶ りに出てきた・・・そんな意味のことを言った。
仕事先に急いでいると言うので、その場は、立ち話をして、ケータイの番号を教え合っただけで別れたが、剛志は、奈月に、うれしいわ、ずっと会いたいと思ってたのよ、今度、ゆっくり会いましょうね、と、弾んだ声で言われて、夢を見ているようだった。
2
高塚睦夫も、期末試験の三、四日ほど前になって、授業に出て来た。
剛志は、その時まで、高塚を見かけたことがなかった。
十一月一日付で編入したので、それ以前のことはわからなかった。
出欠を取る時に、高塚の名前も呼ばれていたので、同じクラスに在籍していることは知っていた。
高塚睦夫は、黒いジャンパーに、股から下のあたりが大きく広がった迷彩色の作業ズボン姿で教室に現れた。
短髪の角刈り頭、日焼けしたおおぶりの丸顔、ドングリ眼。ジャンパーの前がきちんと閉まっていないので、褐色の生地に赤のチェック縞が入った厚手のシャツがやけに目についた。建設作業の現場で働いているとかで、太短い首とずんぐりした体型がたくましい肉体を想起させた。
剛志は直感的に嫌な野郎だと思った。
高塚が現れると、教室から姿を消す生徒たちがいた。
冨田泰之もその一人だった。
剛志が、その理由を知ったのは、後になってからだ。
冨田は、稀に見る逸材として、ほぼ全教科の担当教員に特別扱いされていた。
生徒たちも畏敬の目で見ていた。
高塚はそれが気に食わなかったらしいのだ。
どこで仕入れた知識なのか、ある時、冨田がいるところで、脊椎カリエスは結核菌が元になって発症する病気だから、冨田は結核菌をバラまいている、傍に寄らん方がいいぞ、という意味のことを聞こえよがしに言ったことがあった。
冨田は、珍しく気色ばんで、高塚の生かじりの知識が事実と異なること、そんな風評が患者をどれだけ傷つけることになるかということ、など、口早に言い募って、高塚をやり込めようとした。
高塚は、冨田の矢継ぎ早に繰り出す言葉を、ドングリ眼を光らせて聞いていたかと思うと、いきなり近づいて来て、冨田の顔を拳で激しく殴りつけた。
冨田は、車椅子から転げ落ちて、大量の鼻血を出した。
左頬に残った青黒い腫れは、数日間、引かなかった。
高塚は、このことで厳しく叱責され、校内謹慎を言い渡された。
高塚に校内謹慎が効果があるとは思えないが、保護者がいない上に、寝泊まりしている場所が建設現場の簡易宿舎だったので、やむを得ぬ処置だったのだろう。
学校の指導がうやむやのうちに終わって、冨田は嫌がらせをされるようになった。机の中の物がなくなっている。教科書やノートに落書きされている。車椅子の進行方向に、バケツやモップや箒などが投げ出されている。
嫌がらせがあるのは、高塚が学校に出て来た時に限られていた。
高塚以外の連中は高塚の尻馬に乗っているだけだった。
冨田は、高塚が教室に現れた時は、学校から姿を消すようになった。
剛志が高塚と一緒に授業を受けるのは初めてだった。
その日、一時間目は数学だった。
教科書を使って授業を進めているのだが、各ページ、冒頭の基礎問題と次の段階の例題の解説や解き方に時間をかけるので、それだけで時間が経ってしまう。授業についていけない生徒たちがいるので、基礎レベルの掛け算や割り算に時間の大半を使わざるを得なくなることもある。
結局、難易度の上がった応用問題のページまで手が回らず、そこは飛ばされる。進度と授業時数の関係で、どうしても、そうなってしまうようだった。 教科書の試験範囲が発表されていた。
試験範囲のページ内には、応用問題も含まれていた。
それほどレベルの高い教科書を使っているわけではなかったので、K高で既に教わった内容ばかりだったが、応用問題の中には、剛志が解けない問題がかなりあった。
剛志は、担当の垣内敏伸が授業を始める前に、出題範囲に解けない問題があるのですが、と言った。
垣内は、どの問題だ、と訊いた。
剛志は、取り敢えず、難しそうな問題の番号を三つだけ言った。
垣内は、ページを繰って、ちょっと考えていたが、結局、それらの問題の解き方の解説を始めた。
垣内は新採から間もない二十歳代の教師だった。
県下有数の進学校から転入してきた生徒に力量を疑われたくなかったのかもしれない。説明がわかりにくいところで、質問すると、垣内は、それにも、時間をかけて答えてくれた。
結局、授業時間の大半が、応用問題のページに費やされてしまうことになった。授業で扱わない応用問題のページは定期試験には出題されない、そういう暗黙の了解があったらしいのだが、剛志がそれを知ったのは後になってからだ。
授業の後、剛志が次の授業の教材の準備をしていると、高塚がやってきて、左横の机に大きな尻を据えた。
教室の縦長の天井に、間隔を置いて、二本セットの長い蛍光管が、横に二つ、縦に三つ、合計六セット取り付けられていて、外の暗さとは対照的に、室内は昼間のように明るい。
高塚は、椅子に座ったままの剛志を見下ろして、胴間声で話しかけてきた。正確な年齢はわからなかったが、二十歳を過ぎていると思われた。
「おまえ、K高にいたんだってな。なんで夜間に来たんだ」
「そんなこと、どうでもいいことじゃないですか」
「どうでもよくねえ。おまえ、威張るんじゃねえぞ」
「威張ってなんかいません」
「七面倒臭えことをぐだぐだ問きやがって、かっこつけんじゃねえよ」
「質問しちゃいけないんですか」
「そんなこと言ってねえよ」
「じゃあ、どうすればいいんですか」
「あんなこと、おまえだけわかりゃいいことじゃねえかよ。授業が終わってからおまえが質問に行きゃすむ話だ。そうだろうがよ。試験が近いってえのに、試験にゃ出さねえとわかってるクソ難しいことをくどくど問くんじゃねえよ。おれたちゃあ、試験に出る問題と答だけ教えてくれりゃ、それでいいんだ」
「えっ? そんなこと教えてくれるんですか!」
「そんなこと、とはなんだ! そうでなきゃ、授業に出ても意味ねえじゃねえかよ」
「えーっ! 笑っちゃうな」
「なんだとっ!」
「それって、カンニングと同じゃないですか」
「なにーっ!」
高塚は、座っていた机から大きな尻を滑らせると、いきなり剛志の机の物入れの部分の腹を、右足で、乱暴に蹴り上げた。
机は剛志の胸を打って、右隣の主のいない机に激しくぶつかってから、びっくりするような音をたてて、転がった。
中に入っていた教材類が床の上に、勢いよく、散らばった。
剛志は、さすがに、頭に血が上った。
椅子から立ち上がりざまに、高塚の腹部に、猛烈な頭突きを見舞った。剛志は、大柄で、体力もある。その頭突きをまともに喰らったのだから、高塚はひとたまりもなかった。
背後の机や椅子もろとも、激しく、仰向けに倒れた。
ものすごい音がした。
教室の中にいた生徒たちは肝を潰した。
数名の生徒たちが、すぐに、職員室に向かって駆け出した。
高塚は、気絶してもおかしくないほどの激しい衝撃を腹部に受けたはずだが、ヤワな身体の持ち主ではないようだった。
一瞬、腹を抱えて、苦痛に顔をゆがめていたかと思うと、
「おんどりゃあ!」
と、叫んで、血相を変えて立ち上がるや、殴りかかってきた。
剛志は高塚の攻撃を避けようとして、高塚の股間の急所を蹴り上げるつもりが、蹴り上げた右足先は、高塚の右股のやや内側に当たった。
頭の中に、一瞬、里沙や母親の蓉子の顔が浮かんで、足先が鈍ってしまったのだ。
高塚の勢いを止めるまでには至らなかった。
3
高塚が、剛志の胸元に頭突きを見舞おうとして、頭を下げて突進しかけたとき、職員たちが教室に駆け込んできた。
「こら! やめろ! 何やってんだ!」
高塚は、頭を下げたまま、動きを止めた。
剛志は、先頭の職員が近くに来る前に、床に土下座して、床に両手をついた。
「すみません!」
と、頭を下げたまま、大声で謝った。もう、こんなことで、親を心配させたり、篠原や里沙や新井に迷惑をかけたくなかった。
高塚は、逆上した顔を赤黒く変色させて、剛志を睨みつけたまま、体育教師の神薗に背後から羽交い締めにされ、剛志の前から引き離されていた。
「すみません! もう、しません。許してください!」
剛志は、床に頭を擦りつけるようにして、もう一回、謝った。
高塚は、自分を怖がっているとでも思ったのか、阿呆面に薄笑いを浮かべている。
定時制主事の上之園が、腰をかがめて、剛志の顔を覗き込んだ。
上之園は、剛志が昭栄高校に受け入れられた時の責任者で、窓口役にもなっていた。
「怪我はないか?」
「・・・大丈夫です。 もう、こういうことがないようにしますから、許してください」
「事情を聞いてみないと、何とも言えないが・・・」
上之園は、かがみ込んだまま、まだ羽交い締めにされたままの高塚に目を向けた。
「高塚君にも怪我はないな。・・・高塚君、どうだ? もう、喧嘩はしないな」
高塚は、薄笑いを浮かべたまま、頷いた。
それで、高塚は神薗の羽交い締めから解放されることになった。
立ち上がった上之園が、駆け集まって来ていた七,八名の職員たちに問いかけた。
「このクラスの次の授業はどなたですか?」
「・・・私の担当です」
英語の金子が、やや間をおいて、答えた。
「金子先生ですね。授業時間中の様子を観察しておいていただけませんか。二人に、何か不穏な空気でもあれば、すぐに報せていただきたいのですが・・・」
「・・・承知しました」
と言ったが、答えるのに、また、間が空いた。
中年の金子は、小太りで腹は出ているが、体力はなさそうだった。眼鏡の奥の目にも力がなかった。非常勤講師の立場なので、自分の担当分の授業が終わるとすぐに学校を後にし、生徒に関わり合うことを避けていた。
上之園は、四十台になったばかりで、教頭待遇の定時制主事に抜擢されていた。中肉中背の身体全体からエネルギーを発散させているような雰囲気を持っていた。
「うーん・・・やっぱり心配ですね。事情聴取もせずに、授業を受けさせるのは・・・」
金子の反応はない。
「・・・事情聴取をするから、二人とも、主事室に来なさい。・・・神薗先生、立ち会っていただけませんか」
生徒指導担当の神薗は、ラグビーの県代表社会人チームの現役選手として国体などに出ている、と聞かされていた。身長は百八十センチを越え、腕や肩や胸や太股の筋肉が盛り上がった大男だった。
剛志と高塚は、上之園と神薗の後に続いて、教室を出て、蛍光灯の明かりにわびしく照らされた廊下を歩き始めた。
学校は高台にあるので、窓の外には、遠くの方まで、街の夜景が広がっている。数多くのネオンサインが明滅していた。
高塚は、歩きながら、剛志を横目で睨んでいるように見えたが、剛志は高塚と目を合わせないようにした。
夜間定時制は本館校舎一階部分の一部を使っている。
三つくらいの教室の脇を通り過ぎた先に職員室があり、そのさらに先に主事室があった。
主事室は広くはなかったが、正面の大きな机の前に、応接用の三点セットがある。
テーブルの右側の二つの肘掛け椅子に、上之園、神薗の順に座った。
高塚と剛志は、左側のソファーに、促されて、離れて座った。
上之園が、早速、
「どうしたんだね? なんで、ああいうことになったの?」
と、訊いた。
高塚は、大きな背中を丸めて、亀が甲羅から頭を出した時のような恰好で、顔を上之園に向け、右手の指先でテーブルを細かくたたきながら、こう言った。
「こいつが、おれたちを馬鹿にしたんです」
「こいつ、ってのはないだろうが! 名前があるんだから名前を言いなさい!」
神薗が、厳しい口調で、注意した。
ソファーに座った後の高塚の態度も気に入らなかったのだろう。
高塚は、ビクッとして、急に背筋を伸ばして、両手を膝の上に置いた。
「すみまっしぇん。村山が・・・村山君が、おれ・・・ぼくに、口答えしたんです」
神薗が、呆れたような顔をして、また、叱りつけた。
「高塚! 君は自分のことを何様だと思っているのかね。それじゃ、同級生と何も話ができんじゃないか。口答え、などということばは同級生同士の関係で使うことばじゃないぞ。君がそんな考えでいるから、喧嘩になるんだ」
高塚は、肩を竦めて座り直し、意外なほど卑屈な態度になった。
「すみまっしぇん。こいつ・・・村山、君が、この学校に入ってきたばかりで、なんも知らんのに、おれ・・・ぼく、たちの試験勉強のことで・・・ばかにしたようなことを言ったんです」
「ほう、どういうことを言ったの?」
上之園が、テーブルの上に体を乗り出すようにして、興味深げに訊いた。
「試験前の授業で・・・試験範囲の・・・復習、みたいな授業をしてやる・・・してあげるのは・・・おかしい、そんなのは試験じゃなくて、カンニングだ、とヌカし・・・言ったんです」
剛志は、こういう言い方もできるのか、と思って、あきれてしまった。
確かに、試験の問題と答えを教えてもらう、と言ったはずだ。
上之園が、穏やかだが、困惑したような顔を剛志に向けて、言った。
「村山君、・・・試験前の試験範囲の総ざらえは、本校の定時制では、ほとんどの教科でやってると思う。授業の内容そのものが村山君には易しすぎるし、綾南高校とは、やり方も違うと思うけど、これは、在校生の実態から、試験前ぐらいは、学習内容の一定量はしっかり身につけてもらおうということで、先生方がよく考えた末に編み出した方法の一つだと理解しているんだけどね。私自身も、試験前になると、そうしてるんだが・・・」
剛志は冷静になっていた。全部の問題ではないにしろ、こういう方法を採らなければ、単位の修得がいつまでもできない生徒もいるのだろう、と思った。
「すみません。この学校で試験を受けたことがなかったもんで、よくわからずに、余計なことを言ったような気がします。ぼくが悪かったと思います。高塚君と、ここで、仲直りさせていただけませんか・・・」
剛志が、そう言うと、上之園と神薗はほっとしたように顔を見合わせたが、なぜ、ここで、と言ったのか、その理由はわかっていないようだった。
上之園が、高塚に顔を向けて、訊いた。
「高塚君、君はどうなの?」
「・・・わかればええです。おれも、こいつ・・・村山、君と・・・喧嘩しようとは、思ってねえです」
神薗が立ち上がって、
「じゃ、仲直りの握手をしよう」
と言ったので、剛志が立ち上がると、高塚も、遅れて、立ち上がった。
剛志が、体ごと横を向いて、先に右手を差し出すと、高塚は体の向きを変えずに、右手を出した。
剛志はしっかり相手の手を握ったが、高塚の握り方には力が入っていなかった。
上之園と神薗には、仲直りの握手ができた、と見えたようだ。
上之園が、さらに、念を押した。
「もう、あんなことにはならないだろうね」
「はい!」
剛志は、すぐに、請け合った。
高塚は、薄笑いを浮かべて、曖昧に頷いた。
二人は、途中まで上之園と神薗に付き添われて、教室に戻った。
金子の授業が、まだ、終わっていなかった。
高塚に蹴倒された机は元通りになっていて、床に散らばった教材類も、机の中にきちんと収まっていた。
剛志は、できるだけ音をさせないように注意しながら、自分の席に座った。
高塚の座席は教室の一番後の方だ。
高塚は、わざとらしい音をさせて椅子を引き、騒々《そうぞう》しい座り方をした。
剛志は、高塚の方は、振り返らなかった。
金子は、ちらっと高塚の方を見て、いやな顔をした。
金子の反応はそれだけで、抑揚のない声で授業を続けた。
英語の授業が終わって、金子がいなくなると、高塚の机の周囲に、二,三人の腰巾着が寄って行った。
高塚は、その連中と、剛志の方にちらちら目をやりながら、教室の外へ出て行った。
最後の授業は、神薗の保健体育の時間だった。
体育も、試験前の時期になると、実技はなくなり、座学になる。
夜の九時頃になると、授業にならないような雰囲気になることが多いが、神薗の時間は違った。
神薗も、試験に出そうなところと、その答えになりそうなことを、かなり教えた。保健体育は担当者の個性が出る。どんな問題が出て、どんな出題形式になるのか、全く見当がつかなかったので、剛志もありがたかった。
試験直前と言ってもいい時期なので、神園の授業が終わると、たちまち、教室から人影がなくなった。
4
剛志は、吉井と待ち合わせる場所にもなっている、特別棟の北側にある自転車・単車置き場に向かった。
剛志が単車置き場の近くまで来た時、横の暗がりから急に人影が飛び出して来たかと思うと、いきなり、顔面を激しく殴りつけられた。
狙いも定めずに、闇雲に突き出された拳だったらしく、左眼の辺りに激痛が走った。
剛志は、一瞬、目の前が真っ暗になり、尻餅をついた。
頭上から、ドスのきいた胴間声が聞こえた。
「テメエ、まだ、決着がついてなかったな!」
剛志は、激しく痛む左眼の辺りを手で押さえながら、片目で見上げた。
高塚睦夫だった。
高塚は四人の男子生徒を従えていた。
いずれも、派手な私服を着ている。
同じクラスの生徒は野間浩平だけで、残りの三人は剛志が見たことのない顔だった。
薄暗がりで見るせいか、四人とも酷薄な顔つきをしているように見えた。
剛志は、痛む片眼を左手で押さえたまま、右手でズボンについた土を払いながら、ゆっくり立ち上がった。
高塚が正面に立った。
薄明かりの中で見る高塚は、体躯が一段と大きく、顔に残忍な陰影が加わっているように見えた。迷彩色のズボンの上は、例の派手な赤のチェック縞のシャツで、ジャンパーは着ていなかった。
「テメエ、あれですんだとは思ってねえだろうな。決着をつけようじゃねえか」
「・・・・・」
「テメエが意気地なしのヘナチョコだってのはわかってる。それでも、許せねえ。おれは、このクソ学校に来るようになってから、二回ダブって、五、六年になるが、さからってきやがったのはテメエだけだ。それだけじゃねえ。このおれに、頭突きを喰らわしやがった。その上、おれの睾丸を狙って、蹴りまで入れやがった。あんなまねをしやがったからには、それだけの覚悟があったはずだ」
剛志は、何があっても、騒ぎを起こしたくなかった。それに、左眼の辺りに激しい痛みがあった。
剛志は、片眼を押さえたまま、高塚に向かって、頭を下げた。
「すみません・・・許してください」
剛志の低姿勢が、かえって、高塚を思い上がらせたようだ。
テメエ、ということばが、オマエ、ということばに変わっただけだった。
「恐いのか? オマエ、どこまでも意気地のねえ野郎だな。あのざまはなんだ。あんな風に土下座して謝ったって、今度は意味ねえぞ!」
剛志は我慢するしかなかった。
「どうすればいいんですか」
「・・・そうだな・・・先ず、おまえの腹におれが頭突きを喰らわして、おまえに喰らった頭突きのお礼をさせてもらう。おれの太股を蹴りやがったから、おまえの太股も蹴らしてもらう。太股に当たらねえで、おまえの睾丸を蹴ることになるかもしれんが、それでええな。その後で、おれの後にいる連中が、おまえを少しばかり可愛がる。これはおれたちに逆らった場合の掟だ。おれたちに逆らえば、どう・・・なんだ、きさまは!」
高塚の視線が、突然、剛志の背後の方に泳いだので、剛志は振り返った。
高塚に注意を奪われていたが、背後に、吉井が立っていた。
青春の岐路(八)に続く
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