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金色の誘惑  作者: イブスキー
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第9話 (ユーリィ)

 ユーリィが向かったのは、ヴォルフに出会う前に泊まっていた宿だ。そこには被害者である夫婦の宿屋で、今は娘が一人で切り盛りしている。彼女はヴォルフに手紙を書くきっかけとなった人物だった。


 今の宿とは違い、格段に質が良いそこにはハンター達の姿はない。食堂も清潔で、旅人らしい数人が座っているだけだった。


 彼女は食堂内を忙しそうに歩き回っていた。そんな彼女に声をかけることも出来ずに、ユーリィは頬杖をついてしばらく眺めていた。

 声をかけられないのは忙しそうにしているからではない。どう声をかけたら良いかわからないのだ。


 長い黒髪を束ねた彼女は、たぶんユーリィより十歳は上だろう。綺麗な顔がやや強張っているのは例の事件が原因かもしれない。そんな女性に話しかける術などユーリィは知らなかった。


(ジェイドを連れてくれば良かったかな)


 そう思ったものの、こんな事もできない自分を彼は蔑むように見るに違いない。

 そもそも一つしか違わないくせに年上ぶって、そのくせヴォルフには尻尾を振る子犬のように和やかな笑顔を見せる。その豹変ぶりが少々気に入らなかった。それなのにヴォルフはどうやら彼に御執心のようだ。あんな裏表があるヤツの何処がいいのか。


 ジェイドに馬鹿にされない為にも、何とか彼女に話しかけたかったが、近付いてくる姿をみると、ついつい下を向いてしまった。


(無理かもしれない……)


 目鼻立ちがはっきりした綺麗な顔が、余計にユーリィを気後れさせた。


(綺麗すぎるからいけないんだ。もっと顔が崩れてた方が……)


 しかしそうなると、ヴォルフに話した“この仕事をしたい理由”が微妙になってきてしまう。もっともヴォルフが指摘したとおり、彼女は少し自分には年上過ぎた。


(確かにヴォルフの方が似合いそうだよな。それなのに好みじゃないって……。アイツの好みってよく分からない。髪が好みじゃないって、つまり黒い髪が好きじゃないってことかな?)


 すると、何度かあった抱擁で、ヴォルフの指先に自分の髪が(もてあそ)ばれていたことを思い出した。


(もしかして金髪が好みなのかな。そういえばあの時の修道女も金髪だった。いくら魔法を使われてたからって、ベタベタと馴れ馴れしかったっけ。アルだって魔法に掛かってたけど、別にあの女に触らなかったし。考えたらヴォルフが抱きついた時って、必ず髪の毛をいじり始めるよなぁ)


 今まで誰にも好かれない自分に、何故ヴォルフがあれほど執着しているのか謎だったが、ようやく納得出来る理由が見つかった。しかし納得はしたものの、ユーリィは何故かイライラした気分になった。


(僕が黒く染めたら、きっとジェイドに抱きつくんだ、アイツ)


 あり得そうだ。ジェイドの事は気に入っているようだし、あんなに尊敬されたら誰だって嬉しいに決まっている。案外、嫌われ者の自分から、愛想のいいジェイドに乗り換えるのも時間の問題かもしれない。茶色っぽいとはいえ彼も一応金髪だから好みの範疇だろう。それはそれで別にかまわないけれど、好かれていた理由が金髪だと思うと何となく寂しい気分になった。


 そんなことを考えていると、その場に座っている目的をすっかり忘れていた。気がつけば、視線の上に人影が出来ている。


「どうしたの、坊や?」


 彼女がテーブルのそばに佇んでいた。

 注文もしないで座っているユーリィに気づいたのだろう。が、ユーリィとしてみれば“坊や”と言われたことの方が気になった。


「坊や……」


 確かに見た目は実年齢よりも低く見える。エルフの血が入っている影響だろうが、坊やと呼ばれるほど幼く見えるのかと思うと気が滅入ってしまった。


「あら、ごめんなさい」


 声変わりしている事に気づいたのか、彼女は申し訳なさそうな顔を作った。


「別に気にしなくてもいいです」

「注文は……、あら、君はこの間まで泊まっていた子ね?」

「う、うん」

「どうしたの? 誰か待ってるの?」


 坊やじゃないと分かっても、彼女はやはり幼子に話すような口調だ。それならそれで“坊や”を押し通すかと、ユーリィは開き直る。その方が案外楽かもしれない。


「ええと、お姉さんに聞いてきて欲しいと頼まれたので……」

「何を?」

「事件のこと」


 瞬間、彼女の顔が悲しそうに曇った。悲劇を追求されるのは気分が良いものではないだろう。自分だって城でのことを誰かにペラペラと喋る気にはなれないとユーリィは思った。


「またその話なの……」

「ごめんなさい、でも頼まれたので」


 大胆な嘘にドギマギしながら、ユーリィは上目遣いに女性を見た。すると彼女は優しく微笑んで、「仕方がないわね」と呟いた。


「そんな可愛い顔をされたら断れないわ。それに君は弟にちょっと似ているし。でも質問は一つだけよ?」


“可愛い”という言葉にダメージを受けつつ、ユーリィは気になっていたことを尋ねることにした。


「あのさ、フェヴァンって人、知ってる?」

「フェヴァンさん? もちろん知ってるわよ。それが何か?」

「仲良くしてたってホント?」

「ええ、そうね。あの日も家族であの方のお屋敷に行ったわ」


 少し恥ずかしげな表情を浮かべて、彼女がそう説明した。


「あの日って家族がいなくなった日?」

「私はフェヴァンさんとお話があったので残ったけれど、両親と弟は先に帰ったの。でもそれから足取りがつかめなくなって、次の日に両親の遺体が街外れで見つかったのよ……」


 震えた声が、彼女の辛さを物語っていた。


「弟さんは?」

「絶対に生きているって私は思ってるわ」


 彼女は薄い笑顔を浮かべる。ユーリィには彼女が必死で自分に言い聞かせているように思えた。それがなんだか申し訳なく思えて、俯き加減に「僕もそう思います」と呟いた。


「気を遣ってくれてありがとう。ところで話はそれだけ?」

「うん」

「じゃあ、注文してね」


 そう言われ、ユーリィは慌ててメニューを手に取った。


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