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金色の誘惑  作者: イブスキー
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第6話 (ヴォルフ)

 今後の事を考えれば、両方をなだめなければならないとヴォルフは思った。一方は素直な質だから(いさ)めるだけで済むだろうが、もう一方が問題だ。ユーリィの部屋まで来たが、いったいどう言ったら彼はジェイドと上手くやってくれるのか想像も出来なかった。

 しばらく思い悩んでいたヴォルフだったが、考えても仕方がないと諦めた。出たとこ勝負で対処しようと決意して、その扉をノックした。


 すぐさま中から「どうぞ」という声が聞こえてくる。恐る恐るドアを開くと、床の上に荷物をぶちまけ、その真ん中で何かゴソゴソしているユーリィの姿が目に飛び込んできた。そういえば出会った最初の夜も、彼は高熱でふらつきながら、こんな事をしていた。あの時は“魔物に仕返ししてやる”と息巻いていたが、今度は何を企んでいるのか。まさかジェイドに悪さをしようと思っているとは、思いたくないが……。


「ずいぶん広げてるな?」

「荷物整理をしておこうと思ってね」

「まさか、何か企んでるんじゃないだろうな?」

「企んでる? そんなことはないさ。今回はヴォルフを当てにしているから」


 ちょっと嬉しい台詞を吐かれて、ヴォルフはつい微笑んでしまった。


「笑い方が嫌らしい」

「下心だ」

「開き直ってるな、お前」

「さあ、どうだろう?」


 そう言いながら、食堂から貰ってきたリンゴを一つ、ユーリィに放り投げる。慌てて両手で受け取った彼は、服の袖でそれを拭くと、一口かぶりついた。


「本当は腹減ってたんだろ?」

「あんなことを言われて、黙っていられるほど無神経でもない」


 ユーリィはリンゴを片手に立ち上がり、窓際まで近付くと、無言のまま外を眺め始めた。


 この宿は通りに面しており、この部屋はちょうど通り側にある。ガヤガヤとした声が、この二階まで聞こえてきて少し煩いが、その代わりに格安料金となっている。細かいことを気にしなければお得な宿だ。それに今回は、街の様子が一目で分かるのも利点であると、ヴォルフは思った。


「本当にハンターが多いなぁ」

「分かるか?」

「あんな大剣背負ってたり、クロスボウ持ってたり、鎧付けてたりするヤツらが一般市民なハズがないだろ」


 ヴォルフもまた窓際に立ち、ユーリィと並んで窓の外を見下ろす。彼の言うとおり、確かにこれが仮装行列ではないのなら、ハンター達が大勢集まってきていることは一目瞭然だ。


「僕さ、嫌われたみたいだよね」


 ふとユーリィが呟いた。


「ジェイドに?」

「アイツ、ヴォルフのこと尊敬してるみたいだ」

「ハンターとしての評価だな」

「ヴォルフだってまんざらでもないくせに」

「褒められれば誰だって嬉しいさ」

「もしかして髪とか?」

「はぁ?」


 何を言っているのか分からず、ヴォルフは素っ頓狂な声を上げた。


「確かにヴォルフは格好いいと思う、諸々のことを知らなければね」

「誉められてるのか、(けな)されてるのか」


 すると悪戯がバレた子供のようにユーリィは口元に笑みを浮かべ、上目遣いにヴォルフを見返す。


「お前、アイツの幻想を壊すような言動は控えた方がいいぞ。特に僕に対する事は」


 その瞬間、ヴォルフはユーリィの体を引き寄せた。きっと逃げられると思ったが、予想に反してユーリィは暴れもせずに、大人しく腕の中に収まっている。


「こういうこととか、だろ?」

「相変わらずだなぁ、お前」

「早々に熱は冷めないさ。それに、まだ失恋はしてないから」

「僕は誰も好きになれないし、誰も愛せないから」


 それが全ての答えだというように、ユーリィが断言する。どうして確信できるのか、ヴォルフにはその心が読めなかった。


「今はそうかもしれないけど、この先……」

「愛されなかった子供は愛が分からないんだって」

「誰かに言われたのか?」

「アルだよ。僕もそう思う」


 友の顔を思い浮かべ、ヴォルフは心で歯ぎしりをする。彼はどうしてユーリィにそんな根拠のない考えを植え付けたのだろう。そんなことを言えば、彼はそれが真実だと一生心を閉ざしたまま生きていくに違いないのに。たとえその相手が自分ではなくても、いつかユーリィには幸せだと思う時間を過ごして欲しかったのに。


 彼が幸せを感じてくれたらと願いながら、胸元にある頭を手のひらでそっと撫でる。柔らかな金の髪を指に絡みつかせ、ヴォルフはしばしその感触を愉しんでいた。


「ちょっと態度が悪かったとは思ってるよ……」


 呟いたユーリィの声が少し寂しげだった。


「でもアイツだって最初から僕を睨んでたし」

「君の言葉がきつかったからだろ。君は棘が多すぎる」

「したくてしているわけじゃないよ」

「人を不愉快にさせない努力をしなさい」


 体をそっと離しその顔を覗き込むと、その青い眼は凍てついた冬空の色をしていた。


「せめて優しく笑う努力をしろよ」

「そんなこと……」


 出来ないと言いかけた口をそっと唇で塞ぐと、甘酸っぱいリンゴの香りが口の中に広がる。戸惑い気味の舌に自分のそれを絡ませ、久し振りの感触をヴォルフは何度も堪能した。


 やがてヴォルフは濡れた唇を解放し、代わりに鼻先に二三度口吻をして終了することにした。本当はずっと味わっていたいのだが、抵抗される前に止めておこう。そう思って顔を離すと、恨めしげな瞳が睨んでいた。


「無抵抗だった君が悪い」

「僕のせいか?」

「でも抵抗しなかっただろ?」

「こんなことで呼び出したのは悪かったと思ってるから、これでも一応……」


 少し俯いてそう呟いた様子がとても可愛い。堪らずもう一度と思って顔を近付けると、リンゴを口元に押し付けられた。


「いい気になるな」

「減るもんじゃなし……」

「お婿に行けなくなる。毎回、同じことを言わせるな」

「俺が貰ってやるのに……」

「い・や・だ!」


 スルッと腕の中から逃げたユーリィは部屋の真ん中に立つと、近付くなと言いながら身構えた。以前と変わらない態度だが、少しだけ嫌悪感が薄くなった気がして、ヴォルフは戯けた素振りで“間接キス”と言いつつ、返されたリンゴを一口囓る。


「そういう変態的セリフは吐くなよ」

「今回は少し期待したんだけどなぁ」

「何を期待したかは敢えて聞かないけど、何も期待するな」

「ちぇぇ」

「子供か、お前は!」


 口を尖らせて悔しがるヴォルフを、ユーリィが呆れ顔で眺めた。その表情がやけに眩しく、ヴォルフは眼を細めながらクスリと笑ってみせた。


「さて、ご馳走も食べたし、今日も働くかな」

「ご、ご馳走って……」

「もしこの仕事が上手くいったら、さっきの続きをお願いするぞ」

「続き!? なに寝ぼけたことを言ってる。アレが最終、アレ以上は何もないから」

「成功報酬はないのか?」

「もちろん仕事が成功したら賞金の四分の三はあげる。だからそれで勘弁、いいよね?」


 ヴォルフは大げさに首を横に振ると、泣きそうな眼でユーリィは困り果てていた。


「じゃ、じゃあさ、続きじゃなくて、もう一度っていうのなら、ま、まあ、考えなくも……」


 ユーリィに出会って初めて、有利に立てたような気がする。それが嬉しくて、隠しきれない笑みを浮かべつつ、「よし、張り切って情報収集だ!」と言い残し、ヴォルフは部屋を後にした。



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