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金色の誘惑  作者: イブスキー
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第5話 (ヴォルフ)

 深夜、情報収集に出かけたヴォルフは、次の朝一番にユーリィの部屋を訪れて、彼を叩き起こした。あえてジェイドを外したのは、彼がいるとまた不毛な争いが起こるからだ。眠そうなユーリィを強引に連れて、食堂へと降りてくると、主人に飲み物を二つ注文した。


「眠い……」

「誰かの為に夜遅くまで情報収集をしていた俺を前に、そう言うセリフがよく吐けるな」

「何か分かったのか!?」


 半開きの目が途端に大きくなった。


「これといって情報はないな。暴漢は三人組で一人は術者。ここ一ヶ月で若い旅人、宿屋の主人夫婦、見習い神父の四人が殺されてる。夫婦の息子も行方不明らしい」

「あんまり収穫がないね」

「それより、ハンターが続々この街にやってきてるぞ」

「えぇ? なんで?」

「それは……」


 そう言いかけ、コーヒーを持ってきた主人を見てユーリィは口を噤んだ。店内はまだ客は居ない。夜が明けてそれほど経っていないせいだろう。


 この手の宿は珍しくはない。話によると五十年ほど前までは、泊まり客は自室で食事をするのが主流だったらしいが、フェンロンのある宿がこうした食堂を作り、宿泊客と外来客の両方へ食事を提供したところ、それが見事に当たり、それ以後どんな小さな街の宿も食堂を兼ね備えるようになった。こうした食堂は、夜になると酒場へと様変わりをし、夜更けまで客足は途絶えない。もっとも小さな宿になると、主人がコックをしている事が多く、味の期待は出来ないが、それでも寝る場所と食べ物が確保できれば御の字だ。


 主人が立ち去るのを目で追いながら、先にヴォルフが話し始めた。


「懸賞金だろうな。市長のダーンベルグが懸賞金に金貨二百枚を出すそうだ」

「ダーンベルグ……」

「どうした?」

「いや、別に。それでそんなに沢山来てるの?」

「何人か知り合いにあったよ。この手の仕事で金貨二百枚は破格だからね」

「ふぅん」


 ヴォルフは一度体を反らすと、眉間に皺を寄せながら腕を組んだ。


「諦める気はないのか?」

「何だよ、急に?!」


 驚いたのかユーリィが声を荒げた。


「これだけハンターが集まってきているんだ。いずれ直ぐに捕まるか、倒されるだろう。時間の問題だよ。それよりもこのまま俺達と……」

「何もしないうちに諦めるのは嫌だ」


 駄々をこねる子供のように、ユーリィはぷいっと横を向く。そんな子供染みた行為に苦笑を漏らしたヴォルフは、(さと)すように続けた。


「ジェイドもまだ駆け出しだし、君だってハンター登録はしていないだろ? もっと他の仕事を探してみようぜ」

「そ、そんなの……」

「君が泊まっていた宿屋にも行ってその女性も見てきたぜ。確かに綺麗だけど君にはちょっと年上過ぎないか?」

「ね、年齢は関係ないよ」


 ユーリィは何故か慌てたそぶりで、居心地悪そうに体を動かした。


「何か隠してるだろ?」

「何も隠してないって」

「彼女の年齢から考えると、君より俺の相手だな、あれは」

「もしかしてお前、気になった?」


 今度はヴォルフが慌てる番だ。今は君しか眼中にない。と言いたいところだが、そんなことを言っても、どうせ受け入れてくれそうもないので、「好みじゃない」とだけ説明した。するとユーリィはしつこくそこを追求してくる。


「好みじゃないって、どの辺りが好みじゃないの?」

「色々だよ、色々」

「例えばどこだよ?」

「髪かな」

「髪?!」


 意外な答えだったのか、ユーリィは(ねぶ)るような視線で見返した。


「お前、そういうところで判断するのか」

「そんな話は別にどうでも良いだろ。それより彼女、ハンター達が宿や食堂に押しかけくるものだから、しばらくはハンターの出入りを禁止したそうだぞ」

「別に僕はハンターじゃないから平気だよ」


 諦めが悪い少年に、ヴォルフはほとほと困り果てた。

 それに彼が何故、この仕事をそれほどやりたがっているのか、その理由もよく分からない。宿屋の女性にそれほど執着しているとは思えなかった。


 二人はしばらく黙って、静かな食堂で冷め始めたカップの中身を口に運んでいた。ユーリィは未だ盗賊討伐を諦めていないらしい。ヴォルフは彼が次に何を言い出すのかと、ハラハラとした気分で待ち構えていた。出来るなら自分の提案に乗って欲しかった。アルの代わりにジェイドを交えて、また三人旅をするのもいいじゃないか。


(くそっ、いっそ俺が倒してくると言ってみようか)


 やがてユーリィが静かに口を開く。


「何か変だと思わないか?」

「何が?」

「そいつら、金が目的じゃない気がする。他にもっと違う目的があるような……」

「例えば?」


 ヴォルフが尋ね返すと、ユーリィは言葉を探すように視線を漂わせたが、やがて曖昧な表情のままヴォルフを見た。


「例えば被害者に共通点があるとか……」

「そんな話は出てこなかったな」

「そんなの詳しく調べてみなければ分からないじゃないか」

「まあ、そうだが」

「何かあるかもしれない。これから……」


 ふとユーリィが口を噤んだ。瞳はヴォルフの背後を見据え、その表情はやや硬くなった。気になって振り返ると、ちょうど起きてきたばかりのジェイドが、憮然とした顔でこちらに近付いてくるところだ。


「おはようございます、ヴォルフさん」


 テーブルまで来ると、まるでユーリィの存在そのものを無視するかのような態度で、ジェイドはヴォルフの隣に腰を下ろした。

 昨日のことがまだ尾を引いているらしい。だがユーリィの方は気にしている素振りもなく、カップの取手を指先でなぞっている。それとも何気ないそんな態度は、内面を隠す為の演技なのだろうか。


「早いんですね、ヴォルフさん。オレも起こしてくれればよかったのに」

「疲れてるだろうと思って……」

「全然平気ですよ。それより賞金首を狙うんでしょ? ヴォルフさんとオレで倒せたら、有名になるかな」


 その言葉に、ユーリィが鼻で笑ったのが聞こえてきた。明らかに挑発的な態度だ。ジェイドの瞳が一瞬にして険しくなったが、あくまでもユーリィのことは無視するつもりらしい。彼は顔をヴォルフに向けたまま、拳で軽くテーブルを二三度叩いただけで、怒りの矛を収めたようだった。


「朝食は済んだんですか?」

「いや、まだだ」

「だったら一緒に食べましょうよ、向こうのテーブルで」

「ここでいいんじゃないか?」

「あっちの方が、日当たりが良いしテーブルも広いから、あっちが良いです」


 あまりにも子供染みた言葉に、ヴォルフは困り果てながらユーリィを見る。すると彼は両肩を竦めて、椅子から立ち上がった。


「部屋に戻る」

「君も食べていけば……?」

「邪魔みたいだからね。さっきの話はまた後で」

「あ、ああ……」


 そのまま食堂から出て行くユーリィの背中を、ヴォルフは黙って見送った。ああ見えても繊細なところがあるから、内心は傷付いているだろう。ならばもっと穏和な態度を取ればいいのだが、自分の出したナイフで怪我をするタイプだと知っているヴォルフは、いつも気が気ではない。そんなことを考えている間ジェイドが何か言ったようだが、ヴォルフの耳には入らなかった。


「ヴォルフさん?」


 しばらくして、ジェイドの声がようやくヴォルフの耳に到達する。


「あ?」

「何を食べますかって聞いてるんですけど……」


 言っている意味が判らず首を傾げると、ジェイドは厨房の方を指差して“朝食です”と続けた。


「悪いがジェイド、君一人で食べてくれ」

「まさかアイツのところに行くんですか?」


 ジェイドが如何にも面白くないという顔をする。


「そうだ。それと今後、彼に対してああいう態度を見せたら俺が怒るからな」


 少し真面目な顔でジェイドを睨むと、彼は困惑した眼をして俯いてしまった。


「でも、オレ、仲間外れにされたみたいで嫌だったから」

「起こさなかったのは悪かった。だが悪いのはユーリィじゃなく俺だ。彼に当たるのは止めなさい。君の方が一つ上なんだし、少し大人になってくれないかな?」


 ここにも子供が一人いたことを忘れていた。こんな下らない争いは本当に止めて欲しかった。そう思いながらヴォルフが聞こえよがしに溜息を吐くと、ジェイドは哀しい顔のまま小さく頷いた。


「……わかりました」


 教師にでもなったような気がする。十代の子供とはこんなに繊細で、こんなに感情をむき出しにするものだったろうか。自分がその頃はどうだったろう?

 忘れかけた記憶を手繰り寄せつつ、ヴォルフはジェイドの肩を軽く叩いて、その場を離れたのだった。



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