第4話 (ヴォルフ)
ユーリィが荷物を持ってくるまで、ジェイドと二人、ヴォルフは先に宿に戻っている事にした。途中ジェイドは一度も口を開かなかったが、食堂に着いた途端「ちょっといいですか」と、らしからぬ怖い表情で声をかけてきた。
「なんだ?」
「アイツ、ヴォルフさんの何なんですか?」
何だと言われても、まさか“片思いの相手”とは答えられない。
「弱みを握られているんじゃないでしょうね?」
「よ、弱み?!」
「だってヴォルフさん、妙にアイツに弱腰だし、気を使ってる感じがしました。あんな生意気で礼儀も知らないヤツとヴォルフさんが友達なんて、オレは信じられません」
生意気で礼儀知らずなのも、弱みを握られているのも、気を使っているのも事実だ。ジェイドの言うことは全て正しかった。
「彼は生意気だけど、根は優しい子だから」
「でもヴォルフさんが気を使うのは変です」
「気なんて使ってないさ」
「オレはヴォルフさんのことを凄く尊敬しています。格好いいし、強いし、優しいし、頭が良いし……」
「買い被りすぎだ」
「そんなこと無いです! だけど、あんなヤツの命令に従う姿に、ちょっと見損ないました!」
もし本当のことを知れば、もっと軽蔑される可能性は大だ。自分は聖職者や偉人ではないが、やはり大人として立派な姿を見せたいと思うのは見栄だろうか、それとも歳を取った証拠だろうか。ヴォルフはやや視線を逸らしながら、そんなことを考えた。
「何かオレに出来ることないですか? もし脅されてるなら……」
「い、いや、脅されてるとか、そんなことはない。いわゆる“腐れ縁”ってやつだ。俺も言われっぱなしじゃないから、心配しなくてもいいよ」
「そうですか……」
明らかに納得していない表情で、ジェイドは頭を軽く下げて食堂から出て行った。
しばらく待っていると、やがてユーリィが姿を現した。
「また安宿に泊まってるなぁ」
「君みたいに金は無いんでね」
「高いところに泊まるのは、安全確保のため」
ぶつぶつと言いながら彼は食堂にいた宿屋の主人に歩み寄る。宿泊の手続きをしてキーを受け取っているその姿を眺めながら、ヴォルフは軽くため息を吐いた。
ユーリィはいつも波乱を持って現れる。前回も、前々回もそうだった。そして今回も予感は嫌な方向ばかり指している。ジェイドの言うとおり、弱腰である事は確かだとヴォルフは思った。こんな無茶な要求など“無理だ”の一言で断ってしまえばいい。子供の遊びに付き合っているほど暇じゃないんだと……。
「言えないだろうな、俺」
呟きながら、食堂から出て行くユーリィの後に従った。
「今夜から少し動いてみるよ」
部屋の前でヴォルフがそう声をかけると、
「うん、ありがとう」
珍しく申し訳なさそうに返事をし、ユーリィは自分の部屋に入っていった。それを見送ってから自室に戻る。会えた喜びが半減した現実に気落ちして、ヴォルフは倒れるようにしてベッドに寝転んだ。
会いたいと言ってきた理由が、まさかこんな事とは思ってもみなかった。いや、心のどこかで予感はしていたのかもしれない。彼が自分を恋しがるなどあり得ないことは百も承知だ。
(やっぱり断れば良かったかな……)
自分だけならまだしも、今回はジェイドがいる。両親からあれだけ頼まれたのだから、彼を危険に晒すわけにはいかないだろう。けれどもし断ったらユーリィはまた消えてしまう。別れの辛さを味わうのはこれが最後したいから、もう独りでは行かせたくなかった。
責任と愛情の狭間に立たされている。この両方を成就する度量が果たして自分にあるのだろうか。考えれば考えるほどヴォルフの胸に不安が募った。
起きあがり、サイドテーブルに置いてあった煙草にランプで火をつける。薄暗くなった室内に紅い点が、やけに生々しい色に見えた。
いつかこうした事一つ一つを思い出す日が来た時に、自分はまだ彼を追いかけているのだろうか。
「もう二度と会えなくなっていたりして」
嫌な想像を潰すように、ヴォルフは灰皿の底で煙草の火をもみ消した。




