第34話 (ユーリィ)
それからてんやわんやの騒ぎになった。何しろ、現市長の屋敷が爆破されたのだ。憲兵達が大量に押しかけて、怪我をしているヴォルフ達を質問攻めにしようとした。
しかしギルドからの使者が現れると、彼らは途端、現場を後にして去っていった。どうやら父から何か通達があったのだろうことは、ユーリィにも想像が出来た。
(これでもう、城に戻らないと駄目だろうな)
こんな騒ぎを起こして、もう自由にさせてくれるとは思えない。たった三年だったが、自由が手に入ったことを喜ぶしかないと諦めながら、宿屋で怪我の手当を受けているヴォルフを見守っていた。
ヴォルフの怪我は思った以上に酷かった。左肩が折れていて、腕が全く動かせない。足にも数カ所、木片が刺さっている。それを取り除くと大量の血が落ちて、止血するのが大変だった。
街には白魔道師が一人いるらしいが、今はソフィニアに出かけているそうだ。
「魔法なんかに頼るのは良くありませんね」
駆けつけた医者が、辛辣にそう言うのでそれ以上は黙っているしかなかった。こんなことなら無理にでもロジュに頼めば良かったと、ユーリィは後悔した。
治療が済んだ頃に、フェヴァンを伴ってクロエが部屋に顔を出した。
「グラハンスさん、この度はおけがをさせて本当にすみません。そして大変お世話になりました。おかげで両親と弟の仇を討つことが出来ました」
クロエは瞳に涙を溜ながら、笑顔を作ってそう言った。
すると今度はフェヴァンが、ジェイドに向き直って話しかける。
「君も大変でしたね、ユーリィ君」
「あ、いえ、大丈夫です」
「それにしても、あの男がそれほど馬鹿だとは思わなかったよ。よもやイワノフ家の君を攫うなど、自殺行為もいいところだ。よほど君に執着したんだろうね」
考え込むようにフェヴァンが言うと、ジェイドは返事に困ったのか、助けを求めるように視線を泳がせている。
「ああ、すまない、君に聞いても分かるはずがないか。それよりユーリィ君、今度は城で会えるのかな?」
ますます困惑したジェイドは口の中で“あうあう”と呟いている。
ユーリィはそんな彼を助けるつもりなどないので、皆の背後で事の成り行きを黙って見守っていた。
「城ってどういうことですか?」
ジェイドの代わりにヴォルフが質問をした。
「彼にも言ったんだが、今度、彼の父上と大きな事業を立ち上げる予定なんですよ。しばらくはイワノフの城に滞在させてもらって、計画をじっくり練る予定です」
「それは随分と大きな計画なんでしょうね?」
「百以上の街を繋いだ交易計画ですからね。ギルドの協力も必要でしょう」
「イワノフ家にとっても、大きな利益になる事業なんですね、それでは」
「そうなるでしょうね」
その時、ヴォルフの口元が僅かに笑みを作ったのをユーリィには見逃さなかった。
「だったら、貴方を怒らせたらイワノフも大変だ」
「いやいや、わたしの代わりなどいくらでもいますよ」
「そんなことはないでしょう。それに怒らせる原因が身内だったら、なお大変だ。貴族は外聞を気にしますからね。まして嘘をつかれてたなんて事になったら……」
「ええっと?」
ヴォルフの言う意味が分からないフェヴァンは、困惑の表情を浮かべる。
「こちらの話です、気にしないで下さい。それよりユーリィ君は当分、城には戻らないですよ。彼は今、社会見学の旅に出ている途中なんです」
「なるほど、それは素晴らしいことです。わたしも貴族の子弟とは幾人か付き合いがあるのですが、世間知らず過ぎて困ることが多々あるのですよ、さすがはイワノフ家です」
それではと言い残し立ち去ろうとする二人を、ヴォルフは背後から呼び止めた。
「そういえば、クロエさんはどうされるんですか? しばらく彼が戻らないとお寂しいでしょう」
「私達、結婚することにしました。ですので、この宿もあなた方が最後のお客様です」
「そうですか、おめでとうございます」
フェヴァンは部屋を立ち去る時、出口近くにいたユーリィに軽く微笑む。ユーリィもまた、知らん顔で笑い返して、立ち去っていく二人を見送った。
しかし彼らが居なくなると同時に、ヴォルフのそばに駆け寄ると、何故かにやついてる彼に文句を言った。
「お前、あれはどういうつもりだよ!?」
「あれって?」
「フェヴァンと話してた事だよ!」
「ああ、あれね。君を見習ってみたんだよ。上手く演技できただろ?」
きっとダーンベルグとの夕食会のことを言っているのだろう。今頃、そんな嫌がらせをすることはないじゃないかと、ヴォルフを睨み付けた。
「そんなに怒るな。別に君に当てつけを言ったんじゃないよ。俺はロジュに言ったんだ。どうせどこかで聞いてるんだろ、あのエルフは?」
「え……?」
「これで当分は城に帰れと言えなくなるよな? フェヴァンが城にいる以上、ユーリィを紹介するわけにもいかないだろうから。それともジェイドにこのまま身代わりになってもらうか?」
「えぇ、オレ、やだよ」
よほど嫌なのか、ジェイドは首を何度も横に振った。
「ヴォルフ、でも……」
「君が帰りたいと思うまで、絶対にあそこには帰らせない。それとも君は戻りたいのか?」
尋ねられたユーリィは、まるでジェイドを見習うように、首を横に激しく振った。
「だろ?」
そう言いながら、ヴォルフは動く右手でユーリィの頭を優しく撫でた。そんな彼の様子をジェイドが不思議そうな目で眺めていた。




