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金色の誘惑  作者: イブスキー
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第32話 (ヴォルフ)

 屋敷を出て大通りの先まで来た時に、ヴォルフはユーリィの姿がないことに気がついた。まさか置いてきたのだろうか、迷子になっているのだろうかと、屋敷の方へ引き返し始めたその袖を、ジェイドが強く引っ張った。


「なんだ?」

「アイツなら、落とし前をつけに行くって」

「あのクソガキ!!」


 あれほど暴走するなと言っているのに、最後の最後でまたやりやがる。どれだけ心配をかけさせれば気がするんだ。

 言葉にならない怒りを握り拳に込めていると、そんなヴォルフに申し訳なさそうな目をしたジェイドが再び話しかけた。


「ヴォルフさんには来るなって伝えろって言われました」

「来るなって言われても、行かないわけにはいかないだろ!」


 ヴォルフの勢いに押されてか、ジェイドは数歩後ろに下がった。


「悪い。君を怒ってるわけじゃないから」

「あ、あともう一つ伝言が……」

「何?」

「ヴォルフさんは自分を護る役目は終わったんだって……」

「アイツがそう言ったのか?」

「あ、はい」


 役目って何だよ、役目って!!

 俺が義務としてアイツを護ろうとしてるとでも思っているのか。


 伝わらない想いに、ヴォルフは涙が出るほど悔しくなった。何度好きだと繰り返しても、彼は一向に分かってくれない。そればかりか護りたくても護らせてくれない。こんな平行線をいつまで繰り返せばいいのだろうか。


「二人と一緒に宿屋に戻っていてくれ」

「行くんですか、ヴォルフさん? でも……」

「護りたいから護るんだ。アイツの指示に従うつもりはない」


 吐き捨てるようにそう言うと、ヴォルフはダーンベルグ邸に向かって走り出した。



 鉄門の前に張り付いていた警備兵を槍で脅して、強引に門を開けさせる。広い前庭を走り抜け、正面扉は蹴りを使ってノックした。


 老執事が驚いた顔で扉を開いた途端、ヴォルフは中へと飛び込んだ。


「あ、あの……」

「ダーンベルグは奥か?」

「このような狼藉は……」

「アイツは犯罪者だから気を遣う必要なんてねぇよ。あんたも捕まりたくなかったら早く逃げるんだな」


 きっと二階だろうと勝手に当たりを付け、ヴォルフは階段を駆け上がった。


 二階の廊下に並んでいる扉を一つ一つ確かめている暇はない。一番奥の大きな扉だと決めつけ、施錠されていないことを確かめ、静かにそれを押し開いた。


 広いリビングルームだった。ここでパーティでも開いたら、軽く百人は入れそうな大きさがある。キャビネットやチェスト、小ぶりのテーブルなど、高そうな家具類、大小様々な椅子、更に壁際にはオルガンが置かれている。大きな窓の向こうにバルコニーがあるのが見えた。


(間違ったか)


 奥に二つほど扉があり、引き返して別の扉を調べるか、それとも奥に行くべきか、ヴォルフはしばし悩んだ。


 やはり盲滅法では、こんな広い屋敷で探し当てるのは無理だったかもしれない。不安を感じながらも自分の勘を信じて、ヴォルフは奥の扉へと歩き始めた。


 左右対称の二つの扉の右を選ぶ。もちろん何の根拠もない。あるのは“愛の力は神をも凌ぐ”だという、何とかという偉人が残した言葉のみ。


 取っ手を握りしめ、祈るような気持ちで開く。


 果たして、そこにはダーンベルグの姿があった。しかも、ベッドの上にユーリィを押し倒し、首元に唇を寄せようとしているではないか。


「俺の物に手を出すんじゃねぇ!」


 ヴォルフの怒りは最高点に達した。足早に市長の背後に回る。相手が振り返る間も与えず、その脇腹に右足で一撃。不意打ちを食らったダーンベルグは、もんどりを打つように床の上を転がった。


 シャツのボタンをいくつか外し、胸元を露わにしているユーリィを助け起こす。ジェイドと別れてからここまで、ものの数分で辿り着けたのは、運命が俺の愛を後押ししてくれているのだとヴォルフは確信した。


「何で来たの?」


 目を大きく開け、驚きの表情を浮かべたユーリィが言った。


「何でだって? 何で来たのか分からないのか、君は」

「来なくていいって伝言したはずなんだけど、ジェイドの奴、やっぱり言い忘れたのか」

「伝言は聞いたが、そんなものは無視した」

「どうして?」

「どうしてだって? それをここで答えさせるつもりか? いいから来い、帰るぞ」


 ユーリィの腕を引っ張ると、彼はちょっと待ってと言って、ベッドの下に落ちていた彼のシミターを拾い上げた。


「なかなか暗殺って難しいよね」


 明るく言ったその顔を引っぱたきたくなるほど腹が立ったヴォルフだが、何も言わずにそのままドアの方へと再び引っ張った。


「あ、まだ……」

「うるさい。これ以上、心配をかけさせるな!」


 宿に帰って、もう一度じっくり話し合った方が良さそうだ。何度でも“君が心配で護りたいんだ”と繰り返して、彼に分かってもらうしか方法がない。もう自分は言葉でしか、それを伝える事が出来ないのだから……。


 その時、背後でうめき声が聞こえてきた。

 気を失っていたらしいダーンベルグが、その身を起こそうとしている。近くにあった椅子に手をかけ立ち上がった彼は、悪魔のように醜く歪んだ形相で二人の方へと歩み寄ってきた。


「逃がすものか。その子は私のものだ、私のものだ、私のものだ」

「行くぞ、ユーリィ!」


 魔物のような人間などかまっている時間などない。けれどユーリィは何かが気になっているのか、歩きながら何度も振り返っていた。


 リビングルームへと入った時、ユーリィが突然「あっ!」と言う大声を出した。


「な、なんだ!?」

「アイツ、踏んじゃった。爆発する!」

「またかよ!!」


 説明など聞いている暇などない。ユーリィを引きずるようにリビングルームを駆け抜ける。


 先ほどの部屋から激しい爆音が聞こえてきて、それと同時に爆風が背後から襲いかかってきた。

 咄嗟に槍を投げ捨てて、両腕で背中からユーリィを抱き締める。何があろうとも彼を護らなければならない。


 飛ばされていく感覚があった。足は宙に浮いている。腕や足に何かが刺さって激痛が走る。それでもユーリィの頭を護るために、力を振り絞って胸から離さないように抱えていた。


 目の前にリビングルームの壁が迫ってきている。このままでは激突してしまうと悟ると、身をよじり、壁の方へと背中を向けた。


 その瞬間、左肩に激痛が走る。意識が薄くなっていくのを感じながら、それでも必死にユーリィの体を両手で包んでいた。


 どれくらい経っただろうか。


「ヴォルフ、大丈夫!?」


 すぐ目の前で心配そうな声が聞こえてきた。

 気がつけばユーリィを抱いたまま、壁を背にして座り込んでいた。リビングの奥の方はまだ粉塵が舞っている状態なので、たぶん数秒だったにちがいない。


 左腕が上げられなくなっていた。木片が右腕と太ももに突き刺さっている。それでも生きているのは、幸運としか言いようが無かった。


「ユーリィ、怪我はないか……?」

「僕は大丈夫、どこも何ともない」

「そうか、良かった……」


 全身が痛んだが、その言葉に全てが報われたとヴォルフは思った。



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