第3話 (ヴォルフ)
街の中心にある噴水公園は、小汚いながらも憩いの場所となっている。赤ん坊を連れた女が雑草混じりの砂利道で散歩をし、老人が荒れ放題の花壇を眺め、その間を子供達が玉蹴りなどをして駈け回っていた。
「で?」
人気の少ない場所でベンチに腰を下ろし、開口一番ヴォルフが尋ねると、ユーリィは事情の説明をし始めた。
「この街でさ、ちょっと頼まれたことがあったんだ」
「また“病人の相手”じゃないだろうな?」
「ち、違う! えっと、なんて言ったらいいか、ある人が両親の仇討ちをしたいと言っていて……」
「もっと詳しく説明しろよ」
「宿屋の人なんだけど、その人の両親が先月、暴漢に襲われて死んだらしいんだ。賞金がかかってる奴らなんだけどさ、結構手強いらしい」
「で?」
「三人組らしいよ。ハンターも狙ってるみたいだけど、まだ捕まってない」
ヴォルフは腕を組み、ジッとユーリィを見つめ返した。何か隠していることが他にありそうだ。胸の内は全て先に吐き出させた方が身の為だと言うことを、前回の教訓から学んでいる。
「ハンターが狙ってるなら、別に君が乗り出さなくてもいいんじゃないのか?」
「そ、それはそうだけど……」
何となくしどろもどろの様子に、ヴォルフはピンと来るものがあった。
「その相手って女だろ?」
「あ、う、な……」
「ヤッパリな。そして結構美人なわけだ? その彼女に良いところを見せようとしてるんだろ?」
「…………」
だから離れているのは嫌なのだ。妙に色気づいて、彼女とか作られた日には自分の立場がないとヴォルフはつくづく思った。
「つまり君の色恋に俺を呼び出したわけか? これはある意味、挑戦状だな?」
「だって頼る相手が他にいなかったから。あ、でも嫌なら別にいい、誰か他のヤツに頼むから。アルは交友関係広そうだから紹介してくれるかもしれないし、いざとなったらロジュに頼んだって……」
これを弱みに付け込まれていると言わずして何と言おう。さり気なくアルの名前を出すところなど、完全に手中に収められている感じがして、ヴォルフは口を尖らせた。
「君は……」
「助けたからって恋人になれるとは限らないだろ? ちょっと感謝されて終わりかもしれない。でも賞金は手に入るわけだし、いいじゃないか。でも迷惑ならもう会わない」
史上最悪の名ゼリフとして何処かに書き込んでおきたい気分だ。ヴォルフは呆れ顔を作り、しばらくユーリィを眺めていた。ユーリィも自分が少し酷いセリフを吐いている事に気付いているのだろう。爪先で雑草を蹴飛ばしながら、次のセリフを探しているようであった。
ヴォルフは深い溜息を吐き、ようやく口を開く。結局立場が弱いのは自分の方なのだ。
「別に手伝うのが嫌だとは言っていない。ただこのメンバーでその盗賊を倒すのは無理だな。むろん俺一人で行ってもいいが、その間、君達は大人しく待つつもりはないだろう?」
最後のセリフはジェイドにも向けられていた。最近“凄い仕事をしてみたい”と自分の力も顧みずにほざいていたので、大人しく宿屋で待っているとはヴォルフには到底思えなかった。するとユーリィが顔を上げて、
「そいつは知らないけど、僕は手伝うことは出来ると思うよ」
「なっ!」
“そいつ“呼ばわりされ、ジェイドが怒りを露わにする。
「オレだって、盗賊の三人ぐらい全然平気だ!!」
「駆け出しだってヴォルフは言ってたけどな」
「一ヶ月ヴォルフさんと一緒にいて、色々勉強して、それなりに経験を積んだから、もう駆け出しなんかじゃない!」
「ふぅん」
悪意はないかもしれないが無表情はいつもの通り。ジェイドも険悪な表情でユーリィを睨み付けていた。
「ヴォルフさん、ギルドで正式にその仕事を請けましょう。誰かの色恋の手伝いじゃなく請負人として!」
「請けるもなにも、賞金首だから倒せばいいんだけどね」
駄目押しのようなユーリィのセリフに、ジェイドは完全に頭に来たようだ。何か文句を言おうと口を開きかけたところで、ヴォルフが急いで間に入る。これ以上は不毛な喧嘩 ――揚げ足取りとも言う―― が続くだけだ。
「やるかやらないかは別として、ユーリィは何か他に知っていること無いのか?」
「ない」
「なんだ、自分で倒す気もなかったのか。最初からヴォルフさんを当てにしてたわけだ」
小馬鹿にしたような口調でジェイドが突っ込む。自分を当てにされていたのは、ヴォルフとしては嬉しい限りだが、ジェイドがそんな心情を知る由もない。
「ジェイドは黙ってなさい」
ヴォルフが諫めると、ジェイドは不愉快そうに口を噤んだ。
「魔法使いが一人いるらしいってことだけは知ってる」
「術者は厄介だな。まあ、いいさ、情報屋で俺が適当に仕入れてくる。それより宿はどこだ?」
「公園の南側」
「もしかして高級宿だろ?」
「高級じゃないよ、そこそこ高いけど」
「じゃあ、そこを引き払って、俺達の宿に来なさい」
「お前と一緒の宿か……」
露骨に嫌悪感を出したユーリィの心中は、ヴォルフには容易に察することが出来る。しかしそこは気付かぬフリをして、敢えて笑顔で二度三度頷いてみせた。