第29話 (ユーリィ)
フェヴァン邸の裏から進入した三人は、屋敷の裏口をクロエが持っていた鍵で解錠した。
忍び足で中へと滑り込む。暗い屋敷に人の気配は感じられない。「召使いは?」とヴォルフが尋ねると、「彼は留守がちで、たまに通いの人が来るだけです」とクロエが答えた。
彼女の案内で屋敷内を見て回る。裏口は厨房に繋がっていて、そこから奥、というより正面へと進んでいくと、やがて微かに話し声のようなものが聞こえてきた。
手振りでクロエがその方向を指し示す。ヴォルフはクロエを片隅にある家具の陰に連れて行くと、そこで待っていろと言うジェスチャーをした。
クロエが示した扉の取っ手をヴォルフが握りしめる。ユーリィは彼の邪魔にならないように、扉の横に立っていた。
音を立てないように、ヴォルフがその扉をゆっくりと開ける。覗き込むように中の様子を窺っていた彼は、素早く中へと入っていった。
ユーリィも彼について行くべきかと悩んだが、いきなり戦闘に巻き込まれるのも嫌だったので、そのまま待機する。扉の隙間からヴォルフの声が聞こえてきたが、何を言っているのかよく分からなかった。
数分後、最初にジェイドが扉の向こうから現れた。足元がおぼつかない様子でふらふらと出てきた彼は、扉の横に立っていたユーリィに気付いて睨み付けてきた。
ジェイドの後ろから、細面で背の高い紳士が出てきた。背後にいたクロエが、靴音を忍ばせるのも忘れ、男に駆け駆け寄ってくる。二人は再会の喜びを抱き合うことで表現した。
「誰だ、てめぇ!?」
きっとクロエの靴音に気付かれてしまったのだろう。まだヴォルフが残っている部屋から、野太い怒鳴り声が聞こえてきた。
ジェイドが慌てて引き返し、半開きの扉を大きく開け放つ。そのおかげで内部の様子がユーリィもしっかりと見ることが出来た。
開け放たれた扉とは真正面の位置にあるところから、丸坊主の図体がでかい男が飛び出してきた。左手にランタン、右手に大きな槍を握りしめ、中に入るとそのランタンを床に下ろす。持っている槍はヴォルフのそれより倍ほど長かった。
「招待状をもらってないんで、こっそり来たんだよ」
部屋の中央へと進み出たヴォルフが、あざけるようにそう言った。
「ここから逃げられると思ってるのか?」
「お前を倒せば簡単だ」
その言葉に、丸坊主は左前に槍を構え、その穂先をヴォルフの胸に狙いを定める。よほど腕に自信があるのか、クルクルと柄を回してヴォルフを挑発した。
「俺に勝とうなんて百年早いぜ」
しかしヴォルフは槍を立てたまま動かない。その柄を脇に挟み、坊主をただ漠然と見つめたまま立っていた。
「ヴォルフさん、大丈夫かな……」
ユーリィの前に立つジェイドが不安げに呟いた。
しかしユーリィは心配などしていなかった。ヴォルフが強いことは知っているから、負けるわけがない。ただ出来るなら早いこと片を付けて欲しいと、それだけを考える。そろそろ夜明けが来そうだし、少々眠くなってきた。
坊主男は口元を歪めて下品に笑う。
「ケッケッケッ。戦う前から戦意喪失か?」
「お前ごときに、わざわざ構える必要なんてないな」
「ビビってるくせに嘘つくんじゃねぇ」
槍を握る丸坊主の両手に力が入る。
次の瞬間、男は猛牛のごとく槍を構えてヴォルフへと突進していった。
槍の穂先がヴォルフの胸元近くまで迫る。貫こうと、男は両手で握っていた柄を前に突き出した。体の勢いに腕の動きが加わって、穂先は凄まじい速度でヴォルフめがけて伸びていく。
間一髪でヴォルフは体を反らしてそれを避けた。けれどヴォルフが動くのを予期していたのか、男は足を止めると、突き出した槍を振り上げる。穂先がヴォルフの頭へと命中するかに思われた。
けれどヴォルフの瞬発力はそれを遙かに凌駕した。彼は持っている槍を杖にして、前屈みで身を守る。そのヴォルフに今度は上から攻撃を加えようとした瞬間だった。
ヴォルフは自分の槍を男の足元へと滑らせた。やや無理な体勢で踏ん張っていた男には、咄嗟にそれを避けられない。そんな男の足をヴォルフの槍が薙ぎ払った。
足払いを食らった男は、体勢を崩して斜め方向へ倒れていく。その脇腹目がけ、素早く槍を構えなおしたヴォルフが、深々と穂先を突き立てていた。
「ウギャァアア」
断末魔の叫び声が、薄暗い屋敷内に響き渡る。
ユーリィの希望通り、勝敗はあっという間に決まっていた。
 




