第27話 (ジェイド)
土の匂いを感じながら、ジェイドはゆっくりと意識を取り戻していった。目を開けたはずなのだが、何故か何も見えない。目の前にある何かを通して僅かな光が見えている。鼻の辺りにはその何かが当たっていて、土の匂いはそこからしているようだ。
(ここ、どこ?)
体を起こそうとしたのだが、全く身動きが出来なかった。
両手は後ろ手に、両足は足首の辺りで縛られていることに気付いたのは、ややあってからだ。口には何か布のような物が入っていた。
(そうだ、甲冑が襲ってきたんだ)
意識が徐々に回復すると、手足を縛られ、猿ぐつわも噛まされ、麻袋に詰め込まれている状況を理解した。それから自分が浚われたらしいと悟るまで数秒かかった。
(マジかよ)
叫ぼうにも声が出ない。体も芋虫程度にしか動かなかった。それでも何とか逃げたくて、呻きながら藻掻いていると、いきなり太もも辺りに強烈な痛みが走り、ジェイドは心の中で悲鳴を上げた。
「うるせぇ、静かにしろ」
恐怖に体中が震え始める。きっと自分は殺されるんだと思い、実家の両親や弟妹達の顔が目に浮かんで、自然に涙が頬を伝っていった。
「今度暴れたら、もっと痛い目に遭わせるからな」
ドスのきいた野太い声に、嗚咽すら漏らせない状況であると理解したジェイドだった。
それからどれくらい時間が経っただろうか。
恐怖と不安に押しつぶされそうになりながら、ヴォルフの顔を思い浮かべ、きっと助けに来てくれると願いながら、ジェイドはじっと耐えていた。
どこからともなく、扉の蝶番が軋むような音がする。靴音が徐々に近付いてきて、直ぐ近くで立ち止まった。
「どうだった?」
例の野太い声が、やってきた相手に尋ねたようだ。
「どうもこうも、皆殺しにしなかったと怒られた」
「ギレンの野郎がヘタレだったのが悪い。焼き討ちにするはずのお前も失敗しやがって」
「正体ないほど飲んだくれて、動けなくなっていた自分はどうなんだ?」
「そんなに飲んじゃいねぇよ。コイツだってここまで運んでこれたんだから」
野太い声がふて腐れたようにそう言った。
「とにかく計画変更だ。憲兵にイワノフの名前が知れてしまったらしい」
「そんなもん、適当に誤魔化せば……」
「お前、イワノフ家を知らないな」
「知ってるぜ、ただの貴族だろ」
「ソフィニア、フェンロン、それにギルドに至るまで、イワノフが牛耳っていると言ったらどうだ?」
「ふぅん。けどよ、金髪の小僧は二人いたけど、こっちで良かったのか?」
「良家のお坊ちゃんぐらい見分けが付く。コイツの服装の方が普通だった」
(え? ちょっと待って)
自分はユーリィと間違えられ攫われたのだと気がついた。あんなポケットいっぱいの服を着ているから、自分がこんな酷い目に遭ったらしい。センスの問題だけでは済まされないじゃないか。こんなのは理不尽すぎる。よりにもよってあんな上着のために殺されるなんて、死んでも死にきれないとジェイドは思った。
早く間違いを気付かせようと、ジェイドは再び呻きながら体を動かした。
「うるせぇって言ってるだろ!」
尻の辺りを蹴飛ばされ、その痛みに再び涙が出てきた。
「乱暴なことは止めろ」
「けどよぉ……」
「傷物にしたら、もっと怒られるぞ」
「あの変態野郎のために、こっちは仲間まで殺されたって言うのに……」
「金は倍にして出すそうだ」
「だったらいいけど」
「今夜は用心して動かないらしい。明日このガキを喰って、それから始末しろとのご命令だよ。大丈夫、犯人役は確保してきたぜ。これからそこに移動する」
「了解」
すぐにジェイドは担ぎ上げられた。頭を下にされ、恐怖も手伝って吐き気がする。その気持ち悪さを我慢していると、やがてどこかに投げ出された。
車輪と蹄の音に、それが荷馬車だと分かったが、分かったところでどうすることも出来なかった。
(このままユーリィの振りをしてた方がいいのかな……)
直ぐに殺すつもりがないなら、その間に何か打開策が見つかるかもしれない。けれど“喰う”という言葉も引っかかる。
(ヴォルフさんがきっと助けに来てくれるさ)
そんな僅かな希望を胸に、ジェイドは大人しく荷台の上に転がっていた。




