第26話 (ヴォルフ)
ユーリィが全て納得がいったという顔で、「そういうことか」と呟いた。何がそういうことなのかさっぱり判らない。“坊や”を演じているユーリィを睨み付け、ヴォルフは「説明しろ」と強く言った。
「説明も何も、僕達が考えたとおり、黒幕はダーンベルグだよ」
「えぇ、市長が?!」
クロエが驚愕した声を出す。
「“そういうことか”ってどういう意味だ?」
「市長の動機だよ。最初の旅人がきっかけだったんだ。家族がソフィニアに行ったのが一ヶ月ぐらい前だって言ってたでしょ? その人が殺されたのも一ヶ月前」
「市長さんが人殺しをする為にご家族を遠ざけたって言うの?」
およそ信じられないという顔でクロエが尋ねた。ヴォルフにしても、そんな理由を納得できるはずがない。
「逆だよ、逆。家族がいなくなって、変態嗜好が爆発したんだ」
「変態嗜好って……」
「アイツは男好きでイヤらしいって事。若い旅人だって言ってたから、きっとどっかで捕まえて、屋敷に連れ込んじゃったんじゃないかなぁ。それで邪魔になって殺したんだよ。カミーユさんもハンサムだったろうし、もしかしたらその神父も」
辻褄の合う話ではあるが、根本的な部分で合点がいかない。市長が変態嗜好だとユーリィは思っているのだろうか。
「ちょっと待て、ユ……ジェイド。市長が変態だってどうして分かる?」
「知ってるから」
「どうして?」
言うか言うまいか。そんな表情でユーリィは口を閉ざして考え込んでいた。
やがて決意したのか、抑揚のない声でこう告げる。
「城……じゃなくて、家で会った時にキスされたから」
驚きのあまり、ヴォルフは立ち上がっていた。クロエもまた、口に手を当ててビックリしている。
「な、何だって!? また黙ってたのか」
「こんなこと、簡単に言えるわけないよ」
口を尖らせてユーリィはそう言った。
確かに簡単に言えるようなことではない。だから彼にしてみれば誰にも言うことが出来ず、それでも一矢報いたくてあんなことを言ったのだと今更ながら悟ってしまう。
(なのに俺は、そのことすら暴走と思ったんだ……)
落ち込んでいくヴォルフの気持ちを知ってか知らでか、ユーリィは申し訳なさそうな顔をして、
「イヤミが言えたから面白かったけど、言い過ぎちゃったね、ごめん」
何かが胸にぐさりと刺さったように、ヴォルフは言葉が出なくなる。代わりにクロエがユーリィに質問を続けてくれた。
「それっていつの話なの?」
「十年ぐらい前かな、たぶん。家でパーティがあって、僕は庭にいたんだけど、アイツがやって来ていきなり抱き上げられ、それからキスされた」
「まぁ……」
「僕も会うまでは夢だと思ってたんだけどね、あの顔を見たら夢じゃなかったって分かったよ。あの時の言葉もしっかり思い出せた。『大人になったら、もっと楽しくて気持ちがいい遊びを教えてあげるからね』って、にやけた顔で言われたんだ」
ヴォルフは胸がムカムカするのが抑えられず、唇を噛みしめる。出来るなら今からダーンベルグのところに行って、あの狐顔を殴りつけたい。まだ幼い子供に、しかも俺のユーリィにそんな変態行為と変態発言をした野郎は血反吐が出るまで叩きのめしたいと、自分のことは棚に上げて心底思った。
「でも、坊やがとても可愛いから、女の子と間違えたのかもしれないわよ?」
女の子であっても変態行為には違いないではないか。しかし幼い彼がキスしたくなるほど可愛かっただろうことはヴォルフも頷けた。けれどユーリィは首を横に振って、
「それはないと思うよ」
「どうして?」
「だって、ズボンの上からあそこを触られたから」
「ぶっ殺す!」
ヴォルフは思わず叫んでいた。
「ヴォルフ、落ち着いて。それ以上は何もされてないから大丈夫。直ぐに誰かが僕を呼びに来て、アイツは逃げちゃったからさ。それに僕も小さかったから意味が分からなかったし」
「でもきっと、カミーユは辛い目にあったわね」
瞳に涙をにじませてクロエが俯いた。
そういえばあの公園の遺体には、首や手足を縛られた痕があった。もしそれが殺す以外の目的で縛られたとしたら、やはりあの市長は生かしてなんておきたくない。けれどユーリィの話は全て想像でしかないから、市長を追求する証拠がなかった。そのことを彼に言うと、
「そろそろロジュから連絡がありそうな……」
そう呟いたタイミングで、食堂の入り口で壁を叩く音が聞こえてきた。皆一様に驚いてそちらへと首を巡らす。果たして、そこにはローブ姿の人物が立っていた。
「どこにいた?」
見つけるのは当然と言うように、ユーリィが尋ねる。
「先ほどまでは街外れの倉庫に居ました」
「先ほどまで?」
「ルイ・フェヴァン邸に移すようです」
「何ですって!?」
クロエの悲痛な声が、薄暗い食堂内に響き渡った。
「彼、街に戻ってきているの?」
「今夜、イワノフの城から戻られたようですね」
「城から!? それって……」
「フェヴァン氏も屋敷内で拘束されているようです」
「いったいどうして……」
呆然としているクロエを横目で見ながら、ヴォルフは考えた。ユーリィより先に、その答えを見つけたい。大人として、血の巡りが悪いとは思われたくはなかった。
「もしかして、フェヴァン氏をこの事件の真犯人に仕立てようって言う魂胆か?」
「僕もそう思う」
「早く助けないと危ないな」
「しかし正面突破ってわけにはいかないから……」
「裏口の鍵なら持ってるわ。ちょっと待ってて」
クロエが食堂を飛び出していく。既にロジュの姿はなかった。彼女を見送り、ヴォルフはユーリィへと向き直った。
「ジェイドも殺すつもりだと思うか?」
「最終的にはそうするかもしれないけど、その前に“楽しい遊び”をするつもりかもね。あの場で殺さなかったのも、どうせ殺すならその前にって思ったのかも。あの時、アイツを脅しちゃったから……」
ユーリィは再び申し訳なさそうに下を向いた。
「俺の方こそ誤解してて悪かった。気付かない俺が馬鹿だったんだ」
「でもジェイドに何かあったら……」
「全てが上手くいったら、クロエに敵討ちが出来るし、これ以上犠牲者も増やさなくても済むから、君のしたことは間違ってないさ」
「上手くいったらね……」
(そうだ、市長の歯牙に掛かる前に、早くジェイドを助けないと……)
ヴォルフは急激に増していく焦りを感じながら、鍵を取りに行ったクロエを待った。




