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金色の誘惑  作者: イブスキー
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第24話 (ヴォルフ)

 憲兵達が現れて例の死体を運び出している間、ヴォルフは隊長らしき男に渡された封筒をちらつかせて、ユーリィが考えたとおりの事を言ってみた。

 最初は疑っていた相手も、ユーリィが更に紋章の入った真新しい便箋やハンカチを見せると、やや青い顔をして唸り始めた。


「もしもまだお疑いでしたら、ダーンベルグ市長にお確かめになって下さい。今夜、我々は市長邸から戻ったところを襲われたのですから」

「そうだったんですか」

「何度も言いますが、もしも彼に万が一のことがあった場合、イワノフ家はこの街に制裁を与える可能性があります。そのことをよく吟味されて、救出と事件解決を早急にお願いします」

「分かりました」


 慌てて引き上げていく憲兵達を見送りながら、ヴォルフは本当にこれで良かったのだろうかと思い悩んだ。ジェイドはことは本当に気がかりだ。あの公園で見た死骸を思い出し、背筋が凍り付く。けれど捜索する手がかりすらない今、ロジュを頼りにするしか方法がなかった。


 今出来ることは、ユーリィに黙って次の行動を取らせないことだ。これ以上振り回されることだけは勘弁して欲しい。


「で、これからどうするつもりだ?」

「まずは宿を変える。ここには泊まれないし」

「変えるって、もしかして……」

「彼女の宿に行って、もう少し話を聞こう」


“彼女”という言葉にやや戸惑いながら、主導権はユーリィにあると諦めて、ヴォルフは仕方なく了解した。



 宿を引き払う時、めちゃくちゃに壊された食堂と、手の施しようがないほど燃えた三階に肩を落としている宿屋の主人に引き留められた。宿泊客の大半は逃げたまま戻ってこないという。荷物は残っているのでいずれ帰ってくるだろうが宿泊料を払ってくれるのかと泣き言まで聞かされた。そんな主人にユーリィは金貨十枚を押し付け、イワノフ家からの見舞金だと言って黙らせた。金に物を言わせるやり方は好みではないが、この場合は仕方がない。それに主人には同情する余地はあると思い、ヴォルフはユーリィのやり方に従うことにした。


 それよりも気になるのは例の件だ。誤解されたままで終わっても良いのだろうか。それともきちんと説明すべきなのだろうか。そんなことを考えながら、隣を歩くユーリィの服装を見て考え直す。彼は首元が見えない立て襟のシャツにわざわざ着替えたのは、きっと忘れて欲しいと思っているのだ。そんなふうに解釈し、本当は忘れたいと思っている自分を納得させた。


 公園の南側にある宿に着いた時には、すでに真夜中を過ぎていた。こんな時間に押しかけてきた客にいい顔が出来るはずもない。女性は当初、訝しげな表情で二人を睨んだが、ふとユーリィに気づき、口元を少しほころばせた。


「あら、君はこの前来た坊や」


“坊や”扱いにユーリィが怒り出すとハラハラしたが、意外にもユーリィは少し上目遣いになって「ごめんなさい」と素直に謝る。よほど彼女のことが気になっているのかと、ヴォルフはそんな彼を横目で眺めた。


「どうしたの、こんな時間に?」

「移った宿が盗賊に襲われて、逃げてきたんです」

「まぁ……」


 それから女性はヴォルフを眺め ――たぶん悪人かどうか吟味されていたのだろう―― しばし考えてから「どうぞ、入って」と二人を導き入れた。


 部屋へと案内しようとした彼女だったが、聞きたいことがあるとユーリィに言われ、食堂の方へと二人を導いた。先に入った女性が、テーブルにあるランプに次々と火を灯す。暗かった室内が仄かな光でぼんやりと明るくなった。

 いくつかのランプに灯を点し終えた女性は、所在なく立っていた二人に腰掛けるようにと促した。それから自分もテーブルの横に立ち、少し不安げな表情でユーリィを見下ろす。


「いったい何処の宿に泊まっていたの?」

「大通りの北側にある宿」

「まあ、きっとギャビンさんのところだわ。いったいこの街はどうなっちゃったのかしら」

「僕達の友人も(さら)われたんですけど、お姉さんの弟さんも行方不明なんですよね?」

「それは……」


 ユーリィの質問に、彼女は虚ろな瞳で宙を睨んだ。その綺麗な顔が哀しそうに歪んでいる。


「弟は見つかったわ」

「本当に?」

「ええ。一昨日、公園で」

「あっ、もしかして……」


 ヴォルフは黒焦げの遺体を思い出した。身内があんな姿で発見されたら、どれほど辛いだろう。彼女は今にも泣き出しそうな顔で、それでも無理して微笑んでいた。


「いいのよ、そんな顔しないで。もう昨日いっぱい泣いたから。それより友達が心配ね?」

「うん」


 それにしてもユーリィが彼女に対して妙に殊勝な態度だとヴォルフは思った。彼女に同情しているのか、それとも本気で惚れているのか。未だかつてないほど素直で子供らしい様子に、ヴォルフは何故かイライラする。こんな態度が取れるなら、自分に対してもどうしてそうしてくれないのか。もしもあの時、彼がもっと謙虚なら自分はあんなことはしなかったはずだ。


 しかしそれは言い訳に過ぎないとヴォルフは自分に言い聞かせた。ユーリィの性格や態度は今に始まったことではない。それでも好きだと思っていたはずなのに、あの瞬間だけ自分の気持ちを優先させてしまったのだ。そしてもう二度と彼に触れられないかもしれないと思うのが辛かった。


「ちょっと待ってて、暖かい飲み物を入れてくるから」


 そう言い残し彼女が立ち去る。

 ヴォルフは自分の気持ちを押し隠しながら、ユーリィが彼女と何の話をするつもりなのか尋ねた。


「えっと……フェヴァンの件かな……」

「確かに噂の商人については聞いておいた方がいいな」

「そうだよね」


 そわそわした様子のユーリィが気になったものの、それ以上に気になることがある。女性が戻ってくる前にヴォルフはさりげない口調で質問することにした。


「それにしても、“坊や”なんて言われて、君が怒り出さないか心配したよ」


 するとユーリィは少々困った表情を作りながら、


「最初はムッとしたけどさ、これはこれで結構使えるんだよね。どうせガキにしか見えないし、これから女にはこの方法でいこうかなって……」


 しょうもない処世術を会得したらしい。それなら自分にも同じ態度で接して欲しいとヴォルフは心底願っていた。


「で、彼女の名前は?」

「知らない」

「聞いてないのか?」

「気になるなら聞いてあげようか?」

「何で俺が?!」

「だって綺麗だし、年齢もヴォルフとは近そうだし」


 探るような目で見られ、ヴォルフは彼が何を考えているのかまた分からなくなった。もしや彼女と自分をくっつけたがっているのか。それとも自分が彼女を取るかもしれないと恐れているのか。


「あのな、俺は別に誰彼かまわず……」

「でも髪が気に入らないんだっけ。金髪だったらもっと良かったのにね」

「そうだ、それを聞きたかったんだ。その金髪云々っていうのはいったい……」


 言いかけたところで、トレイを持った彼女が戻ってきた。ユーリィが例の“坊や”を演じて名前を尋ね、彼女の名前がクロエだということが判明した。



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