第22話 (ユーリィ)
しばし守護役であるエルフが現れるのを待っていた。その間にユーリィはヴォルフに近づいて、怪我の具合を確かめた。
「折れてる?」
「たぶん、な」
「戦うのはヴォルフにしてもらわないと駄目だから、何とかしなくちゃ」
「ユーリィ、何をしようとしているのか説明してくれ」
「ジェイドを攫ったのは、たぶん僕と間違えたからだ。金髪好きなのが仇になったね」
「金髪好き!? いったい何を……」
問いただそうとしたヴォルフを無視して、ユーリィは更に続けた。
「とにかくジェイドに手出しが出来ないようにしないと」
「どうやって?」
「それは……」
言いかけたところで背後から気配を感じて振り返った。
ローブ姿の人物が階段を上がってくるところだった。黒いローブのフードを背中に垂らし、白銀の髪を揺らしながら近付いてくる彼は、まったく慌てる様子もない。そんな姿に少々苛ついて、ユーリィはそばまで駆け寄った。
「遅い。てっきり煙と一緒に現れるのかと思った」
「ユーリィ様、別に私は空間を飛んで来られるわけではありませんよ。消えるように見えるのは、目の錯覚を利用した魔法を使っているだけです」
「どっちでもいいよ。それよりヴォルフが足を折ってる。今すぐ治してくれ」
「もう一つお断りしておきますが、私は貴方の護衛を仰せつかっているだけで、それ以外の方をお守りする義務はございません」
冷たく言い放ったエルフをユーリィは睨み付けた。
「だけどヴォルフは何度も僕を助けてくれたじゃないか」
「ええ、昨日までは。ですが今日は貴方に乱暴を働こうとしたことは知っています」
背後でヴォルフが呻くのが聞こえた。
「ユーリィ、もういい。添え木でもすれば動けないことはないから……」
「それは僕が悪かったからだよ。ジェイドを危険な目に遭わせたから」
「いや、俺はそれを怒ったんじゃなくて……」
「ヴォルフが戦えないとジェイドを助けられない。それとも僕が戦ってもいいの?」
エルフは黙ったまま動かなかった。
「何とか言えよ、ロジュ」
「それは、イワノフとしてのご命令ですか?」
イワノフという部分を強調し、エルフは頭をやや下げながらそう言った。その意味深な様子に、ユーリィは瞬間で彼が何を言わんとしているのかを理解した。
どうしようかと視線を泳がせる。すると壁に寄りかかるヴォルフと目が合った。
『君が動くと碌なことにならない』
彼の言葉を思い出す。しかもさっきは本気で彼を怒らせたばかりだ。
思ったことを言うと他人を怒らせてしまうのは、冷静に考えても酷い話だ。けれど言わないようにすると、今度は何も話せなくなる。何も思わないようにすればいいけれど、だとしたら城にいた時と変わらないではないか。いや、城に居た時の方が、思った事を隠し、形式的な会話をすれば良かったのだから楽だったかもしれない。どうせ話す相手など、本心で話す必要などなかったのだから。
たぶん自分は一生、誰かと親しくなど出来ないに違いない。好きだと言ってくれていたヴォルフですらあそこまで激高させたのだから、恋人どころか友人すらきっと無理だろう。誰も好きになれないのも致命的だ。その上、一人で生きていく術すら見つからないまま、親の臑もかじりっぱなし。
結局、自分は城で息をしているしか道がないのかもしれない。
ヴォルフは心配してくれるかもしれないけれど、彼にはジェイドがいる。あんなに尊敬のまなざしを向けるジェイドなら、ヴォルフも嫌な思いなどしなくてもいい。彼は金髪だし、自分以上にきっとヴォルフと上手くやっていけるはずだ。
そこまで考えて、ユーリィは自分を見つめているヴォルフに軽く微笑んだ。彼もきっと納得してくれるだろうと思いながら。
それからロジュの方へと向き直ると、
「ああ、そうだ。ユリアーナ・セルゲイ・ルイーザ・クリストフ・イワノフとしての命令だよ」
「つまりお父上のご意志を尊重されるという意味ですね?」
「うん」
「場合によっては直ぐに城にお戻りにならなければなりませんが、それでも構いませんか?」
「いいよ、それでも」
「ユーリィ、駄目だ!」
背後でヴォルフが焦ったような声を発したが、ユーリィは聞こえないふりをした。
「分かりました」
軽く頭を下げ、ロジュはヴォルフに近づいていく。ヴォルフは何故か嫌がるようなそぶりで動く方の左足を後ろに下げたが、ロジュは構わずその足元に膝をついた。
「ユーリィ、止めさせろ。こんな事で君の自由が奪われるなんて、俺は嫌だ」
いいんだよ、ヴォルフ、僕には自由が似合わないから。
言いかけたが、口を開いただけで止めてしまった。言えばまたヴォルフが怒るかもしれない。




