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金色の誘惑  作者: イブスキー
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第21話 (ユーリィ)

 絶対に出るなと命令されなくても、ユーリィは出るに出られない状況にいた。

 シャツのボタンは完全に飛んでいる。首筋にはきっとヴォルフが付けた痕が付いているだろう。着替えたくてもここはヴォルフの部屋だった。


 廊下にはジェイドがいることは分かっていた。こんなあられもない姿を彼に晒す勇気は沸いてこない。そうじゃなければ、ヴォルフがなんと言おうとも彼の後に続いて飛び出したというのに。


 ややあって、不気味な金属音がドアの隙間から何度も聞こえてきた。剣がぶつかり合うようなその音に、ヴォルフが戦っているらしいことが感じられる。


(大丈夫かな……)


 ヴォルフが強いことは十分知っているし、自分をこんな状態にしたのは彼だから、加勢が出来なくても許してくれるだろう。そもそも“絶対に出るな”と言ったのも、“邪魔をするな”という意味かもしれない。


 だがしかし、「ジェイド!」というヴォルフの叫び声と、続いて起こった爆発音に、恥や外聞など気にしている場合ではないと気がついて、部屋から飛び出していた。


 廊下は火の海となっていた。特に階段がある先が一番酷く、その炎は天井へと到達しようとしているところだ。宿泊客が数人飛び出してきて、炎が到達していない階段を慌てて駆け下りていく。しかし炎の向こうにある部屋にいた者達はどうすることも出来ずに、怒号と悲鳴を上げて、再び部屋の中へと戻っていった。


 火の中に人型の何かが倒れている。燃えさかる炎に包まれ、黒くなっていた。


(ま、まさか、ヴォルフ!?)


 もしもあれが彼だったとしたらと思うと、体中が震え始めた。真っ白になった頭で、ユーリィは炎の方へと近づいていく。途端、炎の向こうから叫び声が聞こえてきた。


「来るな!」


 声の主がヴォルフと分かり、震えだけは治まった。けれど火の直ぐそばで煙火に包まれても(うずくま)って動かない姿に、ユーリィは焦りを感じた。


「ヴォルフ、動けないのか?!」

「足をやられた。でも大丈夫、後ろには下がれるから……」


 後ろに下がっても、炎は徐々に彼の方へと広がっていっている。いずれ追い詰められるだろうことは明らかだ。


 ユーリィは何かないかと上着のポケットに手を入れた。焦りで何が入っているのか思い出せない。いくつかの物を指で確認した後、やがて棒状の物を探り当てた。


(これって……)


 以前アルベルト・エヴァンスとソフィニアの闇市で買ったものだ。あの時は何の役に立つのか分からなかったが、もしかしたら使えるかもしれない。


 ユーリィはポケットからその黒い棒を引っ張り出すと、激しく燃える炎の中へと放り投げた。


 考えられないことが起こった。黒い棒が炎に触れた瞬間だ。棒の両端から突如、激しく水が噴き出してきたのだ。水の勢いで棒は宙に浮いたまま回転し、全てを飲み込もうとしている赤い魔物に襲いかかった。


 瞬く間に炎の勢いが収まっていく。黒い煙の代わりに白い水蒸気が立ちこめ始め、後も先も見えないほどだ。けれど火が収まりかけても水の勢いは収まりそうもなく、足元には水の流れが出来はじめていた。


(うわっ、ちょっとマズいかも)


 水と水蒸気が襲ってくる。それを避ける為、ユーリィは慌てて部屋の中へと引き返した。


 数分後、ユーリィは恐る恐る部屋から顔を出した。薄暗くなった廊下には水蒸気はまだ残っていたが、火は完全に消えている。水は階段の下へと流れ落ちたのか、廊下には殆ど残っていなかった。


「ヴォルフ、いる?」

「あ、ああ……」


 白く煙った廊下を歩き、ヴォルフがいたと思われる場所に近づいていく。木の廊下は黒く変色し、激しかった炎の痕が残っていた。


 靴が硬い物を蹴飛ばした。人型のそれはどうやら鎧を着けた人間らしい。それを跨いで避け、廊下の変色が消えた辺りでしゃがみ込むヴォルフを発見した。


 彼は全身ぐっしょりと濡れていた。ブルーグレーの長い髪は背中にべったりと張り付き、シャツの袖から水が滴り落ちている。

 ユーリィが声をかけようとしたその時、部屋に逃げ込んでいた数人が飛び出してきて、二人と黒焦げの鎧には目もくれず、階下へと逃げていく。それをやり過ごして、ユーリィは再びヴォルフを見た。


「大丈夫……?」

「なんだ、あの棒は!?」

「火を点けると水が出る棒」

「水が出るというレベルの量じゃなかった。いったいあれは何だ?」

「僕に聞かないでよ」


 あの尋常じゃない水量はたぶん魔力が関係しているのだとは思うが、原理など聞いていないので知るはずもない。


「まあ、いい」

「それより何があったんだよ?」

「そこに転がってる甲冑が襲ってきた」


 そう言われて振り返ったユーリィは、甲冑らしき人間の首にヴォルフの槍が刺さっているのが分かった。


「こいつが火を?」

「いや、違う。こいつを倒した時にもう一人が火を……、あっ!」

「あ?」

「ジェイドが(さら)われた!」


 立ち上がろうとしたヴォルフだったが、右足を折っているのか、崩れるように壁へと寄りかかった。


「くそっ!」

「ちゃんと話せよ。ジェイドがそのもう一人に(さら)われたのか?」

「戦っている最中に、階段を上がってきた奴にジェイドが襲われたんだ」

「火を付けたのは誰?」

「そのもう一人だ。運良く甲冑の繋ぎ目に槍が入って倒せたと思ったのに、そいつが魔法かなにかで、倒れたコイツごと火を付けた。で、気絶させたジェイドを浚っていった。追いかけたかったけど、相打ちで足をやられてたから動けなかったんだ。くそっ!」


 ヴォルフはふたたびそう叫ぶと、壁を使って立ち上がろうと藻掻き始めた。相当痛いらしく、顔を歪めてうなり声を上げている。その姿を見ながら、ユーリィは自分の責任を強く感じた。


 幾ら腹が立ったとはいえ、ダーンベルグにあんな事を言ったせいで、宿を強襲され、あまつさえジェイドも(さら)われてしまった。ヴォルフがあれほど怒ったことが現実となってしまったのだ。


「ヴォルフ、ごめん、僕が……」

「今はそんなことを言っても始まらない」

「僕が何とかするから」

「君が何とかするだって?」


 ようやく立ち上がったヴォルフは疑うような顔でユーリィを見た。


「君が動くと(ろく)なことにならない」


 その言葉にユーリィは胸を貫かれた気分になった。それが顔に出てしまったのだろう。ヴォルフが慌てて繕い始める。


「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃなく……」

「事実だから仕方がない。でも今度は絶対にジェイドは助けるから」


 彼はジェイドを護らなければならない役目があるのに、それを邪魔したのは自分だった。これ以上、ヴォルフに迷惑はかけられない。


 ユーリィは辺りにさっと目を走らせると、壁に止まっている一匹の蛾に注目した。それに向かって話しかける。


「ロジュ、いるんだろ」



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