第2話 (ヴォルフ)
数日後、その街に到着した二人は適当な宿屋に荷物を預けると、早速約束の場所へと向かうことにした。返事の手紙には“三日後の昼過ぎ、教会の前”とだけ書いておいたのだが、今日はその三日後で昼を少し過ぎたところ。もし遅れでもしたら嫌味の一つぐらい言われそうなので、ヴォルフは少々慌てていた。
それにしても、ここまで下手になっている自分が情けない。こういうのを“惚れた弱み”というのだろうか?
神官や敬虔深そうな人間が出入りする中、ヴォルフ達はしばらくその場で待っていた。そう言えば今日は礼拝日である事を思い出す。自分の不敬虔さに頭を掻きつつ、ヴォルフは通りを行く人々をしばらく眺めていた。
突然誰かから背中を突かれた。
ゆっくりと振り返ると、そこには相変わらず無表情のユリアーナ少年が立っていた。
「やあ、久し振り」
たった二ヶ月なのに少し大人っぽくなった気がする。相変わらず尊大な態度で上目遣いに見上げるその顔は、眩しくもあり、愛おしくもあり……。ヴォルフは軽く微笑んで(もちろん大人としての威厳を保ちつつ)挨拶をした。
「こんな場所に立ってるから、暴漢のように見られてる」
彼、ユーリィ・イワノフは眉をひそめ、周囲に目を走らせる。それを追ってヴォルフも辺りの様子を窺うと、確かに人々はヴォルフとジェイド ――主にヴォルフだが―― を胡散臭そうな目で眺めて通り過ぎていった。
「教会が一番分かりやすいと思ってな」
「ふぅん……」
気のない声で返事をしながら、ユーリィがジェイドを見る。心の中で“誰だ、コイツ”と言っているのが、ヴォルフには一目で分かった。
「ああ、彼はジェイド・スティール」
「ま、まさか、お前……」
ユーリィの青い瞳に浮かんだ驚愕の表情。何を意味しているのか直ぐに察し、ヴォルフは慌てて否定した。
「ち、違うぞ、彼はな……」
「とうとう道を踏み外したか」
「だから違うって言ってるだろ! 彼は友人の知り合いで護衛と同行を頼まれて、しばらく預かってる駆け出しのハンターで、だからつまり……」
「言い訳臭い」
「言い訳じゃなくて本当だ、信じてくれ」
「お前の“信じてくれ”を何度聞いたことか」
「嘘は言ったこと無いだろ?!」
「まあ、そうだけど……」
それでも疑り深そうな目で睨むユーリィに、ヴォルフは作り笑いで取り繕った。その間、隣に立つジェイドが怪訝な表情で二人を眺めている。特にユーリィに対して鋭い視線を送っているのは何故だろうか。
「あの、ヴォルフさん、紹介してもらえませんか?」
堪りかねたのかジェイドが口を挟み、ようやく妙な沈黙が終わりを告げた。
「あ、そうだった。彼はユーリィと言って、歳は君より一つ下だ」
「彼が“友達”?」
確かにジェイドが不思議に思うのも無理はない。こんなに歳が離れ、その上こんな生意気な少年とヴォルフが交友関係にあるとは信じられない事実だろう。未だ訝しげな眼でユーリィを見るジェイドに何と言って説明すべきか、ヴォルフは大いに悩んでしまった。
するとユーリィが相変わらずの無表情で、関係を解説する。
「ヴォルフと僕は一時だけ一緒に旅をした仲。友達かどうかは微妙」
「そうなんだ」
「まあ、ちょっと世話になったけど……」
するとジェイドの視線がサッと変わって、嫌悪感が露わになった。その顔にも“気に入らない”という言葉が書いてあるようで、ヴォルフは慌てて話題を変える。
「あ、そうだ。用件ってなんだ?」
「ここではちょっと説明しづらい。人の少ないところがいい」
「じゃあ、噴水公園まで移動するか?」
「うん」
何となく嫌な雰囲気を残したまま、三人は噴水のある中央公園へと歩き出した。