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金色の誘惑  作者: イブスキー
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第19話 (ヴォルフ)

 露わになった白い肌に唇を寄せる。放たれる甘い香気に目眩を覚えながら、その首にはいくつかの赤い痕を作った。滑らかな肌は触るだけで興奮を呼び、胸元から脇腹まで丹念に撫でると、そのままズボンへと手を伸ばした時だった。

 (あえ)ぎ声すら出さない彼がどんな顔をしているのか、その様子を確認しようとほんの少し頭を上げた。愛されなくても感じてくれればそれでいい。


 しかし彼の表情を見た途端、ヴォルフは自分の中の熱が急速に冷めていくのが分かった。

 ユーリィの顔には何の表情も浮かんでいなかった。見開いた青い瞳にあるのは、僅かな恐怖。それは以前、彼が兄エディクと対峙した時に見せていた表情と全く同じであった。

 怒ったり騒いだりされるのなら構わない。けれどユーリィの中で自分が、あの反吐が出るほど最低な男と同じ扱いになるのだと分かると、ヴォルフはそれ以上何も出来なくなった。


 少年を解放して立ち上がる。自分自身へと嫌悪を何かにぶつけなくては気が収まらず、近くにあった椅子を蹴飛ばした。


「くそっ!」


 荒くなった息を整えながら、音を立てて転がった椅子を目で追う。なんて馬鹿なことをしてしまったのだろう。ようやく解放された彼の心を再び壊したとしたら、自分はきっとあのエディクと同類だ。


 目の端に映るユーリィは身動ぎすらしない。呆然と天井を見つめながら、人形のように横たわっていた。

 やがてその青い瞳から一筋の涙が流れ落ちる。それを見た瞬間、強烈な痛みが胸のあたりを貫いて、ヴォルフは息も出来ないほど苦しくなった。


 彼の涙を見たのはこれで二度目だ。一度目は初めて出会った夜、彼は悪夢にうなされながら涙を流していた。たぶん兄から受けた虐待の夢でも見たのだろう。

 自ら命を絶とうとした時ですら、彼は皮肉めいた笑顔を浮かべただけで、その瞳を濡らすことなど無かったというのに……。


 長い沈黙が流れた。

 ようやく息を吹き返したように少年は、ゆっくりと起き上がった。立てた膝の中へとその顔を埋め、肩が大きく動かしながら呼吸を繰り返した。


 謝っても許してはもらえるはずはない。早く罵りか軽蔑の言葉をぶつけて欲しかった。傷つけた姿を見ているよりもその方がずっと楽だ。


「ごめん……」


 顔を上げぬまま少年が静かに呟く。まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったヴォルフは、返事が見つからずにただ唇を噛みしめた。謝らなければならないのは自分だというのに……。


「言い過ぎたよ、ごめん」


 きっと彼は心で自分を責めているに違いない。そうさせない為に、必死に努力してきた事が全て水の泡だ。以前のようにその肩を抱き、彼を慰めることがもう出来やしない。

 愛されていないことも知っていた。嫌われていないことだけが唯一分かっていたことだ。それでもいつか彼の心を手に入れられると期待していたのに。本当に欲しいのは体ではなく心だったと今頃になって気づくなんて、俺はなんて馬鹿なんだとヴォルフは悔恨の念に指先を震わせた。


「あのまま、やっちゃっても良かったのに。ヴォルフが満足するならそれでいいよ」

「そんなのは駄目だ」


 傷つけるつもりなかったなど言うつもりはない。あの瞬間、犯してしまおうと思ったのは確かなのだから。自分を満足させたら、その後に残るのは闇でしかない。何故そのことをあの瞬間に思わなかったのだろう。


 涙の乾いた顔を上げ、ユーリィは色のない表情でヴォルフを見返した。


「どうしたら優しく喋れるのか分からないんだよ。城では心で思ったことを口にしたことがないから。自由になったら、どう話したらいいか分からなくて……」


 抑制され続けたものが解放された時、そのコントロールが分からないのは仕方が無い。それを覚えられなかったのは彼のせいではないと、どうして分からなかったのだろう。こうして告白されるまで、彼の吐き出す棘に困惑し、とうとう切れてしまった自分が情けなかった。


「黙ってようとは思ってるんだよ、怒らせたくないし。でもムカつくと、つい余計なことを言っちゃうから……」

「ユーリィ、俺が悪かったんだ。もう取り返しがつかないのかもしれないけど……」


 もう二度と触れられないかもしれないという哀しみが溢れ出す。その辛さに、ヴォルフは唇を噛みしめた。


「忘れるから大丈夫。ヴォルフも忘れていいよ」

「忘れられるわけがない。俺はどんな罰でも……」

「止めよう、こんな話。それよりたぶん本当に危ないと思う。もしアイツが……」

「アイツが?」

「ジェイドを連れて二人で街を出た方がいいよ。ジェイドを護らなければならないんだろ?」


 ユーリィは首元に手をやって、先ほどヴォルフが作った赤い痕を触りながらそう言った。


「だから僕はもう……」


 その時だった。

 階下から裂くような悲鳴が聞こえてきた。続いて何かが激しくぶつかる音が響いた。

 咄嗟にヴォルフは立て掛けてあった槍を掴み、ドアの方へと走り寄る。


「絶対に部屋から出るな!」


 そう言わせたのは、経験則による本能だった。



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