第18話 (ヴォルフ)
ヴォルフは怒っていた。その怒りをぶつけるように何度もユーリィを睨んだが、彼は気づかないふりをして目を合わせない。そんな態度もまたヴォルフの怒りを増幅させていた。
宿屋に着き、部屋の前に来たところでその怒りが爆発した。
「ユーリィ、ちょっと来い」
その手首を掴みグッと引っ張る。驚いて暴れようとしたユーリィだったが、絶対に離すつもりはなかった。
「な、なんだよ!?」
「いいから来いって言ってるんだ」
「放せよ!」
抵抗を無視して、部屋の扉を開けて強引に彼を押し込む。振り返ると、愕然としているジェイドと目が合ったが、それを無視して扉を閉めた。
中に入るとユーリィが仁王立ちでこちらを睨んでいた。
「こんな乱暴なやり方は許さないからな」
「だったらさっきのアレはなんだ?」
「はぁ? なんの話だ?」
「とぼけるな」
「もしかして、ダーンベルグと話してた時のことを言ってるのか? だったら完璧だっただろう? 親父の真似をして話せばいいんだから簡単だ」
「ああ、完璧すぎて驚いたぜ」
ヴォルフの言葉にユーリィは“ふん”と鼻を鳴らした。
慇懃な態度や言葉遣いは、ユーリィがイワノフの城でしていたことなのだろう。あの城で彼がそうして暮らしていたことを知っていたヴォルフは、別に驚きもしなかった。彼が自分を一切殺していたと想像できるだけに心が痛んだだけだ。
きっとジェイドの言葉がきっかけだろう。
『貴族の子供は貴族だろ』
ジェイドがそう言い放った瞬間、ユーリィの顔から表情が消えていった。元々表情に乏しい彼だが、ああいう顔になるのは必ず、心に傷を負ったときだ。更に追い打ちのようにジェイドが家庭の話を始めた時、ユーリィの瞳に以前見たことのある哀しみを感じた。何故なら、ジェイドの話にはユーリィが追い求めても手に入らない、当たり前の幸せが含まれていたのだから。
「ジェイドが原因なんだろ?」
「何のことだか……」
「誤魔化すのは止めろ!」
言葉を遮り怒鳴りつけると、ユーリィは反論する言葉を失ったのか、口を開いたまま視線を落とした。
「貴族の子供らしく振る舞っただけだよ」
「ジェイドは悪気があって言ったわけじゃ無いんだぞ?」
「知ってるよ、そんなこと……」
本人も子供じみていたことは気づいているのだろう。口元をやや尖らせて、部屋の端を見つめている。ヴォルフはそんな彼の態度にやや怒りを静めたものの、まだ言いたいことが残っていた。
「君の気持ちは分からなくもない。けどな、最後の最後にまた暴走したな?」
「暴走? 何のことだかさっぱり……」
「最後の話のことだ。あれはいったい何事だ?」
「別にヴォルフに話す必要はない。というか、ヴォルフには関係ないから」
関係ないと言われ、再びヴォルフの怒りが燃え上がった。
「関係ないだって? だったらこんな事件に俺を巻き込んだのは何故だ?」
「もう僕一人で解決できそうだから、消えてくれても……」
言いかけるユーリィにヴォルフは近づいて、その襟元を掴み上げた。
「今更そんなことを言うつもりか。分かってるのか、今回はジェイドがいるんだぞ!? 暴走して俺を巻き込むのもかまわないけどな、アイツを危険な目に遭わせるのは絶対に許さない!」
瞬間ユーリィの青い瞳が見開かれる。それからフッと鼻で笑い、
「へぇ、僕にその気がないから、今度はジェイドか?」
「な……に?」
「やることしか考えてないんだろ、お前」
その言葉にヴォルフの中の何かが切れた。
彼を掴んだままベッドの方へと数歩歩く。そのまま彼をベッドへと力を込めて薙ぎ倒し、ジャケットを脱ぎ捨てて覆い被さる。暴れようとする足を自分の太ももで押さえ、その両肩に手をついて拘束した。
「だったらそうしてやる!」
本気で犯そうと思った。そんなふうにしか自分を見ていなかったのかと思うと腹が立つ。俺の気持ちなんて無視なのか。だったら、もうこんなクソ生意気なガキに気を遣う必要などない。どうせ好かれないのなら、欲情だけは満足させてもらおうじゃないか、と。
「やめろ!」
叫びながら必死に逃れようとして藻掻いていたユーリィだったが、敵わないと知ったのか急に全身から力が抜けていく。手を焼かされなくて丁度いいと思いながら、ヴォルフは乱暴に彼のシャツを引き千切った。




