第16話 (ジェイド)
立派な屋敷の前で三人は馬車を下ろされた。場所は街の郊外にある高台だ。正門は悠か後方に有り、花が咲き乱れる前庭を馬車で抜け、玄関前のポーチに乗り付けたのだ。
窓の二十は下らないだろう。そのどれもが暗かったが、一階の一部だけ灯りが点されている。正面二階のバルコニーには、口を開けた鳥だか魔物だかの大きな彫刻が、月夜の空を睨んでいた。
正面扉を開いた執事らしき老人が慇懃に頭を下げる。「ありがとう」と声を掛けながら、その前をユーリィが通り過ぎ、ヴォルフ、ジェイドがそれに続いた。
広いエントランスホールに入ると直ぐに、執事は三人をホール横の扉の方へと案内した。屋敷内の煌びやかさに目をチカチカさせながら、ジェイドも素直に付いていく。浮かんでくる何故という疑問を抱えたままその扉をくぐれば、小さな部屋へと繋がっていた。
室内にはコート類を掛けるポールハンガー、椅子が二脚、丸くて小さなテーブルが一つ。白い壁には風景画が一枚飾られ、四隅には灯されたランプがそれぞれあり、天井からのシャンデリアがその光を室内へと拡散させていた。
「ここでお待ちを」
執事はそう言うと、入ってきた方とは反対側の扉から出て行く。それを見送って、ジェイドはいつの間にか緊張で詰まらせていた息をようやく吐くことが出来た。それとともに確かめたいと思っていたことを口にする。
「ユーリィってもしかして貴族なの?」
「僕じゃなくて親父が」
「貴族の子供は貴族だろ」
「親がそうだからって子供もそうとは限らない」
無表情でユーリィが切り返す。そんな表情も見下されている為だと思うと、ジェイドはなんだか腹が立ってきた。
「オレは親父もお袋も平民だから、オレも平民だけどね。家なんてさっきのエントランスぐらいしか無かったよ。その上、妹と弟が暴れ回るから家中ぐちゃぐちゃだったし、お袋はずっと働いていたし、だからこんな場所は……」
「ジェイド!」
遮るようにヴォルフが言った。
「俺の親父にも爵位はあったよ」
「ヴォルフさんも?」
「生まれ育ちは人それぞれだから」
「は、はい」
それからヴォルフは無表情のままでいるユーリィに近づいて、何故かその頭をポンポンと軽く叩いた。そんな様子に、二人には自分の知らない何かがあるのだと、ジェイドは改めて悟った。
再び現れた執事は、三人を奥の扉へと案内した。そこはどうやら応接室のようで、豪華な家具や装飾品に溢れ、その中に四十代後半とおぼしき男が立っていた。栗毛の髪を綺麗に撫で付けたその男は、顔立ちが少し狐に似ている。彼は執事に続いて入っていったヴォルフを一瞥し、ジェイドをジロジロと眺め、最後にユーリィをまるでなめ回すかのように下から上へと視線を走らせる。ジェイドはそんな男の目付きが気持ち悪かった。
しかし三人が男の前に並ぶと、上質の服に似合う上品な雰囲気を作り直し、彼はやや堅い笑顔を浮かべてみせた。
「やあ、大きくなりましたね、ユーリィ君」
差し出された手を、ユーリィが似合わない笑顔を浮かべて握り返す。
「お久しぶりです、ダーンベルグ市長」
「私を覚えていてくれたなんて嬉しいですね」
「すみません、本当はあまり覚えてないんです」
「仕方が無いですね、君は小さかったのですから」
市長は満面の笑みでそう言うと、ジェイドとヴォルフの方へと視線を移した。
「こちらの方々は?」
「友人のハンターでヴォルフ・グラハンス氏とジェイド・スティール君です」
そう紹介されて、ヴォルフとジェイドは軽く頭を下げた。
「ハンター?」
「実は市長に今回の事件についてお伺いしたいということなので、僕が仲介を買って出たのです」
「ああ、そういうことだったんですか。今朝、貴方のお父上から貴方がこの街にいるので、ぜひ夕食にでも招待してくれと手紙をいただいたときは少々驚きましたが」
「不躾ですみません」
「いや、良いんですよ。ひと月前に妻も娘もソフィニアの方へと行ったっきり帰ってこないので」
「それはもしかして、あの事件のせいですか?」
「別な用事でしたが、用心に越したことはないので、戻ってこないように言ってあります」
市長が軽く手を叩く。すぐに執事が現れて丁寧に頭を下げた。
「食事の用意を頼む」
「かしこまりました」
「食事の話題としては少々生臭いが、ここで話すよりはいいですよね?」
「はい」
「それよりも、お義母様には大変お気の毒でした。私もご葬儀には参列させていただきましたが……」
「そうだったんですか、ありがとうございます。義母も喜びます」
「貴方にはお目にかかれませんでしたが、ご参列されていましたか?」
「ええ。ですが兄の母ですし、僕は少し遠慮していました」
「ああ、なるほど」
そんなやり取りを聞きながら、ジェイドは不思議に思った。
会ってから今までずっと、ユーリィは無愛想な野放図だと思っていた。しかし市長と対応する彼は、いかにも貴族の子息という感じで、笑顔から発音までどれも完璧だった。いったいどちらの彼が本当なのだろうか? ヴォルフはどう思っているのかと見上げれば、彼は何故か憮然とした表情でユーリィを見つめていた。




