第15話 (ジェイド)
次の日、ジェイドは何となくボンヤリと過ごしてしまった。他の二人はどうか知らないが、自分はかなりやる気を失いかけている。昨日見たハンターの量を考えれば、何も自分達がムキにならなくてもと思ってしまうのだ。それに物見遊山とユーリィに言われたことも面白くなかった。
(アイツ、旅が長いからって偉そうに……)
本当はユーリィの指摘は間違っていないことは分かっている。死体を見ただけで倒れてしまった自分が、どうにもやるせないのだ。もっとちゃんとして、ヴォルフに認めてもらいたいのに。自分より年下のユーリィは平然としているのもジェイドにはショックだった。
(オレ、この仕事向いてないかもしれない)
ハンターを止めたと言えば、きっとヴォルフとは一緒に居られないだろう。旅は続けたいけれど、一人旅は出来ないと思った。ユーリィがそれを出来ていることが羨ましくて仕方がない。彼が強気であるのはそれなりに根拠があるのだと思うと、自分はただ空威張りしているだけなのだと実感してしまう。それがとても辛かった。
それでもヴォルフに褒めて欲しくて、できる限りの事は頑張ろうと決意した。例の噴水公園に行き、何人かに事件のことを聞いて回ったが、犯人に繋がるとは思えない情報ばかりだ。遺骸が見つかる数時間前に市長が視察に来ていたことと、現場の近くに露店があったという些細な話で、どちらも疑うような理由もない。
仕方がなくジェイドは大通りに戻り、そこで野菜を積んだ荷台の前にいる野菜売りの女に、怪しい者を見なかったかと尋ねてみた。すると、
「あたしに言わせれば、彷徨いているハンターの連中は全員怪しくて人相が悪いね」
「そ、そうですか……」
「みんな目つきが悪いし、一癖も二癖もありそうだからね」
「確かに」
「でもここだけの話……」
そう言って女は声を潜めると、
「殺されるのは綺麗な男だけだって噂だよ」
「え!?」
「君は綺麗ってタイプじゃないから安心だね」
そう言いながら、女は豪快に笑い始めた。
夕方、宿に戻ったジェイドを待ち構えて、ユーリィが玄関前で待っていた。
「ヴォルフが戻ってきたらすぐに行くよ」
「行くって何処に?」
「夕食を食べに……かな」
「ふーん」
そんなにお腹が空いているのかと思いながら訝しげにユーリィを見返すと、彼はジロジロとジェイドを眺めて、不満げに口を尖らせた。
「ジェイド、服ってそんなのしか持ってないの?」
「そんなのって……」
自分の格好が変だとは思わない。生成りのシャツに、ライトブラウンの革製ベスト。ズボンはアイボリー色で少々汚れてはいるが、気にするほどでもなかった。少なくてもユーリィに文句を言われる筋合いはない。と言うのも、彼が今着ているのはポケットが大量にある青いチェック柄のハーフジャケットに、袖口に妙なヒラヒラが付いている薄黄色のシャツ、カーキー色のズボンは中途半端な長さで、短パンなのか長ズボンなのかよく分からない。一言で言えば、自分よりもずっと彼は変な格好をしているとジェイドは思うのだ。
「まあ、いいけどさ」
「一つ聞きたいんだけど、君は自分の格好が普通だと思ってる?」
「変だと思うのか?」
「オレの方が普通だと思う」
「センスの問題だね」
そうなんだろうか?
いや絶対にそんなはずはないと異を唱えようとしたところで、ヴォルフが帰ってきた。
ヴォルフの格好にもユーリィは一通り文句を付ける。憮然と耐えるヴォルフは男らしいのか、我慢強いのか。そんなことをジェイドが考えていると、やがてユーリィが「そろそろだな」と言い出した。
「そろそろって?」
「もうすぐ迎えが来るんだ」
その言葉と同時に車輪の音が響いてくる。さして広くもない道に現れた四頭引きの馬車は、立派すぎて不釣り合いだ。その馬車が三人の前にぴたりと止まる。立派な身なりの御者が降りてきて馬車の扉を開けると、「さあ、出発」と言いながらユーリィはその中へ乗り込もうとした。
「どこへ行くつもりだ?」
「早く馬車に乗れよ」
その命令口調に怒りと戸惑いを感じながら、隣に立つヴォルフに答えを求めて見上げたが、彼はただ肩をすくめてユーリィの後に続いた。
行くべきなんだろうか。躊躇いに立ちすくんでいたが、ヴォルフに手招きをされて、仕方なくジェイドも馬車に乗った。
御者が扉を閉める。やがて静かに動き出した馬車内を、ジェイドは憮然たる面持ちで見回した。
金糸で刺繍がされている壁布が貼られている。足元は深緑のふかふかした絨毯だ。掛けられているランタンですらやたら高そうだった。こんな豪華な馬車の持ち主はさぞや金持ちに違いない。それなのに、なんの説明もしないユーリィには少し腹が立った。
「どこに行くつもりだよ」
先ほどと同じ質問を繰り返す。するとユーリィは無表情のまま「ダーンベルグ邸だよ」と説明してくれた。
なるほど、市長の馬車だから立派なのか。
って、市長!?
驚きながらジェイドはユーリィの顔をじっと見据える。もしかしたらユーリィは貴族なのだろうか。
ただのクソ生意気なガキだと思っていただけに、ジェイドは少なからずショックを受けた。
ジェイドは別に貴族が嫌いではない。両親もある貴族の領民で、当主である子爵もその娘もとても優しい人たちだ。特に同じ年の娘とは昔よく遊んでいて、幼馴染みと言ってもいい存在だった。彼女は身分の違いを鼻に掛けることもなく、ジェイドに対しても友達という態度しか見せることがなかった。
けれどユーリィに関して言えば、彼は常に上から目線でものを言う。それはもしかして身分を鼻にかけているからなのかもしれないとジェイドは思った。
(オレ、見下されてるのかな……)
ヴォルフに対しても偉そうな態度でいるのは、もしかしたら二人は主従関係にあるからだろうか。そう考えれば、絶えずユーリィを気遣っているヴォルフの態度にも納得がいった。
「こんな時間にいくつもりか?」
「夕食に招待された、いや、させたと言った方が正解か」
「図々しいな」
事情を知ってるのか、ヴォルフが呆れ顔を作る。
「一石二鳥だろ?」
「図太くなったというか、開き直ったというか……」
「何とでも言え。それにダーンベルグには一度会っておきたかったんだ」
「なんで?」
「子供の頃のことだから、記憶違いって事もあるし……」
「何の話だ?」
しかしユーリィは首を軽く振っただけで、それ以上何も言わなかった。




