第13話 (ヴォルフ)
ジェイドの精神的ダメージは思った以上に酷かったらしい。
次の日の朝になっても、彼は気持ち悪そうな顔で朝食を睨んでいた。ユーリィはというと、当てつけるつもりはないだろうが、平然として食べている。そんな彼を時折ジェイドが辛そうな表情で眺めていた。
仲良くしてくれとは言わない。せめてもう少し互いに歩み寄りを見せて欲しいとヴォルフは切に願う。しかしユーリィにそれを望むのは無理だと言うことも知っていた。
(優しいんだけど、どこかズレてるからなぁ)
表面的な優しさが表せないユーリィだから、誤解を受けやすいのだ。昨日だって、ジェイドには「行かない方がいい」と彼なりに忠告をしたのだが、言い方の問題でジェイドは素直に従わなかった。
(案外、俺が居ない方が上手くいくかもしれない)
二日前にユーリィ達が出かけた事を思い出し、二人を置いてヴォルフは宿を後にした。
ユーリィとはあまり喋れないことだけがヴォルフには残念だった。折角会えたのだから、彼と過ごす時間がもっと欲しい。感情を表に出すタイプではない彼が、いったい何を考えているのかヴォルフには一切判らなかった。
(もう少し、顔を見ただけでも分かってあげられるようにならないとなぁ)
反省しつつ、当てもなく街をふらつく。相変わらずハンターは多いが、市民は暢気に構えているように見えた。そればかりか、人が増えたことを幸いに露天まで軒を連ねている。
(人が殺されてるっていうのに……)
どこか釈然としないまま、ヴォルフはそんな穏やかな街並みを避けて、裏通りへと入っていった。
裏通りには荒んだ景色があった。ゴミが散乱する道は穴だらけで、浮浪者や酔っ払いが蹲っている。この街はどうやら荒廃しているようだと思いながら、そんな連中を避けて歩いていると、どこから現れ出たのか、知った人物がヴォルフの前に立ちはだかった。
「驚かさないでくれ」
「グラハンス殿と二人でお話をしたかったのです、申し訳ありません」
そう言って慇懃に頭を下げたのは、黒いローブ姿のエルフだった。
彼の名はロジュという。イワノフ家に仕えている間諜で、今は密かにユーリィの護衛をしていた。
「話?」
「というよりも、お願いと申し上げた方がいいでしょう」
ヴォルフがこのエルフに頼み事をされたのはこれで二度目だ。前回は城に戻らなければならなくなったユーリィを支えてくれと頼まれたのだが、今回はどのような事を頼むというのか。
ヴォルフは目を細めながら、赤い瞳を光らせたエルフを凝視した。
「俺に出来ることなのか?」
「ええ、簡単なことです。もうユーリィ様とはお会いにならないで下さい」
「な……んだって……?」
思いもしなかった言葉にヴォルフは言葉を詰まらせた。
「このことが片付いたら、たとえユーリィ様から連絡がありましても、忘れて下さい」
「おかしいじゃないか。前は俺に支えて欲しいと頼んだくせに、もう忘れろとはどういうことだ?」
「事情が変わったのです」
「事情?」
躊躇っているのか、視線を外してロジュが口を閉ざす。ヴォルフはエルフが話し始めるのを黙って待った。
ようやく口を開いたロジュの顔には、更に厳しい表情が浮かんでいた。
「ユーリィ様は少し貴方に傾倒し始めている気がします」
「そうだったら嬉しいけどな」
「そうであっては困るのです」
「男に走ったら、イワノフの威信に傷が付くってか?」
「威信だけの問題ではなく、徐々に危うくなっているのです」
「危うい? なんだ、それは?」
しかしロジュはその答えを口にしなかった。代わりに諦めたような表情を作り、
「たぶんこの願いは受け入れてもらえないと思いました」
「無駄足で悪かったな」
「ですが、私は警告しました。それだけは覚えておいて下さい」
エルフの周りに煙が立ち始める。それが徐々に濃さが増してくると、ロジュの体はやがて溶けるように消えていった。
「いったい、何が危険だって言うんだ?」
ヴォルフはしばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。




