第12話 (ヴォルフ)
(まるで祭りだ)
噴水公園に到着したヴォルフが最初に思ったことは、これである。
青い空に、鷲らしき鳥が舞っている。心地の良い風が東から吹き、その風に乗って蝶がヒラヒラと飛んでいく。そんな穏やかな雰囲気とは裏腹に、公園内は人々がひしめき合っていた。
今、噴水公園には例の遺体を見るために、ハンターや野次馬でごった返していた。日頃の長閑な様子は何処かへと消え、正しくお祭り騒ぎだ。
たぶん街中の人間が集まってきているだろう。そう思うほどに、公園は人がうようよしていた。
「凄い……」
ジェイドがキョロキョロと落ちつきのない様子で呟いた。
「千人ぐらい居ますね」
「みんな、物好きって言うか……」
ユーリィが呆れ顔を作っている。ヴォルフにしても、焼けた死体など見たくもないので、集まる人間の気がしれない。ジェイドだけは宝物でも探すような表情で隣を歩いている。
ジェイドを連れて歩くようになってから、ヴォルフは危険なことはなるべく避けてきた。そのせいかもしれないが、ジェイドは緊迫感が薄い気がする。ユーリィはさすがに旅生活も長いし、死闘も知っているので緊張を保っているが、ジェイドはお祭り気分といった面持ちだった。
(性格はハンター向きじゃないな)
彼にこの仕事を続けさせても良いものだろうか。それとも経験を積むうちに、彼もまた人生の厳しさを知ることとなるのだろうか。
(ジェイドは明るくて元気なままがいいな)
対照的なユーリィをチラリと見ながら、ヴォルフはそう思った。
「なんか、日を追う事に人が増えてきているような気がしないか?」
「気がするだけじゃなく、実際増えてるよ。あとひと月もすればこの三倍以上は集まるだろう。それまでに犯人達が捕まらなければ、の話だが……」
「ハンターって人相悪いな」
ユーリィがぼやく。確かに皆、あまり優しい顔をしているとは言い難く、中には明らかに暴漢だと思われるような輩も数人いた。
「でもヴォルフさんは、とっても格好いいです」
「男に誉められてもなぁ……」
「あれ、そうかぁ?」
意味深なユーリィのセリフに、ヴォルフは思わず咳払いをした。言った本人も急に気恥ずかしくなったのか、シマッタという顔をして俯いている。ジェイドだけがその意味を汲み取れず、ニコニコとしながら、
「同性に憧れるのって、いいことだと思いますよ」
などとわけの分からない事を言って、更に場の雰囲気を白くさせていた。
とにかく人だかりというか、野次馬が凄い。それを掻き分けるように、騒ぎの中心へと入っていくと、果たしてそこにあったのは焼死体だった。
髪も服もない焼死体だった。男か女かも分からない。鼻と口は穴が開いているだけで、片目の眼球が顔の横に垂れ下がっていた。炭化した肌には、所々に赤い痕がある。それは焼けのこった部分の血が露出しているためだ。体はくの字に曲がり、強張った両手の指先は悪魔のそれを思わせる。足首だけが何故か焼け残り、それがまた生々しさを倍増させていた。
「うわっ!」
死体を見た途端、ジェイドは叫び声を上げた。それから口元を押さえて、人混みの外へと走って行く。どうやら彼には強烈すぎたらしい。
「だから言ったのに……」
「君は平気か?」
「バラバラになったのやら、脳みそ出たのやら、見過ぎてるからね」
肝の据わりすぎた少年に、ヴォルフは少し不安を覚えた。まだ子供だというのに、彼は残酷なものを見過ぎている。それが彼の心を暗くさせているのではないか、と。
「あの死体、足首に縛られたような痕があるね」
「ということは、拘束されていたのか」
「首の辺りの焼け残ってるあれは、ロープか何かじゃない?」
「そう見えなくもないな……」
本当はもっとじっくり見たかったが、早々に憲兵達がやって来てその死骸を持って行ってしまったので、それ以上は何もわからなかった。
人混みを抜けると、花壇の端にジェイドが座り込んでいた。真っ青な顔で肩で息をしている様子に、ヴォルフは少し可哀想になった。
「ジェイド、大丈夫か?」
「は、はい……」
「物見遊山で来るからだよ」
隣に立つユーリィが、腕組みをしながら呆れた声でそういった。
“物見遊山”という言葉に腹を立てたらしいジェイドだったが、反論はできなかったようだ。彼は唇を噛みしめて俯いてしまった。
「とにかく宿に戻ろう」
ジェイドを休ませなければならない。こんな状態になることを予期できなかった自分にも責任があると、ヴォルフは思った。
その時ユーリィがふと「この事件は絶対に裏がある」と言ったのを、ヴォルフは不安な気持ちで聞いたのだった。




