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金色の誘惑  作者: イブスキー
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第11話 (ユーリィ)

 ユーリィが宿屋に戻ると、ジェイドが一人で食堂の椅子に座っていた。ヴォルフの姿はない。きっとまた情報収集にでも出かけ、ジェイドが置いてきぼりを喰らったのだろう。その証拠に、ユーリィの方を見上げたその顔には、如何にも“つまらない”と書いてあった。


「やあ」と言いながらジェイドの前に座る。すると彼は頬杖を突いたまま「ああ」とだけ返事をした。ヴォルフの事を尋ねようと思ったが、藪蛇になりそうなので黙っていると、ジェイドの方から「ヴォルフさんは君を探しに行ったよ」と教えてくれた。


「僕を!?」

「暴走とか何とか言ってたぜ」

「あ、ああ……」


 出会った頃の自分へのイメージを、ヴォルフはまだ持っているらしいとユーリィは感じた。確かにあの頃は少し危うく、不安定だったと自分でも思う。けれど色々な呪縛から解き放たれつつある今は、前ほど無茶なことはしないし、二ヶ月前の件だって自分ではそれなりに計算して行動したつもりだ。だがそれがヴォルフの目には暴走と映るようだ。


「なあ」


 ジェイドがふと真顔になった。


「え?」

「ヴォルフさんは何で、君のことをあんなに心配してるんだ? 過去に何かあったのか?」

「ええっと……」


 あまりにも説明しにくい事を訊かれ、ユーリィは困って顔を背けてしまった。


“陰鬱な過去を持っている自分がヴォルフに迷惑をかけました”


 とは言えないし、


“ヴォルフは自分に(よこしま)な感情を抱いています”


 なんて事も、口が裂けても言えやしない。


「ヴォルフは少し心配性なんだ。分かるだろ?」

「それだけかな」


 探るような視線がやたら痛い。ユーリィは苦笑いを浮かべつつ、「それだけ、それだけ」と言って誤魔化し、直ぐに話題を変えた。


「それよりダーンベルグって知ってる?」

「知ってるよ」


 ジェイドは如何にもつまらないことだというように即答した。


「市長だろ。街のあちこちに書いてあるじゃないか。“市長ダーンベルグより告知事項”とかいう張り紙があるぜ?」

「それ以外に有名なダーンベルグって知ってる?」

「知らないよ」

「そっか」


 会話がそこで途絶えたことを残念に思っていたユーリィに、ジェイドが話を続けてくれた。


「なんで?」

「どっかで聞いたことがあるなぁって思ってさ」

「張り紙でも見たんじゃないの?」

「そうかなぁ……。そういえば今回の賞金は市長が出すらしい」

「そりゃそうだろ。市民が危険な目にあってるんだから、市長としては当たり前だよ。金貨二百枚なんて大金を出せるんだから、きっとお金持ちなんだろうな」

「二百枚って大金か?」

「金貨二百枚と言えば、一、二年遊んで暮らせる額だ」

「でも僕は先月確かそれぐらい使ったぞ。変なものを一杯買っちゃったけど……」


 ジェイドが目を丸くしてユーリィを見つめた。


「一ヶ月で二百枚!?」

「あ……いや……ええと、二枚だったかな……」

「だろ。あー驚いた。でも二枚でも結構な金額だ」

「ちょっと貯金があったから……」


 毎月親から金貨が送られてきて、それを湯水の如く使っているとはさすがに言えず、ユーリィは言葉を濁してしまった。自立できない自分が何だか情けなく、そして後ろめたかったのだ。


「でもダーンベルグって、どっかで聞いたことがあるんだよなぁ」

「だからオレと同じように張り紙でも見たんだろ」

「そうかなぁ」


 どうもそういう事では無いとは思ったユーリィだが、それ以上は何も言わなかった。

 結局会話はそこで途絶えてしまう。自分なりに努力はしたものの、やはり楽しい会話は無理だと悟り、ユーリィはそれ以上努力をすることは止めてしまった。


 そのまま二人でヴォルフを待っていると、やがて疲れた様子で彼が現れた。ユーリィを見た瞬間、何か言いたそうに口を開きかけたが、結局何も言わずにドカリと椅子に腰を下ろす。疲れが(にじ)んでいるようにも見えるのは、やはりこの仕事に不満があるからなのだろうか?


「お帰りなさい、ヴォルフさん」

「人が多くて適わん」


 テーブルに伏せてある安っぽいグラスに水を注いだヴォルフは、一気にそれを飲み干した。


「まさかずっと僕を捜していたのか?」

「捜していちゃ悪いのか?」

「いや、そんなことはないけど……」


 ユーリィはさっき仕入れてきた情報を話そうかと悩んでいた。宿屋の夫婦はフェヴァン宅を出た後に行方知れずになったと話せば、ヴォルフが何か考えつく可能性もある。


 けれど自分が例の女性と話したことを知ったら、彼はまた変な勘ぐりを入れるかもしれない。もしかしたらこの事件から手を引くと言い出す可能性もある。どちらにしても面倒なので、ユーリィはしばらく黙っていることにした。


「けど捜していたのは初めだけで、それどころではなくなったからな」

「どういう意味?」

「もう一人殺されたよ」

「本当ですか?!」


 ジェイドが叫び声を上げる。途端、隣の客が何事かという顔で三人の方を振り返った。


「ああ。噴水公園で焼けた遺体が見つかった」

「目撃者は?」

「ない」

「ふぅん」


 するとジェイドが勢いよく立ち上がった。


「ねぇ、見に行ってみましょうよ?」

「遺体をか?」

「何か分かるかもしれないじゃないですか」


 何とも明るい表情に、ユーリィは少々イラッときた。ジェイドの脳天気な性格はどうも虫が好かない。ヴォルフに馴れ馴れしいのも少し気に入らなかった。

 けれど脳天気な性格を考えると、死体など見たことがない可能性がある。やはり言った方がいいだろうと多少の親切心で忠告することにした。


「お前、死体を見たことあるのか?」

「ないけど、それがどうした? それと“お前”じゃなくジェイドな」

「行かない方がいいと思うけどね」

「別に君が行きたくないならいいよ」


 売り言葉に買い言葉という様子でジェイドが嫌悪感を露わする。ユーリィにしてみれば親切で言ったつもりだったのだが、やはり棘が出てしまったようだ。


「僕は平気だ。じゃあ、早く行こうぜ」


 隣に座るヴォルフが困り果てた表情を浮かべていたが、ユーリィは一切無視し、ジェイドを真似して明るい笑顔を作って立ち上がった。


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