意外な救世主
(体験者:稲風梅桜)
梅桜(通称:小梅)が十歳の頃の話だ。
初冬のある日、彼女は意地悪な同級生に森の中に置き去りにされたことがあった。
冬の夕闇の脚は、とにかく速い。逢魔ヶ時は容赦なく、迷い子の足元を隠してしまった。
涙も声も枯れ、途方に暮れていた頃。
いつの間にか、自分は誰かに手を引かれて歩いていた。
自分より、少し上か下くらいの年恰好の子どもに。
一度もこちらを向かなかったので、顔は見えない。
ただ、白い着物と紅い帯だけが、ゆらりゆらりと目の前に浮かび上がっている。
「あんた、だえ(誰)?」
返ってくる言葉はなく、後ろで結われた髪がかすかに揺れた。
手を取る子供が、ただ笑ったのがわかった。
***
知らない道で知らない子どもと二人きりで歩いている。
梅桜は不思議と、恐怖や不安に陥らなかった。
このまま手を引かれ、どこまでも歩いて行ってもいいとさえ、思ったぐらいだ。
「この木は夏になると美味しい実がなります」
「あの花の蜜は花びらが赤くなると甘いですよ」
「あの茎には毒があるから食べてはいけません」
「それに触れるとかぶれますから気をつけてください」
道中、その子どもは丁寧に指し示しては色んなことを教えてくれた。
きっと、これ以上不安を感じさせないようにという、細やかな配慮だったのだろう。
刻一刻と忍び寄る闇の中、少し前を行く子どもの顔に目を凝らしてみる。
なぜか、知っている顔のような気がするのだ。それが、何の前触れもなく、こちらを向く。
(えっ?)
一瞬、鏡でもあるのかと思った。そっくりだったのだ。
自分と同じ顔が、目の前で笑っていた。呆気に取られている梅桜から、
暖かい手が離れていく。ざわざわと、高いもの低いものが混じった声が聞こえてきた。
「女の子が、あまり奥に踏み込んではなりません。誰かに取って浚われて食われてしまいますよ」
「でも」
「そうなる前に、私が君を食べてあげます」
冗談めかして笑った子ども――長い髪の少年は、ひらりと身を翻して、
「またね」
闇の中に消えた。立ちすくむ少女の身体を、いくつもの橙色の明かりが照らす。
(あれは、アヤカシなのだろうか)
こちらに走ってきた祖母に抱き締められながら、掌に残る温みが冷えないように、梅桜はそっと力を込めた。
(また、会いたいな)