第7回
例の相談を受けて数日が流れるように過ぎ去った。
いや、ただ単に黄金連休や土日が重なっただったわけなのだが。休みも120%の確立で活動している謎の愛好会。活動内容はそれこそ井戸端会議なわけなのだが。ホント何をする会なんだろうな……此処は。
土日の休み明けで気合の入らない月曜日の授業も睡魔と闘いながら何とか終えた。四勝二敗のまずまずの成績で。その後は恒例のように井戸端会議やって、帰宅してゲームやって飯食って風呂入って時間潰して寝るだけ。
高校生になっても基本は中学時代と変わらない。変わった事といえば、現代科学の結晶である携帯電話を持つようになった事ぐらいか。
願わくばこのまま平凡な毎日が送れますようにと願っているのだが、夜空に願ってないせいか、俺の願いは聞き届けられなかった。
「ユーヒ! これどういうことよ!?」
いつものように愛好会の根城で携帯を弄っていた俺に中留御の怒りの矛先が向けられる。
どういうことだといわれてもやはり主語がなければわからないし、十中八九俺に全く関係のないことだろう。
「いや、どういうことって、どういうことよ?」
折りたたみの携帯を閉じて机の上に置きながら中留御へと視線を向ける。
「鸚鵡返ししないの!」
視線を向けてすぐに怒鳴り声が俺を迎え入れる。そうか、俺には質問する権利すら与えられてないのか。
我が愛好会の中留御会長はご立腹のようだ。何をそんなに怒っているのか俺にはわからないし、質問しても答えは返ってこないだろう。泣いていいか? 俺。
「愛好会の活躍の噂は学校内に破竹の勢いで広まって、放課後になれば愛好会の会室前には大勢の人だかりができるんじゃないの!?」
「まず落ち着け。そしてはっきりいうとありえねー」
その後に言葉を続けようとしたが、目の前に紺色の安っぽい物体が接近し、ぺチンと音を立てて俺の言葉を遮った。ひりひりと鼻頭が痛む。泣いていいか? 俺。
目の前で起こっている事をよく理解できていない春日さんがおろおろしている姿が見える。それだけで鎮痛剤だ。よしオーケーこれで俺はまだがんばれる。
「まず、前回のあの依頼で愛好会の名は一人が聞いたらその一人を通じて二人に増えて、その二人を通じて八人に増え、最終的には一夜で学校全体に広まるはずなのにッ! この計算のどこにケアレスミスがあったのかしら!?」
その感染率の高さは新種のウイルスか? 世界の科学者は早くワクチンを一刻も早く開発してくれ。出来たワクチンは速達で俺に届けてくれ…いや、そのまま真っ先に春日さんに打ってくれ。
そして中留御、その計算式ははじめっから間違っている。というか捨てちまえ、そんな計算式。
「でも、あんまり有名になりすぎてもあれですし……」
「む、春日ちゃんの言うことは一理あるわね。有名になりすぎたインディーズ歌手はちょっと嫌な感じするからね」
確かに、密かに応援していたマイナーチックな歌手がメジャーデビューするのは少し抵抗があるけれど、愛好会とインディーズ歌手は全く関係ない気がするんだが。
「て、ちょっとユーヒ、ボヤボヤしてないでサッサと私のスリッパ拾いなさいよ!!」
それぐらい自分で取れ。大体、自分で投げておいて拾えって図々しくないか? しかも投げつけた本人に。
片足立ちで飛び跳ねて来いってんだ。
「で、設立して宣伝もボチボチやっているが、それでもこの愛好会に相談や入会する人間が居ないのはわかりきった事じゃないか」
ま、宣伝といっても中留御が勝手に張り出した印刷物しかやってないのだが、それを口に出してしまうと地雷を踏みそうなのでそこら辺はちょっとぼかして言ってやる。
足元になんか寂しそうに転がっている紺色のスリッパを足で蹴って中留御の足元に移動させ、机に頬杖を突く。
「うーん、そうだわ! 名案閃いたわ!!」
お願いだから閃かないでくれ。
「名案ですか?」
中留御の隣に座っている春日さんが律儀にも中留御の言ったことに質問をする。
あぁ、その律儀さは見習うべきところですが、今回だけはやめてください……そんなことを聞き返されたら奴は……
「そう名案よ! 名案!! この愛好会の明暗を分ける名案よ!!」
ほらね。電球50ワットに相当する笑顔が。
というか名案と明暗をかけるな。すごくわかり難い。
「そう、今から時間を与えるから三人でこの愛好会をもっと有名にする案を出し合うの!! 昔の人は言いました。三人集まれば矢だと!」
そう言うと中留御は携帯を開き、なにやらピコピコと弄っている。
「いや、それ案とはいわねー」
「細かいことは気にしないの!」
そういえば突っ込むべきところが多くて突っ込み忘れていたんだが、色々混ざってないか?ことわざと歴史の名言が。
「制限時間は二十五分! それぞれ案を書いて頂戴! 多ければ多いほど光が見えるわ!!」
長ッ!? 微妙に制限時間長ッ!!
そしてそろそろ言っていいか?
「なぁ、その携帯、俺のだって知ってるよな?」
「当たり前じゃない、私の携帯はあんたのメーカーのよりずっと使いやすいわよ!」
そうですか。俺は初めて持った携帯だから違いが全然わかんないぞ。というかお前も初めてだよな?
まぁ、どんなに時間稼ぎをしてもどうにもならないらしい。あきらめて考えますか。
「はーい、時間終了ねッ!! じゃ、紙四つ折にして持ってきてー」
パタンと机の上にシャープペンを転がし、中留御が手のひらを上に、人指し指から小指までをクイクイっと動かした。お前は中国どこかの拳法家か。
やれやれ、二十五分があんだけ長く感じるなんてな。今の時間があれば帰路の三分の二は踏破してるぞ。返せ、俺の時間を。
椅子に座ったまま、俺は中留御の元に紙を滑らせる。春日さんは律儀にも席を立ち、きちんと中留御の元に持っていっている。
この際、俺と春日さんの行動のどちらのほうが効率的なのかは考えないことにしておく。
「じゃ、早速だけど、結果発表ね、まずはユーヒ!」
「結果ってなんのだよ。というか何で俺からなんだ? こういうのは大体言いだしっぺが真っ先に……」
「ユーヒ五月蝿い、さ、読むわよ……」
ごくりと喉を鳴らして四つ折にされた俺の紙を開く。何でそんなに緊張する必要があるんだ、初詣とかのおみくじじゃあるまいし。
「………」
紙を持つ中留御の手がプルプルと震える。
「何これ、全然一般的じゃない! あんたのことだから適当にいやらしい言葉とか書いてるって思ったんだけど、外れたわ」
ちょっと待て今の発言聞き捨てならんぞ、お前の俺への認識はそうなんだな。 泣いていいか?俺。
「あのなぁ、お前は俺を何だと思っているんだ。というかわざわざお前が言わなくても三人で見れば早くないか?」
「こういうのは気分が大事なの、気分がッ!」
そんなことどーでも良いから早く俺を解放しろ。そろそろこの会室を出て、猛ダッシュでチャリ小屋に走って馬車馬の如くペダルを踏まなければ。
馬車馬って馬車を引く馬のことだよな? あれ、その馬が自転車にまたがり、チャリを漕ぐ姿は想像したくないんだが。日本語って難しいな。
「じゃ、まずユーヒ案から。宣伝、勧誘、解散の三つね。というか何これ!? 必要なことしか書いてないじゃない、これじゃ何がなんだか全然わかんないわ! 現代っ子の象徴ねあんたは」
「そんなに細々と書くほど俺は暇じゃねーつうか、書かないだろ、普通」
俺の視界の隅で春日さんがあからさまに挙動不審な態度である。チラチラこっちを見たり、しょぼんと肩を落としたり……まさか。後でフォローを入れておかねば。
「ちょっとユーヒ、説明しなさい、勧誘と宣伝はわかるとして、この解散ってのが全然意味わかんないんだけど?」
「あぁ、それな。手取り早く解散したほうが良いんじゃないかとおもっ…いでぇッ!?」
目の前に紺色の安っぽい物体が接近し、ぺチンと音を立てて俺の言葉を遮った。ひりひりと鼻頭が痛む。
「こんなんで有名になれるわけないじゃない!」
声を荒げながら中留御は机を叩く。
「いや、有名にはなるぞ? あの会は何がしたかったんだって」
「有名になるのはなるけど、その案は却下ね」
まぁ、はじめっから俺の案が通るとは思ってなかったけどな。
「じゃぁ、次は春日ちゃんね。えっと、他の愛好会、同好会と一緒に宣伝する。張り紙を張る。」
流石春日さん。律儀にも真面目に考えたんですね。でも、真面目に考えだけ無駄です、どうせ案なんて通らないんですから。
「お、いいじゃない、いいじゃない!春日ちゃんの案取り入れましょう!」
あっれー。
「え、えっと、つまりは他の愛好会同好会と一緒に宣伝するわけか。で、その日時を決めた紙を張り出すわけか?」
「ユーヒ…あんた出す意見はビミョーだけど、こうやって意見を膨らませるのは得意みたいね」
あぁ、しまった。さらに事を大きくしてしまった。不覚である。
「じゃぁ、私は日時決めて、プリント刷って、張り出しておくから、二人は愛好会、同好会に声掛けておいて! じゃぁ、今日は解散!!」
スッゲーメンドクセー事になってしまった。
それでも与えられた仕事はきちんとこなさないと、俺だけが怒られるので、春日さんを説得し、何とか二人で参加してくれる愛好会、同好会に声を掛けてみた。
すると、思わぬことにすべての会からの返事は即オッケー、それだけではなく、部の方も参加したいと言う声が高まった。どの活動も一人でも入部、入会してくれる人間が欲しいらしい。
この結果に中留御は大喜び。だがまだ中留御は気がついていない。参加する部や会が多くなれば多くなるほど、この奇妙な集まりに入ろうと思う人間が他の会や部に流れると言うことを。これを言っても怒られるだけだろうな。俺が。
参加日時も決まり、他の部や会にもプリントを配り、生徒個人でやる部会活動紹介は動き出そうとしていた。
この今回の企画、結構先生からの評判も良いみたいで、すんなりと体育館使用許可が下りた。騒動の発端を作り出してしまった俺達に実感というものがイマイチないのだが。
「で、ユーヒ。これ、説明してくれるわよね?」
その部活紹介のある日、開始時間を十分過ぎた時点で中留御は俺に髭もそれそうな鋭い目線を向けてきた。
「せ、説明っつったって、見たまんまだろ?」
使用許可が下りた体育館にぽつんと佇む俺達三人。
「何で今日が新人大会だって調べておかなかったのよ、馬鹿ッ!!」
「に、日時決めたの中留御さん……」
「何かいった〜? 春日ちゃん」
うりうりと視線のすみでじゃれあう二人を置いて、俺は深いため息をついた。
何で部活の人も、他の愛好会の人も、同好会の人も、その日は新人大会だって言わないんだよ……
ため息交じりで俺は中留御の刷ったプリントを見る。
五月第二月曜日、午後十六時十五分より……
これじゃ誰も日にちがぱっと思い浮かばないわけだ。
全く、笑えねー。
またしても更新が遅くなりました。
もっと早く更新できればいいんですけど。
こんなワタシでもがんばっていきますので、どうか見捨てないでくださいw