第6回
部活としてついに動き出した謎の愛好会。俺個人の意見としては動かずそのまま冬眠して欲しかった所だが、そんなわけにもいかずついに顧問もゲットしてしまった愛好会。
始終上機嫌の中留御とは裏腹に俺の気分はこれ以上無いって程に落ち込み始めていた。
もう数ヶ月もすれば俺の胃はキリキリと悲鳴をあげるようになるのか。そうなる前に相談にも乗ってくれるサービス満点の医者を早く見つけなければな。
黄金連休という学生と社会人にとっては両手をあげて喜びたくなるイベントを数日後に控えていて、その連休中でどうにかして落ち込んだ俺の気分を元に戻さなければと密かに考えているのであった。
授業にも皆気合の入らない時期に、愛好会設立以来の大事件が呼んでもないのに転がってきた。真に迷惑である。それに愛好会設立と言ってもホント数日前の話なんだが。
「あの、日之出…日之出夕日さんですか?」
俺は自動販売機で炭酸飲料水スリーアローサイダーという、サイダー系の炭酸飲料水の大御所を購入し教室で味わって飲もうと考えていた時に、声を掛けられてかなり驚いた。
振り返った先には、少し…いやかなり困った顔をした女性の方が立っていた。履いているスリッパの色などからこの女性の方が先輩だという事を認識し、俺は慌ててジュースをブレザーのポケットに仕舞い込んだ。歪にポケットが膨れてしまったがこの際そんな小さい事は気にしないことにする。
「あ、はい。俺日之出ですけど」
先輩の顔を見ても、俺のレコーダーの中にあるデータと全く一致しない。つまりは初めて見る顔であるということだ。そんな人が俺に声を掛けるなんてどういった用件なんだろうと思案を巡らせた結果、かなり甘い桃色な展開しか頭に浮かばなかった俺は末期的だろうか。
俺がそう考えている間も、先輩はなにやら言うべきか言わないべきかと考えている様子で俺の期待はガスで風船を膨らませるように急激に膨らんでいった。
「じ、実はですね」
そう言って先輩は口ごもる。そんな様子を見て俺の期待の風船は限界までに膨らんでいる。
「愛好会に相談事がしたくて」
そう先輩に言われた瞬間、俺の期待の風船は轟音をたててはじけとんだ。そして期待はずれだった用件に俺の心もブロークン。
「え、あ、そ、相談ですか!?」
「は、ハイ。かなり悩んでいて、一人での解決は難しいので愛好会さんの力を借りたくて。あの掲示板に貼られていた紙のことを思い出して決意したんです」
そう言って強い眼差しを俺に向ける先輩。
おいおい中留御よ、ついに恐れていた事態が転がり込んできたぞ、お前にとっちゃこの相談はかなり嬉しいものだろうが俺にとっては一大事だ。お前はその場のノリとテンションで適当なこと書いて印刷したみたいだが、それを本気にして相談に来てしまったではないか。
はっきりいってこういう相談はかなり慎重に行わなければいけないもので、本人外の人間にしてみればその相談はかなりどうでも良いことかも知れないが、当の本人にしてみればかなり重要な話であるんだ。
俺の返答に時間が掛かっている所為か、先輩は不安な顔色を一層強めた。
「もしかして他にもたくさん相談事を受けていて」
そう言い掛けた先輩の言葉を遮って俺は口を開く。何故か知らないけど、この先輩からは今にも壊れてしまいそうなオーラが出ていて無視できなかった。
「いえ、大丈夫ですよ。今日の放課後に愛好会会室に来てください、場所は…」
会室の場所と、放課後十数分後を目処に俺は先輩に告げ、足早に教室に戻った。
教室に戻ると、春日さんと中留御、望ちゃんが三人揃って談笑をしていた。俺は少し気合を入れてその輪に突入する。
「お、ユーヒどうしたの、そんな血相変えて。元からアンタ血相悪いんだからそれ以上悪くしたら死んじゃうわよ?」
俺の決意は中留御にはそう見えたらしい。というか俺、血相悪いのか?そもそも血相悪いってなんか変じゃないか。
「愛好会に相談したいって人が居たんだ、今日の放課後に相談に来るからくれぐれも遅れるなよ」
俺の話を聞いた中留御の表情が輝いた。その輝きは50ワットぐらいに相当するだろう。確か50ワットといえばトイレとか枕元に置いてある電気スタンドの電球並だった様な気もしないではないが。
「へへぇ、中々にやるじゃないユーヒ!アンタにも愛好会会員としての自覚が芽生えたのね、コレはめでたいわ、今晩の晩御飯は赤飯ね!」
興奮気味に語る中留御。色々と突っ込むべきところがあるな。まず、コレは俺が依頼者を見つけたわけではない。向こうが飛び込んできてしまったのだ。そしてそんな俺にお前は赤飯を用意してくれるのか。それは有り難く頂こう。
上機嫌な中留御はその後の授業をご機嫌状態、天気で言うなら勘弁して欲しいほどに快晴だった。
放課後、愛好会の会員達はそれぞれ色々な思いで来客者を待っている。一向に来ない来客者に忍耐という言葉を知らない奴が一番に音を上げた。
「おっそーい! ユウヒアンタ騙したわね、もしくはガセネタ掴まされたわね!」
残念だが俺は中留御を騙そうとは思わないな仕返しが怖いし。
「ガセネタって誰がそういうネタを教えるんだよ」
「そのアンタに声掛けてきた人に決まってるじゃない」
「いや、仮にそうだとしても言う相手が違うだろ。普通ガセネタってのはその話と全く関係のない奴に言うんじゃないのか?」
「うっさい、兎に角今日来なかったらユーヒジュースおごりね!」
「では来たらお前が驕りだな」
物事はやっぱギブアンドテイクかハイリスクハイリターンが基本だよな。いやいや、一方的に要求ばかり言われてもこちらの損だからな、こちらはそれが起こらなかった時の要求をしておかねば。
そういえばさっきから春日さんが話しに入っていない。帰ってしまったのか?
この愛好会会室の室内の空気を清らかにしてくれているのは、春日さんの存在あってこそ。そんな彼女がいないこの会室なんて中留御の出す空気によってゾンビの館のような空気になってしまう。まぁ、ゾンビの館の空気がどんなのかは知らないがな。
会室の隅っこで春日さんはせっせと何かを書いていた。
「春日さん、何やってんの?」
ひょいっと後ろからその紙を覗き込むと、春日さんは短く可愛い悲鳴をあげてその紙に覆いかぶさり、紙を隠した。
「ゆ、ユウヒ君」
振り向いた春日さんの様子からは急に俺が声を掛けたことによってかなりビックリしたようだ。
「あぁ、ゴメン。驚かせるつもりはなかったんだけど……ところでそれは何書いていたの?」
見られたくないものといえば思いつくのが小説と絵、漫画ぐらいかな。自作の。
春日さんの性格からいってラブレターという線も考えられるが、もし春日さんがそれを書いていたのなら俺は四十数人の春日藩士で討ち入りに行かなければな。
最も、討ち入り後春日藩士は皆仲良く振られるだろうが。
「えっと、今日の英語の授業の宿題ですけど」
そんなものが出ていたような気もする。
もともと他力本願な俺は宿題を自分の力でやったことはほぼ無いのだ。自慢にならない密かな自慢なのだ。
「あぁ、あの頭の中が英単語しかないあのイングリッシュ先生の授業のね」
放置プレイには耐えられないのか、もしくは寂しくて死んでしまうのか中留御はいつの間にか話の輪の中に入っていた。
そもそも、何で英語の教師をその名前で呼ぶんだろうか。イングリッシュまで英語で何で最後まで意志を貫き通さないのか。それが俺には気になって夜も眠れない。
「何度も教科書とか読んだんですけど、解らないところが多すぎて」
春日さんは困った顔で呟く。あの愛くるしい顔を此処まで歪ませた英語教師。許さん、討ち入りだ。
そんなときだった。静かに愛好会会室の扉が開いた。
「こ、此処で良いんですよね、愛好会会室って」
扉からは俺に声を掛けてきた先輩が立っていた。
「もちろん、此処が愛好会会室じゃなきゃ、一体他の部室のどの部活が愛好会にふさわしいと思うの? 否、愛好会にふさわしい人間は私しかいないのよ!」
中留御はそれが当然の如く、机に足を乗せ、声高らかに宣言した。
解った。解った、頼むから一回病院にいって来い。もう今回は初回診察費は俺が持とう、数千円でコイツの頭の中が少し変わるならそれぐらい喜んで出すさ。
「いや待て、そんなこと急に言われても困るだろうが」
「ユーヒ五月蝿い。で、其処の人、いつまでもそんなところに立っていられたんじゃ見苦しいわ。中入って座って」
そんな俺のまともな意見はどこか別の世界に置き去りにされたのか、それとも中留御の耳に入らないのか。もしそうだとすれば俺の存在は中留御にとってはいかほどのものなのか知りたいものだ。
中留御は俺を見て顎で椅子を指す。
つまりは、椅子を出せという事なのか。それぐらい自分でしろ。
カチャリとパイプ椅子を広げながら俺は先輩に椅子を差し出す。
「で、えっと、悩み相談だったわね、安心して良いわよ。なんていったって愛好会にかかれば悩みの一つや二つ、速攻即日解決よ!」
だから、何を根拠にそんなことを言うんだよ、中留御。それに速攻即日解決ってなぁ。
「進路のことでちょっと悩んでまして」
そう言うと先輩は少し俯いて自分の膝を見つめる。やはり、心の中で葛藤があるんだろう。
「へぇ、進路ねぇ」
中留御は鞄の中から真新しいノートを出して、シャーペンを器用に親指の上で回して聞き込みを開始した。
そんな経験など一切ないくせに、何故お前はそうも堂々と自信に溢れているのだ?
「はい、実は大学の進学で進路が二つあって、それでどちらを選ぼうか」
うわ、これまたきっつい相談が来たなぁ。
「先輩、確かに将来の事とかかなり慎重にならなきゃいけないし、そりゃ不安が多いと思いますけど、結局最後に選ぶのは自分なんですよ?」
「はい、ユーヒは黙る! なにカッコつけて人生わかりきったような台詞吐いてるのよ」
ぶつくさと文句を言う中留御。
残念ながらこれは俺の台詞ではないんだよな。中学時代の先生の受け売りさ。
「で、進路はどういう道? コンピューター? 文系? 理系?」
中留御はこの人が先輩だと言うことを知っているのだろうか?
「えっと、一つが文系の大学で、もう一つがその……絵の専門学校なんですけど」
進路先を聞いた中留御の表情が輝いた。今までは少し興味が薄れたような感じの対応だったのだが、進路先を聞いて中留御はアレコレと質問を開始した。
「へぇ、漫画ねぇ……どういうジャンル?というか私漫画結構好きなのよね〜で、何処の専門学校狙ってるの?」
相談役ってのはあまり意見に私情を持ち込んで良いものなのか? いや、確かに情がないと駄目だろうけど、中留御のこの態度の豹変っぷりは凄まじいものがあるぞ。
「おい、中留御まだマンガとかに決まったわけじゃないだろう、美術絵画かも知れないし」
「えっと、漫画ですね」
「へぇ、漫画描けるんですか。羨ましいですね」
此処に来て初めて春日さんが相談事に口を挟んだ。この言い方はなにか変だな。よし、参加したに訂正しよう。
少し恥ずかしそうに顔を背ける先輩に中留御は手を突き出した。
「はい、じゃぁ漫画見せて」
「え、今はないです」
中留御の急な提案に先輩はさぞ驚いたことだろう。俺も驚いたからな。
「何で持ってないのよ! 漫画をこよなく愛する漫画家は、片時も漫画を描いているノートを手放したりしないわ! 貴方それでも漫画家志望なの!?」
いや、ちょっと待て中留御。お前の言っている漫画家ってのはかなり前の偉人のことを言ってないか?それこそドキュメンタリー番組とか放送されてそうな昔を代表する。
「明日、明日参考資料を持ってもう一回来なさい、それからよ」
そう言って相談員中留御は勝手に本日のお悩み相談を終える。
おいおい、本当にお前勝手だな。
翌日、愛好会会室に先輩は律儀にも何冊かのノートを持ってきた。
「へぇ、かなり大量にあるじゃない…ちょっと時間を貰うわ」
そう言って中留御はノートを手に取り、読み始めた。
かなり恥ずかしそうな顔をしている先輩を見かねた俺は何気なく相談事を進めてみる。
「えっと、先輩はご自分じゃどっちに行こうって今のところ希望が大きいですか?」
「文系の大学の方ですね…父や母もそっちのほうにしなさいって言うと思うんです」
「えっと、じゃぁなんで絵の専門学校に?」
「雑誌の漫画の新人賞で賞を取ったってワケじゃないんですけど、結構惜しいところまで行ったんですよ。それでもう少し勉強すれば良い位置までいけるんじゃないかなって思うんです」
現実と夢どっちを取るかって奴だな。
俺は別に夢とかそういうの全然ないから周囲にあわせて動くんだろうけど、夢とかがあるとやっぱどっちを取るか悩むんだなぁ。
「どれもこれも面白くないわね」
中留御はそう言うとパタンとノートを閉じた。
「おい、中留御ッ!」
中留御を怒鳴りつけたが、中留御は一冊のノートを俺に手渡す。どうやら読めということだろうな。
俺は一回ため息をついてノートをめくる。
シャーペンだけで書かれている練習用の漫画みたいだが、一こま一こまにかなり力を入れているようでかなり巧かった。
これの何処が面白くないというのだろうか、中留御は常識だけじゃなくセンスも他の奴とずれているのか。
「どう、面白くないでしょ?」
「いや、絵とか巧いし、かなり良い漫画だと思うぞ」
俺の意見に大きくため息をつく中留御。そんなに自分のセンスがおかしいことを棚に上げるな。
「確かに絵は凄く巧いわ。でもね、キャラが死んでるのよ」
お前は何時から漫画雑誌編集者になった?
「漫画ってのはね、ただ絵が巧いだけじゃいけないの。漫画の世界でキャラクターが生きて、読むほうを感動させるのよ」
中留御は漫画で何十年も金を稼いできたような風格で語りだした。
その演説を真剣に聞く先輩と春日さん。
あぁ、何でこの二人はこうもあの馬鹿の台詞を真面目に聞くことが出来るんだ?
「で、時に貴方さっき自分が希望するのは文系の大学って言ったわよね?」
漫画を読みながら俺達の会話を聞いていたのか。
「それで本当に後悔しないの?その行動が恥とならないの?」
「恥…ですか?」
先輩はなにやら少しわからないといった感じで中留御に聞き返す。
春日さんも意味不明のようで俺に問いかけの眼差しを向けるが、俺も生憎解らん。
「そう、心の声に耳を貸さない、それこそが恥なのよ! 確かにそういう専門学校よりも文系大学のほうが世間体とかそういうのは良いかも知れないわ。でも、貴方には才能があるの、努力して身に付けた。その才能の邪魔をしているのがそういう世間体とかそういう外面じゃないかしら?」
みみへんとこころをかけて上手い事いったつもりか。
少し悔しいが、かなりいい台詞だ。
「心の……声? 世間体、邪魔?」
先輩は何かを考えるように呟いた。
「そう、たった一度の人生なんだからちゃーんと心に耳を傾けて、悔いなく生きましょう!」
かなり満面の笑みで中留御は先輩の肩を叩いた。
「はい! 私、これからもっと自分のやりたい事、自分のやりたいようにやります! まだ進路決めるまで時間がありますし、それまでじっくり心に耳を傾けながら頑張ります!」
先輩は心の痞えが取れたように元気に答えた。
どうも納得がいかない気がするのは気のせいだろうか。そもそも今回のは、中留御の演説によってマインドコントロールされただけなのでではないのだろうか?
「あ、愛好会さん、ありがとうございます!」
先輩はぺこりと頭を下げる。
そして二十分ほど話し込み、先輩は帰宅した。
先輩のいなくなった会室で、俺達はのんびりと時間を過ごしている。
別に活動時間が何時までって決まってない部活なので、日頃からこうやってなんか世間話というか無駄な話しをして時間を潰している。
「案外ね悩みってのは本人に取っちゃ危急存亡って感じだろうけど、他人に取っちゃ気宇壮大なだけに思えちゃうのよ、相談ってね。答えは単純明快」
うん、中留御。言いたいことは何処となく解るが、話しの大切なところを日本語で言ってくれ。
「良いことした後は気持ちがいいわねぇ」
そう言って中留御は背を伸ばす。
会室内にオレンジ色の光が差し込んでいて、少し遠くで聞こえるどこかの部活の掛け声を聞きながら俺は夕焼けの空を眺めていた。
夢か。この高校生活で俺はそれを見つけられるのだろうか?
「さぁって、帰るわよみんな! 今日の活動はこれにてお仕舞い! ユーヒ、戸締りよろしく」
そう言って中留御は猛スピードで駆け抜けてゆく。
「ヤレヤレ、しょうがないなぁ」
カチャリと会室の錠を閉め、鍵を手で弄びながら俺はチャリンコ置き場へと急いだ。
マイフェラーリにまたがり、帰路を音楽を聴きながら帰っていると、重大な用件を思い出した。
「うわ、賭けのジュース貰ってねぇ!!」
明日このことを持ち出しても、夏場のナマモノのように約束は期限切れになってしまう。
自費で自販でお茶を買い、それを飲みながら家に帰る俺だった。
寒い、寒いです。
この寒い時期に何で春の話を書いてるんだって感じです。
更新のペースが遅くて申し訳ありません、