第4回
先の肉体の疲労も癒えぬまま、次の過酷な試練が両手を広げて俺を待っていた。そんなに待っていたって俺はお前の元に飛び込む気はないね。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、現実ってのはかなり残酷で、俺が飛び込まなければ自ら抱きこみに来るっていう物凄く迷惑な奴だ。遠足のために俺の足腰は悲鳴をあげ、何か行動するにも『もう限界だ』と俺にアピールしてくる。
応急処置として遠足が終わって寝る前、足腰に特効薬を貼っていたのだが、足腰はその特効薬が嫌いだったらしく、朝には特効薬は布団の隅で見るも無残な姿へと変わり果てていた。単に俺の寝相が悪いとかそんなちっさい事は気にしないでくれよ。
おっと、そういえばシップには大きく分けて二種類に分かれるんだ。一つは柔らかく、微妙な感触が気持ち良いタイプと、もう一つは強力で根性のあるタイプ。だが問題もある。柔らかいほうは気合が入ってないのか、はたまた根性が足りないのか、すぐにはがれてしまうのでテープで補強してやる必要がある。そしてもう一つのほうは、根性がありすぎてはがす時にすね毛、もしくは産毛ごとさらって行ってしまう奴なのだ。……スマン、本当にどうでもいい話だよな。
で、つまりだ、俺たちは今肉体的にも限界を迎えてる状態にも係わらず、ある行事に巻き込まれている。中学生の頃はなかったのだが、高校生になっていきなり巻き込まれた行事『体力測定』だ種目はたくさんあり、短距離走から長距離走、ソフトボール投げ、反復横飛び……
なんだ、これは?一日全部体育という小学生が喜びそうな内容だが。はっきり言うね、これは『プチ運動会』なのか?
しかも何故か視力測定や聴力検査までもある。何がしたいんだ、この学校は。
「夕日〜面倒で着替えたくないって気持ちは痛いほどわかるけど、もうすぐ教室施錠しちゃうよ?」
早田が短パン、長袖ジャージという『いかにも』な格好をして、俺を呼ぶ。
「あ、もしかお前今日のーパンか!?」
早田と同じような格好をして、松木が俺を指差す。
「…生憎俺は生肌で制服を着る趣味はないし、気持ち悪いから嫌だ」
俺は松木に『ないない』と手を振り、制服下のパンツのゴムを見せる。
「ほらほら、早く着替えないと委員長さん困ってるじゃん」
早田から俺の体操着を投げ渡され、まだ真新しく、襟元の硬いカッターシャツを机の上に投げる。
「きゃ、ユウヒ君大胆〜」
松木が可愛い…いや気色悪い声を出して身体をくねらせる。
「あはは、セクハラだよ、夕日」
早田は春日さんを指差して言う。
「早田よ、夜の公園でバットマンごっこ…それはそれでオツだよな……」
「そうだね、婦女子さんの驚く顔、それもオツだよね」
「お前等一回捕まれ」
そんな会話をしながら俺達は教室の外に出る。春日さんは律儀にもクラス委員長の仕事をこなしていた。こういう鍵閉めなどの細かい雑用は日直かクラス委員長の仕事だ。で、俺達のクラスには日直制度はない。故に、移動教室の施錠、黒板消し、始業終業の号令…全てクラス委員の仕事だ。
「にしても、男子のクラス委員はもう行ったのか〜薄情だなぁ」
「そうだよな、女の子一人に任せるなんて男としてサイテーだよな」
松木と早田はもう一人の男子のクラス委員のことについて談義している。
「…なぁ、俺って何委員か覚えてるか?」
目の前で散々と男子クラス委員を貶す二人に問いかける。
「………」
「………」
二人とも『あ』という感じの顔になって固まる。
「…やだなぁ、冗談だよ、夕日」
「お、俺は知ってたぜ、お前が委員長だからワザと着替えるのに手間取っていたの!」
マジで言い訳をしている二人。
「てめーらゆるさーーーん!!」
そう言って俺は松木と早田二人相手に殴る振りをする。『お、やるか!?』と松木は俺と同じように避けたり殴る振りをする。早田は関係の全くないところで『ブレイクブレイク!』と間に入ってくる、迷惑な審判の真似をしている。
「くす、仲良いんですね」
春日さんはクスクスと俺達を見て笑っていた。
「お、委員長さんも加わるか!!」
そう言って松木は春日さん相手にシャドーボクシングを始めた。なんと無礼なことを!!立場をわきまえんか、馬鹿者!!
で、体力測定だが、個人で行きたいところを自由に回って、六時限目終了までに全ての測定を終わらせることらしい。
そんなわけで、俺達四人は一緒に回ることになった。春日さんは女の友達と回ったほうが良いとは思うのだが、この状態で友達を見つけ出すのは困難なので、見つけるまで俺達と行動する事にした。人が増えたら時間が掛かりそうな場所を重点的に最初のうちで潰しておこうということになり、視力、聴力、体重、座高、身長測定場所に向かった。第一会議室で身長、体重、座高測定があるらしく、保健室の先生が担当していた。
「はい、えーっと日之出君、顎引いてね…はいそのまま……」
背中から冷たい感触と靴下のまま測定台に乗ったため、ひんやりとした冷たさが俺を襲う。
171cmという測定結果だった。うん、この身長に落ち着いてからおおよそ二年か。一年に5〜7cm爆発的に伸びていたあの小学生高学年から中学生にかけてまでの時期が懐かしいぜ。早田はコンマ3cm伸びていたらしく、少し上機嫌だ。だがな、俺に追いつくまであと1cm近く足りないぜ。
「ま、松木君、顎引いて、微妙に背伸びしないで!!」
松木は俺より身長あるくせに、まだ記録上の身の丈を伸ばしたいらしく、卑怯な手を使っていた。やるんならもっとばれないようにやれよ……
「えーっと……春日春日さんね……覚え易い名前ね」
書類上に書かれた名前に少し保健の先生は驚いていた。確かにインパクトはあるな。二の二乗が四になるように、名前も同じ漢字が重なればそれだけ印象強いということか。つまりは、数学も漢字も根本的に言いたいことは同じだという事か。今良いこと言っただろ、俺。
座高、体重も測り終えて、隣の第二会議室で聴力検査と、多分偽者ではない医者による心音検査があるらしい。健康診断もかねているのか、なるほど。
で、その検査も終えて、次は視力検査に行く事にした。それにしても心音検査…なんで男女別なんだよ。男の夢を!
保健の先生に聞いたところ、視力検査は第三会議室と、剣道場、保健室であってるらしい。
「……此処の学校、いくつ会議室あるんだ?
そんなに会議ばかりしなくても良いだろうになぁ……」
俺達は第三会議室へと繋がる渡り廊下を歩きながら、ちょっと謎の多いこの学校について話している。
「あはは、会議室は第三までで、部活とかの大会前のミーティングとかでも使われてるらしいんだ」
早田は何処で手に入れた情報なのか、入学して一週間も経ってないのに、もう学校内を知り尽くしてる様子だった。コイツ歳ごまかしてるんじゃないんだろうか?実は十六で、今年十七歳になりますよーって。
「あ、でも私の中学校も会議室二つありましたよ」
春日さんは書類の入ったプラスチックのプリント入れを両手で抱きこむように持ってそう言った。
「ん、春日さん何中?」
「…アル中です♪」
にこやかに俺の質問を返してきた。ちょっと待って、確かこの周辺、遠方の中学校は、東西南北、東山、西川、南風、日北の八校だったような。『アル中』ってどんな漢字書くんだろうか?
「あ、アル中?」
早田、松木も同じことを考えたらしく、三人仲良く疑問符が浮かぶ。
「そうですよ、お酒がないとつらいんですよ♪」
ニコニコと笑いながら春日さんはプラスチックプリントケースで口元を隠す。お酒がないとつらいって。
「それって…アル中……ぷっ!!」
頭の中で全てのピースがスーパーリンクして一つの結論にたどり着く。つまり『冗談』だ。
「あはは、い、いきなりそれはないよ〜委員長さん!!」
「そ、早田!!美少女殿の『癒し悪戯言』凄くオツ…だよな!!」
「そ、そうだね松木、これはオツだよね!!」
松木早田も、渡り廊下の中央付近で腹を抱えて笑う。しばし、俺達四人はその場で笑いあった。春日さん…最高です。
「いやぁ、委員長さんが意外にこういうこと言うなんてね〜ちょっとお堅い人かと思ってた!」
よほどツボだったのか、早田は肩で息をしながら、春日さんに親指を立てた。
「で、実際のとこ何中なの、委員長」
「えっと、西川中です」
春日さんは自分で言った冗談が恥ずかしかったのか、少し赤くなりながら答えた。
「へぇ、川中なのか〜俺ら日北中で、夕日は?」
松木の問に、残念ながら俺の脳は春日さんを超える冗談が思い浮かばず……
「俺は東中だ」
としか答えられなかった。
俺達の中で春日さんは『お堅い人』から『冗談も言える人』に新認識された頃、第三会議室に着いた。会議室の扉を開けると。
「お、春日っち!」
元気な声が俺達を迎えた。この声の主は、先日中留御と春日さんと一緒に居た女の子『平田望』である。元気でテンションが常に高く、この子にテンションのブルーゾーンはあるのだろうかと思えるほどの子で、ムードメーカー的な存在感がある。
「あ、望ちゃん」
やっほーと春日さんが望さんに手を振る。
「あれー春日っち、日ノ出っちと一緒にいたんだっ!」
そんな彼女に状況を説明して、春日さんと別れるのを心の中でかなり惜しんでいたところに……
「あ、そうなんだ!!
なら私もご一緒していい!?」
とまぁ、願ってもない提案が。
「あれ、望さん友達と回ってたんじゃないの?」
俺はそう言って周りを見渡した。
「望ちゃんでいいって、日ノ出っち!!『さん』付けってなんかお堅いイメージあるからちょっと嫌いなんだっ!あと、さっきまで氷雨っちと回ってたんだけど、はぐれちゃったみたいでさ〜」
ヤレヤレと望ちゃんは首をかしげる。中留御…お前らしいよ。人のペースに合わせず、ブレーキのないトロッコのように自分の思うがまま先に進むのは。
「じゃ、外で待ってるからチャッチャと終わらせてよねっ!」
俺達は回る仲間に望ちゃんを加えた五人で回ることになった。で、視力は両方1,5でまぁまぁの視力だった。春日さんは少し乱視が入ってるようで右1,5左1,0だったようだ。早田は両方1,0切っていたらしく、少し焦っていた。で、驚くべきは松木。両方2,0の計り間違えとしか思えない現代人離れした視力だった。この検査を終えたところで後は体力測定のみで、運動場と体育館であっている。外に出るには外履き…体育用の外履きに履き替えなくてはいけないので、ひとまず教室前のロッカーから体育シューズを取り出して、体育館内の測定から終わらせることに。
握力検査……へこんだね。意外にも俺に握力はなかったことが。帰りがけに100均で三キロぐらいの握力つける奴…何だっけ?バーベルじゃなくて、鉄アレイじゃなくて……あの『ハ』の字のやつ!!まぁそれを買って帰ろう……
垂直飛びでは何故か望ちゃんが大ジャンプを見せた。
「上下する理想郷…これでドンブリ三杯はいけるな…早田……」
「甘いね、俺は五杯いけるね」
記録より、別のところを見ていた、二人。そしてドンブリ六杯だ、七杯だと醜いいい争いを始めた二人。
これだけは言わせて貰うね、お前等最終的に二十八杯で両者納得したが、本当に食えるのか?一合何杯とか考えながら飯食ったことないが、ドンブリ一杯で仮に一合としよう。二十八杯なら二十八合だぞ?四人家族で五合の焚くとしよう。するとおおよそ二十三人分もの量になるぞ…日之出夕日調べによれば。それをお前達は食えるのか?うぉ、考えただけで気持ち悪くなってきた。
その後も順調に体力測定と松木、早田のドンブリ合戦も進み、最後の種目長距離走を残すことになった。意外に連続してシャトルランや反復横飛び、走り幅跳びをやったためか、足や腕が限界を迎えていた。そんな状況で何故800m走を残してしまったのか。四時限目が終わり、五時限目前の休み時間、何とか松木、早田に一周差つけられながらも俺は完走する事が出来た。残るは春日さんと望ちゃんのみ。
望ちゃんはこの測定の結果が成績と全く関係がないということがわかると、めんどくさい競技は春日さんと一緒にやっていた。
「あの顔、あの息使い…ドンブリ二杯はいけるね」
「いやいや、四杯!!」
「なら六杯!!」
順調にこの馬鹿どもはドンブリの杯数を伸ばしている。
「おーし、わかった、三十三杯で手を打とう、早田!!」
「そうだね、三十三杯だね」
がっしりと手を握り合う早田、松木。美しい男の友情のように見えるが…内容がダメダメだ。この二人がドンブリ合戦にケリをつけて数分後、600メートルを終えた春日さんと望ちゃんが帰還。日当たりのいい校舎裏に移動して、時間までグダグダと無駄話をする事になった。
「あ、そういえば早田君、松木君、さっきからドンブリ何杯って言っていたけど何?」
春日さんたちにはその会話の『もっとも重要な部分』は運のいいことに聞こえてなかったらしく、二人には『何杯だ!』と言い合う二人に移っていたようだ。当然『男の理想郷』の揺れや太ももなどの部分を見て、それをおかずにドンブリ何杯とは言える訳もなく、ちょっと困った顔になる二人。
「あーあれね、実はこの二人、夏休み夏ばてに負けず何杯白飯を食えるか話してな……」
俺は二人に助け舟を出す。
「そうそう、夏休みの間、何杯食えるか言ってたんだよ!」
『サンキュ、夕日!!』と俺に感謝の念を飛ばす二人。
まぁ、お前達の乗った船は泥舟か、船底に穴の開いた船か、『しゃく』がたくさん積み込まれた船なんだけどな。
「でだ、俺は律儀にも二人の記録の数を計算していたんだ。そうしたら、夏休みで240杯ものドンブリ飯を喰うって話になったんだ」
そう、累積したところ、二人の言い合ったどんぶりの数は248杯。8杯はお情けで消してやった。
「夕日〜そんなに食えないよ〜」
二人ともそう言ってくる。
「何言ってるんだよ、男の勝負とか意地とか言っていたのはどうした?大丈夫、計算では一日六杯食えば大丈夫、朝一杯、昼二杯、夜三杯食えばオッケーだって。
ほら、希望が見えてきた!!」
一日ぐらいなら可能だろうが、それが毎日だと気が滅入る数である。ちなみに240合たとして、先の日之出夕日計算では約百九十二人分。一日三杯ずつ食べるのならば六十四日分。すっげーーーお前等すげーなぁ!!六十四日分の食料を四十日で食うのか!
いやはや、夏の松木、早田のエンゲル係数は面白い事になりそうだ……
時間の取れるうちにがんばれ!!
というわけで水無月です!
うん、いいペースで次話投稿できました。
改めて自分のネーミングセンスのなさに気がついた今日この頃です。
学校名なんてそうそう考えれるもんじゃないです。
では、今回も読んでいただいてありがとうございます!