第2回
人ってもんは寝てしまうと前日の出来事の半分以上を記憶の引き出しにしまってしまうとかなんとか言っていた偉い人がいたが、まぁそうだろうと俺は思う。
一々、昨日何やった〜カニやった〜などと鮮明に覚えてる奴はいまい。ましてや、一昨日のことを一日何やったか鮮明に覚えてる奴がいたら、もっとぎちぎちした一日を送ることを俺はお勧めする。まぁ、なんというか…俺は高校生になったことや、親戚の家に制服姿を晒しに連れていかれたりとか、本当に入学式の日は大変だった。
だからだろうか?いや、本能的に忘れたかったんだろう。思い出したくない思い出の内容があやふやだったりとかするのは、何故かは知らんが、脳がその記憶を適当にしか受け止めないと何かの本で書いてあったよな。
俺は高校生活二日目の朝、緊張と不安のジャンククラッシュを喰らいながらも、学校へと急いだ。まぁ、急ぐと言っても音楽を聴きながら漕ぎ漕ぎとペダルを踏むだけなので其処までは急がない。
そんな俺の横を原動付き自転車にまたがる同じ制服の姿を見た。あぁ、原チャリ通学いいなぁ…免許とろうかなぁ。などと考えながらも、現実を直視し、遥か彼方に見える学校目指して俺はガンバった。
一年生のチャリ置き場には適当に自転車が置かれてあって、わざわざ他人の自転車を動かしてまでして俺の愛車の駐輪スペースを作ろうという気にはなれず、俺は自転車小屋の壁の丁度外側に駐輪する事にした。なんかいじめられてるって気分もしないでもないがまぁ良いか。
昇降口では先生が新入生に挨拶をしている。俺はその姿を確認すると即座に耳からイヤフォンを外し、ブレザーのポケットに突っ込んだ。そうして俺は靴を何とか自分の下駄箱に入れることが出来た。
なんというか、ただ上下のやつ等が先に登校してて、俺の下駄箱となる付近では其処しか空いてなかっただけなのだが。鞄からこの学校のスリッパを取り出してパスンとすのこの上に落とし、すばやくスリッパを履く。何度見ても便所スリッパにしか見えんのだが。ビニール製の安っぽいスリッパで、色は紺。色合いが余計に其れを彷彿させる……
ま、これも慣れだろうが。中学校時代、学年ごとに上履きの色が決まっていて、一年生が赤、二年生が緑、三年生が紺だった。最初は赤イコール女の上履きっていうイメージがあった俺なのだが、履いてるうちにそんなの気にしなくなったし、女が紺の上履きを履いていてもそう違和感を覚えることはなかった。
それと同じで、しばらく履けば愛着も出てくるんじゃないだろうか?そんなことを考えながら俺は自分の教室へと向かった。
「ちはーっす」
挨拶をしながら教室の戸を開く。友人がいないから、登校したとて、誰と話すわけもなく俺は自分の席に座る。横では、中学時代の友人か何かでやたらと仲良く喋ってるやつ等がいるな。しれっと話の内容を聞きながら俺はボーっと時計を見る。
「ねぇ」
ん、今誰か俺を呼んだか?…んなワケないか。
「ねぇって言ってるでしょう!!」
そう聞こえたと思った刹那、ガクンと俺の頭…いや、正確に言えば首が伸びた。
「うぉっ!!」
思いがけない衝撃に俺は驚く。目の前の状況を見て解った、俺はネクタイを引っ張られてるんだ。
しかもこのネクタイ、パッチンと止めるなんちゃってネクタイではなく、一本の紐から結んでる本格的なネクタイなワケだ。
「や、おはようユーヒ」
にこやかに俺のネクタイを引っ張りながら昨日の女は言う。完全に忘れていた、コイツの存在を。
「おう、おはようさん」
俺はなんだかカツアゲされてるような、もしくは怖いお兄ちゃんに絡まれたような気分になりながらも挨拶を交わした。
「今日、集合ね来なかったら…いやそんなことはないわよね?」
なんとなーくは解るが、主語がない。残念ながら俺は新しいタイプの人間でもなければ、超能力者でもない…凡人である。
「…主語抜きではわからん…で、何でさりげなく呼び捨て?」
俺はカツアゲをされるままの状態で健気に反抗意識を出した。
「名前の呼び捨てぐらい多めに見なさい、男なんだから!」
とまぁ一喝のもとに反抗意識は砕けたが。
「それは良いとして…だ。
なぁ、女のお前にゃわからんかもしれんが、ネクタイの下のちっさい方を思いっきり引っ張り上げるのはやめてくれ。結び方的に下を引っ張られると首が絞まってるのだが…現在進行形で」
何の騒ぎだとクラスの連中の視線も集まるし、期待をしながら入ってきたクラスメイトはこの状況を見て気まずそうな顔してるし……
「というわけで言いたいことはわかった。つーわけで、そろそろ離してもらおうか……」
そう言って俺は女のネクタイの下のほうを掴みくいっと下に引っ張った。案外パッチンネクタイってのはこうするだけで取れるんだよな。捕獲したパッチンネクタイをしゅっと遠くにほおり投げ、俺はほら、ネクタイ家出したぞと言って女を離れさせる。
ちょっと顔が赤くなっていたのは俺の気のせいか…はたまた怒りに満ちた表情だったのか。やれやれと俺はネクタイを緩め、首を開放する。
「なぁ、お前…あいつとどんな関係?」
横で話していた奴が俺に聞いてくる。
「解らん、同じ中学の出身じゃねーからな。何校も周辺地域及び遠方から人が集まる学校だ、一人二人、奇人がいたって不思議じゃないさ」
と両手の平を上に、肩の横に持っていき、肩を竦める。
「で、お前なんつー名前よ?」
「おい、自己紹介聞いてなかったのかよ…」
とまぁひょんなきっかけで横の二人組みと話すようになった。他にも先の騒ぎの原因が知りたくて俺に話しかけてくる奴もいたな。なんか名前の所為でもあるのかもしれんが、一日目にして結構話す奴が出来たのは嬉しい限りだ。
で、慣れないことをした所為なのか、時間が流れるのが早かったように思える。で、今はやはり『正座観測愛好会』に足を運んでる俺。
なんというか…律儀にもこの謎の愛好会に来ている俺…誰か褒めてくれ。いや、春日さんも来ているが。怖いからな後々。
こらそこ、情けねー奴とか言うな。あの女の鋭い眼光は殺傷能力を持っているんだぞ?そんなのに睨まれてでも見ろ、蛇に睨まれた蛙のように竦みあがってしまうぞ。
ということは何か?俺と春日さんは前世は蛙なのか?田舎の田んぼ町でゲコゲコと己の存在を声高らかにアピールしてやるぜ。あぁ、やめて悪餓鬼!!俺の口にロケット花火や爆竹入れないで!
っていかんいかん、あまりにも暇なので俺は自分の世界に入っていたようだ。時計を見ると時刻は十六時二十分過ぎ。あの女は何処に行っているのやら。来いとか言っておいて遅刻とは良い度胸じゃねぇか。そんな殺意に似た感情を抱いていると、愛好会会室の扉が勢いよく開く。
「遅れたわ、まぁそんなのどうでもいいわね。さぁ、これに名前を書いて頂戴!!」
と言って女は俺と春日さんになにやら紙を渡す。
「…おい、遅れて来てなにか言う事はないのか、おい」
俺は腕組みをして、女と向き合った。
「ない、さっさと書く!」
うぉーい…断言しますか…もう、何を言っても通用しそうにないので、俺は素直にその紙に名前を書く。
「はいよ」
そう言って俺は女に紙を渡す。春日さんも紙を女に渡す。
「ご苦労様〜」
女は俺達から回収した紙にさらさらと何かを付け加える。
ってうぉぉぉぉぉおいッ!!お前何書いてんだ!!『入部届けもとい、入会届け』って書いただろ、今ッ!!
がくりと頭を押さえて、この巧妙なぼったくりの手口を見習いたいものだとある意味俺は感心する。
「じゃ、あとは私に任せて、後は解散!!」
そういって女は俺と春日さんを会室から追い出す。まだ明るい道を俺と春日さんは並んで歩く。
「…なんか、もう戻れないとこまで来ちゃったみたいだね……」
鞄を両手で持って春日さんはそう言う。その表情はどこか不安げで『俺の守ってやるぜ』という本能をくすぐる。
「…あぁ、今日ので本格的に……」
はぁ、と俺は深いため息をつく。どんなに本能をくすぐられようが、この現実を目の前にしては、ため息しか出ない。
「ところで何をする部活なんでしょう?」
解らん。入部しておいて全くそのあたりはわからん。ただ、一つだけ解るのが…全く厄介な事だと俺は思う。
「明日も…がんばりましょう春日さん…」
「はい」
と言葉を交わしたあと、俺は愛車にまたがって、自分の家を目指した。夜、中学の友人からのメールにて……
「ヤバイ、なんか凄いとこに入学しちまった」
と愚痴を書いたのだ。人の勘というか、嫌な事ほどよく当たるのが現実で…その日の夜、俺は何故か知らんがとても変な夢を見た。内容は覚えてないが、兎に角…東校の制服を着た俺が何故か疲れた顔であの会室にいる夢だったような気がする。そのシーンだけは鮮明に覚えていた。
翌日、俺はなにやら昨日見た夢の所為なのか、俺の第六感がいやーな雰囲気をキャッチしたのか。学校へ通学してる途中、何故かもやもやとした嫌な気分が晴れなかった。そんな変な気分を抱えたまま、俺は教室へと足を踏み入れた。
「おい、日之出…これどういうこと?」
そういって、昨日結構仲良くなった二人組み、早田と松木が俺に話しかけてきた。
「…いや待て、俺には理解不能だ。俺は主語がなければその会話の伝えようとする事の内容が理解できない」
そう言って、俺は自分の席に鞄を掛けて、教室内を見回す。中学校とあまり変わらない教室…その中で、クラスの掲示板と言えるような場所に人だかりが出来ている……
「なぁ、あれなに?」
俺は早田と松木に聞くと、二人はニヤッと笑い、見たほうが早いと言われて俺はその掲示板を覗く。
『愛好会設立!!
この愛好会は、いわゆる何でも屋で、困ったこと、手を貸して欲しい事、聞いて欲しい事その他もろもろをを一挙に引き受けます。
勿論、御代は頂きません!!
一人で抱え込まずに勇気を持って相談を!!
愛好会会長…中留御氷雨
愛好会副会長…日之出夕日
愛好会事務長…春日春日
会員募集中!!
我こそはと思う人は文化部室棟三階の愛好会会室に来たれ!!』
何これ?つか何やってんの…あの馬鹿。…というか何この内容……
俺はその場でうずくまった。
数人のクラスメイトが『ドンマイ』と肩を叩いて来た。こうして、謎の愛好会は、東高校の文化棟の一室で産声を上げ、その産声を知らせる紙は、食堂、一年生各教室、二、三年生の各学年の各掲示板、図書館、廊下のいたるところにその存在を知らせ、一躍時の話題となった。
登校拒否を考え始めた高校生活三日目だった……
結構ペースが空き気味です。
何とかがんばらきゃいけないけど…気力が。
これからも密かにがんばっていきます。