第23回
春。
桜の花が咲き乱れ、独特の風の匂いと陽の光。不思議と今日から俺は変わろうって思える季節。
保護者を引き連れ、期待と不安が入り混じった表情を浮かべる新入生諸君。一年前、俺もこんな風だったんだと思うと、自然と頬が緩む。
そんな初々しい新入生を窓から眺めている俺。決して怪しい人物では無いはずだ。
高校生活というすごろくゲームで、俺の周りのプレイヤーは誰一人『ふりだしに戻る』というマスには止まることなく、皆で仲良くセカンドステージへと進む事になった。
二年生へと進級した俺たちを待ち受けていた最初の騒動はクラス替え。相も変わらず俺はA組なのだが、半分程度知らない顔が増えた。だが、俺たちは鎖のような絆で結ばれているのか、中留御や春日さん、夏目に並木。松木に早田、鈴木や佐藤、望ちゃんらとは離れる事は無かった。俺と一緒に2−Aに進級した元、1−Aクラスの奴らの中には別のクラスに行けばよかったと思う奴もいたが。
始業式の後、恒例のクラス委員決めでは去年のような失態は避けるべく委員決めでは早々に適当な委員に立候補し、俺は一年間無駄に続いたクラス委員という肩書きを捨てる事が出来た。
四月七日。東高校入学式。
入学式の時は基本全学年休みなのだが、クラス委員と生徒会関係者は式に在校生として参加する事になっていた。
「つうか、はよ帰れよ新入生!」
俺と同じように校門の所にたむろって居る新入生に向け、並木が早速先輩らしい言葉を吐く。勿論、その言葉は俺にしか聞こえないんだがな。
「そう言うなって、並木。これから奴らは現実を目の当たりにし、絶望するんだ。今ぐらい天国を見せておいてやろうぜ?」
俺は大して高校生になる事に期待はしていなかったから、理想と現実のギャップによって受ける精神的ダメージは最小限に抑えられた。
中には相当輝かしい理想を思い浮かべていた奴も居て、そいつ曰く『こんなはずじゃなかった』らしい。
「それもそうだけどさ、あいつらが長く学校に居ると後片付けできないじゃん。他の奴らは一日休みなのによ、俺らは出校日なんだからさ、少しでも早く帰りたいと思うじゃんか」
確かにクラス委員でもないのに今こうして入学式に出席していたのは馬鹿馬鹿しい。だが、愛好会というクラブに入会してしまっているからしょうがない。
どういう経緯で愛好会のメンバーが入学式に出なきゃいけなくなったかは知らない。中留御が勝手に相樹さんに提案したか、それとも生徒会一部の部活として認識されているからなのか。どちらにせよ俺たちは二度目となる高校の入学式を体験した。
「式が終わって中留御さん達が会場の後片付けに入ってもう一時間ちょいか。そろそろ終わる頃だろうなぁ」
入学式の準備は前日の午後の授業全部使って、在校生全員で取り掛かったのだが、後片付けは式に参加していた在校生のみ。六百人程度で用意をし、後片付けは三十人程度。一日使っても片付けられないと思いがちだが、実際そうではない。殆どのクラスの奴らは草むしりとかをやり、会場の用意をしていたのは二十人程度。これがもし企業ならかなりの経費の無駄だが、残念ながら此処は企業じゃない、学校だ。
「そうだろうな。そろそろ俺たちも後片付けしていいんじゃないか? 校門のところに居る生徒や保護者も減ってきたし」
俺と並木はお互いにブレザーの上着を脱ぎ、Yシャツとネクタイと言う勇ましい姿で昇降口へと向かう。
昇降口にもちらほらと新入生の姿が見えるが、気にせず作業を開始する。
こういうのは新入生が全員居なくなってからやるべきなのだろうが、それを待っていたら何時になるか解らない。
「じゃー並木はそっから半分。案内の張り紙を剥がしてくれー。俺はここからな」
体育館や受付などの場所を案内する紙を剥がし、ダンボールの中に入れる。紙といっても、レストランなどの机においてある紙を薄い透明なプラスチックで挟んでプレスしたおすすめのメニューの紹介の奴に似ている。
粗方剥がし終わると、受付で使った長机やパイプ椅子を二階建て体育館の一階にひっそりと存在する倉庫に入れる。そのまま校門に立てかけてあるベニア板で出来た式場案内も倉庫の中に入れる。
しかし、こいつ等は儚いよな。年に数回しか使用されないなんて。生まれ変わるとするなら、絶対コレには生まれたくないな。と、いうか物に生まれる時点で自我は無いか。
残る仕事は植木鉢を元あった場所に戻すだけ。
「しっかし、やっぱ納得できねぇよなぁ。なんで俺たちが後片付けしなきゃならないんだよ? 新入生がやればいいんじゃないか」
十キロ満たないぐらいの鉢植えを抱え、並木が愚痴をこぼす。確かに並木の言うとおりなのだが、どれだけセルフな入学式だ。そんなのがもしあったならば、体育館内に飾られていた『祝・入学』という模造紙を使用してはいけなくなるな。そんな入学式では来賓のお偉い人が幾ら歓迎します。とか言っても全然歓迎してないし、祝ってない。
「いいじゃないかコレぐらい。そのおかげで俺たちは昨日の午後全部カラーペーパーの模造花作りだったじゃないか」
俺達は皆がめんどくさそうに掃除をしている時、赤い色のティッシュペーパーもどきを五枚重ね、細長くじゃばらに折り、その中央を輪ゴムで結んでは開くと言うとても素晴らしいことをやっていた。一人でそれを作れと言われたものなら地獄だが、五人でそれを作るなら全然苦にならない。
そうやって作った花は新入生の教室……元俺達が使用していた教室を鮮やかに彩っている。作った一部は模造紙に貼り付けられていたが、多分模造紙と共に既にゴミ袋の中だろう。
「コレでラストだな」
無駄話をしながら植木鉢を運んでいたので、同じ所を何度も往復したはずなのだが、余り気分的にも疲れなかった。
「終わったら愛好会の会室に集合って言ってたよな、中留御さん。俺行く前にジュース買ってくけどユーヒはどうするよ?」
「ほい、金。適当にみんなの分買っておいてよ」
そう言って俺は並木に野口さんを渡す。受け取った並木は心底不思議そうな顔で俺を見る。
「えらく羽振りがいいな……」
まぁ、自分の金だったら少々悩むが、それは俺の金じゃない。田中先生がお駄賃として皆でジュースを飲むように俺にくれたお金なのだ。
「俺は教室行って脱ぎ捨ててきたお前と俺のブレザー取ってくるわ」
並木と見事な役割分担をし、昇降口の前に行くと、一人の女生徒が扉の前に立っていた。かなり奇妙な光景だが、きっと人を待っているのだろう。
扉の前に立っている女の子を避け、俺はもう一つある昇降口の扉を引いてみる。
そのまま華麗に扉は横にスライドする事は無く、微妙に横に動いただけ。
「ふむ」
考えることなくこれは鍵が掛かっているな。クソ、教師らめ、早速職員室と教室を隔離しやがったな。
建物の構造上、生徒の教室のある棟と職員室がある棟は土間伝いで繋がっており、教室のある棟の中に生徒が残っていないと判断されると教室のある棟、全ての扉に鍵が掛けられる。何度かタイミング悪く閉じ込められた経験があるが、其処は冷静に中から鍵を開けて危機を脱した。
「あの、鍵掛かってますよ?」
困った表情を浮かべていた女の子は俺に声を掛けてくる。真新しいブレザーに身を包んだ彼女は新入生としか言い様が無いだろう。手には何にも持っていなく、大方教室に鞄を置いたままで学校の外に居てしまったんだろう。
まぁ、別に昇降口の鍵を閉められていたって大して問題じゃないんだな、コレが。
「中に忘れ物?」
女の子に質問すると頷く。
「んーじゃぁ今から扉開けるから付いてきて」
女の子に告げると体育館の一階入り口へと向かう。
距離的には昇降口から教室に行くのより遠くなるのだが、職員室まで鍵を取りに行くのが面倒。それに借りたら返しにも行かなきゃいけないし。それだったら後片付けする時に借りた体育館の鍵を使った方が早い。
「じゃぁ戸締りあるから荷物取ってきたら一度此処で待ってて」
女の子と別れ、上着を取りに行く。三分後には俺は体育館一階の扉の前に立っていた。遅れる事一分程度、女の子が鞄を持って来る。
体育館の扉の鍵を閉めると、女の子が大きく頭を下げた。
「あ、ありがとうございましたっ!」
女の子髪は長い方で、伸ばした髪を三つ編みにしている。それが頭を下げた時ぶらりと垂れ下がる。そんな女の子の頭はまるで神社とかのお賽銭入れの上に付いてる紐と鈴のようだ。
「別にいいよ」
女の子は何度もお礼を言いながら学校を後にした。
「さて、反省会と称して中留御は昼飯を食べに行こうって言い出すに100円」
並木の分のブレザーを抱え、会室へと向かった。
二年生編スタートです。一年生よりもテンション高く、そしてどことなく読んでる皆さんの共感を得られるようなネタを書いていきたいですね!