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第17回

 十一月半ばといえば、すっかり日暮れ時間も早くなり、十八時ぐらいで周囲は真っ暗になってしまう。ほんの二、三ヶ月前までは熱いぐらいあったのにな。いやはや、こういった事で季節の流れを感じられる日本はいい国だな。最も、あと数十年もすれば、春夏秋冬が花粉、猛暑、極寒の三種類になるんではないかと少々危惧している俺。ありえねーよ。

「あ、日之出君、今から行くの?」

 教室を出ようとしたところ、生徒名簿の上にチョークケースを重ねていた田中先生が、思い出したように俺を呼び止める。今までの経験上、この先生がこの仕草をすると大抵面倒くさい事を頼まれたような。そしてとばっちりを喰らわないように、俊足で教室を出て行ったサイボーグ共が約数名。具体的な数字は挙げられない、でも代わりにこれだけはいえるね、約束のあの場所でもう一度って。

「えぇ、まぁ一応行きますけど、どーせ何もしないでしょうが」

 田中先生が顧問であると言うことを忘れかけていた俺は、三分の二程度口を開いて後悔をした。

「大丈夫、傍に居て励ますだけでも凄い頼りになるし、冷静になれるから!」

 あれ、何か話がおかしくないでしょうか? あの愛好会で誰かを励ますってイベント事態想像できないし、あの会長と一緒に居て冷静になれるはずが無い。坂道をブレーキの無い自転車で『安全』に下ろう、って考える方がまだマシだ。

「あの田中先生、何を……?」

「やだなぁ、日之出君。いくら幼馴染が選挙に立候補して、先生に打ち明けるのが恥ずかしかったからって、少し言って欲しかったなぁ……」

 生徒名簿と学級日誌を抱えた田中先生は口元をそれで隠し、にっこりと微笑んだ。エフェクトは春日さんには及ばないが、後光が差しているように見える。そしてその後光は容赦なく俺を貫く。

 それにしても、幼馴染って俺居たかなぁ? って、居るわけねぇよ!? 俺この学校には東中学の幼馴染レベルの友達なんて一人も居ないし。しかもそれが選挙に立候補しているなんて、無理な話だろ。それに選挙立候補者の名前なんて全部見たことないし。

「はい?」

 目の前で何故か嬉しそうな表情の田中先生。疑問の視線を送り、必死に状況説明を求めるが……。

「いやぁ、先生かなり鼻が高いんですよ。他の先生方から、お宅のクラスの日之出君、今回生徒会長の支援員になるんですよね、この前は風紀委員会を手伝ってくれましたし、田中先生の日ごろの指導の甲斐もあるんですね……なんて言われちゃったんですよ〜」

 新任の田中先生としては、他の先生から注意を受けたりすることはあっても、滅多に褒められる事なんて無いんだろう。初めて風景画が市のコンクールに入賞した小学生のようにはにかんで上機嫌のようだ。というか待て、ストップストップ。色々訳のわかんない事態になってないか!?

「し、支援員、生徒会長?」

「だって、ユーヒ君……」

 田中先生がそういいかけた時、タイミング良くチャイムが鳴り響く。

「あ、職員会議!」

 それだけ告げると田中先生は駆けて行った。いやチャイム、滅茶苦茶タイミング悪いやん。 

「なにが、一体どういう事なんだよぅ……」

 俺の呟きは本当に寂しく周囲に木霊した。近くに居る奴に事情を聞いても、答えは田中先生しか知らないだろう。早田に聞けばもしかしたら解るかもしれないが、個人的にその一線だけは越えたくない。まだ奴は俺たちと同じ歳で、噂好きのしがない高校生として接していきたいから。

「部活行こう……」

 考えても解らない事はいくら時間を使っても無駄である。解らないのだから。これは俺が人生八年目にして会得した物事のセオリーである。誰しもが会得するのであるが、俺は他のクラスメイトより早く悟ってしまったのか、これから四年間、通信簿に少し物事に冷めています。と書かれる事になったが。

「ちわーっす」

 扉を開けながら挨拶をしても誰も返事をするわけが無い。鍵は俺が持っていて、今この部屋を開放したんだから。

「うぉ……」

 扉を押してみてもビクともしない。押してもダメなら、思いっきり押してみろ。

 力を込めて押してみたが、ガチガチと今にもドアノブが壊れそうな音を奏でている。さぁ、もっと奏でろデストロイのシンフォニーを。意味は調べないでくれ、俺も思いつきで言ってみただけだから。家庭内DVと言ってしまう様なもんだ。

「ゆ、ユーヒ君!? ちょっと待って今開けるから!」

 中から春日さんの慌てた御声が聞こえてくる。もしかすると俺は今、とんでもないラッキーシーンに出くわそうとしているのか!? 流石に携帯でシャッターチャンスを狙うことは出来んが、この両の目で、この容量少ないHDDでしっかりと記憶しましょう! というか、ありえないからそれ。そんな美味しい経験絶対出来ないから。いや、まてピンチをチャンスに変えるんだ。思いっきり扉に接近して春日さんに扉を俺の顔面にぶち当ててもらおう、よしハプニングをフラグに変えるんだ。

 カチャリと鍵の開く音が聞こえる。さぁ、少し痛いと思うがこの先に待つ幸せのために。

「ユーヒ君、お待たせさまー」

 俺から遠く遠ざかってゆく会室の扉。あれ、何で? 俺の夢は此処で潰えるか……。

「あら、ユーヒ遅かったわねー」

「日暮さんがびりですぅ〜」

「お、ユーヒどうした、居残りか?」

 あぁ、この中で唯一まともな言葉を掛けてくれるのは春日さんだけだ。まるで血の池の地獄に蜘蛛の糸を垂らしてくれるお釈迦様のようだ。お前ら、退けこれは俺だけのもんだ!

「何よその目は……何か文句ある? というか文句言われること言った覚えないし!」

 中留御は不機嫌そうに右耳に掛かりかけていた髪を掻き揚げる。

『えー、私はー』

 と、不意に外から拡声器を使った人の声が聞こえ、俺たちは一斉に廊下の窓から中庭の方を見た。

 広葉樹の葉が散って自然界の不法投棄現場に五人ほど目立つような場所に立って、演説を始めている。拡声器を持った人物は二人。一人は相樹さんと、もう一人は肩から下げられているたすきから、皆三部みなさんぶという男のようだ。

「あぁ、中庭では会長争いの演説が繰り広げられてるわね、さ、どんな演説をするか眺めましょうか。私はオツコンビやユーヒとは違って、能力で投票するから」

 それでは俺らがルックスで投票するような言い方ではないか、失敬な。

「にしても、あれ…かなーり近くね? あれじゃーお互いのメガフォンの音で内容が殆んど聞こえないんじゃないか?」

 冷静に並木が状況を判断し、解説してくる。あぁ、お前が居れば俺の仕事は、春日さんのお姿をこの両の目に焼き付ける事だけだな。

「あ、相樹さんが動きました」

 ふと中庭を見ると、相樹さんが一人、皆三部の下から離れ、また演説の準備を始める。

「あ、動いたわね!」

 皆三部もつられる様に動き出す。

 相樹さんは一人で演説を行おうとしていて、皆三部は三人。多分あれは皆三部を後ろからサポートする奴らだな。確か中学校の頃は推薦者って言って、その立候補者のPRをする人が一人居たな。多分あの三人はきっとそんな感じのところだろうな。

「……あれ、確実に妨害しているわね」

 中留御が深刻な顔で呟く。その表情を見て俺は一抹の不安を覚えた。こいつのこんな顔する時は絶対何か大きな事をやらかしちまう。

「そんな事は無いだろ」

「いや、近くで演説することによって相樹ちゃんの演説は聞こえにくくなるし……それはあっちも同じマイナス面があるけれど、それを人数の多さでカバーできてるわ」

 ついに相樹さんが皆三部の下まで歩み寄り、何か話し始める。下校中の生徒達も予想せぬ出来事にその周辺に集まりだしていた。

「なんか、変な雰囲気だな……」

「全くだ」

 見物人が多いことに驚いた相樹さんがキョロキョロと周囲を見渡し始める。

「うーん、なんか予想していた演説とは全く違う結果になってきたわねぇ……よし、皆行くわよ!」

 行く? 行くって何処にだ?

 キラキラと新しい玩具を見つけた子供のような眼差しで中留御は大股で歩き出す。

「ちょ、まさか……」

「そのまさかよ! 上から見た感じ、ずっと相樹ちゃんを妨害していたみたいだし、ビシッと一発言ってやろうじゃないの! 私は相樹ちゃんを応援するわ!」

 さっきまでは演説を聞いてからとか云々言ってたくせに。まだ演説は一分も聞いて無いぞ。大方、数で決めたんだろうよ。日本人ってのは、昔から不利な状況にあるものを応援したくなる人種だからな。フルマラソンで完走しきれるかわからない、高齢のおじいちゃんを応援したりとか、明らかに勝ち目の無い戦を始める元天下人の家とか。

 中留御の決定に俺たちが逆らえるはずもなく、そのまま中庭へと直行する俺ら。

「ですから……演説を行うにしろ、もう少し距離を開けてもらいませんと……」

「別に僕達は貴方の邪魔をしようと思ってやってるわけではありませんので、一方的に言いがかりを付けられても困るのですが」

 演説の声が聞こえなくなった中庭では二人、いや一人対四人の口論のようなものが繰り広げられていた。

「いーえ、私たちはちゃーんと上から見ていたけど、明らかにアンタが邪魔をしているようにしか見えなかったわよ!」

 俺のすぐ隣で中留御が声を張り上げると、とある偉い人の授戒のように人ごみが綺麗に割れた。かなり気持ちいい状態だが、三十人近く居る中庭の視線が一斉に俺たちに集まる。恐らく、俺らのように上から見下ろしている人間の視線も。

「おかしな事を言いますね貴方は何を根拠に……」

 皆三部が中留御を一瞥し、嘲笑を浮かべる。こんな態度をとられて黙っている我らが会長様ではない。

「貴方って言う名前じゃなくってね、私は中留御、中留御氷雨って言うの! その嫌味ったらしい顔に相応しい記録装置にしっかり書き留めておきなさい! いい、もう一度だけ言うわ、私は愛好会の会長、中留御氷雨よ!」

 しばらく派手な行動をとっていなかった愛好会の名前を再び、東高校にてその存在を知らしめる。周囲の生徒達は口々に『愛好会ってあの?』などと中留御が行った宣伝事件の事を話し始める。

「はぁ、実際に存在したんですか、そんな暇な人達の集まりが。もっとも、そんな時間を有効利用できない方たちが何の用ですか?」

 皆三部の言うことは確かに的を得ているが、実際人からこうもはっきりと無駄な事をするな、なんて言われると無性に腹が立つ。

「全く、学生は勉強をするか、部活動をして身体を鍛えるべきですよ? それをあなた方は何をするとも解らない集まりを作って、あまつさえ、運動部が部室を欲しがっている現状にも関わらず、部室を占拠して居るという事実。時間だけでなく、もう少し有効的な場所の使い方も覚えて欲しいものですね」

 色々調べてるな、こいつは。流石にこいつに逆らうのは後々不味いような気もするけれど、横で何百年分のエネルギーを溜めた火山を噴火させそうな中留御がいるから、穏便には済ませられないな。じゃぁやる事は決まってしまったではないか。全く、こんなのガラじゃないんだがねぇ。

「えっと、ミナサンブさん一つ良いですか?」

 怒鳴りだそうとしていた中留御よりも先に皆三部に話しかける。

「ミナサンブとは……僕はミナミベですよ?」

「まーそんな小さいことは置いておいて、ミナサンブさん」

 クスクスと俺の周りで笑い声が聞こえる。クラスメイトの下の名前も覚えない俺が、興味ない難しい漢字の名前を覚えると思うか?

「ぼ、僕は…っ!」

「あ、申し遅れましたが、日之出 夕日って言います。まず、さっきのでちょっと突っ込みを入れたいものです。まず、暇人ってのは無いんじゃないかな? 帰りのHRの終了の合図がなればそれから先は人の自由。教室に残ってダチと喋るのもよし、速攻バイトに駆け出すのもよし。アンタの価値観で暇だとか、時間の無駄だとか言うんじゃねぇよ」

 周囲の雑音が俺の言葉によって静まりかえる。野次馬と行ってしまっては悪いが、遠巻きに眺める生徒達の殆んどが次の言葉を持って黙り込んでいる。そんな緊迫的な状況を打ち壊すのは、ヤッパリ中留御。

「そうよ! アンタにとやかく言われる筋合いは無いわよ!」

「せ、選挙に無関係の人間が口を出すのは妨害行為としか思えないのだが、そろそろ先生方が来るのでしっかりと状況説明を行ってもらいますよ」

 皆三部の表情が少し強張る。当初の予定なら軽く邪魔をしてやりにくくするつもりだったのだろうか。それをお祭り好きの集団が入って来たので焦る気持ちは解らないでもない。俺らは悪くて停学。だが、皆三部は停学が無いにしろ、立候補取り消しになってしまうかもしれないからな。

「じゃ、つー訳でお邪魔虫はそろそろ退散しますか」

「ユーヒ、みんなの鞄持ってきて頂戴! メールを見ておいて!」

「了解」

 中留御の指示通り俺は会室へと走り、人数分鞄を持って携帯を確認すると、中留御からのメールで、自転車小屋に来いとの事。全く人使いが荒いぜ。

 急ぎ自転車小屋に走ると俺の自転車の近くにメンバーが揃っていた。

「はいよ、鞄」

 皆に鞄を手渡すと同時に中留御が誇らしげに声をあげる。

「色々まずったけど、とりあえず春日ちゃん、並木、夏目ちゃんはこのゴタゴタ関係ないからね、心配しなくて良いのよ」

「でも……」

 気まずそうな表情の春日さんににっこりと笑いかけた中留御。

「大丈夫、私らが何とかしてあげるから、とりあえずは先生に捕まる前に逃げるわよ!」

 そう言うだけ言って、中留御は春日さんと夏目の手を取って駆け出す。

「ユーヒ…俺イマイチ状況理解できんのだが?」

「後でメール送ってやるよ」

「さんきゅ」

 腑に落ちない表情で並木は自転車を漕いで帰路についた。

「あ、ごめん、相樹さん…演説滅茶苦茶にしちゃって」

「いえ……お話があるので鞄を取りに行ってもいいでしょうか?」

「あぁ……」

 相樹さんは一度会釈をすると、パタパタと図書館の方に走っていった。

 一瞬その行動に不自然さを覚えたが、図書館と校舎は繋がっていて、図書館からこっそり教室から鞄を持って来る気だろう。

「ヤレヤレ、高校生活始まって例を見ない大騒動の予感がするな……」

 そう言って、俺は夕暮れの空を仰いだ。

 



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