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第16回

 校舎を歩けば、特大の模造紙に選挙立候補者の名前が書かれた紙があふれるようになって来た。昇降口から我がクラスA組までの、約三分ほどの時間でもう三つは見た。紙だってタダじゃないんだぜ、この学校で十枚の特大模造紙があるとしよう。この時期どの学校でも、選挙シーズンで同じように紙が消費されているだろう。全国規模で考えると頭が痛くなるから割合だ。作られるに至って一体何本の木が犠牲になってることやら。

 未だに留年疑惑が拭いきれてない早田の情報では、今年の生徒会長立候補者は一年生のようで、数年に一度、そんな立候補者が居るようだ。俺の通っていた中学校の生徒会長には、大体二年生がなっていた記憶があるが、この学校は実力主義なのか一年生でも立候補が出来るようになっている。まぁ、青春真っ只中の高校二年生の先輩方からすれば、これは願ってもない制度かもしれない。

 今年の生徒会長立候補者は二人、副会長も二人で書記と会計は三人。どのポストでも一人落ちることが確定している。生徒会長一人、副会長一人、書記会計は二人の計六人で生徒会を動かしてゆくようだ。

 一番注目視されているのが生徒会長争い。立候補者が男と女である。俺はもう入れるほうは決めているがね。相樹林そうきりんという女性の方だ。一瞬立候補者に漢字三文字の奴じゃないだろうかと不安が走ったが、ちょっと変わった苗字を見つけて心底安堵した俺が居た。

 おっと、こんな所で時間を持て余している暇は無いぞ。早く教室に行って松木達と朝の清々しい会話をしなくては。

「はよーす」

 教室の扉を開けてお決まりの挨拶を言う。クラス内の視線が俺に集まるが、朝の登校時は皆味わう通過儀礼だ。

「よーユーヒ、良く眠れたかー?」

「ビミョーに眠いな。松木、鞄机の横に掛けといてくれ」

 何故か毎朝俺の机を占拠して井戸端会議を開催している奴らに鞄を手渡す。

「この軽さ、学食だな。一緒に食いに行こうぜ」

 松木は鞄を受け取り、机の横に掛ける。

 というか松木、人の鞄の重さで食事状況を把握しないで欲しい。お前に俺の予定は筒抜けではないか。

「つか、松木君はユーヒ君に席を受け渡すとか頭に無いのかなぁ?」

 と、多分俺らの中では一番女受けが良さそうな佐藤がニコニコしながら松木の肩を小突く。

「何を今更。朝のHRまでこの席はマツに占拠されてるのが普通じゃね?」

 俺の席に容赦なく腰掛けた茶髪の鈴木が突っ込みを入れる。

 この二人、二学期入ってから良く遊ぶようになった奴らで、日本で多いとされる苗字のコンビで、一見性格があわなそうな二人だが、オツコンビの松木早田並に息が合っている。

「俺も半ば諦めてるからな」

 前の奴の椅子を強奪して俺の机を囲んで朝の会話を楽しむ事にする。

「そういえば明日から選挙演説始まるみたいだね」

 情報通の早田がまたも知られざるネタを俺たちに伝える。こいつは絶対陸上部より新聞部かなにかに入部したほうが才能を発揮できそうな気がする。これは俺たちの誰もが思っていることであろう。が、早田にはそれを伝えないのが暗黙のルールとなっている。

「候補者によって場所は変わると思うけど、期待馬の相樹さんは明日は正門近くでやるらしいよ」

「へぇ、確かに相樹っつうのは気になるけど、一体どんな顔?」

 鈴木が耳にしているプラスチックのピアスのピンを弄りながら早田に質問する。

「あーっと、髪はね……」

 早田がそう言いかけた時、タイミング悪くHR開始五分前のチャイムが鳴り出す。そのチャイムを聞いて、ヤレヤレといった感じで自分の席に皆戻ってゆく。

 普通なら教師が来てから席に戻ればいいかなんてムードなんだが、HR開始のチャイムが鳴るのを廊下で待っている田中先生の姿がいと哀れで、皆チャイム待たずに教室に入れよ! って突っ込みを胸に秘め、出来るだけ田中先生を困らせないようにしている。

 あの先生かなーり繊細なお方で、HR中騒がしくて連絡事項が伝えられないとき泣きそうな顔をしてしまうのだ。本当にその表情を見ると悪いことをしてしまったという気分にさせてくれる。

 お節介焼きの女子生徒が予鈴が鳴ったら静かに田中先生を待ちましょう。とか言い始めた訳ではないのに、いつの間にかそのルールが定着してしまっている。

 HR開始のチャイムと共に田中先生が教室に入ってきて、いつも通りの日常が始まる。


「やっぱ学食はうめぇなぁ」

「あーでもこれからの授業が辛いな」

「国語に英語、理科だっけ?」

 松木早田と並んで学食で昼食を取った後、缶ジュースを自動販売機で購入し、教室へと戻る。

『お、ユーヒが来た来た!』

 教室に戻るなり、俺の席に陣取っていた鈴木や佐藤、中留御や春日さんらが一斉に俺の名前を呼ぶ。

「いきなりなんだよ」

「さっきアンタを探して別のクラスの女の子が来てたわよ」

 やたらとニヤニヤした中留御が俺たちが出て行った後の話を始める。

「嘘くせーどうせまた中留御とかのたちの悪い冗談だろ」

 ちらりと真実を話してくれそうな春日さんと佐藤に視線を送ると、二人とも縦に二回首を振った。

「まぁ、それは良いとして、早田、俺はその用件の知らぬ別のクラスの女の子よりも生徒会長候補の相樹さんの顔の方が気になるのだが」

「何さらりとかわしてるのよ、ユーヒ。普通なら何で、とか慌てない?」

 俺の狼狽する姿が見たかったのか、中留御が必要以上に食いついてくる。

「え、もしかしてさっきの人ユーヒ君と付き合ってたりするの?」

 春日さんも俺が慌てふためく姿が見たかったのだろうか、中留御と同じように話を蒸し返す。別に貴方ならいくらでも狼狽する姿を見せても良いです。

「いや、だって本当に別のクラスの女の子が俺を尋ねてくる理由なんて思い浮かばないし」

「告白とかあるんじゃない?」

 チョコレートスティック菓子をぽきぽきと砕きながら中留御。お前はそんなに色恋沙汰の話に飢えてるのか。

「それはない」

「うわ、言い切りやがった」

「ある意味凄い自信だね」

 鈴木と佐藤は打ち合わせをしたかのようなタイミングで突っ込みを入れてくる。

「で、どんな感じの子だったわけ?」

 俺以上にまだ見ぬ女の子を知りたがる松木。

「えっと、髪の長さはショートカットで、ユーヒ君よりは長いかな、服装はブレザーで……」

 春日さん、髪の長さは俺以上って言いますけど、俺の髪はホント何センチかしかないですよ。その例えを出すなら春日さん自身か、髪の毛の眺めの佐藤を基準に言ってくれたほうが……それに服装は皆、此処じゃ同じですって。その話から訪ねてきた人物を想像することは出来ません。

「春日ちゃん、それあんまり役に立たない情報よ?」

 中留御が呆れたような目で春日さんに突っ込みを入れ、春日さんは苦笑いを浮かべる。

 なんと失礼な事を口に出すか、中留御。春日さんの情報で俺は尋ねてきた人物の姿を想像することが出来たぞ。全く自分の不出来を人のせいにするのか。

「髪の毛は僕より少し長くて、春日さんより短く、ぱっと見の感想としては可愛いってより綺麗って人だったな」

 さすが佐藤。日本で上位に位置する苗字を持つ男。

「ふーん。で、早田。朝の続きを聞きたいんだけど?」

 俺の中では訪ねてきた人物>>生徒会長立候補者の顔 という不等号では覆りそうに無い優先順位。

「えっと、髪はショートカット、外見は髪型と顔つきからかクールな人っぽいね」

「それだけじゃ解らないぞ、早田よ」

「そうだね、松木。えっと、誰に似ているかなぁ……」

 俺の質問なのに松木が一番食いついている。松木は異性なら小さい学生から、三十路のおねーさままで食いつくのではないだろうか。勿論人の妻とかなんていう肩書きが付きなら尚更だったり?

 きょろきょろと早田は生徒会長の顔や雰囲気が似ている人を探して辺りを見回す。

「あ、あの廊下の人が似てる。というかあの人が相樹さんだよ」

 と廊下からこちらの教室内を覗っている女の子を指した。

「あれがねぇ。ってか、さっきユーヒ訪ねてきた子じゃないの!」

 中留御も早田が指した女の子を見て驚愕の声を上げる。

「生徒会長立候補者さんがユーヒ君に何の用だろうね?」

 僕じゃそんな事解りませんよ、春日さん。でも、あの子見覚えがあるような、無いような……。

「とりあえずぷわぁーっと告白受けちゃいなさいよ!」

 中留御が俺の背を押して外へと押し出す。だから、なんでそれで限定するわけだ? やっぱり飢えてるのか?飢えてるんだな。

「……あ、先日はどうもお世話になりました」

 低調に頭を下げる相樹さん。あぁ、テレホンカードやった人か。どおりで見覚えがあるわけだ。

「お陰で連絡も取れ、なんとかなりましたので、お礼を……」

「いや、別にそんなの目当てなんかじゃないから気にしないでいいよ」

 多分話の内容までは聞き取れて無いだろうが、この状況で何かを渡されるという状態はあやつらを喜ばせる結果にしかならないと思う。

 ちらりと窓の方に目を向けると予想通り中留御らが興味津々という様子でこちらを眺めてる。そろそろ見物料取っても良いよな。春日さんは言わずとも免除だけど。

「あ、新しいテレフォンカードを持ってきましたので、受け取っていただけませんか?」

 本当に律儀な人だなぁ。カードなんて使いかけを返しても良いのに、新しい奴をわざわざ持ってくるなんてさ。

 差し出された白い紙のカードケースを受け取ろうか迷っていると、なにやら背後で押し倒せなどと野次が飛んでくるので、一刻も早くこの場を離れたい衝動に駆られる。

「お、俺ホント、テレフォンカードとか返してもらわなくて良いから、携帯あるし、どっちかって言うと君の方が必要とするんじゃないか?」

「そ、それは……」

 言葉に詰まる相樹さん。もう一押しなんだがなぁ。

「あ、そうだ。相樹さんは選挙、会長候補で出るんだよね? これからもっと遅くなる可能性だってあるから、絶対に家の人と連絡を取るためにも、カードは持っておくべきだよ。返してもらうのはそれ全部終わってからで良いからさ」

「日之出さんがそう言うのなら仕方ありませんね……どうも、有難う御座います」

 ぺこりと頭を下げて自分の教室へと戻ってゆく相樹さん。廊下を通る他のクラスの生徒が不審がってマジマジとやり取りを見ていたりしたのだが、相手が選挙立候補者ということもあって、そっち関係の話だろうと思いこんでくれたのには救われたな。

 さーて、俺はこれからもう一つ大仕事をしなければいけないな。

 とびっきりの笑顔を見せて教室の扉を優しく開き、大きく深呼吸。

「何じろじろ見てんだよ、てめーらは!? 見物料よこせ!」

『きゃーユーヒちゃんが切れたわぁー! 学校でキレる高校生、社会問題だわ〜』

「うるせー! 松木、早田、佐藤、鈴木、中留御ぃ! 覚悟できてんだろーな!?」

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