第11回
一学期も残すところあとわずか。期末テストを目前に控え、クラスで授業を真面目に受けてる奴からどうにかしてノートを強奪しなければならないと考えていた矢先、風邪が治って以前よりも自己中絶好調の愛好会会長様からお呼びがかかった。何のお呼びかはすぐにわかるからそう多くは言わないが。
何とかテストも無事に終えることができ、涙ながらにいろんな奴からノートを強奪される優等生のもうテストは捨てたと悲愴の表情は忘れることができない。許せ。
とりあえず目の前を嬉しそうに談笑しながら洋服を漁る三人を見ながら、俺が女だったらあの輪に入っていけてるのだろうか? なーんて阿呆な事を考えながらひたすら通行人の刺さる視線や、微笑ましく俺を見つめる視線を受けながらも、今の俺にできることはただひたすら耐え忍ぶことしかなかったりする。
事の始まりはいつもの会長の思い付きだった。
「あっついわねーユーヒ、下敷きで扇いでー」
「何故俺が?」
ぐてーっと、夏の熱気の中、空調設備も整っていないこの愛好会の会室にパイプ椅子に座って、長机に伏せってる俺と中留御。春日さんのように仏の人ともなればこの程度の暑さなんともない様で、きちんと綺麗に姿勢正しく座ってだらしない姿勢の俺たちを苦笑を浮かべて見守っている。…いや嘘だ、すまん。
春日さんもこの熱気には耐え難いのか汗で張り付くシャツを下敷きで仰ぎながらなんとか耐えているようで、傍から見ればこの三人やることがないのなら早く家に帰れと言いたいだろうが。まぁ、愛好会というのはそんな感じの暇人の集まりだと言われればそれでお仕舞いだが。
「私が暑い、そしてあんたがとても暇そうにしている。コレが理由ね」
なんというぶっ飛んだ思考なんだ。私が暑いからあんた仰げってなぁ。とりあえず暑くてその気にならないが、全力で反論させてもらう。
「いやいやいや、何だその理由は。と言うか理由にもなってねーぞ」
「まぁ、そんな事はいいとして、今日のテストどうだった?」
中留御は長机に根を張った上半身を気合で起こし、鞄の中からテスト用紙を出す。そのテスト用紙には色々と文字や公式なんかが書き込んであって、いかに善戦したかを物語っている。
「まぁ、やることだけはやったし、自信もそこそこありますね」
どうやら春日さんは自信があるようだ、流石。
俺のほうはどうかと言うと、まぁ、結構回答するにはしたがその回答全てに自信があるわけじゃないし、今となってはこの問題になんて解答したかなんてわからない。そんなに焦らなくても数日後には容赦なく赤印で回答に線を引かれていそうで少し身震いをする。
「で、この話題になると沈黙したユーヒはどうよ?」
俺に話を振らないでくれ。俺は春日さんやお前のようになかなかいい点数など取れはしないさ。とは言っても前回のテストでは総合点数高々十数点分の僅差だったがな、中留御。
「自信は微妙にあるぐらいで赤点は一部を除いて無いだろうな。まぁ、その教科もノート提出はきちんとできるようにしてあるから平常点でカバーできるだろうけど」
「志が微妙に低いわよ」
呆れた顔で俺を見るな中留御。俺だって必死にやったんだ。
「あ、そういえばあのイングリッシュ先生、中間じゃ小賢しくこの系列の問題ニ、三通りあったわよね、今回はどうかしら?」
英語の担当教師はご苦労なことに微妙に問題を変えたテスト用紙を用意してたりなんかする。全く、其処までこだわるなっつーの。他の奴から聞いた原付の試験問題か。
「まったく、あの先生はトコトン暇らしいよな。こういう問題作るなんてさ」
俺は鞄の中から英語の試験問題用紙を取り出し机の上に置く、そして気がついた。俺のこのテスト用紙はとても人に見せられる代物じゃないと言うことを。
「ぶっ、ユーヒあんた何やってんのよ、テスト中に!!」
目聡い中留御にはもうばれてしまったようだ。
「コレは凄い超大作だね」
春日さんにも見られてしまった。もう駄目だ、俺は此処で首を吊ろう。
「相当時間余ったみたいね、ユーヒこんなB4サイズぎっちり迷路を書くなんて」
あぁ、余ったさ。四分の一ぐらい空欄を作ってしまったかのテストはな。先日の一夜漬けでカバーできないテスト範囲だったさ。
もう違うテスト用紙の事とか頭にないらしく、中留御と春日さんは俺の作った自信作の迷路に一緒に挑戦している。さぁ悩め悩め。
「よく迷路とか描けるよね、私が描いたりするとすっごく簡単になっちゃったりするんだよね」
そうか、春日さんもテストの時間が余って迷路を描いた経験があるのか。流石春日さん解ってらっしゃる。
「まぁ、時間まで暇を潰そうって考えたら寝るかこうやって何かを書くぐらいしかないわよね」
中留御、お前もか。だがもう春日さん一人が迷路を描いたことがあると言う事だけで十分だ。
「暇だったからつい描いてしまったんだよ。あ、春日さんこんなの描くの簡単ですよ。最初にスタートとゴール地点を決めておいて、後は其処に向かって何本も分かれ道を作って、後はその道を通行止めにしていけばいいだけですよ」
「あ、なるほど、最初から通行止めの道を書いちゃうと其処だけかなり不恰好になっちゃうのはそれが理由だったんだ。今度ユーヒ君の描き方真似して描いてみるね」
おぉ、なんとも期待を抱かせる言葉でしょうか。でも春日さん、無理に迷路なんか作らなくていいですよ、貴方はいい成績を修めて優雅に卒業してください。そしてどうしても時間が余って暇だと言うときに描いてください。
「いいわね、今度皆で迷路でも描いてみる? 比較的時間が余っちゃう副教科のテストのときに」
それは非常に心を惹かれる提案だぞ、中留御。
「で、そういえば春日ちゃん、テスト最終日何か用事入ってる?」
「ううん、特に何もないよ」
テスト中に迷路を描こうという話題からいきなり話題を飛ばす中留御。クソ、二人でどこか遊びに行く気か、許せん!
まぁ、とは言っても別に春日さんと中留御は結構一緒にどこかに遊びに行っている話を聞くから、其処まで嫉妬しなかったりするのも事実である。電車で都心部に出て、クレープを食べるとか俺は別にしようとは思わない。まぁクレープを食いたいっていうのは多少あるが。
「じゃぁ、なつめちゃん誘って行きましょう! で、そこで俺には関係ねーよと落ち込んでるユーヒもよ!」
へぇー夏目なつめと俺も行くのか。まぁ皆で楽しい時間を過ごして来てね……って、えぇ!? 俺も行くのかよ!
「お、俺も行くのか!」
「当然じゃない! アンタもテスト最終日時間空けときなさいよ! 集合場所は後で言うわ!」
時計が十二時半を指したところで今日の活動は終了し、それからの二日間は泣きそうになるほど凄まじかった。そして約束の最終日、テストが終わって一度家で着替えて駅前に集合と言う話で、東町に住む俺がバスを乗り継いで西町まで行かなければいけないという理不尽な集合条件だったが。
何とか集合場所までたどり着いた頃にはもう三人は揃っていた。中留御も、春日さんも、そして夏目なつめもラフな格好だが、どこかちょっと気合の入った服装である。まぁそれも当然だろう。都心部に行くとなるとやはり人の数が段違いであり、誰も彼も皆都会の人間のような格好をしていて、いくらなんでも地元でいつも着ている様な安っぽい服装では浮いてしまう。とは言っても大勢居る人間の中で少し着ている服がダサかったりしてもそいつを指して笑ったりなんて事する奴は居ないのだが、ちょっとは気にしてしまうのが人の性。
「何よユーヒ、高々服を買いに行くだけじゃないの、何でそんなに格好つけるような服着てるのよ?」
そんな事言う中留御も足の七分ぐらいの長さしかないジーパンと、ハイヒールだかサンダルだかを履き、キャミソールだかメンソールだかは知らないけどそんな服を着ていてネックレスなんかもしていたりして、気合が入ってるということ丸わかり。
「其処まで格好はつけてねえぞ。というか今日は服買いに来たのか?」
まぁ薄々気がついてはいたがやはり服を買いに着たのか。まぁ都心部に来るという理由は殆んどがそれなんだけどな。
「まぁ、そうね。でもちゃーんと大丈夫。お昼は私イチオシの食堂に連れて行ってやるわ! あ、あと三、四軒ぐらいならアンタの行きたい店に行く時間もあると思うから行きたい店を考えておいて」
「そのぉ〜朝日さんの行きたい店でも、なつめちゃんが入れないようなエッチなお店はやめてくださいよぅ〜〜」
成程、昼飯は中留御イチオシのお店か。悔しいがアイツの食のセンスはすさまじく、アイツに進められた学食の飯とかは当たりばかりだ。そんな中留御が都心部に出てきて数ある飲食店の中から選び抜いた店だ、どんなに美味い事だろうか。でだ、夏目なつめは喋るな。松木や早田らと来ても純粋に洋服屋やゲームセンターとかで時間を過ごしたりして、思春期悶々とした店には未だに行ったことがないというのに、この様に明らかに存在が浮いている状況で何故そんな店のデビューを果たさなければならんのじゃ。
「まず、一軒目は此処ね!」
そう言われて連れて来られたのは都心部でも有名な洋服などばかりを扱う専門店が集まった店で、俺も服を買うときは此処で買ってたりする。
「お馴染みだなぁ、此処」
七階建ての建物の入り口付近に立ってポツリと呟く。
「あれ、ユーヒ君も此処に結構来るの?」
ワンピースだかなんだか知らない上下一体型のスカートと薄手の上着を羽織ってる春日さん。流石だ似合いますね。もう春日さんのこの姿を拝むだけで冷調設備の整った空間に誘われるようだ。もう自分でも何でこんなに春日さんを擁護しているのか解らない。
「まぁ、ぶっちゃけ今の俺たちの財布事情と、その価格と合わないいいデザインの服とか売ってるの此処しかないしね」
「あはは、やっぱりお財布の中身は最重要項目だね、専門店とかこの前行ったんだけど、値段がとてもとても…それでね、店員さん色々と勧めて来るんだよアレには困ったなぁ」
許せんぞ、店員! 春日さんに高価なものを無理矢理買わせようとするなんて!
「で、中留御。此処の何買いに用があるんだ?」
「二階から四階まで全部」
確か、女物の洋服の店が置いてあるのが二階から四階で……一階におおよそ五か六の店があって、それが三階分だから、わお、十八店舗。すさまじい! そしてそのくせ俺に与えられた店を回るのは…おおよそ四店舗、荒むぜ。
此処で俺だけ他の店を回っていいかと言ったら中留御は怒るんだろうな。それじゃぁアンタ抜きで来たのと一緒じゃない、私だって我慢してメンズファッション店に入るからあんたもそれぐらい我慢しなさいよ! ってね。やけに詳しいのは実際一度電車の中で試したのだ、移動中に。
「じゃ、ユーヒは暇だろうけど、ちゃーんと心を込めて似合うか似合わないか言ってやるのよ、女だけだとその辺の感覚狂っちゃうから」
俺は何のための要員だ。そんな執事だか従者だかそんな扱いをされても困る。というか俺の好みで良い悪いを言うわけだから、確実に俺に受けはするが、他者に受けるかどうかは自信がないぞ。
まぁ、そんなこんなで、店の近くにおいてあるベンチに座って三人が談笑をしながら買う物を探しているという冒頭の地点に来た訳だが、ホント周囲の視線が痛いね。いや、其処まで気にしている人間は居ないだろうが、人生十六年、この様な異世界に足を踏み入れたことはなく、初めて入ったその場所はかなーり居心地が悪い。
「ねーユーヒ、これ私に会うかなぁ?」
中留御が店の入り口付近で手招きをし俺を呼ぶ。よし来た、俺に与えられた任務をこなしましょうか!
「うーん、こんなもんなのか? ちょっと小さいんじゃないの?」
ふうーんと中留御は考えてとてとてと商品棚へと戻る。俺の役目も終わったと思いその場を去ろうとすると、
「朝日さぁ〜ん」
俺の名前は日之出だと何回言っても聞きそうにないのでもうまともな呼び名で呼んでもらうのを諦めている人物が来た。
「ん、どーした夏目?」
「これぇー色がどっちがいいか悩んでいるんですよぅ〜」
色は赤と黒。どちらも派手っぽい色だが。うーん、夏目なつめの外見とかを考えて……
「黒のほうがいいんじゃないか?」
「なるほどぉ〜なつめちゃんもそっちでいいんじゃないかなぁって思ってたんです〜」
なら聞くな。
「あ、あのね、ユーヒ君、これとこれ…どっちがいいかな?」
春日さんの持つ二つの種類のものだが、一見同じようで微妙にデザインが違うというみたいで、春日さんの買い物なれば、適当な事はいえない!
「何となく右でいいんじゃない?」
「あ、そうだよね、でも左のも良い感じなんだけどなぁ」
「両方買うしかないよ、それ」
あ、成程! っと何かを得たのか、春日さんはまた別の品物を探しに行った。
やっと俺の役目は終わったと思いきや、
「ユーヒ」
「ユーヒ君」
「朝日さん〜」
と、ずらっとまた品物を持って悪戯っぽく笑う三人。これはもう言わねばなるまい。
「絶対三人とも遊んでるよね、俺で! こんな下着の店で俺に意見を求めたって無意味でしょ! それに俺を見る定員さんの視線も痛いんですよぅ!?」
俺がそう突っ込むと、三人は笑い始める。というか店のレジ付近に居た店員さんも顔を背けている。アレは絶対笑ってる。
そんなこんなで何とかその地獄のような店を抜け、二軒三軒と洋服の店を見る。途中で中留御が、
「アンタ欲しい本あるって言ってたわよね、先に本屋行って買ってきなさいよ」
「いや、お前が一人で行動するなって…」
俺が言葉を言い終わらないうちに、中留御は俺の言葉を遮る。
「いや、悪いけど時間が結構押しちゃってるのよね、それでゆっくり皆で本屋散策する時間なさげだから」
そうか、つまりは時間がないんだな、一軒当たりニ、三十分も時間かけてりゃそうなるわな。
「オーケー、じゃぁ何分ぐらいに戻ってくれば良い?」
「一時間後」
長っ、長い! 買うものを決めてなくて本屋に行けばそれぐらいの時間は潰れるが、生憎もう買う本は決まってある。まぁ、なんか本屋で探しますか。
そんなこんなで本屋で雑誌を立ち読みし、一時間という長い時間を過ごした。五十分ぐらいで三人が居る階まで舞い戻ると、ベンチに座ってジュースを飲む三人が居た。手には大量の紙袋が。どうやら俺が居なくなったとき、めぼしを付けておいたものを買ったんだろう。というか一人少なくても紙袋二つってどういうことよ?
「あ、ユーヒ、早かったわね、さ、じゃぁアンタの買い物に行きましょう!」
すくっと元気に立ち上がると中留御は口の大きく開いた空き缶入れにジュースの缶を投げ入れる。それに習うように二人も空き缶を捨てていざ俺の買い物へ。
エスカレーターで一階分上に上り、見慣れた店へと足を踏み入れる。
「へぇー此処がアンタが服買ってる店なんだ。なんかちょっと雑っぽくない、服の置き方とか」
きょろきょろと周囲を見渡して中留御が口を開く。
「うわ、男物のパンツって洋服屋と一緒においてるの!?」
一部の棚に並ぶガラパンを見て中留御は驚く。春日さんたちも少し驚いたような顔をする。
「ガラパン専門店とかあったらびっくりするでしょ。いや、探せばあるかも知れないけど。俺としてはああやって下着だけの店があるほうが驚きだよ」
そんな会話をしながら手ごろなシャツとニ、三点買って、ふと棚の上に置いてあるスニーカーに目が止まる。和柄という和風の柄のスニーカーで、かなり派手であるけど、何となく落ち着きのあるスニーカー。
「ん、ユーヒどうしたの?」
洋服の散策に飽きたのか、中留御が俺の横に並ぶ。
「いや、このスニーカー買おうかなって思ってさ」
俺が指差した先にあるスニーカーをまじまじと眺める中留御。
「へぇ、あんたにしては派手な柄を選ぶわね。まぁ、こういうデザイン私も好きだけどさ」
中留御がスニーカーの値段を見る。
「ちょ、アンタこれ八千円するじゃない。このタイプのだったら安くて三、四千であるわよ?」
「まぁ、そうだけどさ、完全に一目惚れ」
はぁっと中留御はため息をつく。
その商品をレジに持っていき、俺の買い物は終わり。
後は皆で中留御イチオシの食堂とやらに行くことに。店から出ると周囲はオレンジ色に染まっていた。もう少しで夏休み。今年の夏は例年よりも忙しくなりそうだ。と両手に八つ紙袋を抱えて、ヨタヨタと三人の後を追った。
もう夏も目前。というか何シーズン遅れなんでしょうか?
まぁ、それはいいとして、一体この話はどこへ向かおうとしてるんでしょうか。
とりあえず見放さずに目を通していただいて有難う御座います。
あぁ、積んでいるゲームや小説が増える増える。