第10回
記憶の引き出しに閉まって鎖でその引き出しをコレでもかと巻き上げ南京錠で施錠したい例の演劇と、その直後に味わったあの忘れられない味の液体を飲まされた恐怖の日から一日開けた。
一ヶ月という長い練習期間があったわけで、暦上では六月も終わりかけ。梅雨だ梅雨入りだとニュースは騒いでいたが、殆んど雨の降った記憶が無い。降ったとしても中途半端な雨で制服の下に来ているTシャツのガラが透けて見える程度で、代えの靴下や家に帰って靴に新聞紙を詰め込むという、めんどくさい作業などはいまだやらなくていい。
夏休みまでもう少しと言う地点に立っているわけだが、その前に期末テストという関門が待ち受けている。次は中間テストのような無様な失態はしない。何となくだが各教科の先生のテストがどんな感じかわかっているしな。
脱線するが、高校中学のテストは俺の経験では問題は全て先生が作る。小学校のようにテスト教材などないので、問題はその先生の性格が出る。例えば、我が国語の先生は百点満点中三十点分漢字の読み書きを出す。赤点から逃れるためにはその点数を捨てるわけには行かない。テスト前日の夜は漢字の書き取りをやったほうがいい。そして、歴史科の教師は此処が重要と赤いチョークで書いた一部分の前後の白チョークの部分を穴抜きにしやがった。つまりは赤文字周辺をまとめて覚えなければならないと。
まぁそんなこの先数十年の人生の役に立ちそうにもない事柄のコツをつかみながら、頬杖を付いて閉店しそうな目蓋という店のシャッターを気合で押し上げている。
ガタガタと周囲が騒がしくなる音で俺の思考はやっと向こうの世界から帰ってきた。俺も周囲と同じように中腰で数センチ椅子から腰を上げ数秒間、空中椅子の修行をし椅子に引き寄せられるように椅子とお尻会いになった。
「本日のお勤め、無事終了!」
「だぁ〜この雨だと部活もないし、オツだよね〜」
磁石かもしくは蛍光灯に群がる羽虫のようにフラフラと俺の席まで歩いてくる松木と早田。よせ、来るな。お前らとSNドッキングしたくないし、お前らに恋の体当たりをされても嬉しくないぜ。寧ろ反発し凄い勢いで離れるか、即座にお前らをバーベキューにしてやるぜ。
「んぁ、雨!? 雨降ってるのか!?」
俺は早田の雨というワードに反応し、窓の外に目を向けてみると、周囲は薄暗く、窓の向こうの教室では蛍光灯が光っていた。そして、気が付かなかったが俺のクラスでもいつの間にか蛍光灯が灯っていた。
「うわぁ、雨かよ、傘持ってきてねーし!」
「大丈夫だユーヒ、俺も持ってきてねぇ!」
「二人ともちゃんと天気予報見たほうがいいよ? 今日降水確率70%だったじゃん」
俺と運命を共にすることになった松木。そして口ぶりからは傘を所持していると思われる早田。
「そんな確立アテになんねーよ、降水確率80%で降らなかった日もあったじゃないか」
そう、先日珍しく見た朝のニュースの天気予報で80%の確立で雨が降るので傘を持って出かけましょうと言っていたのを思い出して、マイフェラーリのチェーンカバー上に傘を差して学校に行ったのだが、空からは水滴一つ、鳥のフン一つ落ちてこなかった。恨むぜ、よしずぅみー。
「あはは、いつもそうだとは限らないからね。一応降水確率が50%越える日には傘を持ってくる癖をつけとけば?」
「それだと天気予報に振り回されてるような気がして嫌なんだよな」
占いや天気予報を信じてその日一日を行動するとスッゴク何かに負けた気分になるのは俺だけじゃないと思いたい。
「あんた達ねぇ、こんなトコで井戸端会議している暇あったら早く帰ったら? 後二十分もすれば本降りになるわよ? 風邪なんか引くのは周囲の雲の状況と体調管理できない奴なんだから、ユーヒは特に気をつけるように」
中留御が鞄を片手に俺の席までやってきた。
「確かにまだ雨足強くなりそうだし、気合入れて帰るとするかな。で、中留御はバス通だったよな。バス停まで濡れて帰るのか?」
「いや、そんな事しないわよ。びしょびしょに濡れた制服でバスに乗る客ってすっごい迷惑じゃない? 近寄んな、こっちまで濡れちゃうじゃない! って叫びたくなるほど!」
「俺はそれよりも全身びしょ濡れでチャリ漕いでる横をバスに乗った学生が通り抜けると思わず叫んでしまうぞ? そして殺意がだな……」
「ハイハイ、そんなに悔しいなら雨の日バスで来なさいよ」
俺の弁論をさらっと終わらせる中留御。そして奴のいう事には一理あるが、俺はあえてそれをしない。
バスなら決まった時間に家を出なければならないし、寄り道も気軽にできない。全てバスというものに行動を縛られているような気になる。まぁ、雨の日にコンビニ寄ったりとかしないんだけどな。
「で、そのぺっちゃんこな鞄には折りたたみ傘なんか入ってそうにないし、置き傘はパクられてる可能性大だな、ご愁傷様」
中留御の前でお手手のシワとシワを合わせて拝んでみるが、中留御は俺を見てニヤッと笑った。
「馬鹿ねーバス通学は私一人じゃないのよ? さー帰りましょー春日ちゃん、夏目ちゃん」
そう言うと、教室入り口で話し込んでいた春日さんと夏目なつめが中留御の下へと。
クソ、うらやましい! 夏目なつめはドーデもいいとして、春日さんとのアイアイ傘なんて! 俺に変われ、そして雨粒の弾丸に撃たれろ!
「じゃぁ日暮さん〜さよなら〜ですぅ〜」
「じゃぁね、ユーヒ君、松木君、早田君」
二人はパタパタと手を振って中留御と共に行ってしまわれた。
「あー、あーゆーのもオツだよね」
「あぁ、禁断の香りが…オツだよな」
とりあえず別世界に飛んじゃったこいつらはほっといて帰るか。
微妙な雨足の中マイフェラーリで濡れながら我が家に向けて走ること十数分。中留御の予想通り雨足が強くなってきた。
早く帰らなければと急いでマイフェラーリの走る力を送っていると、前輪が水溜りの中に突っ込んだ。クソ、雨で視界が悪いし顔もいてぇ……しかもさっきの水跳ねで靴が死んだ!
無性に叫びたい衝動に駆られながらも、その衝動を言葉と一緒に飲み込み、ひたすらと自転車を漕いで我が家へと向かう。
いつもならきつくないこの距離も今日はやけに長く感じる。
この雨なら自転車に傘という危ない組み合わせも意味はないだろう、早田。
我が家にたどり着く頃には川にダイブしたような状態で一歩一歩、歩くだびにぐしょ、ぐしょと靴から水が溢れ出す。玄関先で俺は靴を脱いで中身の無いって無い鞄を脇に置き、制服を全て脱いでパンツ一枚で濡れた服を抱えて風呂場へ。
ポケットから音楽プレイヤーを取り出して、制服を全て洗濯機の中に入れる。そしてもう一度玄関先に舞い戻って靴を回収し、一緒に風呂場に。
妹などが居れば文句ものの行動だろうが、生憎俺には妹は居ない。
熱いシャワーを浴びながら、ついで程度に靴も洗ってやる。まぁ、此処での詳しい詳細は省略させていただく。誰も俺の入浴シーンなど知りたがらないだろう。知りたいと言う奴が居たら真っ先に訴えてやる。
入浴を終え、パンツ一枚で靴に新聞紙を詰めて玄関に立てかけ、我が部屋へ撤収。
電気をつけ、シャツを求めてうろうろしていると、不意にお隣さんの部屋に目がいった。お隣さんのある住人と目が合うとシャッとカーテンを閉められた。まぁ、目が合うというか其処まで隣接している家ではなく、姿を確認した程度だが。
ジャージとシャツを着て一息つくと、窓際に立って雨の強さを確認した。まだまだ雨足は強く、三十分ほど前の俺と同じ心境であろう自転車を漕ぐ学生の姿を見つけ、大変そうだなぁとしばらく観察し、俺はゲームのコントローラーを握った。
夕飯時にもなると雨も大分弱くなり、この分なら明日には止むだろう。テレビの天気予報も明日は晴れだと報道していた。
寝る前になっても雨は弱いままでも粘り続けていた。根性あるな、こいつ。その根性をもっと違う地域で発揮しろ。世界にはもっとお前達を待ち望んでいる場所はたくさんあるんだ。こっちで水が不足しない程度がんばったら早くその地域に行ってやれよ。
しとしとと振る雨音を子守唄に俺は眠りについた。
朝、天気予報通り晴れだった。アスファルトの地面は黒く、所々に水を溜めているが、雨の後の独特な臭いがする。
ぱっと見乾いていた靴に足を突っ込むと、中は微妙に湿っていて、素足に靴を履くことで靴下の被害を抑え、今日も今日で学校へと向かった。
木曜日でやっと目の前にゴールが近づいている状態でどこか学校に行くテンションも上がり気味だ。中留御、今日お前が何か馬鹿なこと行っても今日だけは素直に従うぜ。
朝のホームルーム時に担任の田中先生の口から絶対出ないであろう言葉が出た。
「えっと、今日は海田君と中留御さんが風邪で欠席すると知らせが入ってます」
おいおい、今何て言った、田中先生。中留御が風邪って言わなかったか、アイツは風邪をひく人間なのか? 体内に侵入してきたウィルスも即座に従えそうな奴なんだぜ。
他にも数名空席が居るが、おおよそ遅刻だろう。しかし、あの中留御がねぇ。
「いやぁ、案外中留御が居ないと静かだよなぁ……」
昼休み、暇を持て余していた俺は春日さんと夏目なつめに話しかけている。
「なんかちょっと物足りない気がしますよね」
「じゃぁ〜私も風邪を引きますぅ〜」
確かに物足りない感じはする。失ってから気が付く中留御の大切さ。って、俺が言うと思ったか!? 俺は口では寂しいと言いつつ、心の中ではこのわずかな安息を喜んでいるのだ。
で、夏目なつめ、お前は喋るな。論点がずれている。
「ま、雨に濡れて身体が冷えて風邪引くって良くあるからな」
「でも、頭が濡れたままでも風邪引くからよく髪を拭けって言うよね、それは何でだろう?」
「あぁ、髪とがが湿っていると風とかで頭皮とか冷えるからじゃない?ほら、よく冬場に首元に手を突っ込まれると身体全体がスッゲー寒くなるアレと同じで」
俺と春日さんは真面目にも髪が濡れていると風邪を引きやすいかを話し合っていた。そんななか、夏目なつめは、
「そうですか〜髪を濡らして首元に手を入れたら風邪を引けるんですね〜」
なにやら勝手な解釈で風邪をひこうとしている馬鹿一名。
「いや、風邪なんかひいても良い事一つも無いぞ? あるとしたら健康体で居ることの大切さがわかる程度だろ」
「私ぃ〜風邪をひいたことないんですよぅ〜なんか〜ぞくぞくして寒気がして身体がだるい〜なんてことはたまにあるんですけどぉ〜」
そう言って夏目なつめはぶるりと身体を振るわせる。
「ん、どうした?」
夏目なつめの行動に思わず俺は質問する。
「それがですねぇ〜今朝からずぅ〜と、寒気がして体がだるいんですよぅ〜」
春日さんが驚いた顔をして夏目なつめの額に手を当てる。くそ、うらやましいぜ、夏目なつめ!!
「ちょっと、熱っぽいかな?」
うーんと自分の額と夏目なつめの額に手を当てて唸る春日さん。くそ、うらやましいぜ。
「一応保健室行くか?」
「だいじょぅぶですよぅ〜へっちゃらですよぅ〜」
本人がそう言うので、そのままにして、午後の授業に取り組む事に。
ちょっとふらり気味の夏目なつめを見送り、俺も自分の家に帰った。
翌日、風邪っ引きは増えていた。九人ほどにのぼり、あと何人で学級閉鎖だろう?
「結局なつめちゃん休んじゃったね」
「あぁ、だから昨日保健室勧めたんだよ」
休み時間、あれやこれやと春日さんと話しながら過ごしている。
いつもなら松木や早田らと騒ぐのだが、その二人も綺麗に休みである。
「うーん、夏目ちゃんや松木君、早田君も気になるけど…中留御さんがちょっと心配だよね」
確かに心配っちゃ心配だった。あの中留御が風邪を引く時点でアレなのに、まさか連絡すらこっちによこさないとは……
「んー見舞いでも行く?」
俺は冗談交じりに春日さんに提案すると、春日さんは、
「うん、学校終わったら行こう! 私家知ってるから!」
どうやら冗談では済まないらしい。まぁ、いい機会だから中留御ん家でも知っておくか。
俺と春日さんはバス停でバスを待ち、十数分後に来たバスに乗って十五分弱揺られ降りる。
「えっと、此処は……西?」
「うん、そうだよ、西町ね。中留御さん西中だったみたい」
「あ、たしか春日さんは西川だったよね。ちゅー事は一緒に帰るときは中留御が先に下りるんだ」
全く、停留所を見ると此処から西川までかなりの距離があるぞ。その距離を春日さん一人にするとは、けしからん。
無駄話をしながらコンビニによってフルーツゼリーとかそういうのを差し入れで買っておいてやる。
「此処ですね」
中留御の家はどこにでもある平凡な二階建ての家のようだ。
春日さんがチャイムを押し、インターフォン越しに中の人物と何か話しているようだ。
待つこと一分弱、ドアが開かれ、中に招き入れられる。
「あらあら、春日ちゃん、ごめんなさいね、氷雨のためにわざわざ…あの子もきっと喜ぶわ」
玄関先でなにやら話し込む春日さんと中留御母。なんか俺置いていかれている気分。帰っていい?
「あ、貴方は?」
ようやく中留御母は俺の存在に気がついたようで。どうやら中留御家は日之出家の人間をいじめる血が流れているんだろうか。
「あーえっと、日之出夕日って言います、一応クラ……」
「あぁ、貴方が日之出さんね! へぇーなかなか」
あぁ、ヤッパリコレは遺伝なんですね。そして、中留御家で俺の認識がどうなっているのか無性に知りたい。
玄関先でそんな無駄話をすること数分、ようやく中留御家門番は俺たちを中へと案内してくれた。
「じゃ、あの子は上だから、寝てたらごめんなさいね」
そう言って、中留御母はキッチンがあると思われる部屋へとエプロンを着けながら消えていった。
「そういえば中留御さんにメールで知らせなくて大丈夫だったかな?」
「大丈夫でしょ、急に部屋の扉開けるなんて事するわけがないし。一応常識あるんだよ、俺」
「いや、そうじゃなくって、お部屋の片付けとかあるし……」
「病人に部屋を片付けさせちゃ駄目でしょーが。それにお見舞いに来るの知らされたって部屋の片付けしないよ?」
「え、ユーヒ君しないの!?」
春日さんは非ッ常ーに驚いた顔で俺を見つめる。うん、癒される。
「いや、安静にするために休んでるのに人が来るから部屋片付けるために動くって意味無いでしょーが」
「あ、そういえばそうだね…こ、今度から気をつけるね」
なるほど、春日さんはお見舞いに来るって解ると部屋を片付けるのか。病気でつらくても律儀な人なんだ、流石春日さん。
階段を上り終えて二階の踊り場には三つ部屋があるようで、その一つに『HISAME』と書かれたプレートが掛けてある部屋があった。恐らく此処が奴の部屋だろう。あの中留御母も『HISAME』という名前でなければ。
その扉をノックを三回。
「……誰?」
中から少し弱々しいが、中留御の声が聞こえた。俺はとっさに春日さんに言うように手で促し、春日さんが律儀にも『えっと、春日春日です』と言っていた。
「あぁ、春日ちゃんね。うん、ちょっと待って……はい、入っていいわよ」
さっきドアをノックしたのは俺。つまり位置的に俺が前で春日さんが後ろになる。
「おう、生きてるか?」
がちゃりと扉を開けて俺は初めて中留御の部屋をご拝見。
「なぁんだ、てっきりもっと殺風景な部屋かと思ったが、案外ぬいぐるみとかインテリアの小物とかあるんだな」
かなり予想外な中留御の部屋に少し驚きを隠せず、そんな事を口にしながら中留御とご対面。中留御は俺の顔を確認して口をパクパクとさせ、陸揚げされた魚みたいだ。
「おう、家じゃお前エラ呼吸なのか?」
その瞬間俺の視界に迫り来るなんか無気力な表情のぬいぐるみ。
「うぉ、いてぇ、何するんだ!?」
ぬいぐるみを受け止め、中留御を見ると心しか顔を赤くしている。わぉ、よく見るとまぁ、アレだ。上パジャマ、下は……説明しなくてもわかるだろ? さーて、ベット横の机の上からハサミやカッターが飛んでこないうちに回れ右だ。回れ右をすると春日さんのかなり慌てた顔が映る。春日さんはいろいろ考えた末に、
「ユーヒ君…えっち?」
とまぁ、疑問系で聞かれても困る事を言った。
背後でゴソゴソとズボンを履く音を聞きながら、このなんとも居づらい雰囲気に押されぽりぽりと頬を人差し指で掻いた。
「も、もういいわよ、馬鹿」
「おう、悪かったな」
くるりと振り返り、なんかイメージに合わないパジャマ姿の中留御の姿を捉える。
「で、なんでうちに来てるのよ?」
「なんつー言い草じゃ、俺らはお前がなかなか学校に来ないから心配してきたんだぞ? メールもねーし」
「その、風邪は大丈夫?」
久々に集結した愛好会ズ。会長が本調子じゃないが、やっぱ落ち着く。
「え、嘘、ちゃんとメール送ったわよ!?」
俺と春日さんはお互いに顔を見合わせる。春日さんは二度スカートのポケットと、ブレザーのポケットを叩いてないない、と手を振り携帯を家に置いて来たジェスチャーをする。俺はポケットから携帯を取り出してみると、新着メールが二件。一見は中学の友人のアド変更のメールと、中留御からのメール。
「あはは……」
俺は苦笑いするしかなかった。
「全く、携帯なのにその機能が全く役に立ってないじゃない……そっか、気がつかなかっただけでシカトしてたわけじゃなかったのね……」
ぽつりと呟く中留御の台詞を俺はよく聞き取れなかった。
「ちゅーか、この時間あの厳しい数学の先生の授業の時間じゃんかよ、もしばれてたらどーすんだよ」
「それを狙ってたんだから、しょうがないじゃない」
しょうがないもへったくれもあるか。マナーモードし忘れていたら俺の貴重な平常点がマイナスになっちまうとこだったぞ、阿呆。
「まーそれはいいとして、月曜からはちゃんと学校行くわよ」
「あ、それは良かった。多分皆も月曜ぐらいには来ると思うし……」
春日さんと中留御は今日あったことなどを話し始めた。こうなると俺はこの会話にあまり口を挟めない。
春日さんがちょっと…と言って中留御の部屋を出る。
沈黙が俺と中留御が居る部屋を包み込む。
「ほんっと、情けないわね……」
ポツリと中留御が呟く。
「いや、こうやって偉大なる会長様のお見舞いに来たんだぞ、もっと賞賛の言葉を与えるべきだが」
「違う違う、ほら、風邪ひく前に体調管理が〜とか偉そうに言ってたくせにね」
「あぁ、そんなことも言っていたな」
何となくいつもの中留御じゃない。
「珍しいわね…アンタが私の揚げ足取らないのは」
「いや、いくらお前でも病原体に身体をやられている状態で俺の言葉を受け止めるなんて無理だからな」
ちょっと俺のキャラに合わないが。
「よく言うわよ……どーせ心ん中ではなっさけねーとか思ってるんでしょ!?」
やっぱいつもと違うなぁ。
「いや、思ってねーよ、風邪っちゅうのはいくら体調管理が上手い奴でも引くときゃ引くんだよ。体調管理が上手いって言うのは、運動した後に汗を拭いたりして少しでも身体を冷やさないようにしたりとかすることであって、それだけで風邪を完全に予防できる事はないんだよ。そもそも風邪つうのは雨に打たれただけ……体が少し冷えるぐらいじゃ引かないんじゃないか?」
「あー何いってんのか全然わかんないわよ」
中留御がぶんぶんと頭を振る。おっと、思考回路が弱ってる奴にこの話はつらいか。
「あーだからな、簡単に言うとお前身体が自分でも気がつかないうちに疲れてたんじゃねーかって話。最近ホントきつかったからなー」
何かを言いかけて中留御は口をつむぐ。そんな気まずいタイミングで春日さん登場。場が和む……
「あ、ユーヒ君、そろそろかえろっか? あんましお邪魔してるとアレだし、ユーヒ君一度学校に戻らなきゃいけないし……」
「あーそうだね。じゃ、中留御。俺らそろそろ帰るわ、ちゃんと月曜までには治しとけよ!」
そう言って俺は鞄を手に立ち上がる。そのまま春日さんと一緒に玄関先まで来たとこで、見舞いの品をあげてない事に気がつき、俺は春日さんに一言いって、中留御の部屋に戻る。
今度はノックをせずに扉を開ける。
「ちょ、ノックぐらいしなさいよ、馬鹿!」
「あーすまんすまん、数秒で終わるからさ。ほら、見舞いの品」
ぽんとコンビニのビニール袋を中留御に手渡し、部屋から出ようとしたら、中留御に呼び止められた。
「あ、あー、その……えっと、その……」
もごもごと言葉に切れが無い。
「どーしたよ?」
「だ、だから、み、見舞いアリガトって、言ってるの!! あとさっきは変な事言って悪かったわね!!」
らしくない台詞を聞いて、思わず吹き出しそうになったが、其処は我慢。
「あぁ、どーいたしまして」
そう言って、俺は中留御の部屋を後にした。
中留御の違う一面を見た梅雨の日の出来事だった。俺が風邪をひいたなら誰が見舞いに来てくれるのだろうか? なーんて少し変なことを考えながら俺は暗くなった道をマイフェラーリの頼りない人力電灯一つで我が家へと急いだ。
ようやく一学期終わりかけかぁ……
もうコレは某バスケ漫画のようだ。とにかく、まだまだこれからも面白くかいてゆくんでよろしくお願いします。執筆速度は亀ですけど……