第9回
それは唐突だった。そして、無茶苦茶だった。
暇を持て余していた俺は何かやることねーかなぁと、いつもの会室で頬杖を突いて、まだまだ明るい空を眺めていた。
俺から少し離れた位置で春日さんは今日の数学の授業で出た課題をせっせとやっている。俺も横目でその姿を拝見しながら、やらなきゃいけないなぁと思いつつもやる気にならず。そんな平凡で幸せな時間はすぐに壊れた。
そう、会長の登場と共に。
「はーい皆、靴はいて昇降口集合ッ!!」
「はぁ?」
「へ?」
俺と春日さんは突然の事態に手を止め、首をひねり一斉に愛好会・会長中留御氷雨へと視線を走らせた。
視線の先の会長のそのお姿は、これからやる事を馬鹿でもわかるような格好だった。
いつものなんだか馬鹿っぽいブレザーと、ワンタッチでとめられるネクタイ。そして軍手とビニール袋と火バサミ。
「…一応聞く。今回はどんなことをやるつもりなんだ?」
「まぁ、楽しみは後に取っておくモンでしょう!」
「いや、何をするかせつめ…ぶへ!?」
四脚ある椅子の前側二脚を空中に遊ばせ、後ろ二脚と、俺の足を長い机に引っ掛けて『椅子の足が駄目になる』と教師にひんしゅくを買う体制で中留御に質問するが、後ろ二脚のうち一脚をつま先でちょっと弄られて豪快に転ぶ。
「はいはい、説明しなくても来れば解るわ!」
確かに行けば解るが、はっきり言おう。もしも、だ。
街中で歩いてるうちに頭にわっか乗っけて、背中に羽生えてる人に『一緒に来てください行き先は来ればわかります!』なーんて言われて『ハイハイじゃぁ逝きますか』ってついて行く奴がいるか、馬鹿ッ!
中留御の格好はアレだろ? 軍手にビニール袋に火バサミ。このゴミ拾い三種の神器を持った人間に付いて来なさいって言われれば、やることなんてまる解りだろ!?
「いや、俺ゴミ拾いとかしたくないから」
「いーから来る、すたんだっぷ、すたんだっぷ。春日ちゃんもはい、すたんだっぷ!」
それを言うなら『スタンドアップ』ではないのか? という質問を胸に秘め俺はヤレヤレとため息を一つ。中留御の後ろを素直に従った。
昇降口に数人の人だかりが出来ている。皆同じように軍手にビニール手袋、火バサミを持っている。そんな時、四人ぐらいの集団がその場を離れた。その集団が居なくなった事で一人で佇んでいた人物はコチラに気が付き、パタパタと駆けてきた。
「あらあらー氷雨さんと、春日さん〜お手伝いありがとうございますぅ〜」
かなーり、テンポの遅い喋り方で聞いているこっちまでテンポが遅れそうな喋り方である。
というか待て中留御。この人は確か…同じクラスの人っぽいが、誰だ!?
「お、お手伝い!?」
春日さんも案の定、何を話しているのか理解できずに居る。俺の説明はしなくてもいいが、春日さんだけにはきちんと物事が解るまで説明しろ。
「そうよ、お手伝い。あーえっと誰だっけ、男子の美化委員は?」
「あぁ、高原だろ。今日は休みだっけな」
「そうそう、高原、高原!あのバカ原が休みの所為で美化委員の彼女がすっごく苦労するんじゃない!」
ひどい言われようだ、高原。あまり話した事の無いお前だが、俺はお前に同情するぜ。
「いや、高原だって今布団の中で悶えているかもしれないじゃないか。あんまり悪く言うなよ」
「自分の体調管理一つ管理出来ないようじゃ馬鹿って言われてもしょうがないのよ」
「そ、それで何のお手伝いをするんですか? 夏目さん」
俺と中留御がギャァギャァと騒いでいる間に春日さんはちょっとゆっくりテンポの少女に質問をする。
「えっと〜なんのお手伝いをしてくれんるんですか〜?」
え? 今なんて言いましたか、お掃除少女。リピート、アフターミー? あ、これでは俺の後に続いて言ってくださいだから、わんもあ、ぷりーずで、いいのか? イングリッシュ先生こと、ティーチャー。
「いや、俺達は多分美化委員の仕事を手伝いに来たんだと思う。それで、俺達は何をすればいいのかな?」
そんな俺を見て、掃除少女はぽんっと手を叩き、何かを思い出したようだ。
「あぁ、はじめまして〜私、夏目棗って言うんですよ〜たしか〜同じクラスのぉ〜委員長の、朝日日暮さんですよね〜?」
「いや、思い出したのはそれかい!! というか名前違うから!?」
無性に全力で裏拳を『ツッコミ』と称してこの掃除少女こと、夏目なつめさんに打ち込みたい。何も考えず、打つべし、打つべし!
「あれれぇ〜間違ってましたか〜う〜ん、う〜ん、う〜ん」
顎に手を当てて首を左右に傾けてシンキングタイムな夏目なつめさん。ちょっと可愛いが、その行動は俺を馬鹿にしとるんか。
「う〜ん、じゃぁ〜ヒント下さい〜」
「おし、ヒントね、じゃぁ、名前の方向性はあっていたよ、後はもう少し言い方を変えることかな」
律儀にもヒントを出してやる俺。うーん、優しいよな、俺。たとえ信じていた頭痛薬の半分の成分が痛みに効く成分でも俺は怒らないよ。
「あ〜わかりましたぁ〜日暮朝明さんですね〜!? う〜ん、この難題を解くなんて、なつめちゃん偉いです〜」
あぁ、自分を褒めて伸ばしてくれ。やっぱり人は褒めて伸ばすべきだよね、そう、スパルタで怒って伸ばすなんてやり方は今の現代人には合わない指導法なんだよ、中留御。
「ってちげぇよ!! 俺は日之出、夕日!! オーケー? ひ・の・で・ゆ・う・ひ!!」
ごめん、怒らずにいられなかったよ、俺。
「はーい、そこの一世代以上前のナンパしてる馬鹿とその相手を律儀に務めるなつめちゃーん。早く済ませるわよー」
俺達から少し離れた場所でビニール袋を振り回す中留御と春日さん。中留御…そのビニール袋を振り回している光景、俺には幽霊を捕まえようとする阿呆の子にしか見えんぞ。そして春日さん、待たせちゃってごめんなさい。
「は〜い、今行きますぅ〜じゃぁ〜行きましょうか〜朝日日暮さん〜」
夏目なつめさん…いや、夏目なつめは自分の分の軍手と火バサミとビニール袋を持って、先行する春日さんたちの下へと駆けていった。
「ぜんっぜん、わかっちゃいねぇ……」
俺のため息はすぐさま風に乗り、どこか遠くへと旅立ってしまった。いってらっしゃい、またすぐに兄弟が追ってくると思うよ、はぁ……
「しっかし、ゴミ多いよなぁ……此処いつも通ってる道だけど、こんなにゴミが多いとは思わなかったよ……」
十数分歩いただけで俺の持つビニールは四分の一ぐらいゴミを蓄積している。
「そうだよね、特に最近はペットボトルとか便利になったから、よくコンビニスーパーで置いているジュースは殆んどペットボトルだよね」
「まぁ、それもそうだけど、あとコンビニの百円紙パックのジュースもいろんな味増えたから買う人増えて、ゴミも増えてるよねぇ……」
前方で話の噛み合ってるのか合ってないのかよくわからない会話で中留御と夏目なつめは盛り上がっていて、放置され気味だった春日さんと一緒に拾うゴミについて談義していた。もちろん、前方の二人とは距離を取って。
「あ、紙パックのジュースでもコーラ味とかあるんだ…」
溝の所に捨ててあったゴミを春日さんが火バサミで拾い、自分のゴミ袋の中に入れる。
「あーそれ炭酸全く入ってないよ?」
「ユーヒ君、飲んだことあるの?」
「うん、一度ね。コンビニに並んでたから興味本位で買ってみた」
ジュースとか、新発売のとかあるとついつい買ってみちゃう俺。俺に限らず、松木早田も新発売商品のチェックは抜かりなく、休み時間とかに情報交換をしてたりする。
「え、炭酸入ってないんだ……」
少し残念そうな表情を浮かべる春日さん。そんな表情を保存しますか? と野暮なことを脳内レコーダーが聞いてきやがったので、もちろん保存を選択し、永久保存だ。
「うん、入ってなかったね、味としては…アレ、駄菓子屋とかに置いてある三十円ぐらいの安っぽいコーラみたいな感じ」
「あぁ、あんな味なんだ」
どうやら飲んだことがあるらしく、どんな味かぴんと来たらしい。ま、ピンと来なくても、丁寧に解るまで教えるつもりだったけど。
「あーこれもったいないなぁ…まだ三分の一も飲んでないのに……」
そう呟いて、捨てられてそう日のたってないウーロン茶を拾う春日さん。
「なんか捨て方も変だね、置き忘れたって感じで塀の上に置くなんて」
そのゴミは、お茶を買ったのはいいが、三分の一程度飲んで飽きてしまい飲むのを放棄したお茶で、ついでに言うと、そのゴミを捨てた主は信号待ちで日ごろ車の来ない交差点なのにその日はやけに車がたくさん来て残念ながら間違って赤信号を渡るという行為もできず、数分間足止めを食らった際に塀の上に放置した。
「あはははは…」
つまり、そのゴミ放置の犯人は俺だ。
「ユーヒ君? あ、あっ! もしかして!?」
俺の態度に春日さんも事の真相に気が付いたらしい。そんな春日さんは少し笑って、そのゴミを手に持って、俺のゴミの入ってるビニール袋に入れた。
「はい、リリース」
そう言って、ポイ捨ては駄目だよーっと笑いながらぴっと人差し指を立てた。
「うぉーい、ユーヒーこっちに2リッターのペットボトルゴミがあるから回収ねー」
コンクリート脇の茂みのところでぶんぶんと手を振る中留御に呼ばれ、俺と春日さんは小走りで中留御立ちの場所まで駆けた。
「2リッターのペットボトルがポイ捨てってあんまり信じられねーよなぁ……自転車とかでそんな馬鹿みたいにでかいの持って移動する奴なんてそう居ないし、車からだっていくらなんでもないよなぁ」
「まぁ、現にゴミがあるんだからそういう一般常識で考えられない一般常識を超越した常識を持つ奴が居るのよ。世の中って広いわねぇ、一度でいいからそーゆー一般常識を超越した奴を見てみたいわねー」
「それなら大丈夫だ、お前は毎朝たぶん顔を合わせていぞ。もしくはトイレに行った後とか」
「何分けのわからないこと言ってるのよ、そもそもトイレで私は殆んど誰の顔も見ないわよ」
手ぐらい洗えよ、きったねー。
「って、アンタ、もしかしてッ!!」
俺の言いたい意味が理解できた中留御は顔を真っ赤にし、俺のビニール袋に向かってそのゴミを投げ入れてきた。
「うぉ!? 重ッ!?」
中留御が放り投げたゴミがビニール袋に収まった瞬間、ずしんと、予想だにしなかった重量が俺に襲い掛かる。
よくよく見ると、2リッターのペットボトルの中身はなみなみと水が入っており、しっかりとキャップがビニールテープで固定されてあった。
「これって猫よけ用の水じゃねーのか!?」
「知らないわよ! そもそも、人様の家の前じゃないんだから、そんなのが此処にある時点でゴミよ、ゴミ!!」
大方、どこかの家の前に設置されてあったこの猫よけ用の水を悪戯盛りの小学生のガキンチョどもが蹴り遊んで此処まで運んできたんだろう。今度そんな小学生を見たら大声で怒鳴ってやる。
「うーっす、ユーヒ!」
そう声が掛かると同時に背中に衝撃が走った。
「うぉッ!?」
びっくりして周囲を見ると、ウィンドブレーカーを来た松木と早田が足踏みをしながら其処に居た。
「おー松木ソーダじゃない、どーしたの?」
まるで街中で偶然会った友人に話しかけるように中留御は早田と松木に話しかける。
「部活のランニングさー」
「へぇ、それにしてはやけに人通りの多いところ走ってるわね、走りにくくないの?」
「ま、いつでもいい地面で走れるって保障は無いからな、本番で思わぬ事態に対応するために、俺達はわざと人通りの多いところを走っているのさ」
「やるじゃない、あんた達一見やる気なさそうだけどアスリートの魂を持ってるわね、流石陸上部員! ユーヒも見習わせたいわねー」
純粋に松木と早田に感心する中留御を置いて、松木と早田はまたランニングを再会した。
いいのか、俺があいつらを見習っても。大方帰宅途中の可愛い子見るためにこのコースにしたんだろうよ。ほれミロ、松木と早田が堂々と目でチャリンコで変える別高の女の子凝視してるぞ? そしてきっと制服について語ったり、オツだねなんていってるに違いない。
結局、一時間弱歩きゴミを拾い集めた俺達。
途中から思わぬ重りを入れてしまった我があきカン、ペットボトル専用のゴミ袋は思いのほか重く手がやんわりとしびれていた。
「はい〜皆さん、ありがとうございましたぁ〜おかげで助かりましたぁ〜」
「いいって事よ、良い事すると気持ち良いしね!」
そして今日の活動はこれにて終了。
清々しい気持ちで家に帰る途中、コンビニでアイスの最中を買った。全部食い終わった後、何気なく捨てたゴミを俺は拾いポケットの中に突っ込んだ。
一人一人がこうならゴミはなくなるんだろうな…などと思いつつ。
なかなか思うように執筆作業が進みません。
そんな私でもがんばりますので、次話、御期待を!
とはいっても、いつもと変わりませんがw